俺の名前を呼んでください

東院さち

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公務ってこういうもの?(前)

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「あっ……!――な、なんで……?」。

 目が醒めて、いつものように寝ぼけ眼で浴場に連れて行かれたところまではいつもと一緒だった。元潔癖症の(もはや俺にはクリストファーが潔癖だなんて思えません)旦那様は、朝風呂というか風呂が好きだ。
 朝は目を醒ますためにと入り、夜も勿論入る。その……いたした後も勿論入るし、へたするとそこでもまた抱かれるというお風呂は、俺の中では、最早身体を洗う所とか癒しの空間とかではない。だから、少し早い時間だなとは思ったが、公務の関係上出かけるのが早いのかな? と俺は思っていたのだけど……。
 忙しい人は、こんな事はしないよね……。
 まだ覚醒というにはぼんやりしている俺を湯船の中で抱きしめているのはいつもの事だとしても、朝から俺の胸を弄り、しまいには下まで手を伸ばしてくる。男には朝の現象というものがあるから、まぁそういうこともよくあるのだけれど……。
 いつもより……しつこい――。

「そこ……っ!」

 昨日の名残で、解れた後孔にクリストファーの指が掠めるように触れた後、ゆっくりと挿ってきたから、後ろから抱きしめるクリストファーを窺い見ると、あ、駄目だと諦めた。目が言っている「欲しい――」と。

「ふっ……んん……」

 どうしよう、今日は朝から試験の後の集まりがあるのに……。
 なのに、どうしても駄目だと言えない。
 昨日まで、高等学院の後期試験があったので、二週間ほど控えてもらっていた。そのせいもあって昨日の夜のクリストファーは、俺が怖くなるほどに求めてきて……、俺は受け入れるだけで一杯一杯になりながら、長い情事を終えたのだ。はじめたのが早い時間だったから、なんとか起きたけれど、腰が結構限界な気がする……。

「クリストファー……今日は、試験の情報交換会が……っ」
「わかっている……」

 昨日つけられた首筋の噛み跡を舐め上げながら、クリストファーがくぐもった声で俺の耳朶を打つ。

「挿入(いれ)ないから、安心しろ……」

 いや、指、指が挿入(はい)ってますから! あ、駄目だ……二本の指をグルリと回されると、俺の腰は引きつり、クリストファーの指を締め付けてしまう。

「うっあ……は……っんぅ……」
「欲しそうだな……」

 クリストファーの嬉しそうな声が浴場に響く。
 一度抜かれて、正面から抱きしめられて、指が抜ける瞬間のゾワリとした感触は幾度身体を重ねても、慣れる事がない。というか、段々俺の身体は敏感に仕上げられているような気がするのは、気のせいではないだろう。
 少し膝を立てたクリストファーの太ももを跨ぐと、自然と後ろは開いてしまう。クリストファーは、そこに指をいれたままで動かそうとはしない。自然と揺れる腰の動きをフッと笑うから、俺は羞恥に顔を染めた。

「口付けろ――……」

 クリストファーは俺に命じる。
 俺は、慣れた口付けないのに、与えられることのほうが多いから、少し迷いながらそっと触れた。チュッとリップ音を響かせながら、唇の端に口付けを落とした。

「それで……満足か?」

 目線で、声で、続きを促すクリストファーの頬に手を沿わせる。

 クリストファーの口付けは俺には猫のまたたびのようなもので、それだけでおかしくなってしまうから、朝のこんな時間にやりたくないのだけれど……。促されると、断れなくて……、下唇を食んだ。合わせた場所からゆっくりと口付けを堪能したいのだが、クリストファーの動かない指の存在が……段々俺を煽っていく。

「気持ち良さそうだな」
「あっ……はぁ……」

 揺れる腰と俺の緩慢な口付けに、しばらくすると「煽られているのかじらされているのかわからん」と笑われた。
 どっちでもないんですけど……。出来れば、情報交換会には顔を出したい。

「まぁいい――。あまり時間もないしな」

 クリストファーがそう言うから、俺はホッと息を吐いた。このまま朝から濃厚な時間を過ごせば、立ち上がれないことがわかりきっていたから。
 意味深に笑い、俺の立ち上がったソレと自身のモノを一緒にして擦りはじめたので、俺はクリストファーに口付けようと唇を寄せた。抜かれない指は、俺のいい場所を偶に掠めるだけだけで……。

「あ、あ、はぁっ……ああっ!」

 クリストファーと一緒に前の刺激だけで追い上げられたのだった。
 同じような快感なのに、酷くもどかしい――。後ろの刺激のほとんどなかったその朝は、自慰と同じような(まぁすることなんてないんだけど)あっけない快感しか得られなかくて、呆然としてしまった。
 俺の後ろは期待するだけしていて、ハクハクとクリストファーの指を抜かれても与えられなかったモノを求めて蠢いて、改めて俺はもうクリストファーなしにはいられない身体になっているのだと気づかされたのだった。
 戸惑いを知ってか知らずか、クリストファーは俺を抱き上げ、物欲しげに揺れているだろう俺の目に爽やかな笑顔を残して、仕事に行ってしまった。
 いや、クリストファーは俺の願いを叶えてくれたのだ。一度でも挿入(いれ)られていれば、きっと情報交換会にはいくことが出来なかったのだから……。
 俺だって、まさかこんな気持ちになるなんて思っていなかったし……。こんな中途半端に熱くなった身体のまま……。

「おはようございます、ルーファス様」

 マリエルが、朝食を運んでくれる。

「今日はクリストファー殿下は視察だそうで、お早かったようですね」
「あっ……ああ。そうなんだ、視察なのか」

 ぼんやりとしている俺にマリエルが熱い紅茶を「こぼさないように」と声を掛けて置いてくれた。

「あら、聞いてなかったんですね。今日は夕方には準備しますから、あまりゆっくりしては駄目ですよ」

 なんの準備だっけ? と目線で問えば、マリエルはパチパチと目を瞬かせた。

「今日のご公務のお話、クリストファー殿下からお聞きになってませんか?」

 聞いてない。昨日も今日も、何も聞いていないよ。
 驚いて放心する俺に、マリエルは「大丈夫です。公務といっても王都で有名な劇団の公演をごらんになるだけです」安心させようと知っている内容を教えてくれた。
 王都には芸術をこよなく愛する王太后様の後援する劇団があって、王太后さまが行く予定だったのだけど、王太子リーエントの「ババ様、リーエのお歌の練習に付き合って!」というおねだりに急遽欠席になるところを、リリアナ様が「ルーが行くのもいいんじゃないかしら?」と俺にまわってきたらしい。俺は、まだ学生ということもあり公務を免除されているが、練習にはちょうどいい簡単なものらしい。

「それならと、クリストファー殿下も一緒に行くとおっしゃって、今日のご公務を前倒しにして朝早くから出発されましたわ。クリストファー殿下の今日のご公務は王都にある医療機関への労いと査察らしいです。公演は夜ですから、夕方に帰ってきていただけたら間に合いますから、楽しみにしていてくださいませね」

 マリエルの話を聞くと、公務といっても楽しそうだ。しかもクリストファーと一緒だという。
 でも、俺、観劇なんてしたことないんだけど……大丈夫かな? と少しだけ心配になる。とはいえ、生まれて初めての観劇にひそかにワクワクしながら、試験後の情報交換会に出かけたのだった。


「あ、あのルーファス殿下。その答えでよろしいのですよね? 僕も一緒だから嬉しいです」
「ああ……ていうか、ナリアス君、熱でもあるんじゃないか?」

 高等学院ではルーファス殿下と呼ばれている。二十人は揃った情報交換会だが、なにか顔についているのだろうか、さっきから何度もと視線を送っては下を向くという生徒が何人もいる。

「熱はないと……思います」

 赤い顔をしているから、心配したのだけど、大丈夫だという。
 俺、どこか変なんだろうか。段々と視線が気になってくる。心配になって服とかを見ても変な所はないし。
 今日は普段とは違う視線を散々浴びて、アルジェイドに「俺の顔になんかついている?」と聞いたがついていないという。
 試験の答え合わせと親睦会みたいなものだったのに、俺は異様に疲れてしまった。

「なんかおかしいかな?」

 意を決して、聞いてみても皆上気した頬で顔を横に振るだけだから、「風邪だったらいけないから皆早く帰って寝てくれ」とだけ告げて離宮に戻った。

「ルーファス様、軽くお食事されますか? あちらでも二階三階の席は、コース料理がでて食べながら観劇できるそうですけど……」
「マリエルは観劇したことある?」

 マリエルは元々貴族の令嬢だったから、きっとあるだろうと思って聞いたけど、残念ながらないそうだ。

「私の育った国でも、観劇は大人の遊びなのですわ。ですから、婚約が決まってからとか結婚してからしか親が許してくれませんでしたの」
「じゃあ、今度アルジェイドといってみたらいいかもね」
「そうですわね。一般の席のほうが観劇をする分には見やすっていいますし。一度連れて行ってもらおうかしら」

 少し伸びた髪はやっと肩に届くくらいで揃えている。綺麗に梳かしてくれたマリエルが、赤い膝下まである上着を持ってきた。金の刺繍入りで、派手だ……。

「マリエル、もう少し大人しい感じの服じゃだめなのかな?」

 劇団の人より派手なんじゃないかなと思うのだけど、マリエルはうなずいてくれない。

「申し訳ありません。クリストファー殿下の指示なんです。それにルーファス様はこれくらいのお召し物の方がいいですわ。勿論何を着ても、天使みたいに美しいですけど」

 天使天使とうるさいデザイナーが服を作るものだから、マリエルまで感化されてきたようだった。恥ずかしいから止めて欲しい……。

「髪が少し前に掛かってしまいますから、少し髪飾りで……。ああっ、なんてこと……金糸のレースで編んだヘアバンドが似合いすぎて、ちょっと鼻血がでそうですわ……」

 え、ええっ。鼻血とか出たら大変だけど、マリエルは楽しそうで、無事そうだから、言葉の綾のようなものだとわかった。

「装飾はこれくらいにしましょう。これ以上は駄目ですわ。皆眩暈を起してしまいますわ……」

 最近マリエルの言動についていけないのだけど、大丈夫だろうか。

「これ、でも女性のやつじゃないの?」

 金糸で編まれたヘアバンドというのは、貴族の子女が最近好んでつけているとローレッタがいってたような気がする。

「女性とか男性とか……ルーファス様は性別を超越されてますから、気にしなくていいんです」

 これ以上は自分自身が疲れそうだから、諦めた。
 クリストファーが、帰ってきて迎えた俺を見て、満足そうに微笑む。

「ルーファス……。このまま寝台に攫ってしまいたい……」

 熱っぽく囁くその声が結構真剣だったので、慌てて俺はクリストファーを促したのだった。
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