21 / 62
処罰
しおりを挟む
「ただいま帰りました」
エカテおばさんに声をかけて部屋に入ろうとしたら「ラズさん、お客様よ」と言われた。
「それからこれ、団長があなたに渡してくれって。何かしら? プレゼント? 団長も隅におけないわ」
フフフと笑いながら渡してくれたのは、ラズが預けたものだった。
「これは……俺が預けたもので……、団長を使ってしまいました。すみません」
箱を開けて見せると納得したように頷かれた。
「まぁ美味しそうね」
「これはエカテおばさんに食べてもらおうと思って」
小さなバスケットにいれた分を渡すと「まぁ、嬉しい」と声を弾ませた。
「本人が喜んで手伝っているのだから気にせず使っていいのよ」
侯爵家の跡取りである団長を使っていいと言われてもそうですかと答えるわけにもいかず曖昧に微笑んだ。
「ラズ、私の分もありますか?」
エカテおばさんのバスケットを覗いたのはウィス様だった。
「ウィス様! びっくりした……。団長も副長も神出鬼没ですね」
二人には驚かされてばかりだ。
「団長、ラズの家に行ったんですね。突然昼から休暇をとったと思ったら……」
「アーサーのことを当主様に報告するためにお休みをとったんですよ。でも夜からしか当主様が空いてなかったので、ラズさんの気持ちを確認しにいったの」
エカテおばさんは団長に聞いていたようだ。
「アーサーは領地で一年の謹慎処分が妥当でしょう。非戦闘部員を力で蹂躙するなんて騎士として許すことはできません」
非戦闘部員を力で蹂躙……そう聞くと団長やエカテおばさんがアーサー様をきびしく処罰しようとしたのが冗談ではなかったのだとわかった。
ラズは下町で何度も危ない目にあったことがあるし、結果としてはラズは無事だったし、アーサー様に怪我をさせているから処分など必要ないと思っていた。
「俺は……、アーサー様を訴える気はありません」
「何を――。死にかけたんですよ」
「それを言うなら下級使用人の総轄長だって――」
アーサー様なんて可愛いものだ。総轄長はラズが死んでも気にしない。
「あの男は首になりましたよ。ラズに仕事を押しつけ、何人かの仲間と仕事中に酒を飲んで博打をしていた証言をいくつもとれました。仲間もです。自業自得です」
冷たい声で告げたウィス様にラズは怯んだ。
ラズだって思っていた。こんな男は首になるべきだし、いつか報いを受けるべきだと。けれど自分が関わって人の人生が変わることが実際にあるなんて思ってもみなかった。
ウィス様が悪いわけじゃない。仕事をしていなかった総轄長が悪い。わかっていても、貴族である彼の力を垣間見て、ラズは思い出さずにはいられなかった。
振り返りもしなかった父の背中を。使えないラズを捨てた潔さ、貴族としての誇り、そこに僅かもラズを憐れむという感情が見えなかった。
ウィス様は言っていた。『それはあなたに価値があるからです』と。
「そうですね」
ラズは震えそうになる手をギュッと握りしめた。
「ラズさん、顔色が悪いわ」
「ちょっと疲れたのかも知れません。すみません、ウィス様、部屋で休みますね」
「ラズ!」
部屋を出ようとした手を掴まれて、思わず払ってしまった。
驚いた顔のウィス様に「すみません」と謝ったけれど顔を見ることができなかった。
「ウィスランド様、ラズは昨日怖い思いをしているのです。突然触れたら驚いてしまいますよ」
エカテおばさんは、そう言ってラズの肩をそっと押した。エカテおばさんにウィス様のことを任せてラズは逃げた。
お菓子の箱を持って、慌てて部屋に駆け込んだ。広いテーブルの上に箱を置いて、寝台に突っ伏す。
「総轄長、恨んでるだろうな」
あの男はラズにしてきたことを棚に上げて悪し様に言っているだろう。もう二度と会うこともないはずだ。
別にあの男が首になってもそれはラズのせいじゃない。そう思えるのに、ただ鉛を飲み込んだように胃が重く思えて、ラズは目を閉じた。
エカテおばさんに声をかけて部屋に入ろうとしたら「ラズさん、お客様よ」と言われた。
