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もやもやする
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次の日は仕事だった。朝、鳥と一緒に目を覚まして顔を洗う。元の部屋と違って洗面所も付いていて便利だ。
「冴えない顔だな」
やる気のない顔に思わず自嘲してしまった。
「ウィス様に悪いことをしてしまったから、謝らないと」
ラズのためにしてくれたとは思わないが、きっと気にしてくれていたのにあんな態度をとるべきじゃなかった。
ラズは身なりを整えてから部屋を出た。廊下の向こうにダイニングがある。
「おはようございます、エカテおばさん」
「あら、ラズさんおはよう。いつも早いわね。座ってちょうだい。珈琲で良いのよね?」
パンとサラダと目玉焼き、良い匂いのする珈琲を用意してもらって食事をとる。
「パン、美味しいですね」
「でしょう? 昨日街にでた団長が買ってきてくれたの」
「団長がパンを買うんですか」
侯爵家の跡取りで、竜と戦う英雄が街のパン屋に入る姿を想像して笑ってしまった。きっとパン屋の人も驚いて、中にいた人たちは狭く感じただろう。
「ええ、美味しいと有名なパン屋さんなんですって。昨日ラズさんに美味しいおやつをいただいたからお礼にって買ってきたのよ。朝ご飯に出すようにお願いされたの」
「団長が荷物を持ってきてくれたお礼なんです。だから……」
「まぁお礼のお礼なのね。仲がいいこと」
嬉しそうに笑うエカテおばさんになんと答えていいかわからず、ハハッと声を漏らした。
「昨日ラズさんがくれたお菓子は、ウィスランド様と一緒に食べましたよ。とても美味しかったわ。ウィスランド様はラズさんに嫌われたかもしれないと落ち込んでいたわ。やっぱりあんなことがあった後だから触られるのが怖かったのかしら?」
二人を心配させたことを申し訳なく思う。どう言っていいのかわからずに、ラズは首を横に振った。父のことを言わずにどう説明すればいいのか、ラズにはわからなかった。
「ウィス様を嫌ったわけじゃありません。ただ、どう言えばいいのかわからないんですが……」
「いいのよ、ゆっくり考えてみて」
エカテおばさんは自分も食事をとるために前の席にすわった。エカテおばさんの穏やかな顔を見ていると、心の中のもやもやとした気持ちが少し定かになってきた。
「……総轄長は俺にとってとても恐ろしい上司でした。言われたことをしなければ首になる。しかもそれが孤児院の汚点になるかもしれないと思って必死でした」
「死にかけたと聞きました。ラズさんは一生懸命頑張っていたんですね」
団長がそこまで話していたとは思わなかった。
「その総轄長が首になったと聞いて、俺は力というものを怖く感じました……」
「嬉しいではなくて?」
助けられて嬉しい気持ちもあったけれど、それ以上に理不尽だと思ってしまったのだ。
「どんなに苦しくても誰も助けてくれませんでした。他の人たちも自分の事で一生懸命だったし、自分に火の粉が飛び移ることを怖れていました。一週間も経っていないのに、もう総轄長は首になったんです。ウィス様が素早く調べて罪を暴いてくださったのだと思いますが……」
強い権力は怖い。それを行使する貴族も怖い。総轄長はきっと身に起きたことを天災のように感じたに違いない。
「ラズさんはウィスランド様が恐ろしい?」
わからない。優しいと思っていたけれど、実は恐ろしいのかもしれない。ハイターがあれほど怯えてるのだから。
「ただ親切な人だと思っていたんです」
頭のいい人だなと思っていたけれど、冷徹だなんて思っていなかった。
「親切なだけの人じゃ騎士団の副長にはなれないわ」
「そうですね。勝手に思っていたんです」
ウィス様は、貴族で権力ももっているけれど、優しい人だと思っていた。裏切られたような気がしてもやもやしているのも、悲しく感じるのも、自分が甘いからだ。信用していた人に裏切られた過去があるのにそれを活かせていない。
「ラズさん……」
「ごめんなさい。こんなこというつもりじゃなかったのに。ちゃんと気持ちを入れ替えます」
ラズだって大人だ。思っていた性格と違うからといって態度を変えるつもりはない。ウィス様はラズを助けてくれた一人なのだ。
「いいえ、そのままの気持ちを伝えたほうがいいわ。ウィスランド様は怒ったりしませんよ。お昼ご飯の時に伝えてみたらどうかしら。団長もご一緒でしょう?」
エカテおばさんの気持ちはありがたかったけれど、仕事中にそんな話はできない。
「いえ、今度お休みの日に時間があるかお伺いしてみます」
「そうね、でも……仕事のはやい人はせっかちだから……」
エカテおばさんはラズのカップに珈琲を足しながらそう言った。
まさかと思いながらラズは仕事へ出かけた。調理場でジャガイモの皮を剥いていると、お茶の用意をして副長室へ行くようにとマストに命じられた。団長の部屋にお客様がきてお茶の用意をもっていくように言われたことは何度かあったけれど、副長室へ行ったことはない。仲がいいのか二人はいつも一緒に団長の部屋でお昼ご飯を食べているからだ。
お菓子は昨日時間があったときに作ったパウンドケーキを持って行くことにした。魔法もおまじないも唱えていない普通のお菓子だが、味はいいとマストに合格をもらったものだ。
