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出会った時の私はひどかった(視点変更あり)

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 出会いは、新年の舞踏会の当日。

 事前にクリストファーは、母親である王太后陛下の命令で兄ジェームスの妻であるリリアナの姪にあたる人物のエスコートをするようにと言われていた。まだたった十五歳。正式にデビューすらしていない子供の相手なんてやってられないと気が乗らないまま、渋々兄たちのいる控え室に入ると、黒い髪を纏めずに赤いリボンで可愛らしく垂らした少女が深い緑の瞳でクリストファーを見た。
 その視線がぶしつけに感じられたから、眇めるように少女を上から下まで眺めると、貴族の令嬢らしく綺麗な礼をしたので、それほど悪くないかもとクリストファーは安堵した。
 まともに挨拶も出来ない人間など、声をかける価値すらない――。
 クリストファーは、元々潔癖で気位が高いといわれている人物だった。しかも、この時は兄である王(ジェームス)が待ちに待った妻の懐妊で仕事の多くをクリストファーに振ってきたものだから、忙しすぎて精神的余裕がなかったこともある。
 王族の務めとはいえ、舞踏会にでて知らない子供の相手をするのは、苦痛でしかなかった。
 近寄ると随分小さいような気がした。元々背の高い方だったクリストファーの胸元まで届かないくらいの背しかなかったので、これで踊ったらつむじしか見えないのではと思うのだった。
 フンッと、鼻を鳴らしたのはわざとではなかったが、クリストファーの気持ちそのものだった。

「随分貧相だな――」

 女は肉付きのいいほうが好みだったから、その細さに不安になる。

「こんな小さくて私と踊れるのか」

 口から漏れた本音も酷く辛いものだったが、慌てるジェームスとは裏腹に少女はにこやかに笑った。

「精一杯躍らせていただきます。殿下には足元にご注意くださいませ」

 踏んでやるということかと、案外気が強そうな事を言って、ツンっと顔を逸らすので、笑顔とのギャップにクリストファーは笑った。疲労が蓄積されてくると、小さなことでも笑いのつぼにはまるのはクリストファーの癖だった。

「気が強いらしい――」
「クリスに負けないお嬢さんでよかった」

 ジェームスはそんな風に心配そうなリリアナに話掛ける。どこでも仲のいい夫婦だと、クリストファーは呆れる。
 ジェームス達が、連れ立って出て行くので、クリストファーも「私達もいくぞ」と声を掛けた。
 クリストファーが歩き始めると、その歩幅の違いから少し小走りに少女は後を追ってきた。

 一曲ダンスを踊れば、お役御免だとクリストファーは思っていた。だから、必要以上に少女に優しくするつもりはなかった。
 新年の挨拶を国王であるジェームスがして、その後は本来ならジェームスとリリアナが踊るのだが、今年は踊れないのでそのかわりにクリストファーがリリアナの姪と踊ることになったのだ。
 手を差し出すと、少し戸惑いながら少女はクリストファーのエスコートを受け入れた。

 こんな大勢の前で踊るのは初めてだろうに、少女は美しくお辞儀をしてダンスのステップを踏んだ。身長差で多少踊りにくいものの、正確なステップはクリストファーの足を踏みそうにもなかった。瞳は真摯にクリストファーを見詰めていて、周りの雑音を拾っているのかどうかはわからない。
 ダンスというのは案外教えたものの癖やこだわりを覚えてしまうものだ。少女は優雅で可憐という言葉がピッタリな妖精のように踊っていた。
 これは母が教えたのだろうなとクリストファーは思った。母は元々隣国の王女であった人で、父に見初められて国を離れて嫁いできた。その後も王妃として常にこの国で一番の貴婦人として女性の鏡のように生きてきたので、母ほど淑女を育てるのに適した人物はいないとクリストファーは思っている。
 その母の手にかかれば、一貴族の令嬢であってもこれほど優雅な姿を見せるのかとクリストファーは改めて母である王太后を怖いと思った。それほどにその少女はクリストファーを惹きつけたのだった。
 最初の一曲さえ終われば他の貴族達も踊り始める。だからそこでクリストファーの役目は終わるはずだった。なのに、クリストファーは得にもならないダンスを他に二曲も踊った。
 踊ると顔は上気するものの、疲れたような雰囲気もなく、ただクリストファーに身を委ねる少女をクリストファーは手放したくなくなっていた。
 最初は心配そうに見ていたリリアナも二人が楽しげに踊っている様を見て、ジェームスと一緒に戻っていくのがクリストファーからは見えた。