「それからこれ、団長があなたに渡してくれって。何かしら? プレゼント? 団長も隅におけないわ」
フフフと笑いながら渡してくれたのは、ラズが預けたものだった。
「これは……俺が預けたもので……、団長を使ってしまいました。すみません」
箱を開けて見せると納得したように頷かれた。
「まぁ美味しそうね」
「これはエカテおばさんに食べてもらおうと思って」
小さなバスケットにいれた分を渡すと「まぁ、嬉しい」と声を弾ませた。
「本人が喜んで手伝っているのだから気にせず使っていいのよ」
侯爵家の跡取りである団長を使っていいと言われてもそうですかと答えるわけにもいかず曖昧に微笑んだ。
「ラズ、私の分もありますか?」
エカテおばさんのバスケットを覗いたのはウィス様だった。
「ウィス様! びっくりした……。団長も副長も神出鬼没ですね」
二人には驚かされてばかりだ。
「団長、ラズの家に行ったんですね。突然昼から休暇をとったと思ったら……」
「アーサーのことを当主様に報告するためにお休みをとったんですよ。でも夜からしか当主様が空いてなかったので、ラズさんの気持ちを確認しにいったの」
エカテおばさんは団長に聞いていたようだ。
「アーサーは領地で一年の謹慎処分が妥当でしょう。非戦闘部員を力で蹂躙するなんて騎士として許すことはできません」
非戦闘部員を力で蹂躙……そう聞くと団長やエカテおばさんがアーサー様をきびしく処罰しようとしたのが冗談ではなかったのだとわかった。
ラズは下町で何度も危ない目にあったことがあるし、結果としてはラズは無事だったし、アーサー様に怪我をさせているから処分など必要ないと思っていた。
「俺は……、アーサー様を訴える気はありません」
「何を――。死にかけたんですよ」
「それを言うなら下級使用人の総轄長だって――」
アーサー様なんて可愛いものだ。総轄長はラズが死んでも気にしない。
「あの男は首になりましたよ。ラズに仕事を押しつけ、何人かの仲間と仕事中に酒を飲んで博打をしていた証言をいくつもとれました。仲間もです。自業自得です」
冷たい声で告げたウィス様にラズは怯んだ。
ラズだって思っていた。こんな男は首になるべきだし、いつか報いを受けるべきだと。けれど自分が関わって人の人生が変わることが実際にあるなんて思ってもみなかった。
ウィス様が悪いわけじゃない。仕事をしていなかった総轄長が悪い。わかっていても、貴族である彼の力を垣間見て、ラズは思い出さずにはいられなかった。
振り返りもしなかった父の背中を。使えないラズを捨てた潔さ、貴族としての誇り、そこに僅かもラズを憐れむという感情が見えなかった。
ウィス様は言っていた。『それはあなたに価値があるからです』と。
「そうですね」
ラズは震えそうになる手をギュッと握りしめた。
「ラズさん、顔色が悪いわ」
「ちょっと疲れたのかも知れません。すみません、ウィス様、部屋で休みますね」
「ラズ!」
部屋を出ようとした手を掴まれて、思わず払ってしまった。
驚いた顔のウィス様に「すみません」と謝ったけれど顔を見ることができなかった。
「ウィスランド様、ラズは昨日怖い思いをしているのです。突然触れたら驚いてしまいますよ」
エカテおばさんは、そう言ってラズの肩をそっと押した。エカテおばさんにウィス様のことを任せてラズは逃げた。
お菓子の箱を持って、慌てて部屋に駆け込んだ。広いテーブルの上に箱を置いて、寝台に突っ伏す。
「総轄長、恨んでるだろうな」
あの男はラズにしてきたことを棚に上げて悪し様に言っているだろう。もう二度と会うこともないはずだ。
別にあの男が首になってもそれはラズのせいじゃない。そう思えるのに、ただ鉛を飲み込んだように胃が重く思えて、ラズは目を閉じた。
16
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?
爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる