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ユーリ
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調理室にはサイを含めて四人の子供と母が準備をしながらラズを待っていた。
「ラズ、お帰りなさい」
「母さん、ただいま」
母はこの孤児院で孤児達の母親をしている。昔は自分の母でなくなったのだと悲しい気持ちがあったが、貴族の妻であった母が皆の為に働いているのをみてその気持ちは消えていった。今は母が分け隔てなく子供達に接するのを見て誇らしい気持ちになる。
「ラズ兄ちゃん、クッキーの準備しておいたよ」
秤にかけた小麦粉や砂糖、バターが並べられている。
「ありがとう。作り方覚えてるか?」
まだ慣れていない子供も自信満々に頷いている。バザーとはいえ、人様に売るものなので責任感のある真面目な子供しかラズは作業に加えないようにしていた。
自分達が食べるものを作るときはそんなことは気にせずやりたい子供達にまかせているけれど。
「じゃあ皆で作ろうか」
ラズはボールに材料をいれて混ぜながら、子供達の様子を窺った。手際の良さは回数に比例して、サイが一番まとめるのが上手だった。
「伸ばして切っていくのはリンがやってくれ」
「切っていいの」
不安そうだがいつも丁寧なリンなら安心できる。
「ああ、頼むな」
「リンちゃんは丁寧だもの」
母もラズと同じように思っていたようだ。うんと頷いて、リンは張り切って切ってくれた。
クッキー生地は母と子供達に任せて、ラズはかまどの火を調整していく。
「ラズ兄ちゃんの魔法は凄いよな」
「兄ちゃんは神様に素敵なプレゼントをもらったのね。それでいつも私達に美味しいものを作ってくれるの」
平民のほとんどは魔法を使うことはできない。尊敬の眼差しを浴びるとこそばゆい気持ちで一杯になる。魔力が少なくて捨てられたという負の記憶を優しい言葉が癒やしてくれる。
「そっか、神様のプレゼントか。皆と一緒に作れて俺も嬉しいよ」
火の加減がよくなったら、できあがって氷の魔法で冷やしたクッキー生地をかまどに入れていく。
「美味しくな~れ。健康にな~れ」
癒やしの魔法をかまどに掛けていると子供達がはしゃぎながら唱える。
「笑顔になれ~」
「強くな~れ」
それが魔力によってクッキーに影響を与えるのだ。ラズは火の加減に気をつけながら良い匂いに笑みを深めた。
「ラズ兄ちゃん、お客さん!」
昼ご飯を食べた後、ラズはカップケーキを作っていた。コップくらいの大きさの型に生地を流し込んで焼いて冷やして。これは皆で食べるおやつのぶんと、エカテおばさんへのお土産、団長とウィス様にも食べてもらおうと思ってとっておきのベリージャムを混ぜた。
「良い匂いね」
子供達を長時間付き合わせるのも悪いのでクッキーの後は母と二人で作っていた。
「うん。母さん、俺ね調理の仕事に変わったんだ。凄く親切な人に会ってね」
ラズは身に起きた奇跡のような出来事を母に語った。
「まぁ、ラズ。初キスじゃないの」
「キス?」
あれは人命救助だと思う。母は少し夢見がちなところがあるので「そうかな」と曖昧に返しておいた。
そこにお客が来たとサイが呼びに来たのである。
「サイ、誰が来たんだ?」
孤児院を卒院しているラズを訊ねて来る人はいないはずである。
「すごく大きかった!」
「クマかな……?」
見た方が早い。母にカップケーキを見てもらい、ラズは孤児院の方の玄関の外へ急いだ。
玄関までたどり着けていない大きな人は、団長だった。馬と一緒に子供達に囲まれている。
「だ、団長?」
「ユーリ兄ちゃん! お客さん~」
まだ小さな子供が無邪気にラズを呼んだ。その口元をサイが慌てて塞いで、捕獲、撤収していった。
「団長、どうしたんですか?」
ラズはこわばりそうになる顔を叱咤しながら笑顔を浮かべた。
「荷物が多くて持って行けなさそうだと聞いて、私も休みだったから持ってきた」
馬にくくりつけられた重そうな荷物。
「ありがとうございます。でもそんな……運んでもらわなくても良かったのに」
「ラズは私に会いたくなかったのか」
そんな寂しそうな顔をされたら「そうです」とも言えない。
「いえ、団長に荷物を運んでもらうなんて怖れおおくて……」
これは本音だ。
「さっき、ユーリと言っていたが、ラズはセカンドネームもあるのか」
やっぱり聞かれていた。親切な団長でよかったと思うけれど、どうしても理由は言えない。
「そんなセカンドネームなんて、貴族じゃありませんから。あそこにいる犬がですね。ユーリっていう名前なんです。俺が拾ってきた犬なんで、ユーリの兄ちゃんなんですよ」
白々しい嘘だが、団長は「そうなのか。賢そうな犬だな」と言って、『クロ』改め、『ユーリ』を撫でた。犬の扱いに慣れているようで、腹をむけて服従しているユーリを屈んでワシャワシャと撫でまくる。
「ユーリは可愛いな。連れて帰りたいくらいだ」
団長は犬に言っているのに、まるでラズのことを連れて帰りたいと言っているように聞こえてしまった。
「孤児院の番犬なので許してください」
