12 / 62
鬼がいます
しおりを挟む
口の中が苦い、そして酸っぱい。イガイガするようなトゲトゲするような気もする。
気分は最悪だった。
「大丈夫か」
ラズはその声を聞いて安堵した。ゆっくり目を開けると心配そうにラズを見つめる青い瞳が見えた。
「団長……?」
どうして彼がここにいるのかわからなかった。そもそもここはどこだろう。
ラズに宛がわれた部屋でないことは確かだった。調度品の格が違う。
「エカテリテに報せを受けて飛んできた。酷い目に合わせてしまった」
「エカテおばさん……が? えと……団長、口の中が酷いです」
ラズは説明より先に口の中を何とかしたかった。状況的に薬だと思うけれど、こんなに酷い薬を飲んだことがない。
「ああ、そうだな。エカテリテ、何か口直しになるものを」
「ぼっちゃま、MPポーションの口直しになるものなどありませんよ。甘いショコラなら少しは……」
ぼっちゃま……? 笑ってはいけないと本能が囁くので、ラズは必死に頬の筋肉を固めた。
エカテおばさんの差し出した箱から団長は一つを摘まんで、ラズの口元に運ぶ。
大きな身体が側に近づいた時、ラズはとっさに身を縮めた。
「あ……すみません」
そんなつもりはなかったのに、身体が勝手に逃げてしまった。ラズは団長があの男とは違うとわかっているのにどうしてと思いながら俯いた。
「いや、掌にのせるから、食べるといい」
「はい……」
団長は気にしていないという素振りで、そっとラズの掌に一口大のショコラをのせた。
「甘い……」
中に甘酸っぱいベリーのジャムが入っている。ショコラの苦みと相まって美味しい。
「少しはマシか?」
「はい。口の中のこれはMPポーションの味なのですか」
ラズはショコラが溶けた後にまだ残る口の中の酷い味に眉をしかめた。
「ああ、エカテリテが飲ませたと言っていた。魔力が暴走したのだろう。魔力が暴走して怖いのは魔力枯渇だからな」
「エカテおばさんが……ありがとうございました」
団長の後ろにいるエカテおばさんにお礼を言うと首を振って「無事でよかったわ」と言った。
「今日は夜ご飯がないだろうと思って食事を持っていったのよ。そしたらアーサーが扉ごと目の前の壁に激突して……、部屋を覗いたら腕を拘束されたあなたがあられもない姿で倒れているんだもの。驚いたわ」
アーサーというのがあの男なのだろう。
「彼、怪我をしてませんでしたか」
「肋骨が三本くらい折れてるんじゃないかしら。自業自得だわ。慌ててアーサーからMPポーションをとりあげてあなたに飲ませたの」
肋骨が三本、マシと言えばマシだろう。魔力の少ないラズだからその程度ですんだのだ。英雄級の魔法使いが暴走すれば、国一つが滅んでもおかしくないと聞いたことがある。
「……俺はクビですよね。騎士様に怪我をさせてしまったのだから。MPポーションを返すのは少し猶予をいただけるとありがたいのですが」
「「クビ??」」
「騎士は陛下に仕える人ですし……」
二人揃って眉が上がるほど驚いたから、ラズの方が引いた。
「白鷲騎士団には、嫌がる相手を無理矢理暴力で手籠めにしようとする人間はいないはずだ」
「あれは騎士たる態度ではありませんよ。ただのならず者です」
二人は部屋の隅に視線を向けた。
「すみませんでした! あの、隣の部屋の恋人と間違ってキスしてしまって……」
大きな身体をできる限り小さくした男はそう言って床に頭をすりつける。
ラズはそこに男がいることに初めて気付いた。間違ったって嘘にも程がある。けれど嘘をつきたくなる気持ちもわからないでもない。団長とエカテおばさんの気配というか殺気を感じただけで、ラズの手は小さく震えて止まらないのだから。
「アーサー、あなたのしたことは白鷲騎士団の栄誉を地に落としたと同然です。恥ずかしい。エセルバーグの名を返上しなさい」
エカテおばさんは断罪するように毅然と言い放った。
エセルバーグは団長の名前だ。アーサーが同じ名前ということは。
「そんな……エカテ先生! 兄上、先生をとりなしてください。ほんの出来心なのです」
想像通り家族だった。
「アーサー、私は言ったはずだ。私の邪魔をするなと。お前は私の白鷲騎士団でエセルバーグの名前を使って好きにしすぎた。残ると言うなら明日から、私と……ウィスがお前の根性が治るまで叩きころっ、たたき直すまでだ」