「意外だな」

 クリストファーは周りの音に負けないように声を出すのではなく、密着することで少女の耳元で囁いた。

「意外?」

「ガリガリで小さいから体力がないと思っていた」

 本当に意外なほど、少女のステップは乱れなかった。

「そろそろ王妃様のところへ戻ります」

 少女は、三曲目が終わる前にそう言った。クリストファーは、少女に拒絶されたように感じた。
 少女は目線を彷徨わせて、王族の席のもうけられている辺りに視線を移していた。
 ずっと自分をみていればいいのにと思ったが、少女の言葉が自分への拒絶ではなく、王妃様を心配してのことだと気がついたので怒りを納めた。

「その必要はない――。もう彼女は戻ったようだ」
「私も戻ります」

 そう言った少女の瞳の中に酷い失敗をしてしまったという後悔の色を見て、クリストファーは首を傾げたくなった。
 リリアナは、自分の代わりに踊ってくれた姪に感謝することはあっても、戻ってこなかったと怒るような自分勝手な人間ではないとわかっているだろうにと、不思議に思う。
 少女があまりにしょげているので、クリストファーは思わず「送ろう」と提案したがその自分の発した言葉にクリストファー自身が驚いていた。
 庭を突っ切ると速いと思って連れ出したものの、外の寒さと少女のドレスの薄さにすっかり失念していた。自分の上着を脱いで少女のその肩に掛けたとき、肩の細さを目の当たりにする。
 湧き上がったのは、小さな子供に対して抱くものではなかった。
 その動揺を隠そうとクリストファーは、何でもいいからと話かけた。

「お前は、王妃様のなんなんだ?」

 姪だと聞いている……と自分にクリストファーは突っ込む。

「私は王妃様のお……姪にあたります」
「姪?」

 予想通りの答えなのに、「姪か」と繰り返す自分はやはりおかしいとクリストファーは空を見上げた。雪が降りそうな曇天だった。

「年はいくつなんだ?」
「十五になります」
「まだ成人ではないのだな――。何か好きなものは……例えば菓子とかは好きか?」

 知っている事を確認するように尋ねる自分が滑稽だった。やっと少しだけ頭が回り始めたらしく知らないことを聞けてホッとする。

「好きです。イチゴのムースのタルトとか大好き」

 とても好きなのだろう、少女の目が輝いた。

「そうか、イチゴが好きなのか」
「はい。王太子様は何がお好みですか?」

 聞き返されて単純に嬉しい。「まだ子供だ――」と言い聞かせないとクリストファーはそのまま暗闇なのをいいことに襲ってしまいそうな気がした。

「私か。私は特に――」

 その時の少女が顔が余りに可愛らしくて、この少女は自分の理性を試しているんじゃないかとうたがってしまいそうなる。思わず、「そんな顔をするな」と言ってしまった。
 少女は何かを勘違いしたのか、自分に非があったかのように「申し訳ありません……」と謝罪をしてきた。ただの八つ当たりのようなものだったのにと、苦々しくクリストファーは思い、少女の顔に笑顔が戻ればいいと、「明日、イチゴのムースを届けてやる」と約束をした。

「本当ですか?」

 少女は先程よりずっと顔を輝かせて、喜びの声を上げた。そして、静かな庭先に、腹の音が鳴った。
 クリストファーは、令嬢と呼ばれるものたちの腹の音なんて聞いたことがなかったから、一瞬空耳かと思った。

