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家族の肖像 4(視点変更有り)
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ルーファスは三日間寝込んだ。そして、笑わなくなってしまった。まるで薔薇が萎れるような風情だ。
夜中何度もうなされるルーファスを抱きしめ、クリストファーはあまり眠ってはいない。食欲がないというルーファスにスプーンを運び、なんとか薬を飲ませて、部屋を出たが気になって仕方がないというのに、呼んだ兄のジェームスは未だに顔を見せない。
王宮の奥まった庭で、リリアナ妃と子供達と何故かローレッタを前にお茶を飲んでいるクリストファーだった。
「ルーファの具合はどう?」
「あまり良くないですね」
「浮気なんかするからルーの具合が悪くなるのよ」
ローレッタの恨みがましい呟きを流せるほどクリストファーは余裕がなかった。
クリストファーは、立ち上がり、ローレッタのこめかみをグリグリと中指を曲げ、尖った先で押した。
「いたたったたた! 痛いじゃない!」
「お前がルーファスに子供の事をいったのはわかっている」
「言って悪いわけないじゃない! なんでダリウスもあなたも黙っているのかわからないわ!」
ローレッタが聞いたのは偶然だ。たまたまカーテンの陰に隠れていたら、エルフランとダリウスが話し始めたのだ。
「関係がないだろう……」
「か、関係ないって! そんなわけないでしょう! ……まさか。まさかルーにも関係ないとかいったんじゃないでしょうね?」
無言は肯定だった。ローレッタは、呆れたようにクリストファーを見つめた。
「ルーファスと結婚するどころか出会った頃のことだ。浮気じゃない」
「えええええ! そんな大きな子なの? しかも浮気じゃないとか……。どうせルーが学校に行ってた間だって好きなだけ関係してたんでしょ?」
クリストファーがもてていたことはローレッタだって知っている。だから、この後だって何人も子供が出て来ることもあるだろうし、次は浮気相手が城に乗り込んでくるかもしれないと思っていた。
「ルーファスと出会ってから、関係したのはあの女だけだ」
リリアナは、さり気なく王子と王女を部屋に帰す様に侍女に命じた。
「そんな嘘、信じられるわけないじゃない」
ルーファスが帰ってくるまで三年もあったのだ。
「嘘じゃない」
「じゃあ欲望の処理はどうしてたのよ!」
公爵夫人が、欲望の処理とか朝っぱらから言わないで欲しいとリリアナは真っ赤になって「ロッティ、止めなさい」と叱りつけた。叔母に怒られて、ローレッタはしまったと思ったが、クリストファーは関係のなさそうな声で「右手で……」と言った。
右手……右手……と、ローレッタは呟き、真っ赤になった。
リリアナとローレッタが真っ赤になっているところに王(ジェームス)がやってきて、不思議そうに「熱でもあるの?」と尋ねた。
「右手……」
呟いたローレッタの口をリリアナは大急ぎで塞いだ。
「右手がどうしたのかな?」
王の問いにリリアナは「なんでもないのよ」と上品に微笑んだ。
「クリス、あの子のことなんだが、あと一週間くらいだろう? 本当に私達の子供にしていいんだな?」
王は、ただ静かに弟への確認をする。
「はい。私は子供はいりません。ルーファスが産むというのなら喜んで受け入れますが。避妊するのを忘れた私のせいですが、今になって言われても、父親になる気はありません」
クリストファーは、淡々と自分の意見を述べた。
女を抱いたのは、忘れもしないルーファスに出会った夜だった。そうでなければ、クリストファーは覚えてもいなかっただろう。
魅かれた少女が男だとわかり、軽くショックを受けたのは、クリストファーが王太子である自分には女しか妻にすることができないと思い込んでいたからだ。
その衝撃と抱き上げた時に突き上げた滾る欲望を男爵の未亡人という女に注いだのは、クリストファーの中でも最悪の汚点として記憶に残っている。
性に奔放なこの国の社交界で、男漁りをするつもりの女が、避妊薬を飲んでいないとは思ってもみなかった。
ルーファスを自分の部屋につれてきて夢中になってしまい、女に避妊薬を飲ませることを忘れていたことも意識の中になかった。普段であれば、エルフランが必ず処置をするのに、言う事すら忘れていた。
そのことをエルフランとダリウスに告げたときに「的中率高すぎでしょ」と言われた。
「クリストファー殿下、その子、引き取ればいいのに」
ローレッタは、チョコムースのケーキを頬張りながら気付いていないだろうクリストファーに教えてやることにした。
「何を……。私の娘だぞ、今は六歳か七歳だ。十年たってみろ。十六歳の私の娘だぞ」
何を当たり前のことを言っているんだろうと三人は思った。
「そのときルーファスはまだ三十二歳だ。私の娘がルーファスを愛さないわけがないだろう」
嫉妬ですか、そうですか。
