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ラズの過去
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父は伯爵家の当主で、母は落ちぶれた下級貴族の娘だった。母は貴実と呼ばれる珍しい性質をもっていたため売られるようにして父に嫁いだのだと噂で聞いたことがある。貴実は身体を繋げることで相手の魔力を増やしたり、竜にも匹敵する魔力保ちを産むことがあると言われている。
領地持ちの貴族は、竜や魔物と呼ばれるものたちから領民を護るために結界石に魔力をそそがなくてはならない。そのために魔力を少しでも増やすことが命題だった。
相性が良くなかったからか母を娶っても父の魔力は増えず、子供であるラズも伯爵家の跡継ぎになれるほどの魔力をもたなかった。三つ年下の妹も伯爵家の跡継ぎになれるほどではないとわかったある日。
『私は伯爵家、そして領民を護る義務があるのだ』
父は母と別れて、魔力の多い息子をもつ女性と結婚すると言った。その息子を妹の婿に決めたのだ。
出来損ないの息子を憐れむような目で見つめ、背を向けた。
『あなた……、申し訳ありません』
母は父に謝り、ラズの手を握り屋敷を出た。
『お母様、僕たちどうなるの?』
母の手を握り、不安に押しつぶされそうになりながら尋ねた。
『領地の外れの屋敷で暮らしましょう。大丈夫よ。お父様は非道な方ではないから』
あらかじめ説明は受けていたらしい母は、穏やかに微笑みながらラズに告げた。最低限の荷物を積んだ馬車は庶民が乗るようなみすぼらしいものだった。父の側近である男と御者がこの先の住処へ連れて行ってくれるらしい。
二日目の夜、慣れない馬車での移動に疲れて眠っていたら、突然誰かに抱き上げられた。
『何? どうしたの?』
何が起こったかわからないまま、ラズは走っている馬車の外に放り出された。
『いやぁ! ラズ! 止めてちょうだい、どうして!』
馬車から母の悲鳴が聞こえた。伯爵家の跡継ぎとして剣の稽古も受けていたのが幸いした。受け身をとったラズは、傷だらけになりながらも必死に手を伸ばした。無我夢中で魔法を唱えた。弱いけれど、ラズには四大精霊と癒やしの魔法が使えた。何とか認められたいと必死に勉強していたから迷うこともなく唱えることができた。
詠唱の終わりとともに、雷が落ちて馬車から火の手が上がった。驚いて暴れた馬は馬車を操っていた御者を蹴りとばし、気が狂ったように走った。馬車が付いていることも忘れたかのように暴走し、脚を滑らせた。
馬車が横転したところまでは覚えている。
あの時と同じ、感覚。魔力切れだ。自分の限界以上の魔力を使うと命に関わると教えらていた。まさかグラスを洗い、乾かすだけで命の危機に陥るとはあの時教えてくれた教師も思いもしなかっただろう。
母とラズは火の気配に気付いた通りすがりのシスターに助けられた。父の側近だった男と御者がどうなったかラズには報らされていない。
冷たい空間に土で埋められたような息苦しさに胸を掻きむしる。
あれから何度も夢となって繰り返した魔力が尽きた時の感覚が、不意に薄れた。
乾いた喉を潤すように甘くて暖かいものが与えられ、冷え切った身体が少しずつ温かくなっていく。指先まで満ちていくものに検討をつけて、ラズは肝が冷える思いをした。
甘い液体は魔力の源のようだった。これはもしかしてお高いMPポーションでは?