「きゃぁぁぁ……」

 少女が叫ばなければ、気付かなかった、もしくは気付かなかった振りをしたものの、世慣れない少女は、顔を真っ赤に羞恥に染めて叫ぶものだから、クリストファーの笑いのつぼを激しく刺激した。

「プッ! アハハハ――」

 噴出したクリストファーは、最近のストレスに満ちた生活を吹き飛ばすような笑いを止める事ができなかった。
 少女が落ち込んでいくのを見て、少しだけ悪かったかなと思った。

「悪かった。冷えるぞ――」

 クリストファーが謝罪すると少女は眦に涙を浮かべていた。自分の理性を確認するように「子供だから――」と呟いて、少女を肘に抱き上げると、その高さに驚いた少女は涙を引っ込めた。
 抱いた少女の尻が、なんだか女にしては固いような気がした。
 まさか……と思って太ももの外側を手でなぞったクリストファーの手には女には有り得ない固さをもった筋肉が。

「お前……、男か――」

 思わず出た声は、怖ろしく低かった。もう一度、今度は女が絶対持っていないモノを確かめるとクリストファーは衝撃で眩暈がするかと思った。
 女だと思っていた――。
 てっきり母がいつまでも結婚どころか恋人も作らない息子に好みの女をあてがったのかと思うほど、その少女はクリストファーの気持ちを掴んだのだった。
 思わず突き飛ばすと、男とは思えない軽さで、予想よりも遠くに転がるのが見えた。
 クリストファーは、振り返りもせず、庭を後にした。
 この怒りとこの滾る気持ちの持っていく場所を求めて、クリストファーは先ほど後にしたホールに戻って後腐れのない女を物色した。
 女は未亡人の男爵夫人で、クリストファーは楽に身のうちに滾る欲望を吐き出すことが出来た。自ら股を開き、クリストファーの上で腰を振る女を眺めながら、クリストファーはさっきの少女だと思っていた男のことを思った。

 咲き始めた薔薇のようだと思ったのは錯覚だったのだろうか。

 クリストファーは、女が飽きるまで付き合い、体だけすっきりすると、寒い庭に放り出してきたことを少しだけ後悔した。
 クリストファーが部屋に戻ろうと庭を歩いていると、普段使われていない客間の明かりが見えた。この棟は王族の身内しか使わないので、それほど使われる頻度は高くないのに。
 盗賊かと思ったわけでもない。ただ、なんとなく部屋を覗いただけだ。普通ならいるはずの侍女もいなかった。
 居間を抜け、寝室の扉を開けると、寝息が聞こえてきた。次いでケホケホと咽る声がして、その声に魅かれて、クリストファーは歩みを進めた。
 そこにいたのは何時間か前に庭に置き去りにした少年だった。苦しいのか背中を丸めて、浅い呼吸しているところをみると熱があるようだった。
 クリストファーは、どうするか迷った。
 普段の彼ならそんなことはない。踵を返して、見なかったことにすればいい。そのうちに侍女が様子を見に来るだろう。曲がりなりにも彼は、王妃様の身内のようなのだし。
 そう思っても一向にクリストファーは、部屋に戻る気にならなかった。
 寝台の少し離れたところにある椅子に腰掛けた。


 結局クリストファーは誘惑に勝てなかった。自身の性格をかんがみても、有り得ない行動に笑いが込み上げる。
 連れて帰った自分の部屋に軟禁するように囲い込み、その年齢よりも幼い少年に快感を教え込む。どんなに甘美な水も酒も少年の、ロッティの口付けには叶わない。
 眠りすぎて眠れないと駄々をこねたロッティに風呂場で意識を失うほどに快楽を与えた。今は、その身体を抱きこみ、同じ寝台で眠りに落ちる。
 クリストファーは、今までない充実したその時間を堪能するのだった。
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