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料理長の直属
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「料理長、この子ですか」
転職一日目、ラズは仕事場の説明を受けるところから始まった。
「ラズ。ラズの指導をするハイターだ。仕事のことは彼に聞くといい」
マストが紹介してくれたのは二十歳をいくつか超えたくらいの青年だった。騎士ほどではないけれどいい体つきをしている。
「ハイターだ。よろしくな、ラズ。俺もお前と一緒で料理長の直属だ」
「よろしくお願いします。直属というのは……?」
握った拳も力強い。
「他の職場のことはわからないが、ここではスープと飲み物、サラダとパンとデザート、メイン、で別れている。もちろん、コックじゃない洗い場なんかも独立している。料理長は全ての部門の長だ。それと料理長は団長と副長、事務長とか長のつく役職の人の食事、後は会議やお客様へ出すものなんかも任されている。直属の俺たちは料理長の下で下ごしらえや調理、洗い物もするんだ。もう二人いたんだが、一人は辞めて、一人は別の食堂へ移動した。今は俺とお前だけだ。お前は何が得意なんだ?」
アーサーの噂の恋人が二人いたのかもしれない。
キラキラしたハイターの笑顔は、最初のマストと同じように期待に満ちていた。
「ジャガイモを剥くのは得意です」
ラズは視線を受け止められず、少し視線を逸らした。事実とは言え、非常に言いにくい。
「ははっ、面白いやつだな。他は」
違うんです。冗談を言ってるわけではないのですと心の中で謝りながらラズは答えた。
「洗い物は任せてください」
「うんうん。それで?」
少しずつハイターの顔が固まっていく。
「ハイター、ラズは仕事で調理をしていたわけじゃないんだ」
「じゃあなんで直属なんですか!」
人の期待を裏切るのは辛かった。二人もいなくなったのに戦力外の人間が来て怒らない人間はいないだろう。
「配膳はラズが取り仕切る。……どうだ?」
マストはいい笑顔でそんな事をいうけれど、いいわけがない。調理する人が必要なのに配膳だなんて……。
「素晴らしい! なんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに。ラズ、声を荒げて悪かったな」
バンバンと肩を叩かれて吹っ飛びそうになった。料理人は力仕事が多いからだろうか。
「いえ……配膳? 」
「団長や副長達に食事を届けてくれ。もちろん、得意のジャガイモを剥いたり洗い物も頼むな。二人とも大変だと思うけど、頑張ってくれ。そのうち人も増えると思うんだ」
マストの言葉にハイターとラズは「はい!」と元気よく返事をした。
しかし、何故配膳が嫌なんだろうとラズは首を傾げた。
ラズもジャガイモばかりを剥いていたわけじゃなく、他の野菜も手早く洗って言われた通りに切っていった。
「タマネギはアッシェ、ニンジンはコンカッセだ」
ハイターもラズがわからないことを知っているから見本に切ってくれる。最初は知らない言葉に緊張したが、ハイターの手つきや見本をみて、みじん切りや小さく四角に切るのだとわかれば孤児院でやっていたことと変わらない。
「目が痛い……」
タマネギは目に染みた。
「ラズの目の色は赤系だから充血してもわかりにくいな。ラズベリー色だからラズなのか?」
たわいないお喋りなんて前の職場ではなかったことだ。
「そうかもしれません。先輩は既婚者ですか?」
「ああ、よくわかったな。奥さんと子供が二人の四人家族だ。ラズはまだ成人したばかりだろう?」
「はい、春に成人しました」
「春生まれか。うちの下の息子と一緒だな」
子供を思い浮かべたハイターは子煩悩な父親の顔をしていた。
ハイターは料理長であるマストの下にいるだけあって優秀なのだろう。手際もよく、ラズに教えるのも上手だった。
「鬼の団長と零下の副長の部屋に料理を届けるの、本当に緊張するんだ。ラズが行ってくれてありがたいが、どうしても怖かったら……俺が……行くから……」
ハイターは本当に行きたくないのだろう。それでも先輩としてラズが心配なのか、絞り出すように言った。
「行ってきます。ハイター先輩、ありがとうございます」
ラズは次々にできあがっていく料理に魔法を施した。温かいものは温かさを保つように。冷たいものは冷たいまま。それを見てハイターは驚いた。
「ラズは細かい魔法の制御ができるんだな」
「魔力が少ないので沢山かけることができないんです」
ラズはどうしても胸を張って自分の魔法を誇ることができない。
「できあがりの最高の状態で出せるのは料理人である俺たちにとってありがたいことだ」
話を聞いていたマストがメインである肉の皿をワゴンの上に置いて言った。
ラズは言葉に困った。結局は言葉を探せずに頷いた。それが精一杯だった。
