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クリストファーの誕生日 1

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「誕生日のプレゼント? 殿下に? そんなの自分にリボン結んで『俺がプレゼントだよ』でいいんじゃないですかね? まぁ結ぶ場所・・・・・・は選んだ方がいいとは思いますが」

 ああ、そうだ。マオに聞いた俺が馬鹿だった。
 横で噎せているアルジェイドを見ると目線を逸らされた。想像したな・・・・・・そして笑いを堪えているな。

「ゴホンゴホン・・・・・・ッ。殿下に似合いそうなものをプレゼントするとかはどうですか?」

 無言で押し黙った俺の気持ちを察してか、アルジェイドがそう言う。
 もちろんそれは考えたが・・・・・・。お洒落なクリストファーに俺のセンスで選んでも似合わないような気がするのだ。

「ルーファス様が渡せばなんでもつけてくれそうですけどね。似合わないものをつけて嬉しそうにしている殿下を見る勇気がルーファス様にあるのかどうか・・・・・・」

 ガスッ! 

「ぐっ――・・・・・・鳩尾は止めてください・・・・・・」

 俺の気持ちを代弁しなくていいんだ、マオ。その通りだよ、でも何故だか右手が動いたんだよ。一回目はスル―してあげたのに・・・・・・。

「食べものとかはどうですか? ケーキを焼くとか」
「あはははは! ぐっ! 額も止めてください。今止めなきゃ、俺ヤバかったですよね?」
「ルーファス様、学院とはいえ、人目もありますから・・・・・・」

 アルジェイドが言うのはもっともだとは思うのだが、この右手が・・・・・・止まらない。

「マオもいい加減にしろよ」
「だって、ジェイドだって知っているのにルーファス様の料理の豪快さを!」

 素材が良ければ塩だけでいいのではないだろうか。

「マオは細かすぎる。料理に対する執念の半分でも真面目なら俺が殴る必要もないのに」

 マオは、肉が好きだ。勿論自分でも焼く。肉だけではなく、肉に合うなら、何でも作る。それも妙に繊細な味付けだ。こんなに料理に(肉?)に対して真摯な人間はいないんじゃないだろうか。騎士なんかやめて料理人になればいいのに・・・・・・と思わないでもない。

「まぁまぁ。なら違うものを探すべきだな。料理が豪快でもクリストファー殿下は喜んで食べそうですが」

 振り出しに戻る――。

 一月もしないうちにクリストファーの誕生日があるのだ。
 俺は今高等学院に通っている。公務も免除されていて、目下学院と城で勉強している。 再会し、結婚した俺達の仲はとても良好だ。クリストファーは、いつも俺に愛を囁いてくれる。生まれてこの方両親から愛をもらったことのない俺としては、とても居心地のいい揺り籠の中で真綿に包まれたような生活を送っている。
 不安がないとは言わないが、クリストファーを信じようと思っている。

「あれは何?」

 女の子達が何人かで必死に取り組んでいるのが見えた。

「見に行ってみますか?」

 マオは少し離れたところで待機して俺とアルジェイドは、女の子達の輪に声を掛けた。マオは護衛騎士としてきているので、生徒ではないから気をつかっているようだ。

「こんにちは」

 実は俺は、男より女の子の方が話しかけやすかったりする。小さい頃はリリアナ様が側にいたし、一応ローレッタは兄妹だ。セドリックは残念ながら母が隔離していた状態なので、女の方が慣れている。神学校は男ばっかりだったが、お話しをするというより拳で語る方が多かったので、行儀のいいこの学院の(貴族のボンボンが多い)男は少し苦手なのだ。

「キャー! ルーファス妃殿下!」

 何故か悲鳴を上げられて、顔を赤くした女の子達が慌てて立ち上がってお辞儀をする。

「ごめんね、邪魔をしたかな?」

 一生懸命が滲み出ていた彼女達に話しかけるべきじゃなかったかと、少し迷いながら声を掛けると、ブンブンと左右に頭を振って、彼女達は「とんでもない、光栄です」と笑顔を見せてくれた。頭の振り様は激しかったけれど、否定はされていないようでホッとした。

「何をしていたの?」

 前にいた女の子が立ち上がったときに落ちたフワリとしたものを拾う。
その子は「ありがとうございます!」とまだ緊張に溢れていたけれど答えてくれた。

「これは毛糸でマフラーを編んでいるんです。彼女の大好きな人が来週誕生日なので、今追い込みなんです。私達も一緒に編んでいて・・・・・・その・・・・・・好きな人に上げようかなと思って」

 顔を真っ赤にして彼女達はそれを見せてくれた。

「自分で作れるんだ・・・・・・」

 昔、リリアナ様がくれたことがあった。あれは、リリアナ様が編んだんだろうか。もう流石に小さくて使えないが、実家に置いてあるはずだ。

「私は少し不器用なので編みなおしばかりです」

 フフッと笑った彼女はリナと言った。

「不器用でも作れるんだ・・・・・・」
「大丈夫ですよ。私も初めてですけど・・・・・・大分上手になりました」
「リナ、何回も失敗したくせに」
「もうあなた達、少しくらい見栄を張らせてちょうだい」