三人は肩を落とした。血の繋がらない親子、三十二歳と十六歳ならば確かに色々とまずいかもしれないと思いつつも、クリストファーの危惧に呆れる。六歳の娘にそこまで危機感を覚えるってどんなに心配症なんだろう。
「でも、ルーは家族が増えたら喜びますよ。ルーは愛情深いからきっとその子を愛するでしょうね」
父親に溺愛されたローレッタを恨んでも、母親に愛されたセドリックを憎んでもおかしくなかったというのに、一切その感情を見せなかった。ローレッタはルーファスに兄妹として愛されていると思っている。
「だから」
「そう、だから例えば、今回のようなことがあって、あなたのことを嫌いになっても、憎んでも、その子の事が心配でここに留まるんじゃないですか?」
クリストファーは、神学校に逃げたルーファスのことを忘れない。いつもルーファスに逃げられてしまう事を恐れいてるとローレッタも知っている。だから、言ってやったのだ。その子がいる限り、ルーファスはクリストファーの元から逃げる事はないだろうと。
クリストファーは、ローレッタの顔を無言のまま凝視した。ずっと考え続けてきた問題をローレッタが解決するとは思ってもみなかった。
「そう……。そうだな」
クリストファーが悩んだのは一瞬だった。
「クリス……」
王が気遣わしげにクリストファーを見つめた。
「兄上、やはり私の子供にします。離宮に部屋を作りましょう。ですが、私達では子供を育てた経験もありませんし、できれば養育を義姉上に一任したいと思うのですが」
「それは勿論、構いませんわ。ですが、先にルーファに聞いてあげてください。あの子はきっとそういうこともあなたに聞いて欲しいと思っていますよ。夫婦はそういうものでしょう?」
「そういうものですか?」
クリストファーの問いに、リリアナは曖昧に微笑んだが、その内情はクリストファーを罵倒していたとルーファスは後日聞いた。
「ルーファの話を聞いてあげてください。あなたが独断で決めていることでルーファを傷つけていることがあるかもしれませんよ」
公務のことをいっていると、クリストファーは気づいた。
ルーファスを外せない重要な公務につけてしまうと、今までのように二人の気分が盛り上がったときですら、加減をしなくてはいけなくなるのがクリストファーには苦痛だった。だから自分がどんなに忙しくなってもルーファスの公務は『身体があまり丈夫でない』ということで余裕のあるものにしていたのだ。
今回、ルーファスがそれを自分の力量が足りないせいだと思っていると知って、クリストファーが悩んだことも確かだ。
クリストファーの世界はルーファスを中心に回っている。
夜中何度もうなされるルーファスを抱きしめ、クリストファーはあまり眠ってはいない。食欲がないというルーファスにスプーンを運び、なんとか薬を飲ませて、部屋を出たが気になって仕方がないというのに、呼んだ兄のジェームスは未だに顔を見せない。
王宮の奥まった庭で、リリアナ妃と子供達と何故かローレッタを前にお茶を飲んでいるクリストファーだった。
「ルーファの具合はどう?」
「あまり良くないですね」
「浮気なんかするからルーの具合が悪くなるのよ」
ローレッタの恨みがましい呟きを流せるほどクリストファーは余裕がなかった。
クリストファーは、立ち上がり、ローレッタのこめかみをグリグリと中指を曲げ、尖った先で押した。
「いたたったたた! 痛いじゃない!」
「お前がルーファスに子供の事をいったのはわかっている」
「言って悪いわけないじゃない! なんでダリウスもあなたも黙っているのかわからないわ!」
ローレッタが聞いたのは偶然だ。たまたまカーテンの陰に隠れていたら、エルフランとダリウスが話し始めたのだ。
「関係がないだろう……」
「か、関係ないって! そんなわけないでしょう! ……まさか。まさかルーにも関係ないとかいったんじゃないでしょうね?」
無言は肯定だった。ローレッタは、呆れたようにクリストファーを見つめた。
「ルーファスと結婚するどころか出会った頃のことだ。浮気じゃない」
「えええええ! そんな大きな子なの? しかも浮気じゃないとか……。どうせルーが学校に行ってた間だって好きなだけ関係してたんでしょ?」
クリストファーがもてていたことはローレッタだって知っている。だから、この後だって何人も子供が出て来ることもあるだろうし、次は浮気相手が城に乗り込んでくるかもしれないと思っていた。
「ルーファスと出会ってから、関係したのはあの女だけだ」
リリアナは、さり気なく王子と王女を部屋に帰す様に侍女に命じた。
「そんな嘘、信じられるわけないじゃない」
ルーファスが帰ってくるまで三年もあったのだ。
「嘘じゃない」
「じゃあ欲望の処理はどうしてたのよ!」
公爵夫人が、欲望の処理とか朝っぱらから言わないで欲しいとリリアナは真っ赤になって「ロッティ、止めなさい」と叱りつけた。叔母に怒られて、ローレッタはしまったと思ったが、クリストファーは関係のなさそうな声で「右手で……」と言った。
