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クリストファーの誕生日 4
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俺のプレゼント・・・・・・、クリストファーは喜んでくれるかもしれないけれど・・・・・・、困らせるかもしれない――。
どうしよう・・・・・・?
途方にくれそうになる俺にクリストファーは近づいてきた。
「ルーファス、雪狐の毛皮だ」
「とても素敵ですね」
クリストファーの赤い髪にとても似合っている。
「ルーファス? どうした――?」
クリストファーが手袋を外して、俺の額に手を当てた。
「熱はないな・・・・・・」と、ホッとしたクリストファーの声に、俺は内心驚いていた。俺の小さな変化に気付いてくれたんだと思うと、泣きそうになった。
「エルフラン、ルーファスを部屋に。マリエルに言って、必要なら侍医を呼べ」
「ルーファス様、具合が悪かったんですか? 気付きませんでした。申し訳ございません」
エルフランが心配そうな顔で俺に謝る。
「違うんです、大丈夫です」
クリストファーは少し怒ったような顔で「無理をしなくていい」と言う。けれど、ここでクリストファーの隣に座っていることが俺に出来る少ない妻としての役目なのに――。
「ルーファス様、もどりましょう」
「ルーファス、部屋で私が帰るのを待っていてくれ」
きっとクリストファーは、この後だって忙しいだろうに、そう言って俺をエルフランに預けた。心配を掛けているとわかる声音に、俺はこれ以上ここに居るとは言えなくなってしまった。
胸に腕を当てて、お辞儀をする。ドレスに見えてもこれはドレスではないから裾は持たない。
「皆さま、不調法で申し訳ございません――。ごゆっくり一時を楽しんでいってください」
王太合様に習った通りに、俺は挨拶をして、ホールを後にしたのだった。
「さすが、クリス様ですね。ルーファス様の不調を見抜かれるとは」
エルフランもこんな調子の俺を責めたりはしない。けれど、俺は碌に妻としての役目も果たせなかったことに落ち込んでいた。それがもっとエルフランを心配させてしまうことになって、申し訳ない。
本当は、渡すはずのプレゼントを渡せなくなって、途方にくれているだけなのに――。
エルフランとアルジェイドは、マリエルと話をして部屋を出て行った。クリストファーの元に戻ったのだろう。
「ルーファス様、ご気分が悪いのですか?」
俺の困ったような顔を見て、マリエルが訊ねる。
「マリエル・・・・・・、どうしよう。プレゼントを渡せない――」
俺は、クリストファーがアリエス王女からもらった襟巻のことを言った。
「雪狐ですか――。それはかなり希少価値の高いものですね。リグザル王国にしか生息していない上に、数が少ないので、王国が保護しているから手に入りにくいのです」
とても綺麗な毛皮だった。
「クリストファーは、アリエス王女を抱きしめて喜んでいたよ。俺、もうマフラーは渡せない」
「アリエス王女を抱きしめたですって――? ルーファス様の目の前で? どんなに高価なものだろうと、希少価値のあるものだろうと! 許せませんわ!」
怒っているマリエルを見たのは初めてかもしれない。
ちょっと怖い・・・・・・。
「でも変ですわね。クリストファー殿下は、ものにこだわる方では・・・・・・」
確かにその通りだった。クリストファーは、王族ということもあり一流品に囲まれて育ってきたからか、物に執着することはなかった。自分のものではなく、俺の着る服だとか飾る宝石だとかには注文がうるさいらしいのだが。
「だからこそ、余程欲しかったものなんじゃないかな。でも、俺、クリストファーに贈り物があるんだって言ってしまって・・・・・・、どうすればいいんだろう」
そう、何か代わりのものを・・・・・・。
『「誕生日のプレゼント? 殿下に? そんなの自分にリボン結んで『俺がプレゼントだよ』でいいんじゃないですかね? まぁ結ぶ場所・・・・・・は選んだ方がいいとは思いますが」』
不意にマオの言葉を思い出した。
ポンと赤くなった俺を不思議そうに見つめるマリエルに、「俺がプレゼント、とか、変だよね?」と恐る恐る訊ねてみた。いや、本当に、軽い気持ちだったんだけど。
一瞬目を見開いたマリエルは、「それですわ!」と叫んだ。
