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東院さち

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ある夫婦の会話

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 ルーファス様にリボンの花を巻いた後、私は心配で部屋を離れることが出来なかった。けれど、クリストファー殿下が「明日、面倒をみてもらわないといけないから帰って休め」というので、仕方なく離宮にあてがわれている我が家に戻って来た。
 クリストファー殿下は、ルーファス様の具合が悪いと思っているから看護のためのつもりだったのだろう。

 きっと明日はルーファス様は動けない。そして、クリストファー殿下はご自分の誕生日の祝いに来てくれた人達の相手があるのでずっとルーファス様についていることはできないだろうから、私が看護しなければ! と思うだけど・・・・・・。

「ああっ、ドキドキするわ」

 ルーファス様が上目遣いに(寝台に寝ているので)見上げて、クリストファー殿下の野生が解き放たれないか心配で、心臓がせわしないくらいだった。

「何がドキドキするの?」

 旦那様(アルジェイド)が、帰って来たのにすら気付かない私を不思議そうに見ている。

「あら、ジェイ・・・・・・お疲れ様でした」

 澄ました顔で妻の顔に戻り、疲れたようなアルジェイドの装備を解くのを手伝った。

「で、どうしたの?」
「クリストファー殿下の誕生日でしょう。ルーファス様にリボンを巻いてきたの」

 そう言うと、ブホッとらしくないくらいにアルジェイドは噎せた。ケホケホと何度も咳き込み、私に「どこに巻いたの?」と訊ねた。

「頭よ」

 何を想像しているのかしらと冷たい目で見上げたけれど、うん、私も想像したのは違う場所だったわ。でもルーファス様は、首に巻くか頭に巻くか迷っていたんだと思うの。じゃ、なければ私に頼むわけがないもの。

「そう・・・・・・それは良かった――」

 私より一層冷たい声でアルジェイドが呟いた。あら、どうしたのかしら? いつもの温厚な彼ではないような気がする。

「君は、ルーファス様を友達か何かと思っているんじゃないのか?」

 責めるように言われて、意味がわからずカッとなって言い返した。

「あなたこそ、お友達なのに、ルーファス様に冷たいと思うわ」

 アルジェイドは、ルーファスの側に仕えているのに、常に部下のような態度をとっている。それをルーファス様が寂しく思っているのを私は知っている。

「ルーファス様は主人だ――。友達じゃない」
「・・・・・・酷いっ、ルーファス様がそれを聞いたら・・・・・・」

 思いがけない夫の言葉に私は驚きと非難で声を詰まらせた。

「ルーファス様は男だって、君はわかっているのか? 女友達のつもりでいるんじゃないのか? 立場は妃だとしてもあの人は、芯の強い男だ。大半が根を上げる神学校を主席で卒業した人なんだ」

 何が温厚な夫を激高させたのかわからないけれど、アルジェイドがルーファス様を男として認めているということはわかった。

「ルーファス様が男性だってくらいわかっているわ――。でもだからって・・・・・・」

 そんな風に言わなくてもいいのに・・・・・・。

「っ! 何故泣くんだ・・・・・・」
「・・・・・・ジェイ、怒ってる・・・・・・」

 アルジェイドを怒らせたことなんて、ほとんどない。彼が私のために怒ってくれたことはあってもだ。その彼が、私を責めるなんて・・・・・・。

「ああっ! もう!」

 更に声を上げたアルジェイドに、私の涙は頬を伝った。

「ごめん・・・・・・。焼きもちを焼いた。君がいつもルーファス様、ルーファス様っていうし、ルーファス様のリボンを結んでいるところを思い浮かべたら・・・・・・何だか腹が立った」
「頭っ・・・・・・に」
「わかっている――。ごめん、泣かないでくれ。頭じゃないところに結んでいるのを想像したら気が立った・・・・・・」

 酷い・・・・・・。流石に私でもあそこには(自主規制)結ばないのに。

「ジェイは・・・・・・、ルーファス様のこと嫌いなの?」

 そんな風には見えないのに、友達じゃないだなんて――。

「ルーファス様は、友達じゃない。私が剣を捧げた唯一人の主だ」

 アルジェイドは、祖国(リグザル)でも剣を捧げてはいなかった。

「それって・・・・・・」
「だから、二人がいるところで、君が危なくても、私はルーファス様を護る」
「ええ、もちろんよ」
「ルーファス様がクリストファー殿下を見限ったら、君も連れて、私はルーファス様についていく。そんなの友達じゃないだろう?」

 アルジェイドの中に確かにある想いは、友情よりも深いのだと気付いた。
 確かにそれは、友達の範囲を超えているような気がする。

「ええ、そうね。友達じゃないわね」

 私の旦那様(アルジェイド)は、やはり格好いい。

「でも、君があまりにルーファス様祭りばかりしているから・・・・・・。たまには私の方も向いてほしい・・・・・・」

 わっしょいわっしょい・・・・・・、確かに。

「そんなつもりは・・・・・・ないのよ。でもごめんなさい――」

 アルジェイドがそんな風に思っていたなんて、想像もしていなかった。いつも飄々としていて、私がルーファス様でお祭りしている時も、見守っていてくれていたから。

「謝罪はいらないよ。でも、今日は私のことを慰めてくれる?」

 消沈しているアルジェイドは、私を泣かしたことで落ち込んでいるようだった。

 自分からアルジェイドの首に手を回し、顔を引き寄せて口付けた。お詫びも兼ねて。

「ジェイ、大好きよ――」

 そう告げると、涙の跡をアルジェイドが口付けた。

「ありがとう――。愛してる、マリエル――」

 私の旦那様は、世界一格好いいと思う。そんな彼が、私にだけ愛を囁いてくれる幸運に感謝しつつ、彼が明日の私の仕事のことを忘れないように願うのみである。
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