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家族の肖像3
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ぼんやりしていると隣の部屋に動きがあった。もう夜も更けているから、大分執務が押したのだろう。
薬が効いていて、頭が痛いのもマシになった。立ち上がり、クリストファーを迎えようと寝室の扉を開けた。
「部屋の中でみていろと言っただろう!」
クリストファーが護衛騎士を叱責しているところに出くわしてしまった。
「クリストファー殿下、私がお願いしたのです」
マリエルは、もう帰っていないといけない時間だろうにまだ部屋にいてくれた。俺を心配してくれているのだろう。
「マリエル、勝手な事をするな!」
クリストファーは、滅多に侍女達を怒ったりしないのに、疲れているからか酷くきつい口調でマリエルを叱った。
「おかえりなさい。マリエルを怒らないでくれませんか。俺が着替える時も部屋を離れないというので無理やり追い出したんです」
「男同士なんだから、気にする必要はないだろ」
クリストファーの言葉に一瞬で頭に血が上る。
体術の稽古の後など暑いから脱ぎたいのにクリストファーが嫌がるから浴室で汗を流しているというのに。肌をあまり見せるなというから、長袖の襟の詰まった堅苦しい服を着せられているというのに……。
「そうですね、俺は淫乱らしいので、こんな風になった身体でも気にはしませんけどね、マリエルは俺に気を使ってくれたんですよ!」
俺は意識がなくなっても着替えさせやすいようにと考案された夜着を着ている。紐を解けば、すぐに脱げるけれど、前合わせが特殊で普通にしていれば肌蹴ないものだ。その紐を解いて、ハラリとその場に落とせば、慌ててクリストファーが駆け寄った。
俺の肌には、朝につけられた噛み跡と鬱血の跡が散っている。少々遠目だってわかるほどに執拗に所有印をつけられているというのに、気にしなくていいそうだ。
護衛騎士は、夜着の上を脱いだ俺の体を驚きの眼差しで見つめ、慌てて目をそらした。
クリストファーが俺の落とした夜着をかけ、「お前達は外に出ていろ」と命じた。
「マリエルももう遅いから、戻っていいよ。看病してくれてありがとう」
マリエルは一瞬泣きそうな顔をした。
「わかりました。クリストファー殿下、ルーファス様は薬で熱を下げているだけなんです。酷いことはしないでくださいね」
俺を気遣い、クリストファーを強い目で見つめて、部屋を出て行った。
「ルーファス、まさかお前、マリエルじゃないだろうな?」
何を言っているのかわからないが、その雰囲気からいって「マリエル?」としか聞き返せなかった。
「私を拒むのは、マリエルのことが好きになったからかと聞いている」
「馬鹿らしい! マリエルはジェイドの奥さんですよ。それに俺は拒んでなんか……」
いないはずだ。気持ちが盛り上がらなくて、身体が醒めた反応を返していただけで。
「誰だろうと、お前は渡さない。お前が私ではない誰かを愛するというのなら……、殺してやる――」
静かにクリストファーは、断言した。
「俺を――?」
それほど想われて怖ろしいはずの言葉なのに、心の奥で喜ぶ自分を感じた。
「お前は殺さない。お前のせいで死んだやつの事を想って泣くお前をずっと苛(さいなんで)んでやる。腹がパンパンになるほどに私の愛を注いでやる」
クリストファーの噛み付くような口付けを受けて、俺は震える手でクリストファーの首筋に縋りつくように抱きしめた。
「んっ……んんぅ……」
クリストファーは、朝とは違う俺の反応に目を細める。
「なんだ……? 好きなやつの命乞いか? まさかとは思っていたが本当にいるのか……」
疑いだけであの台詞と態度って酷すぎないか……。
俺も正直ずっと何と聞けばいいのか迷っていたのだけれど、クリストファーの首から手を離し、三歩下がった。
「それはあなたじゃないですか……」
「何?」
「隠し子がいるのでしょう? 俺のほかに誰かいるのはあなたでしょう?」
俺の責めるような問いにクリストファーが浮かべたのは、途惑いでも衝撃でもなかった。
「嫉妬か?」
嬉しそうに笑みを浮かべるクリストファーに、俺が反対に焦ってしまう。