「え、それ・・・・・・?」
「ルーファス様がプレゼント! そんな素晴らしいもの、クリストファー様は大喜びしますわ! 神に感謝して、鼻血を零すんじゃないからしら?」
そうだった、マリエルは時折おかしくなるんだった。
「鼻血は出さないんじゃないかな?」
「泣いちゃうんじゃないかしら?」
「いや・・・・・・」
俺が少し引いていくのをマリエルは気付いて、コホンと咳ばらいをする。
「申し訳ございません。取り乱してしまいました――」
マリエルが戻ってきてくれて嬉しいよ。
「リボンはどこに結んだらいいんだろう――?」
「あっ」
「え・・・・・・」
真っ赤になったマリエルに、俺は聞きたい。でも怖くて聞けない。
どこに結ぶつもりだったんだろう・・・・・・と。
俺は、寝る時に着る服に着替えて、頭にリボンを巻いてもらった。クルクルと色んな方向に散らばるリボンは、マリエルが自分の部屋から持ってきてくれたものだった。
アルジェイドと結婚して、直ぐ修道院に入っていたマリエルは、そこで売るお菓子や花をラッピングするのが得意だったらしい。リボン一つで、全然売れ行きが変わるんですよ、と自慢げに語るマリエルの意外な特技は本当に見事だった。
花がいくつも咲いたように見せるリボンだが、長いところを引っ張れば、綺麗に外れるらしい。
「ルーファス様、これならクリストファー殿下は大喜びされますよ。でも、マフラーも折角だから渡してはいかがですか? クリストファー殿下を想って作ったと知ったら、喜ばれると思います」
マリエルは、そう言って帰っていった。
クリストファーは、皆が言っていたように俺が作ったものなら、なんだって喜んでくれるだろう。
「でもきっと、あんなに喜んでいた姿と俺が渡したマフラーを喜ぶ姿を比べてしまうだろう。そして、落ち込んでしまう」
比べる必要などないのに、きっと俺はがっかりしてしまう。
それにしても、花を頭に沢山つけた状態でクリストファーが帰ってくるのを待つのか・・・・・・と思うとそれも何だか恥ずかしい。エルフランも一緒に帰ってきたら・・・・・・。
ふと、目に入ったのは、ローレッタがくれたお酒だった。
『私もお酒は弱いんだけど、これはそんなに酔わなかったのよ。でも美味しかったから、ルーファスにも買ってきたのよ』
クリストファーと一緒に飲もうと思って、自分の分のボトルと、クリストファーが好むボトルを寝室に用意してもらっていたのだった。
クリストファーからは禁酒を言い渡されているが、ローレッタが大丈夫なくらいの弱さなら一口くらい大丈夫だろう。それに、このそわそわした気分を落ち着けることが出来るかもしれない。
ワインを開けて、グラスに注ぐと、とても芳醇な香りがした。
「一口だけ・・・・・・」
朝から忙しかった。だから酔いが回るのが早かったのかもしれない。
たった一口で俺は意識を失って、何だか苦しくて目が醒めたら、目の前に怒ったような顔をしたクリストファーが俺にのしかかっていたのだった。
「酒を飲んだのか?」
禁酒と言われていたのに、飲んでしまったのがいけなかったのだろう。クリストファーが怒っていた。
「ひ、一口だけ・・・・・・」
「具合が悪いのにか――?」
ああ、そうだった。俺は具合が悪いと思われていたんだった。すっかり忘れていた。
「この頭はなんだ――?」
シュルと長いリボンを引っ張ったクリストファーは、俺の頭の上にあったリボンが解けたことに驚いていた。
「・・・・・・あの」
「具合は悪くないのか――?」
責めるような声に、クリストファーが心配してくれていたことを思いだした。
「・・・・・・ごめんなさい」
俺は、クリストファーの冷たい眼差しに、いたたまれなくなった。
自分が悪いのだ。ちゃんと説明できなかったこと、飲んではいけないと言われていたのに、飲んでしまったこと――。それらは、心配してくていたクリストファーを馬鹿にしているような行動と思われても仕方のないことだった。
眦から流れた涙を隠すように俺は、クリストファーに背を向けた。寝台にうつ伏せで顔をかくした俺にクリストファーが覆いかぶさった。
背中に吐息が掛かかる。
「具合は悪くないようだな――」
クリストファーの硬い声に、俺は小さく頷いた。
「なら、責任はとってもらうぞ――」
俺は、クリストファーの怒りを感じて、身体を強張らせたのだった。
どうしよう・・・・・・?
