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護衛の資格

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  その日から男女二人ずつが交代で私の護衛につくことになった。夜はフェリクスの部屋に護衛がいるのでその人数で大丈夫なのだそうだ。

「陛下はミリアム様をとても大事にされているのですね」
 
 護衛の女性の一人アンネットは、年の頃は二十代半ば。この国では女性も護衛騎士となることができるし、騎士でも文官や女官果ては下女まで仕事をしている女性は多い。騎士は貴族しかなることができないが、兵士にもいるという。十年程前に流行った病では男性が罹患することが多く、かなりの死者を出したからだ。夫や父を亡くして仕事を求めた女性が多かったからだと聞いた。

「そうかしら」

 何故そう思ったのか知りたくて訊ねてみた。私もそう思うけれど、理由がわからなかったからだ。

「私達の家柄だけでなく、交際範囲、果ては趣味趣向まで吟味されたようですわ」

 もう一人の護衛レオノラは、半分呆れたように呟いた。

「趣味趣向……?」
「ええ、女性趣味がないかどうかや身分や権力に魅力を感じないかどうかなどですわね」
「女性趣味……」
 
 アンネットは笑いを必死に堪えている。

「身分や権力はわからないわけではありませんよ。ミリアム様に危害をくわえようとするものを排除するのに。でも女性趣味かどうかまで聞かれるとは思いませんでしたわ」

 アンネットは笑い飛ばすタイプの人で、レオノラは真面目に物事をとらえる人間のようだ。

「それを言うなら、私達も大変でしたよ。ミリアム様」
「……あなたは」
「お久しぶりですね」
「セドリック様?」
「よく覚えていましたね」
 二十歳くらいの男性だった。十年前の病が流行ったとき、家族が罹患した貴族の子供を公爵夫人が面倒をみてくれたのだった。子供の数はそれほどいなかったし、セドリックはとても優しくしてくれたから覚えている。かからなかった彼の父親がよく顔を見せていて今の彼とそっくりだったことも理由の一つだろう。

「よく遊んでいただきましたもの。でも男性も大変だったのですか?」
「男の方が大変でした。妻がいて、愛妻家でないと候補にも挙がらないのですから……。なぁセドリック」

 もう一人は、セドリックのように文官のような容姿ではなく、いかにも歴戦の勇者と思わずにはいられない顔に傷のある三十代の男性だった。

「ニコラウス、それは惚気ているのか?」
「惚気ているように見えたのなら正解だ。ミリアム様、ニコラウスと申します。四人の中では年長のため隊長となります。よろしくお願いします」

「ニコラウス様、私、護衛などついたことがないのでわからないこともございます。皆様よろしくお願いいたします」

 頭を下げようとして駄目だと思い出した。女官長のセリアに言われたのだ。高級女官の地位は高いので軽々しく頭を下げてはいけないと。その代わりに微笑んでスカートを少し摘まんでみせた。

「ミリアム様、父君がお亡くなりになったと聞きました。お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。セドリック様のお父様は元気でいらっしゃいますか?」
「相変わらず元気です」

 とても子供好きな方だったのを覚えている。元気だと聞いて嬉しくなった。
 ハッと護衛騎士が四人とも居住まいを正して頭を下げた。振り向こうとしたら後ろから抱きつかれた。

「ミリアム、とても仲がよさそうだね。知り合いだったの?」

 二人でいるときとは違う少し低めの声が耳朶に響く。後ろから覆い被さるようにして私を抱きしめたフェリクスは、ジロリと機嫌が悪そうな顔をセドリックに向けた。

「セドリック、だったね。ミリアムと知り合いだったようだね。こちらの調べには出ていなかったがどういった関係だい?」
「陛下……」
「ミリアム?」
 
 私にも尋ねるような声を出す。

「セドリック様とは、十年前、アケドア公爵夫人のお世話になった間柄です」
「その後あったことは?」

 セドリックの方を睥睨したフェリクスは、私の横に垂らしている髪を一房指で絡め取った。

「ございません」
「ありません」

 二人の声は揃って否定をした。

「そう、ならいいけれど。セドリックは変えた方がいいかもしれないな……」

 私の髪にキスして、そんなことを言った。驚いた私を抱きしめる腕の強さに身体が震えた。この後何をされるのか怖かった。
 愛人であることを護衛騎士には伝えると言っていた。私は、セドリックはもちろん、他の三人にも知られたくないと思ってしまった。

 最愛の妻をもつ二人にも、明るい性格のアンネットにも真面目そうなレオノラにも軽蔑されるだろう。仕事柄口には出さなくても。

「私に不備がございましたか?」

 セドリックは慌ててフェリクスに伺いをたてた。当然だろう。護衛騎士としての仕事に誇りを持っている人なら。

「ないが……私はミリアムにあまり知り合いを近づけたくないのだ」

 四人の顔が、一瞬残念そうな顔に見えた。主君に対しての顔ではない。

「ミリアム様は私的な高級女官と聞いております。高級女官は陛下の仕事を円滑にするために私的な空間にも……」

 隊長であるニコラウスの質問に、私は諦めを覚悟した。

「ミリアムは」

 ニコラウスの問いを遮るようにフェリクスが声を出した。
 私のお腹に回されていた腕をギュッと握ってしまった。そんなことをしても何も変わらないのに。私は陛下の高級娼婦の代わり。ただの愛人なのだから。

「恋人だ――。彼女をしっかりと護ってくれ。セドリック、君も大事な奥方がいるからわかるだろう? 男はつまらない事でも嫉妬してしまうのだ。ミリアムが気安く君を頼るようになったら私は自分の気持ちを抑えられる自信がない。だから、護衛としての距離を間違わないでくれ。私が恋に迷った愚かな君主と呼ばれるかどうかは君たちにかかっている」

 呆然と後ろから私を抱きしめているフェリクスを見上げた。器用にウィンクした彼は私の頭にキスをした。

「ミリアム、紅茶を淹れてくれないか? 君の紅茶はとても独特で目が醒める」

 私の手を引いて、フェリクスは笑った。後ろの護衛をみるとキラキラと目を輝かした二人と、呆れたような一人と、年上の余裕で頷いている隊長がいた。

「紅茶、美味しかったですか?」

 今まであまり淹れたことがないのでよくわからなかったが、フェリクスに気にいってもらえたのなら嬉しい。

「ん? 目が醒めるのは君のお茶くらいだよ。茶葉は何杯いれたのかな?」
「沢山入れたら美味しくなるかと思って……」
「ふふっ、セリアに教えてもらうといい。今日の君の仕事はそれだけだ」

 とても重要な任務のように言われて頷いた。

「頑張ります!」

 女官長であるセリアの特訓は、お湯の温度や茶器の温め方、ミルクと茶葉の種類について事細かだった。夕方になっても講義が終わらない。迎えに来たフェリクスが天使に見えた。

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