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王太子様に会いました

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 二週間ほどは、殆ど自分の部屋と隣にある王妃様の部屋から出る事はできなかった。毎日暇な王太后様がやってきて、鞭を片手に淑女教育をされるからだ。

 淑女を馬鹿にしてたよ、俺。

 お辞儀をするにも、その体勢のしんどさ……。ダンスも女性のパートを覚えないといけないらしい。ワンツースリー……ステップステップ……寝てても頭の中でグルグル周るくらいに仕込まれた俺は、どこにだしても恥ずかしくない伯爵令嬢になっていた。

 だって、だって、王太后様の鞭が怖いんだ……。

 誰に逆らっても王太后様に逆らっちゃ駄目だと、俺は二週間で身に染みた。

「そうね、明日からはお茶会にでてもいいわ。週末には年末の大舞踏会があるから、それにも出席してね。ロッティ」

 笑顔で王太后様はそういう。

「わたくしも身重だけど、顔だけは出す予定なのよ。ルー……じゃなくてロッティも側に来てね」

 リリアナ様にお願いをされちゃ断れない。ていうか、俺、女に弱い? 自分の意見が通るとは全く思えないからだが、俺は妹にしろ侍女にしろお願いされて断ったことがないことに気がついた。男にはちゃんと断れるんだけどな~と、紅茶のカップのふちをみていたら、王太后様が「心配しないでいいのよ」という。
 何が? と首を傾げると、張ったその胸をトンと叩いて、王太后様はおっしゃった。

「パートナーは王太子のクリストファーに頼んであるから」

「えええ! 王太子様ですか?」

「はい減点!」

 バシッと手に軽く鞭打たれる。久々の鞭に俺は怯える。

「えええ! ではないでしょう? 驚いた時は?」

「……まぁ! 王太子様でございますか? 恐れ多いことです」

「はい。よろしい」

 王太后様、怖い……。

「そんなに気負わなくていいわよ。最初のダンスだけクリスと踊ったら、後はリリアナについていてあげればいいのだし。大丈夫よ。貴女は立派なレディです」

 あー、無理。レディとかいらない……。

 少しうつろに目を彷徨わせると、小さく手を合わせて謝ってるリリアナがそこにいた。

 はい、オレハ、ガンバリマス……。

 大事なリリアナ様に心配させてはいけないと、俺は王太后様にもらった満点の笑顔で微笑んだ。


 =====


 俺の髪の色は黒だから、どんな色の服でも似合うんだが、瞳の色と同じがいいといって王太后様が既に注文をだしていたらしい。深い緑のベルベットがドレープを描いて美しい。ところどころに赤いリボンが可愛いんだが、それは王太子の髪の色だそうだ。

 何分俺はまだ十五歳ということもあって、舞踏会にでたこともなければ、公式行事に参加したこともない。同じ年頃の友達は何人かいるが、まだこんな場所に出れる年齢のものがいないことが幸いした。
 まぁ、ロッティだといえば、ちょっと背が伸びた? ですみそうだけど。

 鏡を見て、俺はげんなりとする。

 細い……細すぎる……。鶏がらとあまり変わらないんじゃないだろうか。胸はないから模造の胸を入れているが、この模造胸、ドレスの上から触ってもわからない……。そうだな、俺が成長したら、この模造胸にひっかからないように気をつけようと思う。

 胸元は隠さないといけないから、首までしっかりと詰まったドレスだ。それがまたなんというか、男の暴いてみたいという仄かな願望をくすぐりそうな気がする。
 アップにされた髪は、俺自身の髪が短いので(肩までしかない)付け毛でボリュームアップだ。赤い薔薇が蕾のまま飾られていて、未熟な身体を強調してるのではないかと思う。
 肩からは透けて見えるオーガンジーで細い腕が覆われていて、どちらかというと広がりそうなベルベットを引き締めていた。手首に巻かれた赤いリボンが可愛らしい。

 ロッティが着ていたなら、俺は絶賛しただろう――。

 ああ、なんで俺、こんなに華奢なのだろう……。

 頑張っても太れない自分の体質がうらめしい……。

「ルーファ……。似合うわ。大丈夫かしら」

 リリアナの言葉に不安感が滲み出ている。

 駄目だ。俺はリリアナ様が楽しく過ごせるようにここにいるのに。

「大丈夫です。ほら、こんな細い腰、男だなんて思われませんよ」

 腰に手をあてて細さを強調すると、リリアナの顔が心なしか曇る。

「余計心配だわ。襲われないように気をつけるのよ」

 どうやら俺の貞操を心配してくれたらしい……。

「でもほら、剥いたらびっくり胸がなかった~って諦めますよ」

「諦めてくれたらいいのだけど……」

 リリアナの心配症は妊娠中だからだろうか。こんなことで心配をかけていたら男が廃る!

「リリアナ様のドレス、素敵ですね」

 優しいクリームレモンの色のドレスは、優しいリリアナぴったり似合っていた。お腹は勿論締め付けない形だ。

 挨拶の間だけだが、それでも心配なのだろう王様(ジェームス)は、リリアナを抱き上げようとするのを「恥ずかしいわ」と止められている。

 仲むつまじい二人の様子に嬉しいのは、身内だからだろうか。、国の将来は安泰だ。

「兄上――」

 王太后様にいわれたのだろうクリストファーが現れた。

 彼はジィッと眇めるように俺を見た。手首に巻かれた赤いリボンで俺がパートナーだとわかったのか、カツカツと踵をならしながら俺の前に立った。

 背が高い。それが第一印象だった。俺はまだ成長期に差し掛かったばかりで小さいのだけど、見上げると首が痛かった。短い鮮やかな赤い髪は、綺麗に後ろになでつけられていて、ちょっと近寄りがたい雰囲気だ。青い瞳は、空の色とは違う、もっと深い色をしていた。

 フンッと鼻を鳴らして、クリストファーは俺を上から下まで眺める。

「随分貧相だな――」

 頭から冷水をぶちまけられたような気分とはこういうものかと俺は思った。

「クリス! なんて事をいうんだ」

 ジェームスが呆れたように弟を見る。

「こんな小さくて私と踊れるのか」

 ああ、きっと彼は王太后様に無理やりエスコートするように言われてムカついているのかと思い当たった。きっと一緒に踊りたい子でもいたのだろう。

 だからってそんな言い方は酷いと思う。ここにいたのがロッティでなくて良かったと胸を撫で下ろす。ロッティだったら、きっとグーで腹にパンチを喰らわせていただろう。

「精一杯躍らせていただきます。殿下には足元にご注意くださいませ」

 ツンっと顔を逸らすと、ブハッと笑う声が聞こえた。

「気が強いらしい――」

 クリストファーは、肩を震わせて笑った。

「クリスに負けないお嬢さんでよかった」

 泣いたらどうしようかと思ったよと、ジェームスがリリアナに告げていた。

 俺はそんな風に見えるということかと納得する。俺は男だから泣かないし、ロッティは気が強いから泣くわけがない。入れ替わった後のことを考えると良かったかもしれない。

「さあ、時間だ――。行こうか」

 ジェームスがリリアナに手を差し出した。ニッコリ微笑んで、リリアナは最愛の旦那様と一緒に歩いていった。

「私達もいくぞ」

 笑いが収まったからといって、愛想良くするつもりはないらしい。クリストファーは先に歩き始めた。

 俺はこっそり溜息を吐いて、彼の後を追いかけるが、リーチの差からなかなか追いつく事ができなかった。
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