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処罰
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「ただいま帰りました」
エカテおばさんに声をかけて部屋に入ろうとしたら「ラズさん、お客様よ」と言われた。
「それからこれ、団長があなたに渡してくれって。何かしら? プレゼント? 団長も隅におけないわ」
フフフと笑いながら渡してくれたのは、ラズが預けたものだった。
「これは……俺が預けたもので……、団長を使ってしまいました。すみません」
箱を開けて見せると納得したように頷かれた。
「まぁ美味しそうね」
「これはエカテおばさんに食べてもらおうと思って」
小さなバスケットにいれた分を渡すと「まぁ、嬉しい」と声を弾ませた。
「本人が喜んで手伝っているのだから気にせず使っていいのよ」
侯爵家の跡取りである団長を使っていいと言われてもそうですかと答えるわけにもいかず曖昧に微笑んだ。
「ラズ、私の分もありますか?」
エカテおばさんのバスケットを覗いたのはウィス様だった。
「ウィス様! びっくりした……。団長も副長も神出鬼没ですね」
二人には驚かされてばかりだ。
「団長、ラズの家に行ったんですね。突然昼から休暇をとったと思ったら……」
「アーサーのことを当主様に報告するためにお休みをとったんですよ。でも夜からしか当主様が空いてなかったので、ラズさんの気持ちを確認しにいったの」
エカテおばさんは団長に聞いていたようだ。
「アーサーは領地で一年の謹慎処分が妥当でしょう。非戦闘部員を力で蹂躙するなんて騎士として許すことはできません」
非戦闘部員を力で蹂躙……そう聞くと団長やエカテおばさんがアーサー様をきびしく処罰しようとしたのが冗談ではなかったのだとわかった。
ラズは下町で何度も危ない目にあったことがあるし、結果としてはラズは無事だったし、アーサー様に怪我をさせているから処分など必要ないと思っていた。
「俺は……、アーサー様を訴える気はありません」
「何を――。死にかけたんですよ」
「それを言うなら下級使用人の総轄長だって――」
アーサー様なんて可愛いものだ。総轄長はラズが死んでも気にしない。
「あの男は首になりましたよ。ラズに仕事を押しつけ、何人かの仲間と仕事中に酒を飲んで博打をしていた証言をいくつもとれました。仲間もです。自業自得です」
冷たい声で告げたウィス様にラズは怯んだ。
ラズだって思っていた。こんな男は首になるべきだし、いつか報いを受けるべきだと。けれど自分が関わって人の人生が変わることが実際にあるなんて思ってもみなかった。
ウィス様が悪いわけじゃない。仕事をしていなかった総轄長が悪い。わかっていても、貴族である彼の力を垣間見て、ラズは思い出さずにはいられなかった。
振り返りもしなかった父の背中を。使えないラズを捨てた潔さ、貴族としての誇り、そこに僅かもラズを憐れむという感情が見えなかった。
ウィス様は言っていた。『それはあなたに価値があるからです』と。
「そうですね」
ラズは震えそうになる手をギュッと握りしめた。
「ラズさん、顔色が悪いわ」
「ちょっと疲れたのかも知れません。すみません、ウィス様、部屋で休みますね」
「ラズ!」
部屋を出ようとした手を掴まれて、思わず払ってしまった。
驚いた顔のウィス様に「すみません」と謝ったけれど顔を見ることができなかった。
「ウィスランド様、ラズは昨日怖い思いをしているのです。突然触れたら驚いてしまいますよ」
エカテおばさんは、そう言ってラズの肩をそっと押した。エカテおばさんにウィス様のことを任せてラズは逃げた。
お菓子の箱を持って、慌てて部屋に駆け込んだ。広いテーブルの上に箱を置いて、寝台に突っ伏す。
「総轄長、恨んでるだろうな」
あの男はラズにしてきたことを棚に上げて悪し様に言っているだろう。もう二度と会うこともないはずだ。
