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第三部第二章 国奪りイベント(祭り本番)
幕間9 ゼヒレーテ公国
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大帝教会。
秩序と安定の神である『大いなる深淵の大帝』ノーデンスを崇める宗教であり、自らを人類の守護者と称している。人類第一主義を標榜とする過激な一面も持つ宗教団体だ。
この大帝教会の総本山こそが『ゼヒレーテ公国』だ。
公が治める国家であり、東北地方一帯を領土としている。一〇〇〇年前の大戦を機に公の先祖が日本に上陸し、東北地方を支配した。邪神から人類を守護するという名目であったが、先住民にとってはダーグアオン帝国同様侵略者でしかない。
しかし、それも十世紀も前の話だ。長き年月が支配を当たり前のものとし、東北地方は完全に彼らの土地となっていた。
そんな公国だが、実質的には公が頂点とは言い難い。この国には長年に渡って大帝教会が君臨し続けており、公でさえも教会の意向には逆らえない。教会こそがこの国の真なる統治者だ。
故にこの国では人類第一主義が絶対的だ。だからこそ、まだ公国にいた当時のステファは驚いた。
自分の友人が食屍鬼を保護していた事に。
「ステファちゃん!? えっと、あの、これはね……!」
「…………!」
獣型食屍鬼だ。ある日、友人が私有地である森の散策をしていた時に、傷だらけで倒れていた彼を発見したのだという。人外種族である彼を屋敷に連れ帰れる訳にはいかないので、近くの洞窟で保護。以降、友人は度々洞窟へと赴き、両親にも秘密で物資と届けていたのだ。
ステファは最初は戸惑っていた。この時点では教会の人類第一主義に疑いを持っていなかったからだ。とはいえ、友人の行いを告げ口するのも躊躇われる。故に最初は様子見に留めていた。
「貴方は……人を食べるんですよね」
「そうだ。だが、人しか喰えない訳ではない。生を繋ぐ為ならば他の動物で事足りる。『強くならねば』と思った時に我々は人を喰うのだ。今の私に強さは要らない。心配せずとも君達を喰らう気はない」
「…………」
「生命を喰らうという点では食屍鬼も人類も大差はない。君達とて牛や鶏を喰らうのだろう? 家畜からすれば君達人類も食屍鬼と変わりあるまい」
「それは……そうですが……」
「食屍鬼は人類より喰らえる範囲が広いだけなのだ。しかし、その違いこそが人と人外を決定的に分かつ」
その内にステファと食屍鬼との親交も徐々に深まり、いつしか彼女も友人の輪に加わっていた。同時に教会への不信も強くなっていった。「この人外は良い人なのに、何故教会は人類以外を否定するのだろう?」と。
「君よ。国に私の事を報告するのならば、どうか彼女の事までは言わないで欲しい。彼女に迷惑を掛けたくはない。私が一人でこの洞窟に潜んでいて、それを君が発見した。彼女は関係ない――そういう事にして欲しい」
「そんな事しませんよ。友達の友達は、私の友達ですから」
「……そうか。すまない」
だが、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった。
ステファが食屍鬼と仲良くなって二ヶ月が過ぎた頃、洞窟に行った二人が見たのは、幾本もの槍を突き立てられ、引き裂かれた食屍鬼の死体だった。食屍鬼の存在を知った教会が配下の騎士を遣わし、彼を惨殺したのだ。
「グ……ぅ、ルさ……食屍鬼さん! 食屍鬼さん、食屍鬼さん、食屍鬼さん! イヤ、イヤぁあああああっ!」
「あ……あっ、ああ……っ!」
友人の嘆きは言葉では表せない程だった。ステファもしばらくは涙を流しながら、その場に茫然自失と立ち尽くしていた。
ステファと友人は貴族という事で表向きは処罰を下されなかったが、友人は食屍鬼の死が要因となって物が食べられない病気になってしまった。
「ねえ……ステファちゃん。わたし……どうすれば良かったのかな。どうすれば……食屍鬼さんは死ななかったのかな……?」
医者の懸命な努力も虚しく、友人はそのまま衰弱死した。最期まであの食屍鬼の事を気に病んでいた。どうすればあの人外の事を救えたのか、悩み続けたまま死んでいった。