「ははっ、本当に番犬か?」
ユーリは団長の顔を舐めまくっていた。
「顔を洗ってください」
ラズは荷物だけもらって帰ってもらうことを断念した。
「ラズ、お帰りなさい」
「母さん、ただいま」
母はこの孤児院で孤児達の母親をしている。昔は自分の母でなくなったのだと悲しい気持ちがあったが、貴族の妻であった母が皆の為に働いているのをみてその気持ちは消えていった。今は母が分け隔てなく子供達に接するのを見て誇らしい気持ちになる。
「ラズ兄ちゃん、クッキーの準備しておいたよ」
秤にかけた小麦粉や砂糖、バターが並べられている。
「ありがとう。作り方覚えてるか?」
まだ慣れていない子供も自信満々に頷いている。バザーとはいえ、人様に売るものなので責任感のある真面目な子供しかラズは作業に加えないようにしていた。
自分達が食べるものを作るときはそんなことは気にせずやりたい子供達にまかせているけれど。
「じゃあ皆で作ろうか」
ラズはボールに材料をいれて混ぜながら、子供達の様子を窺った。手際の良さは回数に比例して、サイが一番まとめるのが上手だった。
「伸ばして切っていくのはリンがやってくれ」
「切っていいの」
不安そうだがいつも丁寧なリンなら安心できる。
「ああ、頼むな」
「リンちゃんは丁寧だもの」
母もラズと同じように思っていたようだ。うんと頷いて、リンは張り切って切ってくれた。
クッキー生地は母と子供達に任せて、ラズはかまどの火を調整していく。
「ラズ兄ちゃんの魔法は凄いよな」
「兄ちゃんは神様に素敵なプレゼントをもらったのね。それでいつも私達に美味しいものを作ってくれるの」
平民のほとんどは魔法を使うことはできない。尊敬の眼差しを浴びるとこそばゆい気持ちで一杯になる。魔力が少なくて捨てられたという負の記憶を優しい言葉が癒やしてくれる。
「そっか、神様のプレゼントか。皆と一緒に作れて俺も嬉しいよ」
火の加減がよくなったら、できあがって氷の魔法で冷やしたクッキー生地をかまどに入れていく。
「美味しくな~れ。健康にな~れ」
癒やしの魔法をかまどに掛けていると子供達がはしゃぎながら唱える。
「笑顔になれ~」
「強くな~れ」
それが魔力によってクッキーに影響を与えるのだ。ラズは火の加減に気をつけながら良い匂いに笑みを深めた。
「ラズ兄ちゃん、お客さん!」
昼ご飯を食べた後、ラズはカップケーキを作っていた。コップくらいの大きさの型に生地を流し込んで焼いて冷やして。これは皆で食べるおやつのぶんと、エカテおばさんへのお土産、団長とウィス様にも食べてもらおうと思ってとっておきのベリージャムを混ぜた。
「良い匂いね」
子供達を長時間付き合わせるのも悪いのでクッキーの後は母と二人で作っていた。
「うん。母さん、俺ね調理の仕事に変わったんだ。凄く親切な人に会ってね」
ラズは身に起きた奇跡のような出来事を母に語った。
「まぁ、ラズ。初キスじゃないの」
「キス?」
あれは人命救助だと思う。母は少し夢見がちなところがあるので「そうかな」と曖昧に返しておいた。
そこにお客が来たとサイが呼びに来たのである。
「サイ、誰が来たんだ?」
孤児院を卒院しているラズを訊ねて来る人はいないはずである。
「すごく大きかった!」
「クマかな……?」
見た方が早い。母にカップケーキを見てもらい、ラズは孤児院の方の玄関の外へ急いだ。
玄関までたどり着けていない大きな人は、団長だった。馬と一緒に子供達に囲まれている。
「だ、団長?」
「ユーリ兄ちゃん! お客さん~」
まだ小さな子供が無邪気にラズを呼んだ。その口元をサイが慌てて塞いで、捕獲、撤収していった。
「団長、どうしたんですか?」
ラズはこわばりそうになる顔を叱咤しながら笑顔を浮かべた。
「荷物が多くて持って行けなさそうだと聞いて、私も休みだったから持ってきた」
馬にくくりつけられた重そうな荷物。
「ありがとうございます。でもそんな……運んでもらわなくても良かったのに」
「ラズは私に会いたくなかったのか」
そんな寂しそうな顔をされたら「そうです」とも言えない。
「いえ、団長に荷物を運んでもらうなんて怖れおおくて……」
これは本音だ。
「さっき、ユーリと言っていたが、ラズはセカンドネームもあるのか」
やっぱり聞かれていた。親切な団長でよかったと思うけれど、どうしても理由は言えない。
「そんなセカンドネームなんて、貴族じゃありませんから。あそこにいる犬がですね。ユーリっていう名前なんです。俺が拾ってきた犬なんで、ユーリの兄ちゃんなんですよ」
白々しい嘘だが、団長は「そうなのか。賢そうな犬だな」と言って、『クロ』改め、『ユーリ』を撫でた。犬の扱いに慣れているようで、腹をむけて服従しているユーリを屈んでワシャワシャと撫でまくる。
「ユーリは可愛いな。連れて帰りたいくらいだ」
団長は犬に言っているのに、まるでラズのことを連れて帰りたいと言っているように聞こえてしまった。
「孤児院の番犬なので許してください」
「ははっ、本当に番犬か?」
ユーリは団長の顔を舐めまくっていた。
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