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第三部第二章 国奪りイベント(祭り本番)
セッション89 神罰
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シロワニの登場でその場には人がいなくなっていた。首領を喪った『貪る手の盗賊団』は勿論、風魔忍軍も撤退していた。シロワニと則天の人知を超えた攻防に「自分達の力量では入る余地などない」と悟ったからである。
そんな中、ただ一人だけ残っていたのが理伏だ。それは闘志だとか職務遂行の意志だとかそういった理由ではない。彼女が復讐の狂気に囚われているが為の、撤退という選択肢がそもそも頭になかったが故の結果だ。
「『天駆ける王の嘶き・改』――!」
理伏が駆け出す。瞬間、彼女の姿が掻き消えた。次の瞬きには則天の身が宙に浮いており、衝撃波が吹き荒れた。理伏は数十メートル先の位置で忍者刀を前に突き出しながら跪いていた。
今のは馬王スレイプニルのスキルか。
理伏にはロキのスキル『獣憑き』によりスレイプニルが憑依している。「ロキとは分かたれたもののスレイプニルとはまだ信頼関係が築けていないので、まだ『天駆ける王の嘶き』を実戦では使うつもりはない」と理伏は言っていたが、事ここに至ってぶつける気になったか。
風魔忍軍の奥義である『時津風』が防がれた以上、則天に通用する攻撃はもう『天駆ける王の嘶き』しかない。信頼出来なくても使うしかないのだ。
「グ、ウォア……!」
「もう一度!」
血がだくだくと溢れる左の脇腹を手で押さえる則天。そんな則天を狙い、再度理伏の姿が消える。否、音速を超えて目にも映らなくなる。そして、則天が弾き飛ばされた。今度は右の腹部を突かれたらしく、血飛沫がまるでリボンのように空中に線を引く。
さすがに貫通までは不可能な様子だが、それでも理伏の攻撃は確かに則天にダメージを与えていた。さすがは馬王の技を使っているだけあるか。
それに、理伏の使い方もうまい。『天駆ける王の嘶き』は音速の壁を突き破る為、空気抵抗で使い手自身もダメージを避けられなかった。しかし、今の理伏にはそんな傷はない。理伏は自身の前に風の盾――否、風の傘を作っているのだ。それで空気抵抗を受け流している。理伏の風使いとしてのスキルと馬王の音速を超える脚力の掛け合わせ。だからこそ『天駆ける王の嘶き・改』という技名なのだろう。
「はあ、はあ、はあ、はあ……も、もう一度……っ!」
とはいえ、楽観視は出来ない。二発撃った程度で理伏は既に疲労困憊に陥っていた。威力が絶大な分、体力も魔力も消耗してしまうのだろう。先に大技を使ったせいもある。
だが、手は抜けない。消耗しているのは則天も同じだ。風魔忍軍と『貪る手の盗賊団』を同時に相手取った事での疲労。加えて、シロワニから受けた有効打が二撃。今や則天はこれ以上ないくらいに弱まっていた。彼女を打倒するのに今程の好機はない。
「喰らえ、『天駆ける王の嘶き・改』!」
故に理伏は駆け抜ける。伏したくなる自身に鞭を打って技を繰り出す。しかし、
「何度もさせる訳ないネ! 五重『上級大地魔術』――『絶対暗黒領域』!」
それを易々と通す程則天は甘くはなかった。
三度姿を掻き消す理伏。同時に則天の指先に現れる黒球。爆風の如く吹き荒れる魔力。大気と木々が悲鳴を上げた次の瞬間、理伏は則天の足元に倒れていた。
理伏は黒球に吸い込まれながらも黒球を破壊した。あの超重力の塊を純然たる破壊力で強引に打ち消したのだ。しかし、その代償として忍者刀は粉々に砕けてしまった。則天に刃は届かず、当然則天はこの攻撃に関してはノーダメージだ。
