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私の誕生日 1
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シンとした部屋の中は気づまりな空気で満ちていた。
仕事の終わりにルーファスに密かにつけている護衛から報告を受けるのは日常のことだ。
「・・・・・・身元の確認は出来ているのか――?」
「はい、既にアレナス補佐官に提出済みです」
エルフランの方を見ると、言葉なく頷いた。
「もうやだね~、ルーファス様にだって友達位出来るだろう。学院に通い初めて大分たつんだよ。嫉妬深いんだから」
「ダリウス、同じことをお前に返してやろう」
新妻であるローレッタをつれて登城しているのは、こちらも新婚のダリウスだ。口さえ開かなければ、ルーファスや王妃(リリアナ)と同じように目を瞠るような美少女であるローレッタだが、残念なことに性格が容姿を裏切っている。だが、屋敷に置いているのも心配で王宮の王妃(リリアナ)や王太合に預けているのが実情だ。
「まぁ、いい――。もしルーファスに色目でも使うようなら・・・・・・」
「怖い――! そんなところで止めないでくださいよ」
居たたまれない風情の護衛に帰っていいと手を振ると、あからさまにホッとした顔で部屋を出て行った。
離宮に戻って、ルーファスと食事をしながら今日の出来事を訊ねると、「友達ができたかもしれない」と嬉しそうに報告してきたから、後ろめたいものではないのだろう。
友達が出来たと言って喜ぶルーファスは、アルジェイドとマオが実は護衛として神学校に来て、ルーファスの側にいたと知って春先に随分落ち込んでいたのだ。小さな頃からそれほど仲の良い友達がいなかったルーファスは、アルジェイドのことを親友だと思っていたようだ。アルジェイドが何故ルーファスの護衛になったかを知って、悲しみを堪えていたルーファスだっただけに、友達を作るなとは言えない。
男が相手でないから、押し倒されたり実力行使を使われることはないだろうと、自身を納得させて「良かったな――」と返した自分を褒めてやりたい。
とはいえ、気になって仕方がなかったので、一週間程待って、高等学院に足を運んだ。理事長に用事をわざわざ作り、私自ら出向く必要などないのにだ。
出迎えようとするもの達に『妻(ルーファス)の普段の顔が見たい』と本音まで交えてルーファスが友達とおしゃべりをしているという温室に向かった。
温室の外で待機しているマオが顔色を変えたのを見て、やはり疑念は間違っていなかったのかと逸る気持ちを抑えつつ、驚いているルーファスの元に行った。怒鳴りつけなくてよかった。マオの慌てぶりから私の中でいらぬ妄想が膨らんでいたのだ。
「院に用事だったから顔を見にきただけだ。随分楽しそうだな」
レポートをやっているように見えたが、私が来たのをあまり歓迎しているようではない言葉に、胸が締め付けられる。
「会いたくなかったのか?」
大臣達が聞けば、卒倒しそうなくらい率直な言葉だが、ルーファスに言葉を惜しむつもりなどなかった。ルーファスは、言葉を惜しむと、余計なことを考える節があるからだ。
ルーファスの否定の言葉にホッとしながらも、友達という少女達を値踏みした。そう、これはルーファスの友達に相応しいかどうかを・・・・・・、という建前の上に私の敵になりそうかどうかを確認するためのものだった。
私は知っている。女がどれだけ強かであるかを――。そして、どれだけ私がそういう女達から見て極上であるかを。
普段は敢えて見せることのない笑顔を一人ひとりに向ける。
簡単すぎる陥落に内心笑いが込み上げそうになるが、実は安堵している自分がいることに気付く。
「クリストファー!」
ルーファスの瞳に傷ついたようなものをみつけて、私の心が歓喜に震える。
「どうした?」
わざとらしいと、エルフラン達がいれば呆れるだろう言葉にもルーファスは何かを堪えるように口ごもる。
たまらない――、何故ここには私達だけではないのだろう――。
椅子のひじ掛けに手を置き、囲む様にルーファスに口付けた。ルーファスは、私の口付けが好きなのだ。一瞬蕩けそうになった顔が真っ赤に染まり、私を押して拒否する。
その動作がどれだけ私を煽るか考えもせずに――。
だが、残念ながら今日は城の外での夜会に出席しなければならない。遅くなると告げると、ルーファスは少し寂しそうに頷いた。
「これからもルーファスをよろしく頼むよ」