「今、殺すってっ。兄上!」
団長、叩き殺すって言いましたよね。
弟であるアーサーが縋るように団長を仰ぎ見る。
殺されたらさすがに寝覚めが悪いので、ラズは団長を呼んだ。
「団長……。あの、ヤられたわけでもないので……その許してあげてください」
「うわっ、可愛いだけでなく心まで優しい! なんなら責任をとってお嫁さんにしてあげるよ。君ならいい!」
「いりません。全力でお断りします。同性で結婚できるにしても貴族は跡継ぎがいるでしょう」
貴族でも同性同士で結婚しているが、やはり跡取りや高位貴族となると異性と結婚するほうが多いし、ラズは子供を産める貴実であることを明かすつもりはなかった。それ以前に好みでもなければ、誰が強姦しようとした変態を伴侶に迎えたいと思うだろうか。
「子供がいなくても大丈夫だよ。私は三男だし。長男で跡継ぎの兄上がバンバン子供を作れば問題ない。それにうちは兄妹が多いからね」
爽やかに笑顔を浮かべたアーサーの顔を団長が掴んだ。ウィスが言った『鬼の』という通り名がぴったりあてはまる顔だった。
「あ、に、上……?」
「死にたくなかったら黙れ」
低音が響く団長の声が死神の宣告に聞こえた。アーサーはカクカクとクビを上下に動かし、それ以上何も言わなかった。
「ぼっちゃま。ラズさんが怖がってますよ。よろしいのですか」
エカテおばさんの取りなしがなければ、きっとそのまま場は凍っていたと思う。
気分は最悪だった。
「大丈夫か」
ラズはその声を聞いて安堵した。ゆっくり目を開けると心配そうにラズを見つめる青い瞳が見えた。
「団長……?」
どうして彼がここにいるのかわからなかった。そもそもここはどこだろう。
ラズに宛がわれた部屋でないことは確かだった。調度品の格が違う。
「エカテリテに報せを受けて飛んできた。酷い目に合わせてしまった」
「エカテおばさん……が? えと……団長、口の中が酷いです」
ラズは説明より先に口の中を何とかしたかった。状況的に薬だと思うけれど、こんなに酷い薬を飲んだことがない。
「ああ、そうだな。エカテリテ、何か口直しになるものを」
「ぼっちゃま、MPポーションの口直しになるものなどありませんよ。甘いショコラなら少しは……」
ぼっちゃま……? 笑ってはいけないと本能が囁くので、ラズは必死に頬の筋肉を固めた。
エカテおばさんの差し出した箱から団長は一つを摘まんで、ラズの口元に運ぶ。
大きな身体が側に近づいた時、ラズはとっさに身を縮めた。
「あ……すみません」
そんなつもりはなかったのに、身体が勝手に逃げてしまった。ラズは団長があの男とは違うとわかっているのにどうしてと思いながら俯いた。
「いや、掌にのせるから、食べるといい」
「はい……」
団長は気にしていないという素振りで、そっとラズの掌に一口大のショコラをのせた。
「甘い……」
中に甘酸っぱいベリーのジャムが入っている。ショコラの苦みと相まって美味しい。
「少しはマシか?」
「はい。口の中のこれはMPポーションの味なのですか」
ラズはショコラが溶けた後にまだ残る口の中の酷い味に眉をしかめた。
「ああ、エカテリテが飲ませたと言っていた。魔力が暴走したのだろう。魔力が暴走して怖いのは魔力枯渇だからな」
「エカテおばさんが……ありがとうございました」
団長の後ろにいるエカテおばさんにお礼を言うと首を振って「無事でよかったわ」と言った。
「今日は夜ご飯がないだろうと思って食事を持っていったのよ。そしたらアーサーが扉ごと目の前の壁に激突して……、部屋を覗いたら腕を拘束されたあなたがあられもない姿で倒れているんだもの。驚いたわ」
アーサーというのがあの男なのだろう。
「彼、怪我をしてませんでしたか」
「肋骨が三本くらい折れてるんじゃないかしら。自業自得だわ。慌ててアーサーからMPポーションをとりあげてあなたに飲ませたの」
肋骨が三本、マシと言えばマシだろう。魔力の少ないラズだからその程度ですんだのだ。英雄級の魔法使いが暴走すれば、国一つが滅んでもおかしくないと聞いたことがある。
「……俺はクビですよね。騎士様に怪我をさせてしまったのだから。MPポーションを返すのは少し猶予をいただけるとありがたいのですが」
「「クビ??」」
「騎士は陛下に仕える人ですし……」
二人揃って眉が上がるほど驚いたから、ラズの方が引いた。
「白鷲騎士団には、嫌がる相手を無理矢理暴力で手籠めにしようとする人間はいないはずだ」
「あれは騎士たる態度ではありませんよ。ただのならず者です」
二人は部屋の隅に視線を向けた。
「すみませんでした! あの、隣の部屋の恋人と間違ってキスしてしまって……」
大きな身体をできる限り小さくした男はそう言って床に頭をすりつける。
ラズはそこに男がいることに初めて気付いた。間違ったって嘘にも程がある。けれど嘘をつきたくなる気持ちもわからないでもない。団長とエカテおばさんの気配というか殺気を感じただけで、ラズの手は小さく震えて止まらないのだから。
「アーサー、あなたのしたことは白鷲騎士団の栄誉を地に落としたと同然です。恥ずかしい。エセルバーグの名を返上しなさい」
エカテおばさんは断罪するように毅然と言い放った。
エセルバーグは団長の名前だ。アーサーが同じ名前ということは。
「そんな……エカテ先生! 兄上、先生をとりなしてください。ほんの出来心なのです」
想像通り家族だった。
「アーサー、私は言ったはずだ。私の邪魔をするなと。お前は私の白鷲騎士団でエセルバーグの名前を使って好きにしすぎた。残ると言うなら明日から、私と……ウィスがお前の根性が治るまで叩きころっ、たたき直すまでだ」
「今、殺すってっ。兄上!」
団長、叩き殺すって言いましたよね。
弟であるアーサーが縋るように団長を仰ぎ見る。
殺されたらさすがに寝覚めが悪いので、ラズは団長を呼んだ。
「団長……。あの、ヤられたわけでもないので……その許してあげてください」
「うわっ、可愛いだけでなく心まで優しい! なんなら責任をとってお嫁さんにしてあげるよ。君ならいい!」
「いりません。全力でお断りします。同性で結婚できるにしても貴族は跡継ぎがいるでしょう」
貴族でも同性同士で結婚しているが、やはり跡取りや高位貴族となると異性と結婚するほうが多いし、ラズは子供を産める貴実であることを明かすつもりはなかった。それ以前に好みでもなければ、誰が強姦しようとした変態を伴侶に迎えたいと思うだろうか。
「子供がいなくても大丈夫だよ。私は三男だし。長男で跡継ぎの兄上がバンバン子供を作れば問題ない。それにうちは兄妹が多いからね」
爽やかに笑顔を浮かべたアーサーの顔を団長が掴んだ。ウィスが言った『鬼の』という通り名がぴったりあてはまる顔だった。
「あ、に、上……?」
「死にたくなかったら黙れ」
低音が響く団長の声が死神の宣告に聞こえた。アーサーはカクカクとクビを上下に動かし、それ以上何も言わなかった。
「ぼっちゃま。ラズさんが怖がってますよ。よろしいのですか」
エカテおばさんの取りなしがなければ、きっとそのまま場は凍っていたと思う。
15
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?
爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

ゲームの世界はどこいった?
水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。
そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。
あれ?ゲームの世界、どこいった?
ムーン様でも公開しています
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
使用人の俺を坊ちゃんが構う理由
真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】
かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。
こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ……
※ムーンライトノベルズにも掲載しています

俺は勇者のお友だち
むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。
2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる