73 / 120
第二部第五章 クーデターイベント(後日談)
セッション65 治癒
しおりを挟む
クーデターより一ヶ月後の早朝。
僕達イタチ一派は談雨村に滞在していた。
「おはよう」
「あっ、おはよう御座います!」
日差しを浴びようと村を散策しているとステファと合流した。
「お加減は如何ですか?」
「全然平気だ。前と調子は変わんねーよ」
自分の左太腿を撫でる。そこにはロキに斬られる前と変わらない僕の脚があった。ステファの『中級治癒聖術』のお陰だ。
ロキと戦ったその日の夜、ステファの夢の中に彼女の信仰先――秩序の神が降臨した。混沌の勢力の重鎮を倒した事で褒賞を与えに来たのだという。その褒賞こそがこの新たな聖術の習得だ。
『中級治癒聖術』――健康という秩序より生じた魔術。初級は自然治癒するレベルの傷までしか効かなかったが、中級は手術で治せるレベルにまで通用する。具体的には四肢の再接着をも可能とするのだ。
この聖術により、僕の切断された脚は接合された。理伏の神経まで斬られた左腕もきちんとくっ付いた。やはり魔法ってのは便利なもんだ。
「いや驚いたよなあ。僕が病室で寝ていたらさ、『私、治します!』って言っていきなりステファが飛び込んできたんだもんよ」
「あはは……いえ、テンションが上がり過ぎてしまいまして。我が神がお見えになられたのは久々でしたから」
僕の左脚は魔術で冷凍保存していた。朱無市の魔術師に繋ぎ治せる術者がいれば、と期待して腐敗しない様にしておいたのだ。それがまさか翌日に見付かるとは思わなかったが。
「……けど、肝心のステファがな」
「まあ仕方ないですよ、あれだけバラバラになっちゃえば」
僕と理伏の傷は癒えた。しかし、ステファは無理だった。幾つもの肉片と化した右腕は手術でも魔術でも復元出来なかった。僕と理伏の治癒に問題がなかったのはロキの手刀の切れ味が良過ぎて、傷口が綺麗だった結果でもあるのだ。
故にステファは失った右腕の代わりに、銀の義腕を装着している。クーデター成功による受け取った報酬で購入した物だ。重さは一〇キログラムと結構重量があるので、ステファは現在、バランスと筋力を付ける事に苦心している。
「……っと、理伏だ」
散策の先、村の外れにある洞窟の前に理伏がいた。
「藍兎殿、ステファ殿。おはよう御座りまする。朝の散歩ですか?」
「まあそんな所だな。おはよう」
「おはよう御座います、理伏さん。そちらは見張りですか?」
「はい。ロキを逃がさない為にと死なせない為に」
洞窟の中にはロキが横たわっていた。
この洞窟は飯綱和芭――盗掘屋達が隠れ家として使っていた場所だ。故に生活に必要な家具や道具は概ね揃っていた。藁を編んだだけだが簡素な寝具もあり、ロキはそこに寝かされていた。死んでいるかの様に殆ど身動ぎせず、昏々と眠り続けている。
洞窟は岩の格子で閉ざされていた。三護の魔術で構築された即席の牢屋だ。
「ダーグアオン帝国に対する人質兼尋問用としてここに幽閉しているという話でしたけど、ずっと目を覚ましませんね」
「まあ、あの重傷っぷりじゃ無理もねーけどな。けど、もう一ヶ月経ったか……」
あのクーデター以後、一度も瞼を開かずにロキは昏睡し続けている。ステファと三護の手により、そのまま死なない程度には治療された筈なのだが。このままでは帝国の情報源としては期待出来そうにない。
「つーか、良く殺意を抑えられているよな、お前」
理伏の復讐心は狂気の域にある。実際、ゴブリン事変とは直接の関係はないシロワニやロキ相手にも、帝国の人間と知った途端に斬り掛かったくらいだ。復讐以外にも戦術的な意味合いもあったのだろうか、とにかく速攻する程に強い敵愾心があったのは間違いない。
現に今も、理伏はロキに溶岩の如き眼差しを向けていた。
「帝国民であれば誰であろうとも憎みますし、女子供であろうとも呪いまする。ロキの事も、本当は今すぐにでも殺してやりたい所で御座りまするが、以前にスレイプニルの抵抗を受けまして」
「スレイプニル?」
それって確か馬王だっけか。ロキが従える王獣の一体。クーデターの日、ロキによって理伏に憑依させられた神代の名馬だ。
「ロキを殺そうとしたらスレイプニルが拙者の身体を乗っ取って制止してきたので御座りまする。体内で暴れられると手が付けられなくてですね……。
