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第二部第四章 クーデターイベント(当日)
セッション56 異形
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犬王ガルム。
冥王ヘルの番犬であり、冥界と現世の境界線を見張っている。狼王フェンリルと同一視される事がある。
◇
「三護……?」
三護の突然の変異に愕然とする。ステファも、敵であるヘル達でさえも目を見開いて固まっていた。異形は身震いを一つして、膜状の翼をピンと伸ばした。七色以上に変色する頭部をヘル達へと向けると、掠れた片言でこう言った。
「MGM……ヨクモ我ノ器ヲココマデ壊シテクレタナ……!」
我という一人称は三護のものだ。であれば、今のは三護が発したものか。そういえば、三護の種族――ミ=ゴの本来は人型ではないと聞いた覚えがある。異形の肉体をあのゴーレムの人型に押し込めているのだと。
そうか。あれが実際のミ=ゴか。三護の中身か。
「ナレバコソ、最早器ノ破損ヲ恐レル必要モ無シ。普段ハ恐レ故ニ全力ガ出セナカッタガ――」
三護の中身が頭だけをいつもの三護――器の肉体に戻す。今の三護は背中から甲殻類の足三対と翼を一対を伸ばし、薄赤色の背骨を剥き出しにした状態だ。
「――良カロウ。後先考エズ、全力デ暴レテヤロウデハナイカ」
三護の器が顔を起こし、双眸が意思を取り戻す。
次の瞬間、ガルムの右腕が折れていた。
「…………は?」
誰もが目を点にする。三護がガルムのすぐ目の前に立っていた。彼が左鋏でガルムの肘を挟んで折ったのだと気付くのに数秒掛かった。
「バァ、アアアアアウッ!」
右腕からの激痛にガルムが絶叫する。鼓膜が破れそうな大声に三護は頓着せず、右鋏を突き出した。鋏の先端がガルムの鳩尾を叩き、彼の巨体を跪かせる。
「……っ! ヨルムンガンド!」
ヘルがハクに指示を下し、ハクが掌底を三護に振り下ろす。が、当たらない。掌底が迫るよりも先に三護が後方に跳んで回避したのだ。二本の人脚ではなく、六本の節足で床を叩いての跳躍だ。
「――日本ミ=ゴ流歩法『土蜘蛛』」
跳躍途中で節足は更に床を叩き、上方へと跳ぶ。今度は壁を叩いて上方へと飛んだ。吹き抜けの天井はかなりの高さがあるのに、一息で三護は天井に着地した。節足を突き刺して天井に立つ様はまさしく蜘蛛だった。
三護は軽やかに天井を駆けると、ガルムの真上に到達した。苦痛に呻いていたガルムが顔を上げる。視線が交わる間もなく、三護はガルムへと落下――否、急降下した。
頭上というのは如何なる生物にとっても死角だ。たとえ視界に入れられたとしても対処が難しい。肉体の構造における限界だ。
「グルァアッ!」
それでもなお、ガルムは三護へと反撃しようとした。吠え立て、残った左腕で殴ろうとする。しかし、そんな不安定な姿勢で放たれた拳に力が入る筈もない。拳は右鋏で受け止められ、カウンター気味に左の節足が繰り出した。銛の如き三本の鉤爪がガルムの胸部を刺突する。
心肺を貫かれたガルムは即死した。
「――死霊魔術『最果てより還れ、死せる魂』!」
ヘルが魔術を発動したのはその直後だった。
死んだ筈のガルムがバネの様に起き上がり、三護に両腕に抱き締めた。否、抱き締めたなどという生易しい表現では足りない。三護の背骨をへし折らんとする強さだ。人類を超えた膂力が三護の動きを封じる。
「馬鹿メ、我ガ『不死否定魔術』ヲ忘レタカ! コヤツモスグニ死体ニ戻シテ……!」
「忘れてなんかいないわよ、馬鹿ね。ちょっと時間を稼いで貰えれば充分なのよ」
三護が動けなくなっている間にヘルが早口で詠唱をこなす。高まる魔力の圧は今までで最も強い。大技を繰り出してくる気なのは明白だ。
「『初級氷結魔術』×『中級氷結魔術』×『上級氷結魔術』――
――氷獄魔術『最果てにて凍れ、病める理』!」
かくして極寒がホールを支配した。