ウィス様だけではなくお客様もいるだろうから、お菓子や紅茶に魔法はかけない。
「副長室へ行ってきます」
そう言うと、申し訳なさそうな顔をしてハイターが「気をつけて」と手を振ってくれた。
「冴えない顔だな」
やる気のない顔に思わず自嘲してしまった。
「ウィス様に悪いことをしてしまったから、謝らないと」
ラズのためにしてくれたとは思わないが、きっと気にしてくれていたのにあんな態度をとるべきじゃなかった。
ラズは身なりを整えてから部屋を出た。廊下の向こうにダイニングがある。
「おはようございます、エカテおばさん」
「あら、ラズさんおはよう。いつも早いわね。座ってちょうだい。珈琲で良いのよね?」
パンとサラダと目玉焼き、良い匂いのする珈琲を用意してもらって食事をとる。
「パン、美味しいですね」
「でしょう? 昨日街にでた団長が買ってきてくれたの」
「団長がパンを買うんですか」
侯爵家の跡取りで、竜と戦う英雄が街のパン屋に入る姿を想像して笑ってしまった。きっとパン屋の人も驚いて、中にいた人たちは狭く感じただろう。
「ええ、美味しいと有名なパン屋さんなんですって。昨日ラズさんに美味しいおやつをいただいたからお礼にって買ってきたのよ。朝ご飯に出すようにお願いされたの」
「団長が荷物を持ってきてくれたお礼なんです。だから……」
「まぁお礼のお礼なのね。仲がいいこと」
嬉しそうに笑うエカテおばさんになんと答えていいかわからず、ハハッと声を漏らした。
「昨日ラズさんがくれたお菓子は、ウィスランド様と一緒に食べましたよ。とても美味しかったわ。ウィスランド様はラズさんに嫌われたかもしれないと落ち込んでいたわ。やっぱりあんなことがあった後だから触られるのが怖かったのかしら?」
二人を心配させたことを申し訳なく思う。どう言っていいのかわからずに、ラズは首を横に振った。父のことを言わずにどう説明すればいいのか、ラズにはわからなかった。
「ウィス様を嫌ったわけじゃありません。ただ、どう言えばいいのかわからないんですが……」
「いいのよ、ゆっくり考えてみて」
エカテおばさんは自分も食事をとるために前の席にすわった。エカテおばさんの穏やかな顔を見ていると、心の中のもやもやとした気持ちが少し定かになってきた。
「……総轄長は俺にとってとても恐ろしい上司でした。言われたことをしなければ首になる。しかもそれが孤児院の汚点になるかもしれないと思って必死でした」
「死にかけたと聞きました。ラズさんは一生懸命頑張っていたんですね」
団長がそこまで話していたとは思わなかった。
「その総轄長が首になったと聞いて、俺は力というものを怖く感じました……」
「嬉しいではなくて?」
助けられて嬉しい気持ちもあったけれど、それ以上に理不尽だと思ってしまったのだ。
「どんなに苦しくても誰も助けてくれませんでした。他の人たちも自分の事で一生懸命だったし、自分に火の粉が飛び移ることを怖れていました。一週間も経っていないのに、もう総轄長は首になったんです。ウィス様が素早く調べて罪を暴いてくださったのだと思いますが……」
強い権力は怖い。それを行使する貴族も怖い。総轄長はきっと身に起きたことを天災のように感じたに違いない。
「ラズさんはウィスランド様が恐ろしい?」
わからない。優しいと思っていたけれど、実は恐ろしいのかもしれない。ハイターがあれほど怯えてるのだから。
「ただ親切な人だと思っていたんです」
頭のいい人だなと思っていたけれど、冷徹だなんて思っていなかった。
「親切なだけの人じゃ騎士団の副長にはなれないわ」
「そうですね。勝手に思っていたんです」
ウィス様は、貴族で権力ももっているけれど、優しい人だと思っていた。裏切られたような気がしてもやもやしているのも、悲しく感じるのも、自分が甘いからだ。信用していた人に裏切られた過去があるのにそれを活かせていない。
「ラズさん……」
「ごめんなさい。こんなこというつもりじゃなかったのに。ちゃんと気持ちを入れ替えます」
ラズだって大人だ。思っていた性格と違うからといって態度を変えるつもりはない。ウィス様はラズを助けてくれた一人なのだ。
「いいえ、そのままの気持ちを伝えたほうがいいわ。ウィスランド様は怒ったりしませんよ。お昼ご飯の時に伝えてみたらどうかしら。団長もご一緒でしょう?」
エカテおばさんの気持ちはありがたかったけれど、仕事中にそんな話はできない。
「いえ、今度お休みの日に時間があるかお伺いしてみます」
「そうね、でも……仕事のはやい人はせっかちだから……」
エカテおばさんはラズのカップに珈琲を足しながらそう言った。
まさかと思いながらラズは仕事へ出かけた。調理場でジャガイモの皮を剥いていると、お茶の用意をして副長室へ行くようにとマストに命じられた。団長の部屋にお客様がきてお茶の用意をもっていくように言われたことは何度かあったけれど、副長室へ行ったことはない。仲がいいのか二人はいつも一緒に団長の部屋でお昼ご飯を食べているからだ。
お菓子は昨日時間があったときに作ったパウンドケーキを持って行くことにした。魔法もおまじないも唱えていない普通のお菓子だが、味はいいとマストに合格をもらったものだ。
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