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ひらめく

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 幼馴染で婚約者のアジュトル・サぺルソン。でもいつもアジュトルは私と会うと顔を顰める。いや、それは別にいいんだけどね。私も好きじゃないし? 顔が格好いいのは認めているけどね。
 親の意向で婚約に至った私たちだが、最近探りをいれたところどうも強制というほどの結婚でもないらしかった。
 アジュトルの婚約者だと知られてしまっている学園内では、美人な令嬢たちに「ルエマ様程度が釣りあうと思っているのかしらね……? アジュトル様はお可哀想に」とか陰口を言われるし、ぼっちで辛い。家柄としては侯爵家同士なのだが、私の顔がね……普通なんです。
 しかしまあ、いずれ婚約破棄してくるでしょ、と私は耐えていたのだ。あれだけすげない対応をするのだから。
 なのにヤツは学園卒業が迫る十八になってもなにも言ってこない。続ける意味なくない? 虫避けか? 新たな婚約者に成り得そうな有望な女の子たちがほかに貰われていってしまうぞ?
 このままいけば、仮面夫婦コース……。いや。転生しガワを取り繕っても内心お貴族的コミュニケーションにアワアワしている小市民の私に、貴族の妻とか荷が重い。どうせなら一人で生きていく道を模索したいものだ……。勉強は頑張っているし、家は兄や姉がいっぱいいるから私はちゃんとしていなくても大丈夫だろう。うん。
 そのためには――。



「……ルエマ」

 医務室で休んでいると、扉を開ける音が聞こえてきて慌てて目を閉じる。声からしてアジュトルのようだった。やはり、婚約者だから体裁を気にして見にきたか。
 私は午前中、学園の中を移動中に人と接触し、地面に倒れこんでしまったのだ。軽くだが頭を打ってしまった衝撃とともに、私の脳内には天啓が降ってきた。
 このシュチュエーションは使えるぞ……、と。そして気絶したふりを決行。心の中の天使たちはラッパを盛大に鳴らしていた。
 のこのこやってきたアジュトル。飛んで火にいる夏の虫とはこのことか。あれ違うか? フッ。まあいい。作戦開始だ。
 私は閉じていた目を、ゆっくりと開ける。

「……起きたのか? ルエマ。まったく鈍くさいヤツめ」
「はい……。あの」

 ベッドから上半身だけを起こして座り、近くに立って見下ろしてくる彼を見て私は言った。

「――あなたはどちら様でしょう?」
「は? ……なにを馬鹿なことを言っているルエマ」
「いえ……。ですから、初対面なので、お名前を、と」
「は?」

 よし、いい感じだ。演技がパーフェクト。
 私のことがもともと嫌いで、アジュトルの記憶ももってないとか。面倒くさくてフェードアウト案件でしょう。完璧だ。
 私から言うとプライドを傷つけて恨まれるかもしれないから、あなたのほうから婚約破棄を切り出してくれ頼む。

「俺は――俺は。アジュトル・サぺルソンという」
「あ、はい。初めまして?」

 私は軽く頭を下げた。

「ああ。俺はルエマと……その……。あ、愛しあっている、婚約者だ。とても仲がよくて、……ラブラブだ」

 は? ……いや、は?

「そ、そうなんですの?」
「ああ。……それで、その……記憶がないというのなら……、あっ」
「あっ?」

 これ以上なにを言い出すというのかアジュトル??

「愛し、あえば。思い出すかも、しれないだろう?」
「は?」
「俺たちは……昨晩はお楽しみでしたね、だった」
「へ……へぇ?」

 誰と誰が、なにを楽しんだというんだ? というか雲行きが怪しいぞ??

「――とりあえず。心配だから家に来てくれ」
「いや、あの無理――」

 私を摑まえようとするアジュトルの胸元を押すが、相手の行動は素早かった。膝下に手を入れられ胸元に抱き上げられる。
 絶句する私の耳元に、

「動かないで……。転移するから」

 と囁く彼。なにがなんだか理解できないが、転移の失敗は危険なのでしぶしぶアジュトルに従った。
 いや、つまり……どういうことだ?

「ずっと――ルエマが好きだったんだ。…………今までも言っていたけれど。もう一度。ルエマに伝えておく」

 私は聞いたことがないんだが??
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