ダメ押しの笑顔を作ると、ルーファスの顔が強張った。
焼きもちを焼いてくれているのだと思うと、わざわざ高等学院にまでやってきたかいがあるというものだ。ルーファスと温室で・・・・・・いい考えだ――。私の頭に計画が浮かぶ。いい場所があっただろうか、それとも離宮に温室でも作るか・・・・・・。理事長と話をしながらも、私の頭はルーファスのことで一杯になっていた。新婚というのは、そういうものだろう。
誕生日、もういい年をした男の何十年も前に生まれた日を祝うのだ。面倒くさいことこの上ない。
何日も前からやってきている国内外の有力者たちとの会談、お茶会、食事会。それが、ルーファスとの時間をゴリゴリと削り取っていく。
「妃殿下はいらっしゃらないのでしょうか?」
確実に訊ねられる言葉なのは仕方がない。私の妻はルーファスであり、夫婦ともにもてなすのは、当然のことだから――。
「まだ妻(ルーファス)は、学生でしてね。陛下から学業を優先するように命じられているのです」
「学生ですか――。そういえば、やっと成人されたばかりでしたか――。天使のような顔(かんばせ)だとお伺いしておりましたから、楽しみにしていたのですが・・・・・・。舞踏会でお会い出来るのを楽しみにしております」
「ええ――」
舞踏会になど出したくない。この好色な顔を見ろ、ルーファスの顔をみたら涎でもたらすんじゃないのか。と、思ったのが伝わったのか、少し青褪めた顔で客は退出していった。
「クリス様、その・・・・・・眉間に皺が寄ってらっしゃいますよ」
「エルフラン、ルーファスは舞踏会に」
「駄目です――」
何も言っていないというのにエルフランは、断固として「駄目です」と壊れたように繰り返した。
「来るなと言ったら、ルーファス様がどれだけ傷つくか・・・・・・」
見せたくない。美しく着飾ったルーファスが、笑顔で客たちに微笑むのを、見たくない。私にだけ――。
「そうだな・・・・・・」
ルーファスは傷つくだろう。自分に落ち度があったと、責めるだろう。わかっていながら、私はどうにかならないものかと考えてみる。が、いい考えは浮かばなかった。
「クリストファー、変じゃないかな?」
ルーファスが、おずおずと私に装いを見せてくれた。
「化粧をしているのか?」
唇の艶やかさはいつものことだが、少し濃いような気がする。
「・・・・・・綺麗にしたほうがいいって・・・・・・」
変かな? と小首をかしげる仕草は、わかってやっているなら小悪魔としかいいようがない。
「少し、色がな――」
抱きよせ、唇を軽く吸ってやると、ルーファスは驚いて一歩下がる。
「もう! 折角皆が綺麗にしてくれたのに――」
「お前は、元々天使のように美しいんだ。それ以上は」
「恥ずかしいから止めて・・・・・・」
袖で顔を半分隠して、ルーファスは文句を言う。
「ルーファス様、確かに少し唇のお色が濃かったかもしれませんね。その辺は、クリストファー殿下のセンスの良さを信じて上げてくださいませ」
「でもマリエル・・・・・・、こんな風に落とさなくても、いいと思うんだ」
マリエルの執り成しでもルーファスは、潤んだ眼で恨めし気に私を見つめるのを止めない。
だから、その目も私の嗜虐心を煽るというのに――。
「マリエル、ルーファスに飲み物を――。そうだな、イチゴの匂いのする紅茶でも入れてやってくれ。私は先に行く」
「え・・・・・・」
「一緒にいらっしゃらないので?」
「エルフラン」
エルフランが無言で頷く。ルーファスに着いていてくれと言わなくてもわかるのは流石だ。
「ルーファス、その上気した頬が戻ってからでいい。先にはじめているが、気にせずゆっくり来い」
結婚してから、私の愛情を受け日々敏感になっていくルーファスは、私が軽く唇を吸っただけで、蕩けそうな顔になってしまった。今すぐ襲い掛かりたいほどの艶を他の誰に見せることも我慢が出来ない。
自業自得だということは、責めるような目で見つめるマリエルに言われなくても勿論わかっている。自分の頬に手を当て、視線を下げたルーファスには申し訳ないが、時間が迫っていた。
「ごめんなさい・・・・・・」
目を逸らしたのは、自嘲のせいだと気付く。
「ルーファス、私が悪戯したせいだ。気にするな」
クシャクシャと頭を撫でると、後ろで「ヒィッ!」と声を上げたのはルーファスの美容担当の侍女の内の一人だった。
「・・・・・・早く行ってくださいませ」
マリエルの声が低く響いた。
「パーティの料理をこちらにも届けさせよう」
