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10 妹がヒロインだった件

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「ここが学園図書館だ」

 アルフォンスが扉を開けてくれた。広い天井に一面を覆い尽くす書棚、そして本、本、本の山。

「凄い……」

 ありとあらゆる本が置かれているというフラワーガーデン学園図書館。ここは乙女ゲームのサイラスのお気に入りの場所だった。広い図書館内はゆっくり本を読めるスペースがあり、プリメリアと顔を合わせたくないサイラスの憩いの場所だった。ここに来ればサイラスがいるのはわかっているから、サイラスルートもツンなところを何とかしてしまえば楽にクリアできるのだ。

「国のほとんどの本がここにあるといわれている。サイラスなら気に入るだろう」
「楽しみだ。アルも――」

 テンションが上がったのかついつい気軽に話してしまった。
 キャーと小さな歓声が聞こえて振り向くと、少し離れたところに同じA班の女生徒三人が集まってこちらを見ていた。彼女たちは俺たち二人の会話を聞いていたようだ。まだ婚約発表されてもいないのに、気を引き締めないと。
 あれ? と不思議に思った。こんな顔の子がいただろうか。
 ……ピンクの髪の毛ってヒロインじゃなかったっけ?

「君、あの――」

 声を掛けると、三人は飛び上がった。

「オーディクス様?」

 そのうちの二人は声を掛けられたのが嬉しそうだが、一人は気まずそうに口を開けたり閉じたりを繰り返した。

「サイラスと呼んでくれ」
「「サイラス様!」」

 入学してからずっとピンクの髪の毛の子を探していたのに、今まで気付かなかったことが不思議でならない。しかも同じ班だ。違和感に一度頭を振って、ジッと見つめると「麗しすぎる、半端ない――」と口が動いた。言葉には出ていないが、読唇術を習った俺には何を言っているのかわかった。
 
「……澪?」

 思わず妹の名前を呼んでしまった。サイラスルートの時に、さっきの『麗しすぎる、半端ない――』を連呼していたことを思い出したのだ。

「……ええっ! お兄ちゃん?」

 間抜けな問いかけは、澪であることを示していた。

「よし、深呼吸だ」

 突然のことにパニックになりそうになったのでスーハースーハーと深呼吸を繰り返した。

「ヒッヒッフー!」
「何を産む気だ!」

 澪がボケて俺が突っ込むところまでが前世の記憶だ。はぁ、澪で間違いないな。ピンク色の髪の毛、もしかして澪がヒロインなのだろうか。

「ミリア様、サイラス様とお知り合いでしたの?」
「え、ええ?」
「幼い頃にね。まさかここで会えるとは思っていなかったよ、ミリア」
「お、サイラス様が覚えているとは思っていなかったので……」
「昔のようにお兄ちゃんて呼んでいいんだよ、ミリア」

 適当に不都合のないように話を作った。澪のノリが変わっていなくてよかった。

「ふぅん、サイラスの幼馴染みか――」
「アル?」

 ジッと据わった目でミリアを上から下まで眺めたアルフォンスは、俺の肩を抱いて言った。

「結婚式には来てもらわないとな」

 婚約発表も終えていないのに、告げていいのだろうか。聞いていたらしいA班のメンバーは驚いている。

「ヒャー! アルサイ万歳……」

 澪、いやミリアはそう言って倒れていった。慌てて手を伸ばしたがアルフォンスが邪魔で届かない。

「大丈夫か!」

 ディアハルトがミリアを抱きとめてくれてホッとした。

「ミリアは病気か?」
 
 扱く真っ当な問いに、俺は少し赤くなって「思春期の少女にありがちな貧血でしょう」と告げる。まさか興奮しすぎて倒れたとも言えない。

「保健室に連れて行きます」

 このまま離れたくなくて、俺はミリアに手を伸ばした。

「いや、おれが連れて行くよ。悪いが会長を一人にはできないからサイラスがここで守ってくれ」
「それなら俺が連れて行く。会長の護衛はお前の仕事だろう」

 ディアハルトが後ろを見ろと顎をしゃくらせた。

「会長?」

 何だかいつものアルフォンスじゃない。

「行ってくる」
「よろしく頼む」

 もう澪を特定できたので急ぐことはないと自分に言い聞かせる。
 軽く手を振ると、空気を読んだA班の連中が散っていった。

「どうしたんだ? アル」
「サイラス、ここに――」

 えっと、そこはアルフォンスの膝の上だよな。犬か、猫扱いしているのか。

「乗るわけないだろ」

 アルフォンスが座っている椅子の前にある机に軽く腰掛けた。緑の瞳を覗き込むと、アルフォンスはいつもと違う色で俺を見ていた。濃い緑。強い感情を瞳の色で表すのがこの世界だ。

「サイラス」

 俺の手を握り、自分の頬にあてる。どんな意味があるのかよくわからないが、なんだかくすぐったい。

「アル、婚約のこと言っていいのか?」
「駄目だな。父上に怒られる」
「わかってるのに言ったのか?」

 アルフォンスらしくない。

「……とられるって思った」
「何を?」

 アルフォンスが何か焦るようなものがあの時あっただろうか。

「サイラスを――」

 友達とられるって、子供か。気分は悪くないけれど、そんなことでって思うと笑いが零れた。

「アル、子供じゃないんだから」
「子供だったら、こんな気持ちにはならない――」

 緑の瞳に射すくめられたように身体が固まった。手をさっきのように奪われて、また頬をすりつけられるのかと思ったら、掌にアルフォンスが口づけを落とした。

「ええっ?」
「これで許してやる」

 フッとアルフォンスの瞳の強さが消えた。
 何してるの? どんな意味があるの? という言葉は、出そうでなかった。ゴクリと喉が鳴って、俺はかろうじて顔を背けることに成功した。


 
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