騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
上 下
3 / 62

反省

しおりを挟む
「恥ずかしい? 魔力枯渇は命に関わることだぞ」


 責めるような口調だが心配してているのがわかった。頬を撫でられ、ハンカチーフで汗に濡れた顔と冷えた首筋を拭いてくれる。他人の抱擁に安堵したのはいつぶりだろうか。
 手に温かさが戻ってきていた。倒れる前は魔力の使いすぎで寒くてしかたなかったのに、今は身体が熱いくらいだ。


「魔力が減ってたのは知っています。でもそんな枯渇なんて……」


 魔力枯渇、魔法を使う人間なら誰だって知っている。魔法を習うときに最初に教えられることだ。魔力は生命力と結びついていて。限界以上に使うと死ぬこともある。だが皿やグラスを洗ったり乾かしたりしただけで……、いや、数が多すぎたのだろう。
 そうだ、グラス。
 ラズの前にガラスが散らばっている。グラスであったものの残骸が無残な姿になっていた。欲張ってギリギリ持てる量をトレーに載せていたのだ。
 慌てて立ち上がろうとして、止められた。


「無理はするな」


 低い厚みのある声を耳の横で聞いてしまい、体調を気遣ってくれる男が支えている背中が震えた。


「もう立てます」


 この声を耳元で聞いている方が心臓に悪い。


「自分の限界がわかってないようですね。下級使用人の緑のタイってことはそんなに魔力は多くないでしょう」


 ラズはここにいるのが助けてくれた男だけでないことに気付いた。
 魔力が少ないことを揶揄されると未だに心の傷が疼く。ちっぽけなプライドは捨てたつもりだったのに。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今日になって突然仕事が増えてしまって。いつもなら昼ご飯を食べられなくてもクッキーを摘まんだら大丈夫なんですけど、その暇もなくて……」


 言い訳しながら立ち上がる。視線を下げて、二人に頭を下げた。目眩もない。それどころかここ最近の疲れが嘘のように吹き飛んで快調だ。


「お昼ご飯がクッキー?」


 良い声の男が心配そうに目を細めて尋ねる。


「遅くなると食事がなくなってることがあるので……」


 別にお菓子を食事の代わりにしているわけではないと言い訳する。
 青く澄んだ瞳で見つめられると、まるで心の奥底まで覗かれているようで居心地が悪い。 初対面の人を不躾に見ていたことに気付いて慌てて視線を逸らした。吸い込まれそうな青い瞳から逃れると、男の顔が思ったより高い位置にあった。平均身長を軽く超えている。ラズよりも頭一つ分は高い。ごめん、見栄はった。一つと半分は高い。


「食事は働く為の基本だ。見直しが必要な案件だな」


 言葉を真摯に受け止めてくれたことに驚いた。


「魔力に甘いものが効くし……」


 ラズが言いつけたと上司に思われても困るので、慌てて別の理由も付け加えた。


「そうだな。私達もポケットに飴を忍ばせてる」
「ふふっ、そうなんですか」


 こんな大きな身体をした騎士が飴を隠し持っていることに驚いたが、そういうものなのだろう。少しだけだが手軽に魔力を補えるのでお高いMPポーションと違って気負わず食べられる。
 思わず声を立てて笑ってしまったけど、男も後ろにいた人も怒らなかった。
 さすが見ず知らずの人間に魔力を与えるくらい親切な人だ。
しおりを挟む
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
感想 5

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

ゲームの世界はどこいった?

水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。 そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。 あれ?ゲームの世界、どこいった? ムーン様でも公開しています

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

処理中です...