ハイターがワゴンの上の料理の説明をしてくれた。忘れないようにラズは復唱しながら教えてもらった通路を歩いて料理を運ぶ。最初は団長の部屋だった。
転職一日目、ラズは仕事場の説明を受けるところから始まった。
「ラズ。ラズの指導をするハイターだ。仕事のことは彼に聞くといい」
マストが紹介してくれたのは二十歳をいくつか超えたくらいの青年だった。騎士ほどではないけれどいい体つきをしている。
「ハイターだ。よろしくな、ラズ。俺もお前と一緒で料理長の直属だ」
「よろしくお願いします。直属というのは……?」
握った拳も力強い。
「他の職場のことはわからないが、ここではスープと飲み物、サラダとパンとデザート、メイン、で別れている。もちろん、コックじゃない洗い場なんかも独立している。料理長は全ての部門の長だ。それと料理長は団長と副長、事務長とか長のつく役職の人の食事、後は会議やお客様へ出すものなんかも任されている。直属の俺たちは料理長の下で下ごしらえや調理、洗い物もするんだ。もう二人いたんだが、一人は辞めて、一人は別の食堂へ移動した。今は俺とお前だけだ。お前は何が得意なんだ?」
アーサーの噂の恋人が二人いたのかもしれない。
キラキラしたハイターの笑顔は、最初のマストと同じように期待に満ちていた。
「ジャガイモを剥くのは得意です」
ラズは視線を受け止められず、少し視線を逸らした。事実とは言え、非常に言いにくい。
「ははっ、面白いやつだな。他は」
違うんです。冗談を言ってるわけではないのですと心の中で謝りながらラズは答えた。
「洗い物は任せてください」
「うんうん。それで?」
少しずつハイターの顔が固まっていく。
「ハイター、ラズは仕事で調理をしていたわけじゃないんだ」
「じゃあなんで直属なんですか!」
人の期待を裏切るのは辛かった。二人もいなくなったのに戦力外の人間が来て怒らない人間はいないだろう。
「配膳はラズが取り仕切る。……どうだ?」
マストはいい笑顔でそんな事をいうけれど、いいわけがない。調理する人が必要なのに配膳だなんて……。
「素晴らしい! なんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに。ラズ、声を荒げて悪かったな」
バンバンと肩を叩かれて吹っ飛びそうになった。料理人は力仕事が多いからだろうか。
「いえ……配膳? 」
「団長や副長達に食事を届けてくれ。もちろん、得意のジャガイモを剥いたり洗い物も頼むな。二人とも大変だと思うけど、頑張ってくれ。そのうち人も増えると思うんだ」
マストの言葉にハイターとラズは「はい!」と元気よく返事をした。
しかし、何故配膳が嫌なんだろうとラズは首を傾げた。
ラズもジャガイモばかりを剥いていたわけじゃなく、他の野菜も手早く洗って言われた通りに切っていった。
「タマネギはアッシェ、ニンジンはコンカッセだ」
ハイターもラズがわからないことを知っているから見本に切ってくれる。最初は知らない言葉に緊張したが、ハイターの手つきや見本をみて、みじん切りや小さく四角に切るのだとわかれば孤児院でやっていたことと変わらない。
「目が痛い……」
タマネギは目に染みた。
「ラズの目の色は赤系だから充血してもわかりにくいな。ラズベリー色だからラズなのか?」
たわいないお喋りなんて前の職場ではなかったことだ。
「そうかもしれません。先輩は既婚者ですか?」
「ああ、よくわかったな。奥さんと子供が二人の四人家族だ。ラズはまだ成人したばかりだろう?」
「はい、春に成人しました」
「春生まれか。うちの下の息子と一緒だな」
子供を思い浮かべたハイターは子煩悩な父親の顔をしていた。
ハイターは料理長であるマストの下にいるだけあって優秀なのだろう。手際もよく、ラズに教えるのも上手だった。
「鬼の団長と零下の副長の部屋に料理を届けるの、本当に緊張するんだ。ラズが行ってくれてありがたいが、どうしても怖かったら……俺が……行くから……」
ハイターは本当に行きたくないのだろう。それでも先輩としてラズが心配なのか、絞り出すように言った。
「行ってきます。ハイター先輩、ありがとうございます」
ラズは次々にできあがっていく料理に魔法を施した。温かいものは温かさを保つように。冷たいものは冷たいまま。それを見てハイターは驚いた。
「ラズは細かい魔法の制御ができるんだな」
「魔力が少ないので沢山かけることができないんです」
ラズはどうしても胸を張って自分の魔法を誇ることができない。
「できあがりの最高の状態で出せるのは料理人である俺たちにとってありがたいことだ」
話を聞いていたマストがメインである肉の皿をワゴンの上に置いて言った。
ラズは言葉に困った。結局は言葉を探せずに頷いた。それが精一杯だった。
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