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2・赤く染まる
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……午後の授業がすべて終わった後、本当はカンニングをした結果がアレなんじゃないかと思い始める。庇うんじゃなかったと後悔の念まで湧き上がってきた。
帰りのホームルームが終わり、夕日が差し込んで教室がオレンジに染まり、すやすやと寝息を立てる彼の横顔もオレンジ色に染まっている。彼が寝息を立てるたび、やわらかそうな髪がふわふわと揺れた。
そう、彼は終始寝ていた。気持ちよさそうにぐっすりと。現在進行形で。
だんだんとイライラが募り、僕は彼の頭をはたく。ぺちっといい音が鳴った。
「ん……」
「おきろ馬鹿者。貴様は教室に泊まるつもりか。」
「……もう終わった? ふぁぁぁよく寝た。」
「そんなで次のテストはいい点が取れるのか? 悪ければカンニングだと認定されて停学処分になるぞ」
「なに、心配してくれんの?」
ガキ大将のようにニカッと笑う。
「アレだけ僕に大口を叩かせたんだ、結果を出してもらわなければ困る。」
笑顔をまぶしく感じて僕は顔を背けた。
「照れてんの? ウケる」
「なっ、照れてなんてない!」
「顔、真っ赤だぜ?」
「夕日のせいだろ?! 君だって赤い!!」
顔に熱を帯びて行くのを感じた。調子が狂う。なんなんだ一体。
気まずさで目を伏せると、彼が枕にしていたノートが目に入る。
「それ……」
「ん、ああ。ってやっべ涎たれてんじゃん!」
開かれたノートは五限目の現国のものらしく、涎によって無残な姿になっている。
びっちりと書き込まれたノートには、カラーペンで注意書きが書き添えられておりパッと見でもとてもよく出来ていた。
「そのノートは君が書いたのか?」
「ああ、去年な。同じのをやるのはさすがに飽きるな~。我慢できなくて寝ちまった。」
「そうか。」
ずり落ちそうになっていたかばんを肩にかけなおし、踵を返した。
早く家に帰って今日やったところの復習と予習をしなければ、彼には勝てない。そう思った。
「起こしてくれてサンキューな。」
背中に声が飛んでくる。声のトーンからまたあのいたずら少年のような笑顔をしているんだろうと思うと、なんだかこそばゆく感じる。
僕は右手を軽く上げ、その声に答えるとそのまま振り返らず教室を後にした。
次のテストでは負けたくない。トップでいることが僕の唯一の存在意義なのだから。
「ねぇお母さん。今日ね学校でテストがあってね、僕ね一番だったんだよ!」
小学三年の秋。返却されたテストを持って自宅へ帰った僕は期待に胸膨らませ母親に声をかける。
出勤の準備をしているお母さんはマスカラを塗りたくりながら短く「そう」とだけ言った。
「来月のね、日曜日なんだけどね。ねぇお母さん」
「うるさいわね! お母さんこれから仕事なんだからおとなしくしていて!」
お母さんが僕と目を合わせてくれなくなってどれぐらいたっただろうか。
テーブルの上にそっとテストを置き、ランドセルから教科書を取り出す。宿題を早く終わらせて褒めてもらいたかった。
「じゃいって来るから。」
「あ、行ってらっしゃい。お母さん!」
お母さんは夕方ごろ出かけて朝方帰ってくる。
お酒臭くて、朝のお母さんはあんまり好きじゃないけど、夕方のお母さんより機嫌が良くてちょっと優しいからやっぱり好きだ。
この前はテストが百点だったからすごいねっていっぱい言って貰った。前の日にいっぱい叩かれて悲しかったけど、褒めてもらえてすごく嬉しかった。僕がテストでいい点数を取るとお母さんが褒めてくれるから僕はずっと一番でいようって決めたんだ。
耳障りの悪い電子音が僕を夢から引き上げる。
「……」
夢の内容は覚えてないけれど、悪夢だったんだというのは背中にかいた汗でわかった。
隣の部屋から男と女の声が聞こえてくる。大方母親が客でも連れ込んでいるのだろう。
せりあがってくるものを堪えて僕は手早く着替えるとカバンを掴み家を出た。
あのまま家にいても、聞こえてくる母親の『女の声』に胸くそ悪くなるだけだ。
つい制服に着替えて出てきてしまったが今日が祝日ということに気がつく。
スーツを着た人たちのかわりに、家族連れが多く目に入ったからだ。
「どこに行こう……」
夕方まで……母親が出勤する時間までどうやって時間をつぶそうかと考えて、ふと昨日のことを思い出す。負けたくないと感じた気持ちを思い出し、僕は近くにある図書館へ向かうことにした。
「何で君がここにいるんだ」
席を捜していた僕の目に飛び込んできたのは、なんとも場違いな金髪だった。
「ん? あー、えーっと……かな……かな?」
「金森だ、金森悠一。」
「勉強にきまってんだろ? ま、暇つぶしだけどな。」
彼の座っている席の周りは空いていて、僕はそのまま彼の向かい側に座る。
同じように席を探している人たちが、こちらをチラリと見ては立ち去るのを見て、無理もないなと思う。
ひとつ息を吐いてカバンから教科書とノートを取り出す。
暇つぶし……、その言葉を聴いて僕は意外だなと思った。
僕の勝手なイメージで彼にはやんちゃな友達がきっとたくさんいて、休みの日にはあまり言葉には出せないようなやんちゃなことをして遊んでいるものだと思っていたからだ。
そう考えて、自分も見た目で判断している周りの人たちと一緒だなと苦笑する。
「なぁ悠一、ここってこれで合ってる?」
「へ? あ、ああ。ここはこっちの数式を当てはめるから……」
「ああ、なる。サンキュー」
びっくりした。
「どうしたん? かたまってっけど。」
フリーズしていた僕を彼は怪訝そうに見てくる。
僕ははっきり言って友人がいない。小中学生のころは母親の職業のことでいじめられるか、無視されるかのどちらかだった。
高校に入ってからはそういった事はなくなったが、人間関係を良くする努力をするよりも勉強に力を入れたほうが遥かに有意義と感じた。僕からアクションを起こすことを一切しなかった結果、僕には友達がいない。別に後悔もないし、寂しいと……感じなくもないが、さしたる問題ではない。
だが、そんな僕を彼は気軽に名前で呼ぶ。僕はどういう反応をしたらいいのかわからない。
「おーい。どうしたー?」
「……なんでも……ない」
なぜか急に恥ずかしくなり、僕は教科書を見るふりをして下を向いた。
閉館時間になり、僕たちは並んで図書館を出る。
日が落ちかけ、吹き抜ける風に冷たさが混じると、まだ夏は遠いことを感じる。
「んー結構勉強したなぁ。」
「そうだな」
うそだ。僕はあのことがずっと頭から離れず、他の事は頭に入ってこなかった。
「悠一はもう帰るん?」
「ひっ」
「ひっ?」
「なななんでもない。適当に夕飯でも買って帰る」
「何動揺してんだよ。へんな奴。」
僕の挙動不審ぷりに彼は噴出すと豪快に笑った。
「いい加減笑うのをやめろ。君はまだ帰らないのか?」
もしかしたらこの後遊びにいくのだろうか?