吹雪が吹き荒び、氷槍が飛び交い、氷花が舞い狂う。氷結魔術の全てを結集した冥王の吐息だ。凄まじい氷の嵐がホールごと三護を襲う。まるでここにだけ氷河期が来たかの様だ。
「うふっあははははは! 人類が可能とする最大の魔術よ。貴方達に耐えられる道理はないわ。凍えて震えて惨めに美しく散りなさいな!」
「ぐっ、あああああっ!」
凄まじい猛吹雪に一切の抵抗が出来ない。ステファも僕も全身が氷に覆われていく。氷槍や氷花が当たれば粉々に砕かれてしまうだろう。人類では生き延びられない極地の氷雪。そんな天災を前にして三護は、
「――笑止。ソノ程度ノ術ガ汝ノ切リ札カ」
と凶悪な笑みを見せ付けていた。
「なっ……貴方!」
「デハ、我ノ切リ札ヲ見セテヤロウ。コノ形態ノ最モ素晴ラシイ所ハノゥ、動キナガラ詠唱ガ出来ルトイウ点ジャ。今、移動ニ使ッテオッタ節足ハ我ノ本体ジャ。器ノ手足ハ使ッテオラヌ――口もな。我が器には自動詠唱機能があってのぅ、先刻から詠唱を続けておったのじゃぞ。気付かんかったか?」
三護の片言が途中から普段の口調へと戻る。猛吹雪の只中にいながら彼には霜一つ付いていなかった。それどころか強烈な熱気が彼の身から溢れていた。
「神よ来たれ――『最上級火炎魔術』」
三護の背後に巨大な火の玉が現れた。炎の塊でしかないのに、それは確かに意思を持っていた。火の粉から息吹と視線を感じる。生ける炎だ。
生ける炎が咆哮すると、劫火が三護とヘルとの間に生じて爆発した。太陽が落ちてきたかと思う程の凄まじい火力だった。吹雪が掻き消され、ヘルとガルムが炎に包まれる。ヘルは辛うじて焼け残ったが、魔術耐性が低かったガルムは一瞬で灰になった。三護は火傷一つ負っていなかった。僕やステファにも爆炎は直撃していなかった。
生ける炎は爆炎が散ると共に姿を消していた。あの一発だけ放って、元いた場所に帰還したらしい。
「かっ……は……」
黒炭と化したヘルが前のめりに倒れる。指先が倒れた拍子に脆く崩れた。ヘルはそのまま動かない。生きているのか死んだのか、この距離からでは判別出来ないが、立ち上がる事は二度とあるまい。
ヘルとガルムとの戦いは三護の勝利となった。
冥王ヘルの番犬であり、冥界と現世の境界線を見張っている。狼王フェンリルと同一視される事がある。
◇
「三護……?」
三護の突然の変異に愕然とする。ステファも、敵であるヘル達でさえも目を見開いて固まっていた。異形は身震いを一つして、膜状の翼をピンと伸ばした。七色以上に変色する頭部をヘル達へと向けると、掠れた片言でこう言った。
「MGM……ヨクモ我ノ器ヲココマデ壊シテクレタナ……!」
我という一人称は三護のものだ。であれば、今のは三護が発したものか。そういえば、三護の種族――ミ=ゴの本来は人型ではないと聞いた覚えがある。異形の肉体をあのゴーレムの人型に押し込めているのだと。
そうか。あれが実際のミ=ゴか。三護の中身か。
「ナレバコソ、最早器ノ破損ヲ恐レル必要モ無シ。普段ハ恐レ故ニ全力ガ出セナカッタガ――」
三護の中身が頭だけをいつもの三護――器の肉体に戻す。今の三護は背中から甲殻類の足三対と翼を一対を伸ばし、薄赤色の背骨を剥き出しにした状態だ。
「――良カロウ。後先考エズ、全力デ暴レテヤロウデハナイカ」
三護の器が顔を起こし、双眸が意思を取り戻す。
次の瞬間、ガルムの右腕が折れていた。
「…………は?」
誰もが目を点にする。三護がガルムのすぐ目の前に立っていた。彼が左鋏でガルムの肘を挟んで折ったのだと気付くのに数秒掛かった。
「バァ、アアアアアウッ!」
右腕からの激痛にガルムが絶叫する。鼓膜が破れそうな大声に三護は頓着せず、右鋏を突き出した。鋏の先端がガルムの鳩尾を叩き、彼の巨体を跪かせる。
「……っ! ヨルムンガンド!」
ヘルがハクに指示を下し、ハクが掌底を三護に振り下ろす。が、当たらない。掌底が迫るよりも先に三護が後方に跳んで回避したのだ。二本の人脚ではなく、六本の節足で床を叩いての跳躍だ。
「――日本ミ=ゴ流歩法『土蜘蛛』」