「あ……あああああっ……!」
理伏の両手は折れていた。黒球の重力によって骨という骨がひしゃげられたのだ。五指こそ残っているが、手首より先が腫れ上がり、軟体生物のような有様になっていた。激痛に理伏は地面に転がったままただ悶絶する。
その理伏の腹を則天が蹴飛ばした。
「ぐあっ……うぅうう……!」
「ハハ、ハハハハハ! ザマァないネ、小娘! ハハ……はあ、はあ……」
蹴られて強制的に仰向けにされた理伏を則天が嘲笑う。とはいえ、彼女も肩で息をしていた。馬王のスキルを二度も喰らい、三度目を退けるのに五重魔術を駆使したのはなかなか堪えた様子だ。
「しかし、まあ、『絶対暗黒領域』に吞まれて良く原形を保っていられたものネ。アレに触れたら人間なんて普通、潰されて圧縮されて肉塊になっている所だけど」
サラリと則天が恐ろしい事を言う。彼女の言葉を信じるなら、両手の骨が折れた程度で済んでいる理伏はまだマシだという事か。『絶対暗黒領域』、なんて危険な術だ。
それでもなお理伏の傷が浅いのは、疲労とダメージが度重なって、則天の術の威力が下がっていたお陰なのだろう。
「ン……? オマエ、似合わない物を着けているネ」
則天が理伏の胸元に目を付けた。ブローチだ。古風な金の象眼細工が施された縞瑪瑙の装身具。戦いの前に忍軍の頭目から渡されたと理伏は言っていた。
「こういう物を着けるならもっとお洒落な服を着なきゃ駄目ヨ。ブローチだけが目立ってしまっているネ」
言いながらブローチに手を伸ばす則天。理伏が身を捩るが、逃れられる筈もない。ブローチは則天に奪われてしまった。
「フーン……あんまり値打ちはなさそうネ」
「か、返せ……それは拙者の……!」
「ンン? 何、コレってオマエの大事な物ネ?」
ブローチを取り戻そうと折れた指を伸ばす理伏。そんな彼女の様子を見た則天はニヤリと嗤うと、
理伏に見せ付けるようにブローチを粉々に握り潰した。
「あ……ああっ……!」
「フ、アハハハハハ! どんな気分!? ねえ、どんな気分ヨ、風魔理伏! 仇と狙っていた相手に大切な物を壊された気分は! ワタシは爽快ネ! 人の矜持を踏み躙る瞬間はいつだって最高ヨ!」
則天が高笑いを上げる。彼女の掌からパラパラと破片と化したブローチが落ちていった。理伏が悔しそうに顔を歪めるが、彼女の怒りは則天の愉悦のスパイスにしかならなかった。則天が右足を後ろに傾け、追い打ちに理伏を蹴ろうとする。
――瞬間、空気が凍り付いた。
「…………。……エッ?」
則天が笑顔を強張らせる。
一気に十度以上も気温が下がったようかのようだ。しかし、実際に気温は変化していない。突然恐怖を浴びせられ、それで背筋が寒くなり、気温が下がったと誤認したのだ。
何故恐怖を感じたのか。その理由はすぐに分かった。森の奥より明らかな異物が歩いてきたからだ。
黄衣を纏った男だ。普通の男性の倍はある長身を黄色のローブで包み込んでいる。ローブの袖や裾はボロボロであり、破けた足元からは尖った靴が覗いていた。顔には青白い仮面を装着しており、表情どころか種族すらは窺えない。
誰だ、こいつは。そう疑問に思った所で則天がある名を口にした。
「は、ハスター……!?」
ハスター。あの邪神クトゥルフの半兄弟にして宿敵であり、風神。風魔忍軍が信仰する神だ。
そういえば、理伏がブローチに描かれた図形をハスターの紋章だと言っていた。クエスチョンマークを三つ組み合わせたようなそれは『黄の印』と呼ばれていると。であれば、この黄衣の男がハスターなのか。
則天が『黄の印』を壊したから現れたのか? 自分の紋章を粗末にされたから、その罰を与える為に出てきたとでも?
