騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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鬼がいます

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  口の中が苦い、そして酸っぱい。イガイガするようなトゲトゲするような気もする。
 気分は最悪だった。

「大丈夫か」

 ラズはその声を聞いて安堵した。ゆっくり目を開けると心配そうにラズを見つめる青い瞳が見えた。

「団長……?」

 どうして彼がここにいるのかわからなかった。そもそもここはどこだろう。
 ラズに宛がわれた部屋でないことは確かだった。調度品の格が違う。

「エカテリテに報せを受けて飛んできた。酷い目に合わせてしまった」
「エカテおばさん……が? えと……団長、口の中が酷いです」

 ラズは説明より先に口の中を何とかしたかった。状況的に薬だと思うけれど、こんなに酷い薬を飲んだことがない。

「ああ、そうだな。エカテリテ、何か口直しになるものを」
「ぼっちゃま、MPポーションの口直しになるものなどありませんよ。甘いショコラなら少しは……」

 ぼっちゃま……? 笑ってはいけないと本能が囁くので、ラズは必死に頬の筋肉を固めた。
 エカテおばさんの差し出した箱から団長は一つを摘まんで、ラズの口元に運ぶ。
 大きな身体が側に近づいた時、ラズはとっさに身を縮めた。

「あ……すみません」

 そんなつもりはなかったのに、身体が勝手に逃げてしまった。ラズは団長があの男とは違うとわかっているのにどうしてと思いながら俯いた。

「いや、掌にのせるから、食べるといい」
「はい……」

 団長は気にしていないという素振りで、そっとラズの掌に一口大のショコラをのせた。

「甘い……」

 中に甘酸っぱいベリーのジャムが入っている。ショコラの苦みと相まって美味しい。

「少しはマシか?」
「はい。口の中のこれはMPポーションの味なのですか」

 ラズはショコラが溶けた後にまだ残る口の中の酷い味に眉をしかめた。

「ああ、エカテリテが飲ませたと言っていた。魔力が暴走したのだろう。魔力が暴走して怖いのは魔力枯渇だからな」
「エカテおばさんが……ありがとうございました」

 団長の後ろにいるエカテおばさんにお礼を言うと首を振って「無事でよかったわ」と言った。

「今日は夜ご飯がないだろうと思って食事を持っていったのよ。そしたらアーサーが扉ごと目の前の壁に激突して……、部屋を覗いたら腕を拘束されたあなたがあられもない姿で倒れているんだもの。驚いたわ」

 アーサーというのがあの男なのだろう。

「彼、怪我をしてませんでしたか」
「肋骨が三本くらい折れてるんじゃないかしら。自業自得だわ。慌ててアーサーからMPポーションをとりあげてあなたに飲ませたの」

 肋骨が三本、マシと言えばマシだろう。魔力の少ないラズだからその程度ですんだのだ。英雄級の魔法使いが暴走すれば、国一つが滅んでもおかしくないと聞いたことがある。

「……俺はクビですよね。騎士様に怪我をさせてしまったのだから。MPポーションを返すのは少し猶予をいただけるとありがたいのですが」
「「クビ??」」
「騎士は陛下に仕える人ですし……」

 二人揃って眉が上がるほど驚いたから、ラズの方が引いた。

「白鷲騎士団には、嫌がる相手を無理矢理暴力で手籠めにしようとする人間はいないはずだ」
「あれは騎士たる態度ではありませんよ。ただのならず者です」

 二人は部屋の隅に視線を向けた。

「すみませんでした! あの、隣の部屋の恋人と間違ってキスしてしまって……」

 大きな身体をできる限り小さくした男はそう言って床に頭をすりつける。
 ラズはそこに男がいることに初めて気付いた。間違ったって嘘にも程がある。けれど嘘をつきたくなる気持ちもわからないでもない。団長とエカテおばさんの気配というか殺気を感じただけで、ラズの手は小さく震えて止まらないのだから。

「アーサー、あなたのしたことは白鷲騎士団の栄誉を地に落としたと同然です。恥ずかしい。エセルバーグの名を返上しなさい」

 エカテおばさんは断罪するように毅然と言い放った。
 エセルバーグは団長の名前だ。アーサーが同じ名前ということは。

「そんな……エカテ先生! 兄上、先生をとりなしてください。ほんの出来心なのです」

 想像通り家族だった。

「アーサー、私は言ったはずだ。私の邪魔をするなと。お前は私の白鷲騎士団でエセルバーグの名前を使って好きにしすぎた。残ると言うなら明日から、私と……ウィスがお前の根性が治るまで叩きころっ、たたき直すまでだ」
「今、殺すってっ。兄上!」

 団長、叩き殺すって言いましたよね。
 弟であるアーサーが縋るように団長を仰ぎ見る。
 殺されたらさすがに寝覚めが悪いので、ラズは団長を呼んだ。

「団長……。あの、ヤられたわけでもないので……その許してあげてください」
「うわっ、可愛いだけでなく心まで優しい! なんなら責任をとってお嫁さんにしてあげるよ。君ならいい!」
「いりません。全力でお断りします。同性で結婚できるにしても貴族は跡継ぎがいるでしょう」
 貴族でも同性同士で結婚しているが、やはり跡取りや高位貴族となると異性と結婚するほうが多いし、ラズは子供を産める貴実であることを明かすつもりはなかった。それ以前に好みでもなければ、誰が強姦しようとした変態を伴侶に迎えたいと思うだろうか。

「子供がいなくても大丈夫だよ。私は三男だし。長男で跡継ぎの兄上がバンバン子供を作れば問題ない。それにうちは兄妹が多いからね」

 爽やかに笑顔を浮かべたアーサーの顔を団長が掴んだ。ウィスが言った『鬼の』という通り名がぴったりあてはまる顔だった。

「あ、に、上……?」
「死にたくなかったら黙れ」

 低音が響く団長の声が死神の宣告に聞こえた。アーサーはカクカクとクビを上下に動かし、それ以上何も言わなかった。

「ぼっちゃま。ラズさんが怖がってますよ。よろしいのですか」

 エカテおばさんの取りなしがなければ、きっとそのまま場は凍っていたと思う。

 
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