騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
上 下
16 / 62

孤児院

しおりを挟む
 小麦とバター。卵と砂糖を持てる分だけ持ってラズは部屋を出た。
 ラズが仮住まいをしているのはエカテおばさんの部屋だ。エカテおばさんは寮監が家族と住める部屋に住んでいる。その家族が住む部屋を一つ、ラズに貸してくれているのだった。旦那様のジャックさんは簡単な庭の手入れや(本格的なのは本職がいる)修繕などを担当しているそうだ。子供はいないのだそうだ。
 朝の食事はエカテおばさんの心遣いで一緒に食べさせてもらっている。昼と夜は職場か持ち帰りで食べているので前の職場より食費が浮いている。料理長直属の部下だからか下級使用人のときとは比べものにならない給料をもらえて心苦しいけれどありがたかった。

「ラズさん、今日はお休みなのでしょう?」

 早くから荷物を抱えて出かけようとするラズにエカテおばさんが声をかける。

「はい、今日は孤児院でクッキーを作る日なんです。できたてを持って帰りますね」
「そうなのね。仕事でないなら食事は用意しておきましょうか?」

 細かいところまで気遣ってくれるエカテおばさんに「いえ、今日は街に出ようと思っています」と返事をした。街にでて買い物をしようと思っていた。忙しすぎてラズは就職してから孤児院へ帰るのが精一杯だったから最低限必要なものしか揃っていなかった。

「楽しんでいってらっしゃい」

 手を振って見送ってくれたエカテおばさんにはクッキーだけでなく何か他のものも作ってこようと思いながら手を振りかえした。


 乗り合いの馬車に途中まで乗って、王都の端にある孤児院まで歩いた。大きな建物は大昔貴族が寄付したもので、年季さえ気にしなければ石造りで頑丈だ。月日の流れを感じるツタや、修繕しなければならない屋根の穴などさえ気にしなければ良い場所だった。森も近いから恵みも多い。

「ユーリ兄ちゃん!」

 子供達が裏門からラズが入ってきたのを見て集まってきた。

「皆元気そうだな」
「先週はどうしたの?」
「仕事が入って帰れなかったんだ。それと。俺はユーリじゃなくて……」
「ラズ兄ちゃん!」

 よく言えたと褒めて、荷物を何人かに分けて渡した。

「うわぁ、よく持って来られたね。兄ちゃん意外と力持ちなんだな」
「ハハッ、肩が抜けそうだったけどな」

 バザーの行われる正面の庭や建物はシスター達が暮らしている神殿だ。その裏にある建物が孤児院で、世話をする人間もいれて二十人ほどが暮らしている。

「ラズ兄ちゃん、院長先生が呼んでる」
「そっか、皆はどうだ? あまり来られなくて悪かったな。サイがしっかりしてるから心配してなかったけど」
「……兄ちゃんのほうがヤバそうだったもんな」
 
 観察力のある弟分に尋ねると心配そうな顔を向けられた。

「職場が変わったんだ。これからは毎週帰れるよ」
「目の下の隈もなくなってるし、なんか元気そう。帰ってきてくれるのは嬉しいけど無理しなくていいよ」
 
 孤児院から卒院していった数々の兄弟達が遠ざかっていくことを知っているからサイは少し寂しそうに笑う

「お前達の顔をみてると元気になるんだよ。無理じゃない」

 サイははにかむように笑ってラズの手をとった。

「へへっ、今日はクッキー作るんだろう。俺も手伝う」
「サイは器用だから、頼もしいな。俺は先に院長先生のところに行ってくるな」
「うん、準備して待ってるから」

 信頼してくれる弟分の顔をみているとそれだけで癒された。

 ここに来るのは慣れないから緊張すると思いながら、ラズは院長室の扉を叩いた。

「ラズです」
「入りなさい」

 十年前から変わらぬ姿の院長だ。ラズが母と死にそうになっていたのを助けてくれたのは彼女だった。眼鏡の奥の青い目は鋭く、髪は銀髪なのか白髪なのかわからない。歳は母よりは上だと思うが確かめたことはなかった。
 ラズの新しい名前をつけてくれたのも院長だった。

『城に……ですか?』

 ラズは父親に会ってしまうことを怖れて城の勤務は断りたかった。皆と同じように街で仕事をするのだと思っていたのに、院長は親指と人差し指で丸をつくって話を進めた。

『給金がいいのです。いいですか、ユーリ。お金は大事です。稼げるときに稼がなくてどうするのです。あなたは魔法を使えるのですから、街で職につくよりよほど稼げるでしょう』

 俗物め……と声に出さずに唸った。
 確かに街では見習いから始めることになるから給金はあってないようなものだ。なんでもそれなりにはこなせるから金を稼ぐなら城のほうがいいのは確かだ。

『でも……』
『屋根の修理……去年増えた子供達の食事……』

 院長が指折り数えて四本目で折れた。

『せめて名前を変えたいです』

 捨てられた伯爵の息子かと疑念を持たれた時、ユーリではユーリアスと一瞬でばれてしまうだろう。下級使用人に身をやつした息子を見ても、父が自分の子供とわかるとも思えないけれど。

『名前ね……。よし、ラズベリー・マフィンでどうだ?』
『偽名感溢れる名前じゃないですか。怪しすぎますよ』

 怪しんでくださいと言っているようなものだ。

『そうかねぇ、ラズ……でどうかね』

 ラズ・マフィン。それもどうかと思ったけれど、孤児につける名前ならそれくらいの方が良い。
 ユーリアスの名前は捨てて、ラズ・マフィンとして生きると決めたのは春のまだ寒い頃だった。

「ただいま帰りました」
「お疲れ様、ラズ。色々と聞きたいことがあるのだけど」

 その彼女が見たこともないほど困惑しているように見えた。

「はい」
「騎士団の事務から、孤児院宛に就職の斡旋のようなものが届いたのだけど」
「ええ、団長と副長が後見してくださるそうです。騎士にはなれませんし、危ない仕事だけではないらしいので。俺も食堂に転職しましたが、いいところです」
 
 あの変態……もとい、アーサー様にさえ目をつけられなければ、問題がないはずだ。

「……団長と副長……。凄いね、ラズ。早速虜にしたのかい?」
「は?」
「いやぁ、しかし二人かい。身体を壊さないようにしておくれ」
「あんた頭大丈夫か!」

 ラズは心の中で叫んだつもりだったが、声に出してしまっていた。慌てて口元を押さえたが出たものは戻らない。
 院長がニヤニヤ笑っているのを見て、ラズは『本当に聖職者か』と疑問の目を向けながら、扉が壊れない程度に乱暴に閉めて出ていった。

 


しおりを挟む
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

処理中です...