謝罪のためにそう告げると、三角になっていた侍女たちの目が元に戻る。それを背に私は離宮を後にした。
仕事の終わりにルーファスに密かにつけている護衛から報告を受けるのは日常のことだ。
「・・・・・・身元の確認は出来ているのか――?」
「はい、既にアレナス補佐官に提出済みです」
エルフランの方を見ると、言葉なく頷いた。
「もうやだね~、ルーファス様にだって友達位出来るだろう。学院に通い初めて大分たつんだよ。嫉妬深いんだから」
「ダリウス、同じことをお前に返してやろう」
新妻であるローレッタをつれて登城しているのは、こちらも新婚のダリウスだ。口さえ開かなければ、ルーファスや王妃(リリアナ)と同じように目を瞠るような美少女であるローレッタだが、残念なことに性格が容姿を裏切っている。だが、屋敷に置いているのも心配で王宮の王妃(リリアナ)や王太合に預けているのが実情だ。
「まぁ、いい――。もしルーファスに色目でも使うようなら・・・・・・」
「怖い――! そんなところで止めないでくださいよ」
居たたまれない風情の護衛に帰っていいと手を振ると、あからさまにホッとした顔で部屋を出て行った。
離宮に戻って、ルーファスと食事をしながら今日の出来事を訊ねると、「友達ができたかもしれない」と嬉しそうに報告してきたから、後ろめたいものではないのだろう。
友達が出来たと言って喜ぶルーファスは、アルジェイドとマオが実は護衛として神学校に来て、ルーファスの側にいたと知って春先に随分落ち込んでいたのだ。小さな頃からそれほど仲の良い友達がいなかったルーファスは、アルジェイドのことを親友だと思っていたようだ。アルジェイドが何故ルーファスの護衛になったかを知って、悲しみを堪えていたルーファスだっただけに、友達を作るなとは言えない。
男が相手でないから、押し倒されたり実力行使を使われることはないだろうと、自身を納得させて「良かったな――」と返した自分を褒めてやりたい。
とはいえ、気になって仕方がなかったので、一週間程待って、高等学院に足を運んだ。理事長に用事をわざわざ作り、私自ら出向く必要などないのにだ。
出迎えようとするもの達に『妻(ルーファス)の普段の顔が見たい』と本音まで交えてルーファスが友達とおしゃべりをしているという温室に向かった。
温室の外で待機しているマオが顔色を変えたのを見て、やはり疑念は間違っていなかったのかと逸る気持ちを抑えつつ、驚いているルーファスの元に行った。怒鳴りつけなくてよかった。マオの慌てぶりから私の中でいらぬ妄想が膨らんでいたのだ。
「院に用事だったから顔を見にきただけだ。随分楽しそうだな」
レポートをやっているように見えたが、私が来たのをあまり歓迎しているようではない言葉に、胸が締め付けられる。
「会いたくなかったのか?」
大臣達が聞けば、卒倒しそうなくらい率直な言葉だが、ルーファスに言葉を惜しむつもりなどなかった。ルーファスは、言葉を惜しむと、余計なことを考える節があるからだ。
ルーファスの否定の言葉にホッとしながらも、友達という少女達を値踏みした。そう、これはルーファスの友達に相応しいかどうかを・・・・・・、という建前の上に私の敵になりそうかどうかを確認するためのものだった。
私は知っている。女がどれだけ強かであるかを――。そして、どれだけ私がそういう女達から見て極上であるかを。
普段は敢えて見せることのない笑顔を一人ひとりに向ける。
簡単すぎる陥落に内心笑いが込み上げそうになるが、実は安堵している自分がいることに気付く。
「クリストファー!」
ルーファスの瞳に傷ついたようなものをみつけて、私の心が歓喜に震える。
「どうした?」
わざとらしいと、エルフラン達がいれば呆れるだろう言葉にもルーファスは何かを堪えるように口ごもる。
たまらない――、何故ここには私達だけではないのだろう――。
椅子のひじ掛けに手を置き、囲む様にルーファスに口付けた。ルーファスは、私の口付けが好きなのだ。一瞬蕩けそうになった顔が真っ赤に染まり、私を押して拒否する。
その動作がどれだけ私を煽るか考えもせずに――。
だが、残念ながら今日は城の外での夜会に出席しなければならない。遅くなると告げると、ルーファスは少し寂しそうに頷いた。
「これからもルーファスをよろしく頼むよ」
ダメ押しの笑顔を作ると、ルーファスの顔が強張った。