痩せ細った友人の死に顔を見て、ステファは決意した。
「――――この国はもう駄目だ。見限らなくてはならない」と。
熱意にも似た失望を胸にステファは父――アンリ・リゲル・ド・マリニーの下へと訪れた。アンリは公、つまり公国の君主だ。娘の訪問を受けたアンリ公はこう言った。
「すまない。公であるからこそ、私には何も出来なかった」
ステファはこう返した。
「謝罪で命は戻りません。友人も食屍鬼も生き返る事はない」
その言葉にアンリ公は沈黙するしかなかった。
口を噤んだ父親に対して、ステファはこう要求した。「もし私に負い目があるのなら協力して欲しい」と。娘の表情から何を計画しているかを察した父親は、苦々しい思いを呑み込みながらも娘の頼みを承諾した。
実兄ローラン・リゲル・ド・マリニーとの連絡方法を娘に教えたのだ。
ローランはこの時分より数年前、国境沿いでの任務にて外国人の女性と恋に落ち、彼女と共に生きる為に国を出奔したのだ。『忠義よりも信仰よりも愛を選んだ男』、『女の尻を追いかけて国を出た恥晒し』――国内ではその様に揶揄されたが、アンリ公は秘密裏にローランとの繋がりを保っていたのだ。
そして十七歳の誕生日を迎えた日、彼女は公国を脱した。アンリ公とローランの協力により逃亡は成功した。
その後、ローランが拠点としている朱無市国に着いた彼女は大帝教会の布教を始めた。生まれる前から教義に身を浸していた彼女は、人類第一主義こそ否定したとはいえ、教義全てを捨て去る気にはなれなかったのだ。
否、むしろ自分こそが教義を正しく伝えなくてはならないと使命感に燃えていた。総本山の教えは歪み果てている。ノーデンスの教えを真に理解しているのは自分の方だとステファは確信していた。
「――総本山は絶対ではない。いいや、総本山を絶対にさせてはならないのだ」
あるいはそれは友人達の命を奪った教会への対抗心、報復心もあったかもしれない。
そして彼女は冒険者となった。布教の為にはローランに頼りっ放しになっていてはいけないと思ったからだ。
それから月日は流れ、ステファは古堅藍兎に出会った。
更に紆余曲折を経て、場面は現在に至る――――
秩序と安定の神である『大いなる深淵の大帝』ノーデンスを崇める宗教であり、自らを人類の守護者と称している。人類第一主義を標榜とする過激な一面も持つ宗教団体だ。
この大帝教会の総本山こそが『ゼヒレーテ公国』だ。
公が治める国家であり、東北地方一帯を領土としている。一〇〇〇年前の大戦を機に公の先祖が日本に上陸し、東北地方を支配した。邪神から人類を守護するという名目であったが、先住民にとってはダーグアオン帝国同様侵略者でしかない。
しかし、それも十世紀も前の話だ。長き年月が支配を当たり前のものとし、東北地方は完全に彼らの土地となっていた。
そんな公国だが、実質的には公が頂点とは言い難い。この国には長年に渡って大帝教会が君臨し続けており、公でさえも教会の意向には逆らえない。教会こそがこの国の真なる統治者だ。
故にこの国では人類第一主義が絶対的だ。だからこそ、まだ公国にいた当時のステファは驚いた。
自分の友人が食屍鬼を保護していた事に。
「ステファちゃん!? えっと、あの、これはね……!」
「…………!」
獣型食屍鬼だ。ある日、友人が私有地である森の散策をしていた時に、傷だらけで倒れていた彼を発見したのだという。人外種族である彼を屋敷に連れ帰れる訳にはいかないので、近くの洞窟で保護。以降、友人は度々洞窟へと赴き、両親にも秘密で物資と届けていたのだ。
ステファは最初は戸惑っていた。この時点では教会の人類第一主義に疑いを持っていなかったからだ。とはいえ、友人の行いを告げ口するのも躊躇われる。故に最初は様子見に留めていた。
「貴方は……人を食べるんですよね」
「そうだ。だが、人しか喰えない訳ではない。生を繋ぐ為ならば他の動物で事足りる。『強くならねば』と思った時に我々は人を喰うのだ。今の私に強さは要らない。心配せずとも君達を喰らう気はない」
「…………」
