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感謝祭の前夜

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「ルーファス様。罪ですわ……」
 
 しまった、マリエルに変なスイッチが入ってしまった。
 チラリとこちらをみて、目を逸らし、もう一度見て、ため息を吐く。

「マリエル?」
「あの変態デザイナーの腕も素晴らしいですけど、これは……」

 変態デザイナーとは、新進気鋭の若手デザイナーのことで、時折おかしくなる癖がある。芸術家というのはそういうものだと昔お祖父様に聞いたことがあるから、気にしないようにしているのだけど、かなり変な人だ。元々は、劇の衣装なんかを作っていた人で、クリストファーが俺のイメージに合うと言って、スカウトしたのだそうだ。今は、王都に店を構えて、俺の衣装をメインに色々と作っているらしいけど。
 今日も感謝祭と前夜祭で着る服を届けに来て、床に這いつくばって『私は天才か――』とのたうち回って、マリエルに踏みつけられていた。でも踏まれていることに気付いていたかどうかは定かじゃない。

「変かな?」

 感謝祭は、冬になる前、収穫祭とも呼ばれるもので、一年の実りを神に感謝するお祭りで、各地で明日開催されるはずだ。今日は前夜祭なのだけど。この日は、感謝祭を妨害しようとする魔物や悪魔に邪魔されないように『お祭りは今日ですよ~』と偽って、本番を無事に過ごすためのもので、仮面を被ったり、仮装したりと中々派手なパーティを催すのがしきたりだ。本番の感謝祭より盛り上がることも多くて、一年をかけて衣装を作る人もいるそうだ。

 俺は、王宮で初めての感謝祭なので、楽しみにしていた。

「いえ、もう……っお腹一杯です」

 何を食べたのだろうか、マリエルは首を振りながらお腹を押さえていた。

「そ、そう? 俺が出かけた後は、マリエルもお祭りに行ってきていいよ。今日はクリストファーが一緒にいてくれるって言ってたから……」
「はい、伺っております。アルジェイドがお休みをいただいているので、一緒にパーティへ参加していいと」
「会場で会えるかな?」
「遠くから、拝んでおきます」
「いや、拝まなくていいから……」

 やっぱり変なスイッチが入っている。

「仮面が変な感じする」
「慣れませんものね。でもとっちゃ駄目ですよ。取ったら食べられてしまうので、しっかりと死守してくださいね」
「食べられるって何を?」

 本物の悪魔や魔物がいるわけがないのに、マリエルの真剣な顔を見ると本当に危ないような気がするから不思議だ。

「それは……」
「それは、私が後で教えてやろう」

 話に夢中になっていて、クリストファーが戻ってきていたことに気付かなかった。

「お帰りなさい」
「ただいま。と言っても直ぐに出かけるんだがな。……あのデザイナー、やはり腕は最高だな。良く似合っている」
「これ、変じゃないかな?」
「昔から魔法使いの使い魔は黒猫と決まっている。私が魔法使いだから、お前は黒猫にしたんだが、反対がよかったか?」

 マリエルが、堪えきれずに吹き出し、俺も釣られて笑ってしまった。

「クリストファーの猫の耳も可愛いと思うよ」
「二人きりのときに見せてやろう」
「尻尾もあるんだよ。長いから踏みそう」

 振り向いて見せようと思うと、軽いから尻尾も回る。

「ああ、赤いリボンの首輪も似合っている。上着のハイウェストも可愛いし、膝まであるブーツのモコモコもよく出来ているな……」
「礼服もこんな風になるんだねー。でもこんな格好、お義母様に怒られないかな」
「見つかったら連れ回されるから、見つからないようにな」

 クリストファーが苦笑する。
 王太后様は、こういうのが好きらしい。連れ回されるのはごめんだから、会わないように気をつけよう。今日は無礼講だから、王族席に戻らなくてもいいし、いつのまにか始まっていつの間にか終わるようだ。

「クリストファーの杖、踊るときに邪魔じゃない?」
「ああ、持っておくのは最初だけだ。とはいえ、こんなズルズルした服は苦手だ」

 下は白い貫頭衣で足元を隠すほどで、その上には黒いローブを着ている。魔法使いというより賢者のようだと思う。似合っているけれど、クリストファーらしくない服だ。そして俺とお揃いの銀の仮面。

「この仮面は邪魔だな」
「ふふっ、ぶつかっちゃうね」

 クリストファーは自分の仮面をとって、俺に口付けた。触れるだけの優しい口付け。

「お前がこれ以上可愛らしくなったら、大変だから、これくらいで許してやる」

 笑いながら、クリストファーは俺の手を握った。

「行ってきます!」

 二人で、馬車に乗り会場のあるホールへ向かった。


「ねぇ、クリストファー、あっちに――」

 あれ? クリストファーが小さくなった。感謝祭は、カボチャを飾ったり、カボチャを食べたりするので、前夜祭も同じように沢山のカボチャがあちこちに飾られている。魔物が居心地のいいように、薄暗くランプを灯しているせいで、いつのまにかはぐれてしまっていた。
 目の前の赤い髪の人物は、クリストファーとは似ても似つかないおじさんだった。
 かつらか……。俺が仮装しているように他の人達も趣向を凝らしているのだけど、赤い髪も何人かいることに気付いた。