途方にくれそうになる俺にクリストファーは近づいてきた。
「ルーファス、雪狐の毛皮だ」
「とても素敵ですね」
クリストファーの赤い髪にとても似合っている。
「ルーファス? どうした――?」
クリストファーが手袋を外して、俺の額に手を当てた。
「熱はないな・・・・・・」と、ホッとしたクリストファーの声に、俺は内心驚いていた。俺の小さな変化に気付いてくれたんだと思うと、泣きそうになった。
「エルフラン、ルーファスを部屋に。マリエルに言って、必要なら侍医を呼べ」
「ルーファス様、具合が悪かったんですか? 気付きませんでした。申し訳ございません」
エルフランが心配そうな顔で俺に謝る。
「違うんです、大丈夫です」
クリストファーは少し怒ったような顔で「無理をしなくていい」と言う。けれど、ここでクリストファーの隣に座っていることが俺に出来る少ない妻としての役目なのに――。
「ルーファス様、もどりましょう」
「ルーファス、部屋で私が帰るのを待っていてくれ」
きっとクリストファーは、この後だって忙しいだろうに、そう言って俺をエルフランに預けた。心配を掛けているとわかる声音に、俺はこれ以上ここに居るとは言えなくなってしまった。
胸に腕を当てて、お辞儀をする。ドレスに見えてもこれはドレスではないから裾は持たない。
「皆さま、不調法で申し訳ございません――。ごゆっくり一時を楽しんでいってください」
王太合様に習った通りに、俺は挨拶をして、ホールを後にしたのだった。
「さすが、クリス様ですね。ルーファス様の不調を見抜かれるとは」
エルフランもこんな調子の俺を責めたりはしない。けれど、俺は碌に妻としての役目も果たせなかったことに落ち込んでいた。それがもっとエルフランを心配させてしまうことになって、申し訳ない。
本当は、渡すはずのプレゼントを渡せなくなって、途方にくれているだけなのに――。
エルフランとアルジェイドは、マリエルと話をして部屋を出て行った。クリストファーの元に戻ったのだろう。
「ルーファス様、ご気分が悪いのですか?」
俺の困ったような顔を見て、マリエルが訊ねる。
「マリエル・・・・・・、どうしよう。プレゼントを渡せない――」
俺は、クリストファーがアリエス王女からもらった襟巻のことを言った。
「雪狐ですか――。それはかなり希少価値の高いものですね。リグザル王国にしか生息していない上に、数が少ないので、王国が保護しているから手に入りにくいのです」
とても綺麗な毛皮だった。
「クリストファーは、アリエス王女を抱きしめて喜んでいたよ。俺、もうマフラーは渡せない」
「アリエス王女を抱きしめたですって――? ルーファス様の目の前で? どんなに高価なものだろうと、希少価値のあるものだろうと! 許せませんわ!」
怒っているマリエルを見たのは初めてかもしれない。
ちょっと怖い・・・・・・。
「でも変ですわね。クリストファー殿下は、ものにこだわる方では・・・・・・」
確かにその通りだった。クリストファーは、王族ということもあり一流品に囲まれて育ってきたからか、物に執着することはなかった。自分のものではなく、俺の着る服だとか飾る宝石だとかには注文がうるさいらしいのだが。
「だからこそ、余程欲しかったものなんじゃないかな。でも、俺、クリストファーに贈り物があるんだって言ってしまって・・・・・・、どうすればいいんだろう」
そう、何か代わりのものを・・・・・・。
『「誕生日のプレゼント? 殿下に? そんなの自分にリボン結んで『俺がプレゼントだよ』でいいんじゃないですかね? まぁ結ぶ場所・・・・・・は選んだ方がいいとは思いますが」』
不意にマオの言葉を思い出した。
ポンと赤くなった俺を不思議そうに見つめるマリエルに、「俺がプレゼント、とか、変だよね?」と恐る恐る訊ねてみた。いや、本当に、軽い気持ちだったんだけど。
一瞬目を見開いたマリエルは、「それですわ!」と叫んだ。
「え、それ・・・・・・?」
「ルーファス様がプレゼント! そんな素晴らしいもの、クリストファー様は大喜びしますわ! 神に感謝して、鼻血を零すんじゃないからしら?」
そうだった、マリエルは時折おかしくなるんだった。