焼きもちを焼いてくれているのだと思うと、わざわざ高等学院にまでやってきたかいがあるというものだ。ルーファスと温室で・・・・・・いい考えだ――。私の頭に計画が浮かぶ。いい場所があっただろうか、それとも離宮に温室でも作るか・・・・・・。理事長と話をしながらも、私の頭はルーファスのことで一杯になっていた。新婚というのは、そういうものだろう。
誕生日、もういい年をした男の何十年も前に生まれた日を祝うのだ。面倒くさいことこの上ない。
何日も前からやってきている国内外の有力者たちとの会談、お茶会、食事会。それが、ルーファスとの時間をゴリゴリと削り取っていく。
「妃殿下はいらっしゃらないのでしょうか?」
確実に訊ねられる言葉なのは仕方がない。私の妻はルーファスであり、夫婦ともにもてなすのは、当然のことだから――。
「まだ妻(ルーファス)は、学生でしてね。陛下から学業を優先するように命じられているのです」
「学生ですか――。そういえば、やっと成人されたばかりでしたか――。天使のような顔(かんばせ)だとお伺いしておりましたから、楽しみにしていたのですが・・・・・・。舞踏会でお会い出来るのを楽しみにしております」
「ええ――」
舞踏会になど出したくない。この好色な顔を見ろ、ルーファスの顔をみたら涎でもたらすんじゃないのか。と、思ったのが伝わったのか、少し青褪めた顔で客は退出していった。
「クリス様、その・・・・・・眉間に皺が寄ってらっしゃいますよ」
「エルフラン、ルーファスは舞踏会に」
「駄目です――」
何も言っていないというのにエルフランは、断固として「駄目です」と壊れたように繰り返した。
「来るなと言ったら、ルーファス様がどれだけ傷つくか・・・・・・」
見せたくない。美しく着飾ったルーファスが、笑顔で客たちに微笑むのを、見たくない。私にだけ――。
「そうだな・・・・・・」
ルーファスは傷つくだろう。自分に落ち度があったと、責めるだろう。わかっていながら、私はどうにかならないものかと考えてみる。が、いい考えは浮かばなかった。
「クリストファー、変じゃないかな?」
ルーファスが、おずおずと私に装いを見せてくれた。
「化粧をしているのか?」
唇の艶やかさはいつものことだが、少し濃いような気がする。
「・・・・・・綺麗にしたほうがいいって・・・・・・」
変かな? と小首をかしげる仕草は、わかってやっているなら小悪魔としかいいようがない。
「少し、色がな――」
抱きよせ、唇を軽く吸ってやると、ルーファスは驚いて一歩下がる。
「もう! 折角皆が綺麗にしてくれたのに――」
「お前は、元々天使のように美しいんだ。それ以上は」
「恥ずかしいから止めて・・・・・・」
袖で顔を半分隠して、ルーファスは文句を言う。
「ルーファス様、確かに少し唇のお色が濃かったかもしれませんね。その辺は、クリストファー殿下のセンスの良さを信じて上げてくださいませ」
「でもマリエル・・・・・・、こんな風に落とさなくても、いいと思うんだ」
マリエルの執り成しでもルーファスは、潤んだ眼で恨めし気に私を見つめるのを止めない。
だから、その目も私の嗜虐心を煽るというのに――。
「マリエル、ルーファスに飲み物を――。そうだな、イチゴの匂いのする紅茶でも入れてやってくれ。私は先に行く」
「え・・・・・・」
「一緒にいらっしゃらないので?」
「エルフラン」
エルフランが無言で頷く。ルーファスに着いていてくれと言わなくてもわかるのは流石だ。
「ルーファス、その上気した頬が戻ってからでいい。先にはじめているが、気にせずゆっくり来い」
結婚してから、私の愛情を受け日々敏感になっていくルーファスは、私が軽く唇を吸っただけで、蕩けそうな顔になってしまった。今すぐ襲い掛かりたいほどの艶を他の誰に見せることも我慢が出来ない。
自業自得だということは、責めるような目で見つめるマリエルに言われなくても勿論わかっている。自分の頬に手を当て、視線を下げたルーファスには申し訳ないが、時間が迫っていた。
「ごめんなさい・・・・・・」
目を逸らしたのは、自嘲のせいだと気付く。
「ルーファス、私が悪戯したせいだ。気にするな」
クシャクシャと頭を撫でると、後ろで「ヒィッ!」と声を上げたのはルーファスの美容担当の侍女の内の一人だった。
「・・・・・・早く行ってくださいませ」
マリエルの声が低く響いた。
「パーティの料理をこちらにも届けさせよう」
謝罪のためにそう告げると、三角になっていた侍女たちの目が元に戻る。それを背に私は離宮を後にした。
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