跳躍途中で節足は更に床を叩き、上方へと跳ぶ。今度は壁を叩いて上方へと飛んだ。吹き抜けの天井はかなりの高さがあるのに、一息で三護は天井に着地した。節足を突き刺して天井に立つ様はまさしく蜘蛛だった。
三護は軽やかに天井を駆けると、ガルムの真上に到達した。苦痛に呻いていたガルムが顔を上げる。視線が交わる間もなく、三護はガルムへと落下――否、急降下した。
頭上というのは如何なる生物にとっても死角だ。たとえ視界に入れられたとしても対処が難しい。肉体の構造における限界だ。
「グルァアッ!」
それでもなお、ガルムは三護へと反撃しようとした。吠え立て、残った左腕で殴ろうとする。しかし、そんな不安定な姿勢で放たれた拳に力が入る筈もない。拳は右鋏で受け止められ、カウンター気味に左の節足が繰り出した。銛の如き三本の鉤爪がガルムの胸部を刺突する。
心肺を貫かれたガルムは即死した。
「――死霊魔術『最果てより還れ、死せる魂』!」
ヘルが魔術を発動したのはその直後だった。
死んだ筈のガルムがバネの様に起き上がり、三護に両腕に抱き締めた。否、抱き締めたなどという生易しい表現では足りない。三護の背骨をへし折らんとする強さだ。人類を超えた膂力が三護の動きを封じる。
「馬鹿メ、我ガ『不死否定魔術』ヲ忘レタカ! コヤツモスグニ死体ニ戻シテ……!」
「忘れてなんかいないわよ、馬鹿ね。ちょっと時間を稼いで貰えれば充分なのよ」
三護が動けなくなっている間にヘルが早口で詠唱をこなす。高まる魔力の圧は今までで最も強い。大技を繰り出してくる気なのは明白だ。
「『初級氷結魔術』×『中級氷結魔術』×『上級氷結魔術』――
――氷獄魔術『最果てにて凍れ、病める理』!」
かくして極寒がホールを支配した。
吹雪が吹き荒び、氷槍が飛び交い、氷花が舞い狂う。氷結魔術の全てを結集した冥王の吐息だ。凄まじい氷の嵐がホールごと三護を襲う。まるでここにだけ氷河期が来たかの様だ。
「うふっあははははは! 人類が可能とする最大の魔術よ。貴方達に耐えられる道理はないわ。凍えて震えて惨めに美しく散りなさいな!」
「ぐっ、あああああっ!」
凄まじい猛吹雪に一切の抵抗が出来ない。ステファも僕も全身が氷に覆われていく。氷槍や氷花が当たれば粉々に砕かれてしまうだろう。人類では生き延びられない極地の氷雪。そんな天災を前にして三護は、
「――笑止。ソノ程度ノ術ガ汝ノ切リ札カ」
と凶悪な笑みを見せ付けていた。
「なっ……貴方!」
「デハ、我ノ切リ札ヲ見セテヤロウ。コノ形態ノ最モ素晴ラシイ所ハノゥ、動キナガラ詠唱ガ出来ルトイウ点ジャ。今、移動ニ使ッテオッタ節足ハ我ノ本体ジャ。器ノ手足ハ使ッテオラヌ――口もな。我が器には自動詠唱機能があってのぅ、先刻から詠唱を続けておったのじゃぞ。気付かんかったか?」
三護の片言が途中から普段の口調へと戻る。猛吹雪の只中にいながら彼には霜一つ付いていなかった。それどころか強烈な熱気が彼の身から溢れていた。
「神よ来たれ――『最上級火炎魔術』」
三護の背後に巨大な火の玉が現れた。炎の塊でしかないのに、それは確かに意思を持っていた。火の粉から息吹と視線を感じる。生ける炎だ。
生ける炎が咆哮すると、劫火が三護とヘルとの間に生じて爆発した。太陽が落ちてきたかと思う程の凄まじい火力だった。吹雪が掻き消され、ヘルとガルムが炎に包まれる。ヘルは辛うじて焼け残ったが、魔術耐性が低かったガルムは一瞬で灰になった。三護は火傷一つ負っていなかった。僕やステファにも爆炎は直撃していなかった。
生ける炎は爆炎が散ると共に姿を消していた。あの一発だけ放って、元いた場所に帰還したらしい。
「かっ……は……」
黒炭と化したヘルが前のめりに倒れる。指先が倒れた拍子に脆く崩れた。ヘルはそのまま動かない。生きているのか死んだのか、この距離からでは判別出来ないが、立ち上がる事は二度とあるまい。
ヘルとガルムとの戦いは三護の勝利となった。
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