「鼻血は出さないんじゃないかな?」
「泣いちゃうんじゃないかしら?」
「いや・・・・・・」
俺が少し引いていくのをマリエルは気付いて、コホンと咳ばらいをする。
「申し訳ございません。取り乱してしまいました――」
マリエルが戻ってきてくれて嬉しいよ。
「リボンはどこに結んだらいいんだろう――?」
「あっ」
「え・・・・・・」
真っ赤になったマリエルに、俺は聞きたい。でも怖くて聞けない。
どこに結ぶつもりだったんだろう・・・・・・と。
俺は、寝る時に着る服に着替えて、頭にリボンを巻いてもらった。クルクルと色んな方向に散らばるリボンは、マリエルが自分の部屋から持ってきてくれたものだった。
アルジェイドと結婚して、直ぐ修道院に入っていたマリエルは、そこで売るお菓子や花をラッピングするのが得意だったらしい。リボン一つで、全然売れ行きが変わるんですよ、と自慢げに語るマリエルの意外な特技は本当に見事だった。
花がいくつも咲いたように見せるリボンだが、長いところを引っ張れば、綺麗に外れるらしい。
「ルーファス様、これならクリストファー殿下は大喜びされますよ。でも、マフラーも折角だから渡してはいかがですか? クリストファー殿下を想って作ったと知ったら、喜ばれると思います」
マリエルは、そう言って帰っていった。
クリストファーは、皆が言っていたように俺が作ったものなら、なんだって喜んでくれるだろう。
「でもきっと、あんなに喜んでいた姿と俺が渡したマフラーを喜ぶ姿を比べてしまうだろう。そして、落ち込んでしまう」
比べる必要などないのに、きっと俺はがっかりしてしまう。
それにしても、花を頭に沢山つけた状態でクリストファーが帰ってくるのを待つのか・・・・・・と思うとそれも何だか恥ずかしい。エルフランも一緒に帰ってきたら・・・・・・。
ふと、目に入ったのは、ローレッタがくれたお酒だった。
『私もお酒は弱いんだけど、これはそんなに酔わなかったのよ。でも美味しかったから、ルーファスにも買ってきたのよ』
クリストファーと一緒に飲もうと思って、自分の分のボトルと、クリストファーが好むボトルを寝室に用意してもらっていたのだった。
クリストファーからは禁酒を言い渡されているが、ローレッタが大丈夫なくらいの弱さなら一口くらい大丈夫だろう。それに、このそわそわした気分を落ち着けることが出来るかもしれない。
ワインを開けて、グラスに注ぐと、とても芳醇な香りがした。
「一口だけ・・・・・・」
朝から忙しかった。だから酔いが回るのが早かったのかもしれない。
たった一口で俺は意識を失って、何だか苦しくて目が醒めたら、目の前に怒ったような顔をしたクリストファーが俺にのしかかっていたのだった。
「酒を飲んだのか?」
禁酒と言われていたのに、飲んでしまったのがいけなかったのだろう。クリストファーが怒っていた。
「ひ、一口だけ・・・・・・」
「具合が悪いのにか――?」
ああ、そうだった。俺は具合が悪いと思われていたんだった。すっかり忘れていた。
「この頭はなんだ――?」
シュルと長いリボンを引っ張ったクリストファーは、俺の頭の上にあったリボンが解けたことに驚いていた。
「・・・・・・あの」
「具合は悪くないのか――?」
責めるような声に、クリストファーが心配してくれていたことを思いだした。
「・・・・・・ごめんなさい」
俺は、クリストファーの冷たい眼差しに、いたたまれなくなった。
自分が悪いのだ。ちゃんと説明できなかったこと、飲んではいけないと言われていたのに、飲んでしまったこと――。それらは、心配してくていたクリストファーを馬鹿にしているような行動と思われても仕方のないことだった。
眦から流れた涙を隠すように俺は、クリストファーに背を向けた。寝台にうつ伏せで顔をかくした俺にクリストファーが覆いかぶさった。
背中に吐息が掛かかる。
「具合は悪くないようだな――」
クリストファーの硬い声に、俺は小さく頷いた。
「なら、責任はとってもらうぞ――」
俺は、クリストファーの怒りを感じて、身体を強張らせたのだった。
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