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第三章 プレイ三日目

#40 貴方の名は。

「んんん？　名前を『教えて』じゃなくて『当てても良い』なのかい？　嬢ちゃんは僕の正体が分かっていると？」
「は、はい。その……多分」

　訝しげに顔を寄せる包帯男に私は頷きを返す。
　所内に目を配れば、近くには私達以外には所員ＮＰＣしかいなかった。今なら誰かに立ち聞きされる心配もないだろう。彼の名前を言っても問題はない……と思う。
　逡巡していても埒が明かない。エチケットとして配信を音声切断ミュートにする。『えー、ミュート？』、『ケチー？』とチャット欄から文句が零れるが、非常に申し訳ない。
　諸々の安全を確認し、私は意を決して彼の名前を口にした。

「あの……闇藤あんどうラペさんですよね？」

　表情は隠されたままだが、包帯男は明らかに驚いた様子だった。

「こいつぁたまげた。まさか本当に当ててくるとは」

　包帯男が教典を取り出し、何らかの操作をすると男の頭部が淡く輝いた。包帯とサングラスは光の粒子となって消え失せ、その下から男の素顔が現れる。
　青い髪だ。掻き上げた前髪から数本が額に垂れている。顔の年齢は二十代前半。目付きは剣呑な程に鋭く、左の瞳は赤く燃え盛っていた。口はヘラヘラと笑っているが、固定されているかのような印象も受ける。両の側頭部には青い羽根の髪飾りを差していた。
　その顔はやはり私が良く知っている人物のものだった。

　闇藤ラペ。人呼んで『幸福の鳥ブルーバード』ラペ。ロンちゃんと同じチクタクマン社所属のVTuberだ。チクタクマン社の男性VTuberの中ではエースとして扱われている一流配信者だ。

「良く分かったね、嬢ちゃん。声も変えていたっつーのに」
「当然ですよ！　何度も何度も配信を見させて貰っていますから！　口調はいつものままだったし、背格好もこの私が見誤る事はありません！」
「そっかそっか。そりゃあまあ、配信者冥利に尽きると言っとくべきだな」

　ラペさんが照れ臭そうに笑う。この顔だ。たまに浮かべるヘラヘラ笑いと違う柔らかな笑みが、幾多の女性リスナーを落としてきたのだ。それをよもや生で見られるとは。今日の私はなんて幸運なのか。

「ああ、それにしても、まさか昨日今日で『燃眼三騎士トラペゾヘドロン』の内、二人の御尊顔を拝めるなんて……！　なんて至福……！」
「『燃眼三騎士トラペゾヘドロン』って何だよ？」
「あ、うん。『燃眼三騎士トラペゾヘドロン』っていうのはね……端的に言えばグループ名の事だよ」

　夜凪ロントに闇藤ラペ、そしてもう一人。この三人はマナちゃんと同じＡＩという『設定』だ。マナちゃんの自室に飾られていた小動物を模した飾り物。ある日それらに魂ＡＩが宿り、己の意思のままに動き出した。自我を獲得した彼らは自身を人型へと変身させ、VTuberとして活動を開始した。それが彼らの『設定』の始まりプロローグだ。

　ロンちゃんの異名は『招き猫ラッキーキャット』だけど、それはこのプロローグ内では元は招き猫だった事が由来している。対してラペさんは青い鳥の木彫りを始まりとしていたから『幸福の鳥ブルーバード』だ。
　一つずつ燃える眼を持っている事、騎士としてマナちゃんに忠誠を誓っている事から彼ら三人を纏めた時はこう呼ばれている――『燃眼三騎士トラペゾヘドロン』と。ロンちゃんは右目、ラペさんは左目に炎が盛っている。