「そういうことじゃない! 隠し子がいるんでしょう?」
「別に隠し子じゃない。それにルーファスには関係はない」
朝、俺が『関係ない』といった言葉を根に持っているのか……と怒りが込み上げてきた。
今なら行ける。今ならクリストファーを殴り飛ばす事もできるし、窓を破って逃げる事もできそうだ。ただ、体調がよくなかった。
グラリと回る景色にひさし振りに激しい眩暈を起したことに気がついた。手を差し伸べようとしたクリストファーを突き飛ばし、俺は床に倒れこむ。
「……触らないで……」
クリストファーは、力なく震える俺を寝台まで運び込むと俺の頬を撫ぜた。その目には俺を心配する夫の慈愛に満ちたものがあるというのに、クリストファーは俺を否定する。
「私の嫉妬で酷いことをしたことは謝る。だが、このことはお前の了解を得るつもりはない」
「子供と女性を……この離宮に入れるの?」
横になっても回る天井は変わらない。それでも俺は聞かずにはいられなかった。
「どっちも入れるつもりはない。女はもう夫がいる。商人だそうで、仕事で何年も隣国に行くそうだ。連れ子同士の相性が悪いから王宮に連れてきただけで、女がくることはない」
「じゃあ子供は?」
「兄とリリアナ妃が育ててくれるはずだ」
「クリストファーの子供なのに?」
「私は子供なんて作るつもりもなかったし、育てたいとも思っていない。お前だけが側にいてくれればいい……」
愛に満ちている言葉だというのに、俺には空虚に感じられた。
「クリストファーの子供なのに……俺には関係がないの?」
「お前にも関係がないが私にも関係がない」
冷たく言い切ったその言葉が凍りの刃のように俺に突き刺さる。
「あなたは……、俺に……、子供から父親を取り上げる役をやらせるんだね」
閉じた瞼から涙が零れた。
俺は父親に見捨てられた子供だったのに……。同じような子供を作ってしまうのか。
「……そういうことじゃない……」
クリストファーは俺の涙を唇で吸い取った。
「俺は……、あなたの……妻なのに……あなたの子供の親にはなれないんだね……」
甦る父の姿を思い出して、俺は昔感じた無力感が襲ってくる。
父の目に俺は映っていなかった……。
「ルーファス――……」
クリストファーが俺に上掛けを被せて、手をにぎってくれる。それでもきっと今日見る夢は苦しいものだろうと予想がついた。
薬が効いていて、頭が痛いのもマシになった。立ち上がり、クリストファーを迎えようと寝室の扉を開けた。
「部屋の中でみていろと言っただろう!」
クリストファーが護衛騎士を叱責しているところに出くわしてしまった。
「クリストファー殿下、私がお願いしたのです」
マリエルは、もう帰っていないといけない時間だろうにまだ部屋にいてくれた。俺を心配してくれているのだろう。
「マリエル、勝手な事をするな!」
クリストファーは、滅多に侍女達を怒ったりしないのに、疲れているからか酷くきつい口調でマリエルを叱った。
「おかえりなさい。マリエルを怒らないでくれませんか。俺が着替える時も部屋を離れないというので無理やり追い出したんです」
「男同士なんだから、気にする必要はないだろ」
クリストファーの言葉に一瞬で頭に血が上る。
体術の稽古の後など暑いから脱ぎたいのにクリストファーが嫌がるから浴室で汗を流しているというのに。肌をあまり見せるなというから、長袖の襟の詰まった堅苦しい服を着せられているというのに……。
「そうですね、俺は淫乱らしいので、こんな風になった身体でも気にはしませんけどね、マリエルは俺に気を使ってくれたんですよ!」
俺は意識がなくなっても着替えさせやすいようにと考案された夜着を着ている。紐を解けば、すぐに脱げるけれど、前合わせが特殊で普通にしていれば肌蹴ないものだ。その紐を解いて、ハラリとその場に落とせば、慌ててクリストファーが駆け寄った。
俺の肌には、朝につけられた噛み跡と鬱血の跡が散っている。少々遠目だってわかるほどに執拗に所有印をつけられているというのに、気にしなくていいそうだ。
護衛騎士は、夜着の上を脱いだ俺の体を驚きの眼差しで見つめ、慌てて目をそらした。
クリストファーが俺の落とした夜着をかけ、「お前達は外に出ていろ」と命じた。
「マリエルももう遅いから、戻っていいよ。看病してくれてありがとう」