――――不敬なり――――
果たしてハスターが予想通りの言葉を表に出した。しかし、それは声ではなかった。脳内に直接言葉を送り込んだものだった。
則天が何か言おうと口を開く。しかし、それよりも早くハスターが彼女を指差した。そして間髪入れず、
――――『最上級疾風魔術』――――
一陣の風が吹いた。
『上級疾風魔術』のような猛々しさはない。むしろ非常に静かな風だった。傍から見れば、そよ風同然の軽やかさだった。しかし、その威力たるや絶大だった。
則天の首が刎ね落とされていた。『時津風』でも『天駆ける王の嘶き・改』でも崩せなかった則天の肉体が、『海王の銃撃戦』でも小さな穴しか空けられなかった則天の肉体が破壊されていた。この世のどんな刀剣よりも鋭利な切れ味で、鎖骨から上がすっぱりと斬り落とされていた。
胴体から断たれた頭部が地面に落ち、頭部を失った胴体が跪き、倒れ伏す。
かくして、『膨れ女』己則天は自身の狂気――嗜虐症の結果をその身で贖う事となった。
そんな中、ただ一人だけ残っていたのが理伏だ。それは闘志だとか職務遂行の意志だとかそういった理由ではない。彼女が復讐の狂気に囚われているが為の、撤退という選択肢がそもそも頭になかったが故の結果だ。
「『天駆ける王の嘶き・改』――!」
理伏が駆け出す。瞬間、彼女の姿が掻き消えた。次の瞬きには則天の身が宙に浮いており、衝撃波が吹き荒れた。理伏は数十メートル先の位置で忍者刀を前に突き出しながら跪いていた。
今のは馬王スレイプニルのスキルか。
理伏にはロキのスキル『獣憑き』によりスレイプニルが憑依している。「ロキとは分かたれたもののスレイプニルとはまだ信頼関係が築けていないので、まだ『天駆ける王の嘶き』を実戦では使うつもりはない」と理伏は言っていたが、事ここに至ってぶつける気になったか。
風魔忍軍の奥義である『時津風』が防がれた以上、則天に通用する攻撃はもう『天駆ける王の嘶き』しかない。信頼出来なくても使うしかないのだ。
「グ、ウォア……!」
「もう一度!」
血がだくだくと溢れる左の脇腹を手で押さえる則天。そんな則天を狙い、再度理伏の姿が消える。否、音速を超えて目にも映らなくなる。そして、則天が弾き飛ばされた。今度は右の腹部を突かれたらしく、血飛沫がまるでリボンのように空中に線を引く。
さすがに貫通までは不可能な様子だが、それでも理伏の攻撃は確かに則天にダメージを与えていた。さすがは馬王の技を使っているだけあるか。
それに、理伏の使い方もうまい。『天駆ける王の嘶き』は音速の壁を突き破る為、空気抵抗で使い手自身もダメージを避けられなかった。しかし、今の理伏にはそんな傷はない。理伏は自身の前に風の盾――否、風の傘を作っているのだ。それで空気抵抗を受け流している。理伏の風使いとしてのスキルと馬王の音速を超える脚力の掛け合わせ。だからこそ『天駆ける王の嘶き・改』という技名なのだろう。
「はあ、はあ、はあ、はあ……も、もう一度……っ!」
とはいえ、楽観視は出来ない。二発撃った程度で理伏は既に疲労困憊に陥っていた。威力が絶大な分、体力も魔力も消耗してしまうのだろう。先に大技を使ったせいもある。
だが、手は抜けない。消耗しているのは則天も同じだ。風魔忍軍と『貪る手の盗賊団』を同時に相手取った事での疲労。加えて、シロワニから受けた有効打が二撃。今や則天はこれ以上ないくらいに弱まっていた。彼女を打倒するのに今程の好機はない。
「喰らえ、『天駆ける王の嘶き・改』!」
故に理伏は駆け抜ける。伏したくなる自身に鞭を打って技を繰り出す。しかし、
「何度もさせる訳ないネ! 五重『上級大地魔術』――『絶対暗黒領域』!」
それを易々と通す程則天は甘くはなかった。
三度姿を掻き消す理伏。同時に則天の指先に現れる黒球。爆風の如く吹き荒れる魔力。大気と木々が悲鳴を上げた次の瞬間、理伏は則天の足元に倒れていた。
理伏は黒球に吸い込まれながらも黒球を破壊した。あの超重力の塊を純然たる破壊力で強引に打ち消したのだ。しかし、その代償として忍者刀は粉々に砕けてしまった。則天に刃は届かず、当然則天はこの攻撃に関してはノーダメージだ。
「あ……あああああっ……!」
理伏の両手は折れていた。黒球の重力によって骨という骨がひしゃげられたのだ。五指こそ残っているが、手首より先が腫れ上がり、軟体生物のような有様になっていた。激痛に理伏は地面に転がったままただ悶絶する。
その理伏の腹を則天が蹴飛ばした。
「ぐあっ……うぅうう……!」
「ハハ、ハハハハハ! ザマァないネ、小娘! ハハ……はあ、はあ……」
蹴られて強制的に仰向けにされた理伏を則天が嘲笑う。とはいえ、彼女も肩で息をしていた。馬王のスキルを二度も喰らい、三度目を退けるのに五重魔術を駆使したのはなかなか堪えた様子だ。
「しかし、まあ、『絶対暗黒領域』に吞まれて良く原形を保っていられたものネ。アレに触れたら人間なんて普通、潰されて圧縮されて肉塊になっている所だけど」
サラリと則天が恐ろしい事を言う。彼女の言葉を信じるなら、両手の骨が折れた程度で済んでいる理伏はまだマシだという事か。『絶対暗黒領域』、なんて危険な術だ。
それでもなお理伏の傷が浅いのは、疲労とダメージが度重なって、則天の術の威力が下がっていたお陰なのだろう。
「ン……? オマエ、似合わない物を着けているネ」
則天が理伏の胸元に目を付けた。ブローチだ。古風な金の象眼細工が施された縞瑪瑙の装身具。戦いの前に忍軍の頭目から渡されたと理伏は言っていた。
「こういう物を着けるならもっとお洒落な服を着なきゃ駄目ヨ。ブローチだけが目立ってしまっているネ」
言いながらブローチに手を伸ばす則天。理伏が身を捩るが、逃れられる筈もない。ブローチは則天に奪われてしまった。
「フーン……あんまり値打ちはなさそうネ」
「か、返せ……それは拙者の……!」
「ンン? 何、コレってオマエの大事な物ネ?」
ブローチを取り戻そうと折れた指を伸ばす理伏。そんな彼女の様子を見た則天はニヤリと嗤うと、
理伏に見せ付けるようにブローチを粉々に握り潰した。
「あ……ああっ……!」
「フ、アハハハハハ! どんな気分!? ねえ、どんな気分ヨ、風魔理伏! 仇と狙っていた相手に大切な物を壊された気分は! ワタシは爽快ネ! 人の矜持を踏み躙る瞬間はいつだって最高ヨ!」
則天が高笑いを上げる。彼女の掌からパラパラと破片と化したブローチが落ちていった。理伏が悔しそうに顔を歪めるが、彼女の怒りは則天の愉悦のスパイスにしかならなかった。則天が右足を後ろに傾け、追い打ちに理伏を蹴ろうとする。
――瞬間、空気が凍り付いた。
「…………。……エッ?」
則天が笑顔を強張らせる。
一気に十度以上も気温が下がったようかのようだ。しかし、実際に気温は変化していない。突然恐怖を浴びせられ、それで背筋が寒くなり、気温が下がったと誤認したのだ。
何故恐怖を感じたのか。その理由はすぐに分かった。森の奥より明らかな異物が歩いてきたからだ。
黄衣を纏った男だ。普通の男性の倍はある長身を黄色のローブで包み込んでいる。ローブの袖や裾はボロボロであり、破けた足元からは尖った靴が覗いていた。顔には青白い仮面を装着しており、表情どころか種族すらは窺えない。
誰だ、こいつは。そう疑問に思った所で則天がある名を口にした。
「は、ハスター……!?」
ハスター。あの邪神クトゥルフの半兄弟にして宿敵であり、風神。風魔忍軍が信仰する神だ。
そういえば、理伏がブローチに描かれた図形をハスターの紋章だと言っていた。クエスチョンマークを三つ組み合わせたようなそれは『黄の印』と呼ばれていると。であれば、この黄衣の男がハスターなのか。
則天が『黄の印』を壊したから現れたのか? 自分の紋章を粗末にされたから、その罰を与える為に出てきたとでも?
――――不敬なり――――
果たしてハスターが予想通りの言葉を表に出した。しかし、それは声ではなかった。脳内に直接言葉を送り込んだものだった。
則天が何か言おうと口を開く。しかし、それよりも早くハスターが彼女を指差した。そして間髪入れず、
――――『最上級疾風魔術』――――
一陣の風が吹いた。
『上級疾風魔術』のような猛々しさはない。むしろ非常に静かな風だった。傍から見れば、そよ風同然の軽やかさだった。しかし、その威力たるや絶大だった。
則天の首が刎ね落とされていた。『時津風』でも『天駆ける王の嘶き・改』でも崩せなかった則天の肉体が、『海王の銃撃戦』でも小さな穴しか空けられなかった則天の肉体が破壊されていた。この世のどんな刀剣よりも鋭利な切れ味で、鎖骨から上がすっぱりと斬り落とされていた。
胴体から断たれた頭部が地面に落ち、頭部を失った胴体が跪き、倒れ伏す。
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