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団長の名前
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「あ、訓練場だ」
騎士団は王族を護る近衛騎士団が中央、東が青竜騎士団、西が白鷲騎士団が拠点にしている。城と王都の護りは青竜騎士団の仕事で、国中の魔物や竜などから護るのが白鷲騎士団の仕事だ。青竜騎士団のほうが人は多いが、白鷲騎士団のほうが精鋭だと言われているのは仕事の内容もあるのだろう。国中に目を光らせているため、白鷲騎士団は遠征が多い。
「大変だろうな。どんな訓練してるんだろう。魔法とかで戦うのかな」
ラズはどちらかというと中央に近い場所での仕事をしていたので騎士の訓練などみたことがなかった。少し気になって、チラチラと横目で覗きながら副長室へと向かう。訓練場は副長室の方にあるのでハイターに案内してもらった最初しか通ったことがなかったのだ。
今は訓練中のようで見学の子女達が黄色い声援を送っている。
「団長が訓練してるのか……」
名前が聞こえて余計に気になってしまった。どんな魔法を使うのだろうとラズは背伸びをしてみたが離れているし見えるわけがなかった。時折、訓練場に張られている魔法結界と攻撃魔法が反応して光が見えるくらいだ。
わぁと歓声が沸いて、訓練場を取り囲んでいた人達が左右に別れた。出口から歩いて来たのは騎士服のままの団長だった。暑そうだなと思いながら、目線が合ったような気がしたので軽く頭を下げた。
団長は周囲にいた人々を置いて、ラズのところまでやってきた。
「こんなところで会うのは珍しいな」
「副長室へお茶をお届けにいく途中なんです。お疲れ様でした」
チラッとワゴンを見て、団長は笑う。
「ウィスのやつ昼まで待てなかったのか」
お腹が空いたということなのだろうか。それならパウンドケーキじゃなくて軽食を用意したのに。
「お客様ではないのでしょうか」
「さぁ、どうかな」
一緒にしばらく歩くと団長が急に立ち止まった。
「団長、どうしたんですか? ウィス様のところに行かないんですか?」
「ラズはどうしてウィスのことを名前で呼ぶのに私のことは団長なんだ?」
「え……、最初ウィス様の役職も名前もわからなかったからです。団長がウィス様のことを呼んでいるのを聞いて……」
「今は知っているだろう?」
不敬だと怒られているんだろうか。
「それは……、ウィス様がそのまま呼ぶようにとおっしゃったので……」
他の人がいる前では副長かハイネガー様と呼ぶべきだろうか。
「それなら私の事も団長じゃなく、リカルドと呼んでくれ。ウィスだけずるい」
孤児院の子供のような駄々をこねられた。
「じゃあ、ウィス様の事も副長って呼びます」
それがいい。余計な波風を立てたくない。
「それじゃあウィスに私が怒られるじゃないか」
心底嫌そうな顔をされた。ラズが悪いわけじゃないのに「すみません」と謝ってしまう。
「……誰もいないところでなら呼んでもいいです」
団長の引いてくれない気配が濃厚で、ラズはさっさと諦めた。
「呼んでみて」
「だんちょ……じゃなくて、リカルド様、近いです」
ワゴンを押しのけられて、耳元で呼んで欲しいと願われた。
「リドでいい」
「リド様?」
「ああ、それでいい」
満足げに微笑んで、団長もといリド様がワゴンの上に乗せていたパウンドケーキをいれていた箱の蓋を開けた。
「あっ!」
大きいとは言えないが、一口で食べられてしまった。多めに持ってきてるとはいえ、酷い。業務妨害だ。
「ラズ、眉間に皺。ご馳走様。今度は桃のコンポートを載せたタルトが食べたい」
「……そんな高級なものつくったことありませんよ」
眉間の皺を突かれて振り払う。
桃のコンポートなんて食べたこともない。タルトも作ったことがなかった。
「そうか。今日の昼は会議でいないから会えて良かった」
「料理長からスケジュールを聞いています」
「そういうことじゃないんだが……。まぁいい。ウィスもそんなに時間がないから早めにいってやってくれ」
邪魔をしていた人に言われたくないと思った。
「ハハッ、ラズ。眉間に皺。折角の可愛い顔が台無しだぞ……」
「目の検査した方が良いと思います」
「そんなことを言うのはラズくらいだ」
そう言いながら、リド様はワゴンをラズに返してくれた。一切れ減ったパウンドケーキの箱の蓋を戻して、ワゴンを握る。
「では失礼します、リド様」
リド様は自分の手で口元を覆い「ああ」と言った。なんだか喉に何か詰まったようなくぐもった声だった。自分で呼ぶように言ったのに嫌だったのだろうかと思って顔を窺ったら耳だけが赤くなった。
それを見るとラズも急に顔が熱くなってきた。きっと赤くなっている。