下級使用人の給料三ヶ月分の品物だ。もちろん飲んだことはない。
「止めて……」
力の戻ってきた腕で、MPポーションを流し込んでくる身体を押しのけようともがいた。
「まだだ、もう少し我慢しろ――」
低く力のある声が唇の先から聞こえた。
「んぅ……」
流し込まれているのがMPポーションでないことに気付く。合わさった唇の感触がする。流れてくる魔力の塊は、この人の魔力だ。体液は魔力が含まれていると言うけれど。
力強い腕で固定されて動くこともできずに、ただ口付けされるがまま。しばらくすると、男は満足げに頷いた。
「よし、これで大丈夫。頬に血の気が戻ってきた」
「団長、それは血の気が戻ってきたのではなく恥ずかしがっているのかと……」
男の後ろから冷静な声が聞こえた。
職場の城の中庭で、知らない騎士らしき男に口付けされていました。
領地持ちの貴族は、竜や魔物と呼ばれるものたちから領民を護るために結界石に魔力をそそがなくてはならない。そのために魔力を少しでも増やすことが命題だった。
相性が良くなかったからか母を娶っても父の魔力は増えず、子供であるラズも伯爵家の跡継ぎになれるほどの魔力をもたなかった。三つ年下の妹も伯爵家の跡継ぎになれるほどではないとわかったある日。
『私は伯爵家、そして領民を護る義務があるのだ』
父は母と別れて、魔力の多い息子をもつ女性と結婚すると言った。その息子を妹の婿に決めたのだ。
出来損ないの息子を憐れむような目で見つめ、背を向けた。
『あなた……、申し訳ありません』
母は父に謝り、ラズの手を握り屋敷を出た。
『お母様、僕たちどうなるの?』
母の手を握り、不安に押しつぶされそうになりながら尋ねた。
『領地の外れの屋敷で暮らしましょう。大丈夫よ。お父様は非道な方ではないから』
あらかじめ説明は受けていたらしい母は、穏やかに微笑みながらラズに告げた。最低限の荷物を積んだ馬車は庶民が乗るようなみすぼらしいものだった。父の側近である男と御者がこの先の住処へ連れて行ってくれるらしい。
二日目の夜、慣れない馬車での移動に疲れて眠っていたら、突然誰かに抱き上げられた。
『何? どうしたの?』
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『いやぁ! ラズ! 止めてちょうだい、どうして!』
馬車から母の悲鳴が聞こえた。伯爵家の跡継ぎとして剣の稽古も受けていたのが幸いした。受け身をとったラズは、傷だらけになりながらも必死に手を伸ばした。無我夢中で魔法を唱えた。弱いけれど、ラズには四大精霊と癒やしの魔法が使えた。何とか認められたいと必死に勉強していたから迷うこともなく唱えることができた。
詠唱の終わりとともに、雷が落ちて馬車から火の手が上がった。驚いて暴れた馬は馬車を操っていた御者を蹴りとばし、気が狂ったように走った。馬車が付いていることも忘れたかのように暴走し、脚を滑らせた。
馬車が横転したところまでは覚えている。
あの時と同じ、感覚。魔力切れだ。自分の限界以上の魔力を使うと命に関わると教えらていた。まさかグラスを洗い、乾かすだけで命の危機に陥るとはあの時教えてくれた教師も思いもしなかっただろう。
母とラズは火の気配に気付いた通りすがりのシスターに助けられた。父の側近だった男と御者がどうなったかラズには報らされていない。
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あれから何度も夢となって繰り返した魔力が尽きた時の感覚が、不意に薄れた。
乾いた喉を潤すように甘くて暖かいものが与えられ、冷え切った身体が少しずつ温かくなっていく。指先まで満ちていくものに検討をつけて、ラズは肝が冷える思いをした。
甘い液体は魔力の源のようだった。これはもしかしてお高いMPポーションでは?
下級使用人の給料三ヶ月分の品物だ。もちろん飲んだことはない。
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「まだだ、もう少し我慢しろ――」
低く力のある声が唇の先から聞こえた。
「んぅ……」
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「よし、これで大丈夫。頬に血の気が戻ってきた」
「団長、それは血の気が戻ってきたのではなく恥ずかしがっているのかと……」
男の後ろから冷静な声が聞こえた。
職場の城の中庭で、知らない騎士らしき男に口付けされていました。
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