騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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クッキーを強請られました

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「団長、我々のせいで倒れたようですね」


 後ろの男がそう言った。
 我々のせい? 朝から突然祝賀会があるからと命じられて、準備のために何百というグラスや皿を洗って乾かして、それを運んでいた。その祝賀会の主役が誰なのかラズも知っている。
 
「顔色が悪い。まだ魔力が足りないのなら……」 


 そうだ、この人が団長だ。


「団長、下級使用人の魔力の量なんてたかが知れてます。全量回復してるはずですよ。公衆の面前でキスされたくないなら自己管理してくださいね」
「自分の魔力量を把握しておくのも仕事のうちだ」


 二人は真面目な顔で説いた。耳が痛いけれど、その通りだ。
 若いのに団長と呼ばれているのは実力があるからだ。長い黒髪に青い瞳、彼が竜を撃退した英雄だ。


「……失礼しました。このたびの遠征、お疲れ様でした」


 ラズが城に勤めはじめたのは三ヶ月前だ。入れ違いで南部に現れた火竜を制圧して、昨日帰ってきた騎士団長の名はリカルド・エセルバーグ。黒い髪に青い瞳の美丈夫だという噂は下級使用人の中で浮いているラズでも知っている。


「ありがとう。祝賀会の準備のために食事もとれなかったんだな……」
「いえ、倒れたのは俺の魔力が少ないから……。助けてくださって感謝してます。さすが英雄はこんな下級使用人にまで優しいんですね」


 見上げてお礼を言うと、二人に変な顔をされた。


「下級使用人とか関係がない。さっきから君が通る度に良い匂いがしていたから気になって見ていたんだ。段々顔色が悪くなっていったから目が離せなくて……。助けたのは、君だからだ」


 そう言って、団長は匂いを嗅ぐように鼻を動かした。
 良い匂い? 匂うようなお菓子を持っているわけじゃない。首を傾げて、ベストの内側に作ったポケットからクッキーを入れた箱を取り出した。


「クッキー……そうか、君の匂いはクッキーの匂いだったのか」
「えっと、俺がバター臭いってことでしょうか」


 思わず自分の腕のにおいを嗅いでしまった。


「団長がさっきから甘い匂いがする、甘い匂いがするとうるさかったんですけど、君は臭くありません。団長の臭覚が異常なだけです。安心していいですよ」


 後ろの人の言葉にホッとしたが、こんなポケットに入れているお菓子の匂いに気付くなんて日常生活では大変そうだ。


「異常じゃない。普段はそこまで気にならないからな。それにしても、クッキーで魔力枯渇間際までいってるのを何とかしようと思ってたのか? 魔力が回復したのならそのクッキーは私が食べてもいいと思わないか。なぁ、ウィスもそう思うだろう」


 よほどクッキーが食べたいようだ。箱の中身をジッと見ている。魔力を恵んでもらったのだからクッキーを差し上げても問題は無い。ただ、小さい子供でもないのにクッキーという現物をそのまま渡していいのかわからなくて、後ろの人に目で訴えた。


「……欲しいのは私で、魔力を与えたのも私なんだから私に聞きなさい」


 怒られた。その通りだけど、英雄と話すなんて畏れ多い。しかもクッキーが欲しいとか。


「団長、この子まだ仕事中でしょう。長々と話してたら怒られますよ。それに魔力をなんとか出来るクッキーは私も興味ありますから一人で食べるのはなしです」
「魔力を何とかできるクッキーというわけでは……。甘い物が効くのは皆様知っていることですし。まだ仕事が残ってるので全部は上げられませんけど……」


 二人はクッキーを取り出すラズを期待たっぷりの顔で待っていた。五枚入ってたから一枚だけ自分のハンカチにくるんで、四枚を差し出した。


「団長! 二枚ずづでしょう!」
「私が助けたんだから私のものだ」


 取り合いを始めて、結局団長が三枚、ウィスっていう人が一枚食べた。


「ただのクッキーですよ。東の孤児院のバザーで売ってるものなんです。俺がつくったものですけど、味は保証します」


 十年前、ラズと母を助けてくれたシスターは王都の東の修道院が運営する孤児院の院長だった。そのまま保護されてラズは孤児院で成長した。母も孤児院のスタッフとして雇われて、何もできない貴族の奥方様から身寄りのない沢山の子供達の母として強くなった。
 シスターに頼まれていた通り、バザーの売上げに貢献できそうだ。

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