右手……右手……と、ローレッタは呟き、真っ赤になった。
リリアナとローレッタが真っ赤になっているところに王(ジェームス)がやってきて、不思議そうに「熱でもあるの?」と尋ねた。
「右手……」
呟いたローレッタの口をリリアナは大急ぎで塞いだ。
「右手がどうしたのかな?」
王の問いにリリアナは「なんでもないのよ」と上品に微笑んだ。
「クリス、あの子のことなんだが、あと一週間くらいだろう? 本当に私達の子供にしていいんだな?」
王は、ただ静かに弟への確認をする。
「はい。私は子供はいりません。ルーファスが産むというのなら喜んで受け入れますが。避妊するのを忘れた私のせいですが、今になって言われても、父親になる気はありません」
クリストファーは、淡々と自分の意見を述べた。
女を抱いたのは、忘れもしないルーファスに出会った夜だった。そうでなければ、クリストファーは覚えてもいなかっただろう。
魅かれた少女が男だとわかり、軽くショックを受けたのは、クリストファーが王太子である自分には女しか妻にすることができないと思い込んでいたからだ。
その衝撃と抱き上げた時に突き上げた滾る欲望を男爵の未亡人という女に注いだのは、クリストファーの中でも最悪の汚点として記憶に残っている。
性に奔放なこの国の社交界で、男漁りをするつもりの女が、避妊薬を飲んでいないとは思ってもみなかった。
ルーファスを自分の部屋につれてきて夢中になってしまい、女に避妊薬を飲ませることを忘れていたことも意識の中になかった。普段であれば、エルフランが必ず処置をするのに、言う事すら忘れていた。
そのことをエルフランとダリウスに告げたときに「的中率高すぎでしょ」と言われた。
「クリストファー殿下、その子、引き取ればいいのに」
ローレッタは、チョコムースのケーキを頬張りながら気付いていないだろうクリストファーに教えてやることにした。
「何を……。私の娘だぞ、今は六歳か七歳だ。十年たってみろ。十六歳の私の娘だぞ」
何を当たり前のことを言っているんだろうと三人は思った。
「そのときルーファスはまだ三十二歳だ。私の娘がルーファスを愛さないわけがないだろう」
嫉妬ですか、そうですか。
三人は肩を落とした。血の繋がらない親子、三十二歳と十六歳ならば確かに色々とまずいかもしれないと思いつつも、クリストファーの危惧に呆れる。六歳の娘にそこまで危機感を覚えるってどんなに心配症なんだろう。
「でも、ルーは家族が増えたら喜びますよ。ルーは愛情深いからきっとその子を愛するでしょうね」
父親に溺愛されたローレッタを恨んでも、母親に愛されたセドリックを憎んでもおかしくなかったというのに、一切その感情を見せなかった。ローレッタはルーファスに兄妹として愛されていると思っている。
「だから」
「そう、だから例えば、今回のようなことがあって、あなたのことを嫌いになっても、憎んでも、その子の事が心配でここに留まるんじゃないですか?」
クリストファーは、神学校に逃げたルーファスのことを忘れない。いつもルーファスに逃げられてしまう事を恐れいてるとローレッタも知っている。だから、言ってやったのだ。その子がいる限り、ルーファスはクリストファーの元から逃げる事はないだろうと。
クリストファーは、ローレッタの顔を無言のまま凝視した。ずっと考え続けてきた問題をローレッタが解決するとは思ってもみなかった。
「そう……。そうだな」
クリストファーが悩んだのは一瞬だった。
「クリス……」
王が気遣わしげにクリストファーを見つめた。
「兄上、やはり私の子供にします。離宮に部屋を作りましょう。ですが、私達では子供を育てた経験もありませんし、できれば養育を義姉上に一任したいと思うのですが」
「それは勿論、構いませんわ。ですが、先にルーファに聞いてあげてください。あの子はきっとそういうこともあなたに聞いて欲しいと思っていますよ。夫婦はそういうものでしょう?」
「そういうものですか?」
クリストファーの問いに、リリアナは曖昧に微笑んだが、その内情はクリストファーを罵倒していたとルーファスは後日聞いた。
「ルーファの話を聞いてあげてください。あなたが独断で決めていることでルーファを傷つけていることがあるかもしれませんよ」
公務のことをいっていると、クリストファーは気づいた。
ルーファスを外せない重要な公務につけてしまうと、今までのように二人の気分が盛り上がったときですら、加減をしなくてはいけなくなるのがクリストファーには苦痛だった。だから自分がどんなに忙しくなってもルーファスの公務は『身体があまり丈夫でない』ということで余裕のあるものにしていたのだ。
今回、ルーファスがそれを自分の力量が足りないせいだと思っていると知って、クリストファーが悩んだことも確かだ。
クリストファーの世界はルーファスを中心に回っている。
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