不確かな気持ちから逃げるようにラズはワゴンを押して、慌ててその場を去った。
騎士団は王族を護る近衛騎士団が中央、東が青竜騎士団、西が白鷲騎士団が拠点にしている。城と王都の護りは青竜騎士団の仕事で、国中の魔物や竜などから護るのが白鷲騎士団の仕事だ。青竜騎士団のほうが人は多いが、白鷲騎士団のほうが精鋭だと言われているのは仕事の内容もあるのだろう。国中に目を光らせているため、白鷲騎士団は遠征が多い。
「大変だろうな。どんな訓練してるんだろう。魔法とかで戦うのかな」
ラズはどちらかというと中央に近い場所での仕事をしていたので騎士の訓練などみたことがなかった。少し気になって、チラチラと横目で覗きながら副長室へと向かう。訓練場は副長室の方にあるのでハイターに案内してもらった最初しか通ったことがなかったのだ。
今は訓練中のようで見学の子女達が黄色い声援を送っている。
「団長が訓練してるのか……」
名前が聞こえて余計に気になってしまった。どんな魔法を使うのだろうとラズは背伸びをしてみたが離れているし見えるわけがなかった。時折、訓練場に張られている魔法結界と攻撃魔法が反応して光が見えるくらいだ。
わぁと歓声が沸いて、訓練場を取り囲んでいた人達が左右に別れた。出口から歩いて来たのは騎士服のままの団長だった。暑そうだなと思いながら、目線が合ったような気がしたので軽く頭を下げた。
団長は周囲にいた人々を置いて、ラズのところまでやってきた。
「こんなところで会うのは珍しいな」
「副長室へお茶をお届けにいく途中なんです。お疲れ様でした」
チラッとワゴンを見て、団長は笑う。
「ウィスのやつ昼まで待てなかったのか」
お腹が空いたということなのだろうか。それならパウンドケーキじゃなくて軽食を用意したのに。
「お客様ではないのでしょうか」
「さぁ、どうかな」
一緒にしばらく歩くと団長が急に立ち止まった。
「団長、どうしたんですか? ウィス様のところに行かないんですか?」
「ラズはどうしてウィスのことを名前で呼ぶのに私のことは団長なんだ?」
「え……、最初ウィス様の役職も名前もわからなかったからです。団長がウィス様のことを呼んでいるのを聞いて……」
「今は知っているだろう?」
不敬だと怒られているんだろうか。
「それは……、ウィス様がそのまま呼ぶようにとおっしゃったので……」
他の人がいる前では副長かハイネガー様と呼ぶべきだろうか。
「それなら私の事も団長じゃなく、リカルドと呼んでくれ。ウィスだけずるい」
孤児院の子供のような駄々をこねられた。
「じゃあ、ウィス様の事も副長って呼びます」
それがいい。余計な波風を立てたくない。
「それじゃあウィスに私が怒られるじゃないか」
心底嫌そうな顔をされた。ラズが悪いわけじゃないのに「すみません」と謝ってしまう。
「……誰もいないところでなら呼んでもいいです」
団長の引いてくれない気配が濃厚で、ラズはさっさと諦めた。
「呼んでみて」
「だんちょ……じゃなくて、リカルド様、近いです」
ワゴンを押しのけられて、耳元で呼んで欲しいと願われた。
「リドでいい」
「リド様?」
「ああ、それでいい」
満足げに微笑んで、団長もといリド様がワゴンの上に乗せていたパウンドケーキをいれていた箱の蓋を開けた。
「あっ!」
大きいとは言えないが、一口で食べられてしまった。多めに持ってきてるとはいえ、酷い。業務妨害だ。
「ラズ、眉間に皺。ご馳走様。今度は桃のコンポートを載せたタルトが食べたい」
「……そんな高級なものつくったことありませんよ」
眉間の皺を突かれて振り払う。
桃のコンポートなんて食べたこともない。タルトも作ったことがなかった。
「そうか。今日の昼は会議でいないから会えて良かった」
「料理長からスケジュールを聞いています」
「そういうことじゃないんだが……。まぁいい。ウィスもそんなに時間がないから早めにいってやってくれ」
邪魔をしていた人に言われたくないと思った。
「ハハッ、ラズ。眉間に皺。折角の可愛い顔が台無しだぞ……」
「目の検査した方が良いと思います」
「そんなことを言うのはラズくらいだ」
そう言いながら、リド様はワゴンをラズに返してくれた。一切れ減ったパウンドケーキの箱の蓋を戻して、ワゴンを握る。
「では失礼します、リド様」
リド様は自分の手で口元を覆い「ああ」と言った。なんだか喉に何か詰まったようなくぐもった声だった。自分で呼ぶように言ったのに嫌だったのだろうかと思って顔を窺ったら耳だけが赤くなった。
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不確かな気持ちから逃げるようにラズはワゴンを押して、慌ててその場を去った。
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