「どうしたのかな? 猫ちゃん」
「可愛いなぁ。ほら、仮面とって、一緒に遊びましょう」

 そこにいた男達は、皆一斉に仮面をとった。

「か、仮面はとったら駄目じゃないんですか?」
「いいことするのに、仮面は邪魔だろう?」

 グイッと腕をとられて、とっさに捻ってしまった。男の手をそのまま引き込むと、「ぐあぁぁ」と魔物にやられた人のような声をだした。

「こらこら、おいたは駄目だよ」
 
 男達の手が、あちこちから伸びてきて、どうしようかと迷う。これ、全部やっつけて、後で怒られたりしないだろうか。

 迷いながら、五人ほどの男達の手を掴み、転がしていたら本物のクリストファーがやってきた。

「こら、飼い主の側を離れるとは、悪い子だ――」

 ギュギュッと、倒れている男達の背中を踏みながら現れたクリストファーに抱き寄せられた。

「怖かった……」

 クリストファーの服を掴み、胸にすり寄ると、喉を撫でられた。
 後ろの方で、「どこが……」と呟く声が聞こえたけれど、無視をした。

「すいません。感謝祭や前夜祭に相手が嫌がるのに、乱暴しようとする男達を取り締まるのに、少しご協力していただきました」

 エルフランと、騎士団の面々が(たまに手合わせをしてもらうので知っている顔)頭を下げた。

「違うぞ――。それはまだだ。ちょっと手を離した隙に迷子になるなんて、よそ見をしすぎだ」
「ごめんなさい」
「私が油断すると、あっという間に男が群がってくるとは……」
「背後でお守りしてますから、少しの間、会場の陰になっているあたりを歩いてもらってよろしいですか?」

 クリストファーを見ると、渋い顔をしている。どうやら、あまり乗り気で引き受けたわけではないらしい。
 でも、俺は男だからこうやって相手をやっつけることができるけれど、これがか弱い女性だったらどうだろう? 俺でも気持ち悪くて鳥肌がたったのに、無理矢理連れ込まれててしまったら? そんなことは許せない――。

「クリストファー、俺やるよ。人の意志を無視する下半身なんて、全部踏み砕いてやる!」

 俺の決意をその場にいた男達が聞いて、何故か股間に手をやった。後で「怖くて縮こまった」とマオに言われた。

 仮装とはいえ、一人でパーティの会場をウロウロすることなんて普段ならあり得ない。お忍び気分で楽しい。

 カボチャのお菓子が沢山ある場所で、三人。ベランダで、二人。壁際で一人。庭で、八人。廊下で合計十六人が、捕まえられて連行されていった。踏み砕くのは可哀想だと思ったのか、騎士達はあっという間に捕らえるから、幸いにして気持ち悪い感触を味わうことはなかった。
 ていうか、この国、本当に大丈夫なの? それが心配だ。

「前夜祭は、パートナー連れか遊び慣れた人間しか来ないから、大丈夫だ」

 大丈夫には思えなかったんだけれど。

「本来は、指輪をしている人間には手を出したり誘ったりしないんだ。一応、ルールはあるからな。今回取り締まったのは、指輪をしているお前を無理に連れて行こうとした人間ばかりだろう? あんなに釣れるとは思わなかったが……」

 クリストファーの苦笑に、俺は困惑するしかなかった。

 パーティは、とても楽しかった。踊っているときに、マリエルとアルジェイドにあったので手を振った。二人は、いつもとは違った装いで、会場でも目をひいた。なんと、デザイナーがいつも世話になっている礼だといって、マリエルにドレスをプレゼントしたらしい。俺のとは違って、とてもまともな服で、驚いた。王子様とお姫様がコンセプトらしいけど、物語に出てくるようだった。

「ルーファス、可愛いから、猫耳とブーツをつけたまま、お前を抱きたい」
「なっ、何言っているの?」

 踊りながら、耳元に囁かれて、俺は真っ赤になってしまった。仮面があって良かった。

「嫌か――?」
 
 ゾクリとするクリストファーの声は、耳朶を掠めて俺を震わせた。

「……、嫌じゃ、ないよ」

 クリストファーが、俺を欲しているのは、仮面越しでも気付いた。
 俺だって、クリストファーに求められるのは嬉しいし、何分気持ち悪い男達が多すぎた。握られた手の感触を払拭したくてたまらない。

「なら、約束だ――」

 仮面をクリストファーが取って、俺に口付けた。
 
「ん……、約束?」
「そうだ、この仮面は、今夜あなたを独り占めにしていいですか? という問いに、了承の印として、相手に渡すものだ」
「だから、取られちゃ駄目だって言ってたんだ……」
「そう、だから、私の仮面はお前に――」

 交換して、つけ直したけれど、元々お揃いなんだから代わり映えはしない。

「王弟殿下と、妃殿下だわ――」

 周りのざわめきに、顔を晒してしまったことに気付いた。

「戻ろう」
「はい」

 俺は、もっとお忍びを楽しみたかったよ。でも、これ以上ここでこの格好は、危険だ。

「あら、ルーファス、とても可愛らしいわ」

 しまった、見つかってしまった、お義母様に――。

「もうおいとまします」
「クリス、あなた、私が可愛いのが好きだって知っているのに、そんなことを言うの? それなら、あなたのあらぬことをルーファスに言いつけるわよ」

 母親に弱いクリストファーが、困ったように俺を見た。

「クリストファー、少しだけ、お義母様とご一緒しましょう」

 俺の言葉があだとなった。それから疲れ切るまで俺たちは、お義母様に連れられて、お義母の知り合いに見せびらかされたのだった。

<FIN>
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