マリエルは一瞬泣きそうな顔をした。
「わかりました。クリストファー殿下、ルーファス様は薬で熱を下げているだけなんです。酷いことはしないでくださいね」
俺を気遣い、クリストファーを強い目で見つめて、部屋を出て行った。
「ルーファス、まさかお前、マリエルじゃないだろうな?」
何を言っているのかわからないが、その雰囲気からいって「マリエル?」としか聞き返せなかった。
「私を拒むのは、マリエルのことが好きになったからかと聞いている」
「馬鹿らしい! マリエルはジェイドの奥さんですよ。それに俺は拒んでなんか……」
いないはずだ。気持ちが盛り上がらなくて、身体が醒めた反応を返していただけで。
「誰だろうと、お前は渡さない。お前が私ではない誰かを愛するというのなら……、殺してやる――」
静かにクリストファーは、断言した。
「俺を――?」
それほど想われて怖ろしいはずの言葉なのに、心の奥で喜ぶ自分を感じた。
「お前は殺さない。お前のせいで死んだやつの事を想って泣くお前をずっと苛(さいなんで)んでやる。腹がパンパンになるほどに私の愛を注いでやる」
クリストファーの噛み付くような口付けを受けて、俺は震える手でクリストファーの首筋に縋りつくように抱きしめた。
「んっ……んんぅ……」
クリストファーは、朝とは違う俺の反応に目を細める。
「なんだ……? 好きなやつの命乞いか? まさかとは思っていたが本当にいるのか……」
疑いだけであの台詞と態度って酷すぎないか……。
俺も正直ずっと何と聞けばいいのか迷っていたのだけれど、クリストファーの首から手を離し、三歩下がった。
「それはあなたじゃないですか……」
「何?」
「隠し子がいるのでしょう? 俺のほかに誰かいるのはあなたでしょう?」
俺の責めるような問いにクリストファーが浮かべたのは、途惑いでも衝撃でもなかった。
「嫉妬か?」
嬉しそうに笑みを浮かべるクリストファーに、俺が反対に焦ってしまう。
「そういうことじゃない! 隠し子がいるんでしょう?」
「別に隠し子じゃない。それにルーファスには関係はない」
朝、俺が『関係ない』といった言葉を根に持っているのか……と怒りが込み上げてきた。
今なら行ける。今ならクリストファーを殴り飛ばす事もできるし、窓を破って逃げる事もできそうだ。ただ、体調がよくなかった。
グラリと回る景色にひさし振りに激しい眩暈を起したことに気がついた。手を差し伸べようとしたクリストファーを突き飛ばし、俺は床に倒れこむ。
「……触らないで……」
クリストファーは、力なく震える俺を寝台まで運び込むと俺の頬を撫ぜた。その目には俺を心配する夫の慈愛に満ちたものがあるというのに、クリストファーは俺を否定する。
「私の嫉妬で酷いことをしたことは謝る。だが、このことはお前の了解を得るつもりはない」
「子供と女性を……この離宮に入れるの?」
横になっても回る天井は変わらない。それでも俺は聞かずにはいられなかった。
「どっちも入れるつもりはない。女はもう夫がいる。商人だそうで、仕事で何年も隣国に行くそうだ。連れ子同士の相性が悪いから王宮に連れてきただけで、女がくることはない」
「じゃあ子供は?」
「兄とリリアナ妃が育ててくれるはずだ」
「クリストファーの子供なのに?」
「私は子供なんて作るつもりもなかったし、育てたいとも思っていない。お前だけが側にいてくれればいい……」
愛に満ちている言葉だというのに、俺には空虚に感じられた。
「クリストファーの子供なのに……俺には関係がないの?」
「お前にも関係がないが私にも関係がない」
冷たく言い切ったその言葉が凍りの刃のように俺に突き刺さる。
「あなたは……、俺に……、子供から父親を取り上げる役をやらせるんだね」
閉じた瞼から涙が零れた。
俺は父親に見捨てられた子供だったのに……。同じような子供を作ってしまうのか。
「……そういうことじゃない……」
クリストファーは俺の涙を唇で吸い取った。
「俺は……、あなたの……妻なのに……あなたの子供の親にはなれないんだね……」
甦る父の姿を思い出して、俺は昔感じた無力感が襲ってくる。
父の目に俺は映っていなかった……。
「ルーファス――……」
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