別にあの男が首になってもそれはラズのせいじゃない。そう思えるのに、ただ鉛を飲み込んだように胃が重く思えて、ラズは目を閉じた。
エカテおばさんに声をかけて部屋に入ろうとしたら「ラズさん、お客様よ」と言われた。
「それからこれ、団長があなたに渡してくれって。何かしら? プレゼント? 団長も隅におけないわ」
フフフと笑いながら渡してくれたのは、ラズが預けたものだった。
「これは……俺が預けたもので……、団長を使ってしまいました。すみません」
箱を開けて見せると納得したように頷かれた。
「まぁ美味しそうね」
「これはエカテおばさんに食べてもらおうと思って」
小さなバスケットにいれた分を渡すと「まぁ、嬉しい」と声を弾ませた。
「本人が喜んで手伝っているのだから気にせず使っていいのよ」
侯爵家の跡取りである団長を使っていいと言われてもそうですかと答えるわけにもいかず曖昧に微笑んだ。
「ラズ、私の分もありますか?」
エカテおばさんのバスケットを覗いたのはウィス様だった。
「ウィス様! びっくりした……。団長も副長も神出鬼没ですね」
二人には驚かされてばかりだ。
「団長、ラズの家に行ったんですね。突然昼から休暇をとったと思ったら……」
「アーサーのことを当主様に報告するためにお休みをとったんですよ。でも夜からしか当主様が空いてなかったので、ラズさんの気持ちを確認しにいったの」
エカテおばさんは団長に聞いていたようだ。
「アーサーは領地で一年の謹慎処分が妥当でしょう。非戦闘部員を力で蹂躙するなんて騎士として許すことはできません」
非戦闘部員を力で蹂躙……そう聞くと団長やエカテおばさんがアーサー様をきびしく処罰しようとしたのが冗談ではなかったのだとわかった。
ラズは下町で何度も危ない目にあったことがあるし、結果としてはラズは無事だったし、アーサー様に怪我をさせているから処分など必要ないと思っていた。
「俺は……、アーサー様を訴える気はありません」
「何を――。死にかけたんですよ」
「それを言うなら下級使用人の総轄長だって――」
アーサー様なんて可愛いものだ。総轄長はラズが死んでも気にしない。
「あの男は首になりましたよ。ラズに仕事を押しつけ、何人かの仲間と仕事中に酒を飲んで博打をしていた証言をいくつもとれました。仲間もです。自業自得です」
冷たい声で告げたウィス様にラズは怯んだ。
ラズだって思っていた。こんな男は首になるべきだし、いつか報いを受けるべきだと。けれど自分が関わって人の人生が変わることが実際にあるなんて思ってもみなかった。
ウィス様が悪いわけじゃない。仕事をしていなかった総轄長が悪い。わかっていても、貴族である彼の力を垣間見て、ラズは思い出さずにはいられなかった。
振り返りもしなかった父の背中を。使えないラズを捨てた潔さ、貴族としての誇り、そこに僅かもラズを憐れむという感情が見えなかった。
ウィス様は言っていた。『それはあなたに価値があるからです』と。
「そうですね」
ラズは震えそうになる手をギュッと握りしめた。
「ラズさん、顔色が悪いわ」
「ちょっと疲れたのかも知れません。すみません、ウィス様、部屋で休みますね」
「ラズ!」
部屋を出ようとした手を掴まれて、思わず払ってしまった。
驚いた顔のウィス様に「すみません」と謝ったけれど顔を見ることができなかった。
「ウィスランド様、ラズは昨日怖い思いをしているのです。突然触れたら驚いてしまいますよ」
エカテおばさんは、そう言ってラズの肩をそっと押した。エカテおばさんにウィス様のことを任せてラズは逃げた。
お菓子の箱を持って、慌てて部屋に駆け込んだ。広いテーブルの上に箱を置いて、寝台に突っ伏す。
「総轄長、恨んでるだろうな」
あの男はラズにしてきたことを棚に上げて悪し様に言っているだろう。もう二度と会うこともないはずだ。
別にあの男が首になってもそれはラズのせいじゃない。そう思えるのに、ただ鉛を飲み込んだように胃が重く思えて、ラズは目を閉じた。
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