そういえば駅前の繁華街では夜になるとやんちゃな学生がうろうろしているからと、先生たちが交代で見回りをすると話しているのを聞いたことがある。
「補導されるなよ。」
「こんな時間じゃまだされねーよ。飯買って帰るんなら俺んちで食わね?」
「は? いや、家族の団欒にお邪魔は出来ない。僕の事は気にしないでくれ。コンビニで適当に弁当でも……」
「俺一人だから気ぃつかわないでもいいよ。コンビニよりマシだと思うから寄ってけよ。」
そう言うと俺の腕を掴み歩き始める。まて、そんなに引っ張られたら逃げられない。
僕はどうしていいのかまたもや分からず、彼のコミュニケーション能力に若干、いや、大いに引きつつズルズルと引きづられていった。
帰りのホームルームが終わり、夕日が差し込んで教室がオレンジに染まり、すやすやと寝息を立てる彼の横顔もオレンジ色に染まっている。彼が寝息を立てるたび、やわらかそうな髪がふわふわと揺れた。
そう、彼は終始寝ていた。気持ちよさそうにぐっすりと。現在進行形で。
だんだんとイライラが募り、僕は彼の頭をはたく。ぺちっといい音が鳴った。
「ん……」
「おきろ馬鹿者。貴様は教室に泊まるつもりか。」
「……もう終わった? ふぁぁぁよく寝た。」
「そんなで次のテストはいい点が取れるのか? 悪ければカンニングだと認定されて停学処分になるぞ」
「なに、心配してくれんの?」
ガキ大将のようにニカッと笑う。
「アレだけ僕に大口を叩かせたんだ、結果を出してもらわなければ困る。」
笑顔をまぶしく感じて僕は顔を背けた。
「照れてんの? ウケる」
「なっ、照れてなんてない!」
「顔、真っ赤だぜ?」
「夕日のせいだろ?! 君だって赤い!!」
顔に熱を帯びて行くのを感じた。調子が狂う。なんなんだ一体。
気まずさで目を伏せると、彼が枕にしていたノートが目に入る。
「それ……」
「ん、ああ。ってやっべ涎たれてんじゃん!」
開かれたノートは五限目の現国のものらしく、涎によって無残な姿になっている。
びっちりと書き込まれたノートには、カラーペンで注意書きが書き添えられておりパッと見でもとてもよく出来ていた。
「そのノートは君が書いたのか?」
「ああ、去年な。同じのをやるのはさすがに飽きるな~。我慢できなくて寝ちまった。」
「そうか。」
ずり落ちそうになっていたかばんを肩にかけなおし、踵を返した。
早く家に帰って今日やったところの復習と予習をしなければ、彼には勝てない。そう思った。
「起こしてくれてサンキューな。」
背中に声が飛んでくる。声のトーンからまたあのいたずら少年のような笑顔をしているんだろうと思うと、なんだかこそばゆく感じる。
僕は右手を軽く上げ、その声に答えるとそのまま振り返らず教室を後にした。
次のテストでは負けたくない。トップでいることが僕の唯一の存在意義なのだから。
「ねぇお母さん。今日ね学校でテストがあってね、僕ね一番だったんだよ!」
小学三年の秋。返却されたテストを持って自宅へ帰った僕は期待に胸膨らませ母親に声をかける。
出勤の準備をしているお母さんはマスカラを塗りたくりながら短く「そう」とだけ言った。
「来月のね、日曜日なんだけどね。ねぇお母さん」
「うるさいわね! お母さんこれから仕事なんだからおとなしくしていて!」
お母さんが僕と目を合わせてくれなくなってどれぐらいたっただろうか。
テーブルの上にそっとテストを置き、ランドセルから教科書を取り出す。宿題を早く終わらせて褒めてもらいたかった。
「じゃいって来るから。」
「あ、行ってらっしゃい。お母さん!」
お母さんは夕方ごろ出かけて朝方帰ってくる。
お酒臭くて、朝のお母さんはあんまり好きじゃないけど、夕方のお母さんより機嫌が良くてちょっと優しいからやっぱり好きだ。
この前はテストが百点だったからすごいねっていっぱい言って貰った。前の日にいっぱい叩かれて悲しかったけど、褒めてもらえてすごく嬉しかった。僕がテストでいい点数を取るとお母さんが褒めてくれるから僕はずっと一番でいようって決めたんだ。