「生命を喰らうという点では食屍鬼も人類も大差はない。君達とて牛や鶏を喰らうのだろう? 家畜からすれば君達人類も食屍鬼と変わりあるまい」
「それは……そうですが……」
「食屍鬼は人類より喰らえる範囲が広いだけなのだ。しかし、その違いこそが人と人外を決定的に分かつ」
その内にステファと食屍鬼との親交も徐々に深まり、いつしか彼女も友人の輪に加わっていた。同時に教会への不信も強くなっていった。「この人外は良い人なのに、何故教会は人類以外を否定するのだろう?」と。
「君よ。国に私の事を報告するのならば、どうか彼女の事までは言わないで欲しい。彼女に迷惑を掛けたくはない。私が一人でこの洞窟に潜んでいて、それを君が発見した。彼女は関係ない――そういう事にして欲しい」
「そんな事しませんよ。友達の友達は、私の友達ですから」
「……そうか。すまない」
だが、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった。
ステファが食屍鬼と仲良くなって二ヶ月が過ぎた頃、洞窟に行った二人が見たのは、幾本もの槍を突き立てられ、引き裂かれた食屍鬼の死体だった。食屍鬼の存在を知った教会が配下の騎士を遣わし、彼を惨殺したのだ。
「グ……ぅ、ルさ……食屍鬼さん! 食屍鬼さん、食屍鬼さん、食屍鬼さん! イヤ、イヤぁあああああっ!」
「あ……あっ、ああ……っ!」
友人の嘆きは言葉では表せない程だった。ステファもしばらくは涙を流しながら、その場に茫然自失と立ち尽くしていた。
ステファと友人は貴族という事で表向きは処罰を下されなかったが、友人は食屍鬼の死が要因となって物が食べられない病気になってしまった。
「ねえ……ステファちゃん。わたし……どうすれば良かったのかな。どうすれば……食屍鬼さんは死ななかったのかな……?」
医者の懸命な努力も虚しく、友人はそのまま衰弱死した。最期まであの食屍鬼の事を気に病んでいた。どうすればあの人外の事を救えたのか、悩み続けたまま死んでいった。
痩せ細った友人の死に顔を見て、ステファは決意した。
「――――この国はもう駄目だ。見限らなくてはならない」と。
熱意にも似た失望を胸にステファは父――アンリ・リゲル・ド・マリニーの下へと訪れた。アンリは公、つまり公国の君主だ。娘の訪問を受けたアンリ公はこう言った。
「すまない。公であるからこそ、私には何も出来なかった」
ステファはこう返した。
「謝罪で命は戻りません。友人も食屍鬼も生き返る事はない」
その言葉にアンリ公は沈黙するしかなかった。
口を噤んだ父親に対して、ステファはこう要求した。「もし私に負い目があるのなら協力して欲しい」と。娘の表情から何を計画しているかを察した父親は、苦々しい思いを呑み込みながらも娘の頼みを承諾した。
実兄ローラン・リゲル・ド・マリニーとの連絡方法を娘に教えたのだ。
ローランはこの時分より数年前、国境沿いでの任務にて外国人の女性と恋に落ち、彼女と共に生きる為に国を出奔したのだ。『忠義よりも信仰よりも愛を選んだ男』、『女の尻を追いかけて国を出た恥晒し』――国内ではその様に揶揄されたが、アンリ公は秘密裏にローランとの繋がりを保っていたのだ。
そして十七歳の誕生日を迎えた日、彼女は公国を脱した。アンリ公とローランの協力により逃亡は成功した。
その後、ローランが拠点としている朱無市国に着いた彼女は大帝教会の布教を始めた。生まれる前から教義に身を浸していた彼女は、人類第一主義こそ否定したとはいえ、教義全てを捨て去る気にはなれなかったのだ。
否、むしろ自分こそが教義を正しく伝えなくてはならないと使命感に燃えていた。総本山の教えは歪み果てている。ノーデンスの教えを真に理解しているのは自分の方だとステファは確信していた。
「――総本山は絶対ではない。いいや、総本山を絶対にさせてはならないのだ」
あるいはそれは友人達の命を奪った教会への対抗心、報復心もあったかもしれない。
そして彼女は冒険者となった。布教の為にはローランに頼りっ放しになっていてはいけないと思ったからだ。
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