仕方なく殺意を抑えた後、スレイプニルのスキルを拙者のスキルとして使わせて貰う代わりに父親の命を取らないと、そういう交渉をしまして。まあ、今は手を出す気はないで御座りまする」
「はあ……成程な」
そういう関係になったか。というか、交渉とか出来たんだな、あの馬。獣だから本能のままに理伏を乗っ取ろうとしてくるかと思った。まあ平和裏に済んだ様で何よりだが。
「それに、イタチ殿から『死んだら死んだで構わなかったが、生き残ったのならロキには利用価値がある。勿体ないから死なせるな』と言われておりますので。そもそも本気の本気で殺すつもりではなかったで御座りまするよ」
「利用価値ね。ロキをどう使うつもりなんだろうな?」
「さあ……具体的な話までは聞いていませんが……」
ステファも理伏も首を横に振る。二人とも知らない様だ。
「わざわざロキを山岳連邦から談雨村に移送した理由も不明で御座りまするな」
「それを言うなら私達もですよ。どうして朱無市国から談雨村に拠点を変えたのか、きちんとした説明もないままです」
「イタチは『サプライズするから少し待て』っつってたが……」
三人揃って小首を傾げる。
僕達が談雨村に拠点移動したのは一昨日の事だ。「これは詳細を省くが、結論だけ言うと俺様達は死ぬ」とイタチが市国に留まる事を危険視した為だ。そして本当に詳細な説明もないまま出立を急かされ、談雨村に移転した。
しかしまあ、あのイタチの事だ。偏執病に冒されながらも今まで冷静沈着に判断を下してきた男だ。今回も良い様に動かしてくれるだろう、多分。……うん、まあ、信じるのはちょっと怖ぇけどな。なんやかんやで狂人だし。
「……そろそろ戻って朝食にしましょうか」
「もうそんな時間か。そうするか」
「では、拙者は見張りの交代が来てから参りますので」
「風魔忍軍が手伝ってくれているんだっけか。じゃあお先にな」
理伏に見送られて村へと戻る。
去り際に振り返ると、理伏は再びロキに熱視線を注いでいた。僕達が見ていない間にロキに凶刃を振るったりしないと良いが。まあ今は彼女の言を信じるしかないか。
僕達イタチ一派は談雨村に滞在していた。
「おはよう」
「あっ、おはよう御座います!」
日差しを浴びようと村を散策しているとステファと合流した。
「お加減は如何ですか?」
「全然平気だ。前と調子は変わんねーよ」
自分の左太腿を撫でる。そこにはロキに斬られる前と変わらない僕の脚があった。ステファの『中級治癒聖術』のお陰だ。
ロキと戦ったその日の夜、ステファの夢の中に彼女の信仰先――秩序の神が降臨した。混沌の勢力の重鎮を倒した事で褒賞を与えに来たのだという。その褒賞こそがこの新たな聖術の習得だ。
『中級治癒聖術』――健康という秩序より生じた魔術。初級は自然治癒するレベルの傷までしか効かなかったが、中級は手術で治せるレベルにまで通用する。具体的には四肢の再接着をも可能とするのだ。
この聖術により、僕の切断された脚は接合された。理伏の神経まで斬られた左腕もきちんとくっ付いた。やはり魔法ってのは便利なもんだ。
「いや驚いたよなあ。僕が病室で寝ていたらさ、『私、治します!』って言っていきなりステファが飛び込んできたんだもんよ」
「あはは……いえ、テンションが上がり過ぎてしまいまして。我が神がお見えになられたのは久々でしたから」
僕の左脚は魔術で冷凍保存していた。朱無市の魔術師に繋ぎ治せる術者がいれば、と期待して腐敗しない様にしておいたのだ。それがまさか翌日に見付かるとは思わなかったが。
「……けど、肝心のステファがな」
「まあ仕方ないですよ、あれだけバラバラになっちゃえば」
僕と理伏の傷は癒えた。しかし、ステファは無理だった。幾つもの肉片と化した右腕は手術でも魔術でも復元出来なかった。僕と理伏の治癒に問題がなかったのはロキの手刀の切れ味が良過ぎて、傷口が綺麗だった結果でもあるのだ。
故にステファは失った右腕の代わりに、銀の義腕を装着している。クーデター成功による受け取った報酬で購入した物だ。重さは一〇キログラムと結構重量があるので、ステファは現在、バランスと筋力を付ける事に苦心している。
「……っと、理伏だ」
散策の先、村の外れにある洞窟の前に理伏がいた。