耳障りの悪い電子音が僕を夢から引き上げる。
「……」
夢の内容は覚えてないけれど、悪夢だったんだというのは背中にかいた汗でわかった。
隣の部屋から男と女の声が聞こえてくる。大方母親が客でも連れ込んでいるのだろう。
せりあがってくるものを堪えて僕は手早く着替えるとカバンを掴み家を出た。
あのまま家にいても、聞こえてくる母親の『女の声』に胸くそ悪くなるだけだ。
つい制服に着替えて出てきてしまったが今日が祝日ということに気がつく。
スーツを着た人たちのかわりに、家族連れが多く目に入ったからだ。
「どこに行こう……」
夕方まで……母親が出勤する時間までどうやって時間をつぶそうかと考えて、ふと昨日のことを思い出す。負けたくないと感じた気持ちを思い出し、僕は近くにある図書館へ向かうことにした。
「何で君がここにいるんだ」
席を捜していた僕の目に飛び込んできたのは、なんとも場違いな金髪だった。
「ん? あー、えーっと……かな……かな?」
「金森だ、金森悠一。」
「勉強にきまってんだろ? ま、暇つぶしだけどな。」
彼の座っている席の周りは空いていて、僕はそのまま彼の向かい側に座る。
同じように席を探している人たちが、こちらをチラリと見ては立ち去るのを見て、無理もないなと思う。
ひとつ息を吐いてカバンから教科書とノートを取り出す。
暇つぶし……、その言葉を聴いて僕は意外だなと思った。
僕の勝手なイメージで彼にはやんちゃな友達がきっとたくさんいて、休みの日にはあまり言葉には出せないようなやんちゃなことをして遊んでいるものだと思っていたからだ。
そう考えて、自分も見た目で判断している周りの人たちと一緒だなと苦笑する。
「なぁ悠一、ここってこれで合ってる?」
「へ? あ、ああ。ここはこっちの数式を当てはめるから……」
「ああ、なる。サンキュー」
びっくりした。
「どうしたん? かたまってっけど。」
フリーズしていた僕を彼は怪訝そうに見てくる。
僕ははっきり言って友人がいない。小中学生のころは母親の職業のことでいじめられるか、無視されるかのどちらかだった。
高校に入ってからはそういった事はなくなったが、人間関係を良くする努力をするよりも勉強に力を入れたほうが遥かに有意義と感じた。僕からアクションを起こすことを一切しなかった結果、僕には友達がいない。別に後悔もないし、寂しいと……感じなくもないが、さしたる問題ではない。
だが、そんな僕を彼は気軽に名前で呼ぶ。僕はどういう反応をしたらいいのかわからない。
「おーい。どうしたー?」
「……なんでも……ない」
なぜか急に恥ずかしくなり、僕は教科書を見るふりをして下を向いた。
閉館時間になり、僕たちは並んで図書館を出る。
日が落ちかけ、吹き抜ける風に冷たさが混じると、まだ夏は遠いことを感じる。
「んー結構勉強したなぁ。」
「そうだな」
うそだ。僕はあのことがずっと頭から離れず、他の事は頭に入ってこなかった。
「悠一はもう帰るん?」
「ひっ」
「ひっ?」
「なななんでもない。適当に夕飯でも買って帰る」
「何動揺してんだよ。へんな奴。」
僕の挙動不審ぷりに彼は噴出すと豪快に笑った。
「いい加減笑うのをやめろ。君はまだ帰らないのか?」
もしかしたらこの後遊びにいくのだろうか?
そういえば駅前の繁華街では夜になるとやんちゃな学生がうろうろしているからと、先生たちが交代で見回りをすると話しているのを聞いたことがある。
「補導されるなよ。」
「こんな時間じゃまだされねーよ。飯買って帰るんなら俺んちで食わね?」
「は? いや、家族の団欒にお邪魔は出来ない。僕の事は気にしないでくれ。コンビニで適当に弁当でも……」
「俺一人だから気ぃつかわないでもいいよ。コンビニよりマシだと思うから寄ってけよ。」
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