 見せてくれたものは、とても細い毛糸で編まれている。
 それならば、俺でも作れるんじゃないだろうかと、希望の光が見えた。

「あの・・・・・・俺に作り方を教えてくれないだろうか」
「え、妃殿下にですか?」
「駄目だろうか」

 俺に尻尾があったら確実に垂れただろう。そんな俺の心を知ってか、リナは「喜んで」と笑顔で了解してくれた。

「リナより私のほうが上手ですよ」
「よろしくお願いします。何を持ってきたらいいかな」
「ルーファス妃殿下にお願いされちゃった」

 五人の女の子達は、皆戸惑いながらも俺のお願いを受け入れてくれた。毎日ここでお昼ご飯に集まって、そのまま作っているらしい。

「ジェイド、毛糸とかあるかな?」
「あると思いますよ。用意させましょう」

 苦笑を浮かべ、アルジェイドは請け負ってくれた。俺は、このマフラーをクリストファーの誕生日にプレゼントするつもりだった。クリストファーがつけてくれるかはわからないが、出来るだけ柔らかくて、彼に似合う色にしようと決めた。


 クリストファーは何色でも似合うと思う。リナ達のアドバイスで黒はやめた。黒は夜編むときは見にくいし、難しいんだそうだ。迷いに迷ったが、マリエルの「白なら服が何色でも似合いますよ」という言葉に一瞬で決まってしまった。

 白い毛糸と編針はマリエルが用意してくれた。とても柔らかくて、温かそうな毛糸だ。

「いい糸ですね~」

 女の子たちは俺の持ってきたものをみて、そう言ってくれた。

「棒はこうやって持つんです。で、こうして糸を指で持って――」

 指が攣りそうだ・・・・・・。

 簡単に見えて、初めての俺にはとても難しかった。最初はゲージという試し編みをした。彼女達がいうには、力加減で大きさが変わることもあるそうだ。一定の力で編むことが難しいけれど一番綺麗に編むコツだそうだ。

「そうそう、ちょっと感じ掴めてきましたね。上手です」

 褒めて伸ばすタイプのリナの教え方は、俺にあっていたのか二三日もすれば、お喋りしながら指が動くようになってきた。

 食事を終えて彼女達と合流し、教えてもらう日が続いた。離宮でもクリストファーが公務で遅くなる日だけ毛糸を引っ張り出して編んでいる。出来れば、驚かせたいと思うのが心情だろう。

 彼女達との会話は、専ら学院のことやら彼女達の彼氏や婚約者のことだった。

「ルーファス様は、どうやってクリストファー殿下とお知り合いになったんですか?」

 訊ねられて、いつものように「叔母であるリリアナ様に会いに来た時にね」と言った。

「クリストファー殿下は、ルーファス様が安全に過ごせるように学院の風紀を整えられたんですよね。神学校に行っていたのは、やはり学院に入るのが不安だったからですか?」
「いや・・・・・・、不安は確かにあったけれど、元々俺は天文学を勉強したくてね。神学校は有名だったから」
「そうだったんですか」
「神学校は外部と連絡がとれないんでしょう? その間に殿下にお会い出来ないのが不安じゃなかったんですか?」
「あの頃は、クリストファー殿下は王太子でいらっしゃったから・・・・・・。男の俺とは結婚なんて出来ると思っていなかったんだよ。もしかして、君の好きな人は遠くにいるの?」

 まるで自分のことのように心配する彼女は、来週好きな人が誕生日だというエリーゼだった。

「ルーファス様――っ。私の好きな人は隣の国の人なんです」
「エリーゼの家は貿易をしているんです。だから、隣の国の貿易商である彼と知り合って」
「でも、うちは男爵家だけれど、彼は平民だから・・・・・・。相手にしてくれなくて・・・・・・」
「そう――でも彼は君のことを大事に思ってくれているんじゃないのかな」

 利益のために彼女を利用しようとしないのは彼の思いやりのような気がする。

「私は――、家を捨ててもいいのに――」

 思い詰めた目をしたエリーゼの手が震えていた。その手があまりに寒そうに見えて、握ると、やはり冷たくなっている。

「エリーゼ、彼は君を不幸にするかもしれないと思っているんじゃないのかな? そのプレゼントを持っていって、ちゃんと冷静に話し合ってくるといいよ。俺はね、自分が大事で自分が傷つくのが辛くて、クリストファーから逃げたことがあるんだ。とても後悔している。もっとちゃんと話し合えば良かったと、本当に思うんだ」

 逃げた事実は、クリストファーを傷つけて、彼はあの時のことを忘れない。

「はい――。ルーファス様。わかりました。ルーファス様が励ましてくれて少し心が落ち着きました。ありがとうございます」

 瞳にあった思い詰めたような光が、少し緩んで、俺はホッとした。
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