「藍兎殿、ステファ殿。おはよう御座りまする。朝の散歩ですか?」
「まあそんな所だな。おはよう」
「おはよう御座います、理伏さん。そちらは見張りですか?」
「はい。ロキを逃がさない為にと死なせない為に」
洞窟の中にはロキが横たわっていた。
この洞窟は飯綱和芭――盗掘屋達が隠れ家として使っていた場所だ。故に生活に必要な家具や道具は概ね揃っていた。藁を編んだだけだが簡素な寝具もあり、ロキはそこに寝かされていた。死んでいるかの様に殆ど身動ぎせず、昏々と眠り続けている。
洞窟は岩の格子で閉ざされていた。三護の魔術で構築された即席の牢屋だ。
「ダーグアオン帝国に対する人質兼尋問用としてここに幽閉しているという話でしたけど、ずっと目を覚ましませんね」
「まあ、あの重傷っぷりじゃ無理もねーけどな。けど、もう一ヶ月経ったか……」
あのクーデター以後、一度も瞼を開かずにロキは昏睡し続けている。ステファと三護の手により、そのまま死なない程度には治療された筈なのだが。このままでは帝国の情報源としては期待出来そうにない。
「つーか、良く殺意を抑えられているよな、お前」
理伏の復讐心は狂気の域にある。実際、ゴブリン事変とは直接の関係はないシロワニやロキ相手にも、帝国の人間と知った途端に斬り掛かったくらいだ。復讐以外にも戦術的な意味合いもあったのだろうか、とにかく速攻する程に強い敵愾心があったのは間違いない。
現に今も、理伏はロキに溶岩の如き眼差しを向けていた。
「帝国民であれば誰であろうとも憎みますし、女子供であろうとも呪いまする。ロキの事も、本当は今すぐにでも殺してやりたい所で御座りまするが、以前にスレイプニルの抵抗を受けまして」
「スレイプニル?」
それって確か馬王だっけか。ロキが従える王獣の一体。クーデターの日、ロキによって理伏に憑依させられた神代の名馬だ。
「ロキを殺そうとしたらスレイプニルが拙者の身体を乗っ取って制止してきたので御座りまする。体内で暴れられると手が付けられなくてですね……。
仕方なく殺意を抑えた後、スレイプニルのスキルを拙者のスキルとして使わせて貰う代わりに父親の命を取らないと、そういう交渉をしまして。まあ、今は手を出す気はないで御座りまする」
「はあ……成程な」
そういう関係になったか。というか、交渉とか出来たんだな、あの馬。獣だから本能のままに理伏を乗っ取ろうとしてくるかと思った。まあ平和裏に済んだ様で何よりだが。
「それに、イタチ殿から『死んだら死んだで構わなかったが、生き残ったのならロキには利用価値がある。勿体ないから死なせるな』と言われておりますので。そもそも本気の本気で殺すつもりではなかったで御座りまするよ」
「利用価値ね。ロキをどう使うつもりなんだろうな?」
「さあ……具体的な話までは聞いていませんが……」
ステファも理伏も首を横に振る。二人とも知らない様だ。
「わざわざロキを山岳連邦から談雨村に移送した理由も不明で御座りまするな」
「それを言うなら私達もですよ。どうして朱無市国から談雨村に拠点を変えたのか、きちんとした説明もないままです」
「イタチは『サプライズするから少し待て』っつってたが……」
三人揃って小首を傾げる。
僕達が談雨村に拠点移動したのは一昨日の事だ。「これは詳細を省くが、結論だけ言うと俺様達は死ぬ」とイタチが市国に留まる事を危険視した為だ。そして本当に詳細な説明もないまま出立を急かされ、談雨村に移転した。
しかしまあ、あのイタチの事だ。偏執病に冒されながらも今まで冷静沈着に判断を下してきた男だ。今回も良い様に動かしてくれるだろう、多分。……うん、まあ、信じるのはちょっと怖ぇけどな。なんやかんやで狂人だし。
「……そろそろ戻って朝食にしましょうか」
「もうそんな時間か。そうするか」
「では、拙者は見張りの交代が来てから参りますので」
「風魔忍軍が手伝ってくれているんだっけか。じゃあお先にな」
理伏に見送られて村へと戻る。
去り際に振り返ると、理伏は再びロキに熱視線を注いでいた。僕達が見ていない間にロキに凶刃を振るったりしないと良いが。まあ今は彼女の言を信じるしかないか。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる