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王太子様を煽ってみました

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 泣くという行為に俺は何かを求めた事はなかった。身体の痛みやそれこそ生理的に涙を流すということはあっても、涙がでることで何かを期待することは俺の生活にはありえなかったからだ。
 泣いたとしても、だれが慰めてくれる? 誰が気付いてくれる? 父も母も俺をみることなどないというのに。
 それでも、俺の涙はクリストファーを怒らせてしまったことに対する恐怖で、止まる気配はなかった。
 身体を必死に縮める俺の震える指がとられ、クリストファーの口に含まれたのを感じた。

「ふっ……」

 ジンとしびれるような感覚が指先から零れて、俺は思わず息を漏らした。

「そんなに怯えるなら、何故私を煽るんだ……。それとも、まだやっと自慰を知ったばかりの子供に煽られる私が悪いのか――」

 クリストファーの声に苦いものが混じった。
 俺は怖くて必死に瞑っていた目をゆっくり開けると、困ったような顔をしているクリストファーと目が合った。先ほどまでの冷たく底が見えないような瞳ではなく、ちゃんと俺の知っているクリストファーの目だったことに俺は安堵でもっと泣きそうになった。

「ごめんなさい……」

 涙が零れるのを止めようと目元を指で擦るのをクリストファーの手が止める。

「泣くな―-」

「うっ……」

 泣くなと言われるとでてくるのが涙というもので、止める事ができない。
 しゃくり上げると、抱き上げられて、膝の上に乗せられた。俺は裸なのに、クリストファーの着衣にはまったく乱れがないので、かなり居心地が悪かった。風呂場でしかそういう行為をされたことがなかったので気付かなかったが、風呂場というのは案外、脱いだり裸になることに抵抗が生まれない場所なんだなぁと思った。

「ほら、泣くな……。私が大人気なかった――」

 トントンと背中をあやすように叩かれると、ホッとしたのか俺の涙はゆっくり止まっていった。
 先ほどの激情はどこへいったのかと思うほどの穏やかな声、手つきで、クリストファーは俺をあやすようにずっと撫でてくれた。
 恐慌が落ち着くと、クリストファーの肩口を涙でぬらしているのに気付いた。俺はしまったと距離をとろうと思したが、優しく撫でる手の割りに、俺が離れることは出来なかった。
 諦めて力を抜き、身体を全て預けると、クリストファーが笑ったのが気配で感じられた。

「そうだ。お前はそうやって私に抱かれていればいい」

 クリストファーの満足そうな声に、俺は怖ろしかったその時間が過ぎた事に気が付いた。

「クリス様……。ごめんなさい……」

 怒られた理由はよくわかっていなかったが、折角星を見に連れて行ってくれたクリストファーの好意を無にしてしまったことが悔やまれた。

「何に謝っている――?」

 クリストファーは、穏やかだが少しだけ険の混じった声音で俺に尋ねた。

「俺が……クリス様に……触って欲しいなんて思ったのがいけなかっ……んんっ……」

 クリストファーに片手で顔を固定されると仰向けに抱えられたまま噛み付くように口付けられた。さっきのクリストファーの激情を思い出して、俺の体は一瞬で強張った。

「……おーまーえーは!」

「煽ってなんかいません!」

 きっと言われるだろうと思って、唇が離れた瞬間俺は叫んだ。

「ふー……。何が男を煽るか、お前には勉強してもらったほうがいいな。……このままじゃ学院なんてやれない……」

 一息ついてから、クリストファーはそう言った。学院にはもういくつもりなんてなかったけど、それを言うのは憚られた。

「まず、上目遣いに見上げるな」

 こんなに身長差があって、無茶をいう。

「触って欲しいとか、アレが大きいとか、気持ちいいとか性的なことは言ってはいけない」

 やはり俺に触りたくないんだ……と思うと、勝手に涙が浮かんでしまった。
 こんなに快感を覚えさせておいて酷い……と、俺は恨めしげにクリストファーを見上げた。

「だから、その目が煽っているというんだ」

「だって……」
「煽った結果どうなったかさっきのでわかっただろう――」

 口篭ると、クリストファーは鼻の先にキスをした。

「怖かったけど、でも……俺はあなたに触れて欲しい……」
「私がどれだけ我慢しているか知っていて言っているのか?」

 熱い吐息が俺のこめかみを触れて、頭の先にもキスをする。

「あなたが潔癖症だって、俺に準備するのが面倒だってわかってます……。だから、俺は――」
「ダリウスに?」
「誰だっていい……。あなたが言うように自分で出来るなら、がんばるけど……、俺はどうすればいいのかもわからない……」

 途方に暮れた俺の顔をクリストファーの手が挟み込んで、顔のあちこちにキスを降らせていく。
 俺は気持ちよくて、クリストファーの服を掴んだ。

「そうだな。お前をこのまま学院に入れてしまえば、私のものだとわかっていてもお前に誘惑されるやつがいないとも限らん。せっかく大人になるまで大事にしてやろうと思っていたのに――」

 大人になるまで……。あと一年近く俺はクリストファーに大事にしてもらえる予定だったのかと、その長さに驚いた。どうせ春になる前に俺はあの冷たい家に帰らないといけないのに。

「誘惑? 俺が――?」
「ああ。きっとお前は無意識に煽るんだろうよ。私に殺されても構わないとお前に手をだそうとするやつがきっと出てくる」

 俺に手を出すとクリストファーが怒ってくれるのかと思うと、なんだか嬉しい。
 そう思ったらクリストファーが目を煌かせた。

「嬉しそうだな――」
「だって、クリス様が怒ってくれるって――」
「私を怒らせたいがために自分を餌にするつもりか?」

 嘲るような笑みに、嬉しく浮き上がった俺の心がまたもや沈みこむ。
 どうも俺の喜びのポイントはつくづくクリストファーの怒りのポイントらしい。

「俺のために怒ってくれる人なんて……クリス様しかいませんから。嬉しいと思ってはいけませんか?」
「ああいえば、こういうやつだな」

 「口の減らない……」と呟かれた。

「クリス様に触れれたら、気持ちがいい……大きなアレと一緒にこすってもらったら……目もくらみそうになる――。あなたがくれる口付けは――……」

 俺は、後に引くつもりはなかった。クリストファーのいう煽るという言葉を全て告げて、下からクリストファーの唇に口付けるために膝立ちになって首に縋りながら、顔を寄せた。

「蕩けるようで、大好きなんです」

 俺の行動をどうとったのかはわからないが、クリストファーは肩を震わせて笑った。

「自分の言動に責任をとれよ?」

 クリストファーは俺を寝台に押し付け、上からかぶさるように唇を寄せてきた。
 なんというか……いつもとクリストファーが違った。これが煽られたということなんだろうか。
 いつもどことなく冷静な部分を残しているのに、今の彼の眼にはそんなものはなかった。
 食い尽くされるのではないかと慄きで背中が震える。

「……んぁ……っ」
 
 いつもは苦しくなったら少しだけ唇を反らしてくれいたのに、苦しくて腕を突っ張っても許してくれない。逃げる舌を追いかけて絡まされて、唾液で喉がつまりそうになるのに、唇も身体も拘束をといてくれなかった。

「んぅっ! ……くぅ……っ」

 空気を求めて自然と涙が溢れてくると、やっと……本当にやっと、クリストファーは唇を離してくれた。
 虚ろな目を向けると、クリストファーは「息は鼻でしろ」と俺の苦痛や努力を嘲笑うかのような事をいった。

「はな……」
「これはなんのためについていると思ってるんだ?」

 鼻……。こんなに何度も口付けをしてきて、今いう言葉だろうか。

「いつ気が付くかと思っていたんだがな」

 そうだ、クリストファーの口だって塞がっているのに、俺ばかりが苦しくておかしいよな。でも、そんな事を考える余裕なんてなかった……。

「クリス様、酷いです……」
「煽るから悪いんだ――」

 徹底的に煽った責任を取らせれるようだと、俺は少しだけ怖ろしくなった。

「ほら、口を開けてみろ」

 サイドテーブルに置かれた水をクリストファーは飲んだ。半分くらい飲んだ後に、俺に口を開けるように言う。
 指示されたまま口をかぱっとあけると、クリストファーは横を向いて咽た。
 グハッと、器官にはいったような苦しげな咳き込みの合間に、「お……まえ、雛かっ!」と文句を言った。どうやら俺の口の開け方が悪かったらしい。
 落ち着いたクリストファーは、改めて俺に口を開けるようにいって、水を流し込んできた。俺にグラスを渡せばいいだけの話なのにと思ったが、何度も水を運ぶクリストファーの舌が俺の舌に触れ、唇を吸い、やがて俺が零して顎に流れた水を追いかけるように舌が這ってきたから、これはただ水を飲んでいるだけではないのだと気付いた。
 何故なら、その行動で俺の息は上がるし、軽く興奮状態になっていく。
 合間にクリストファーは自分の上着を脱いでいた。、まだ下は履いたままだったが、俺が水を飲みながら喘いでいる間に確実に行為がすすんでいることに軽くショックを受けた。
 こんな些細な行動でクリストファーがどれだけ手馴れているか知ることになるとは思っていなかった。
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