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第二部第四章 クーデターイベント(当日)
幕間3 イタチvs.理伏2
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気付けば、イタチは鬱蒼とした森の中にいた。
「…………む? どこだ、ここは?」
……俺様は先程まで理伏と戦っていた筈だ。それが何故こんな場所にいる?
疑問と混乱が思考を埋め尽くす中、どうにか現況を把握しようとイタチは周囲に視線を巡らせる。そして、程なくしてそれを見付けた。
そこにいたのは五年前のイタチだった。
十三歳の頃のイタチ。そのイタチの前には男の死体が横たわっていた。
金髪蒼眼の中年男性だ。魚顔だが、細部のパーツはどことなくイタチに似ていた。服装は煌びやかで、如何にも上流階級の人間だという事を匂わせている。
彼の名は阿漣ヨシキリ。阿漣イタチの実父だ。
イタチの手で殺された男だ。
「成程。これが走馬灯という奴か」
……走馬灯を見ているとなると、俺様は死んだのか。否、死んだのであれば意識すらない筈。死に瀕しているだけで、まだ絶命はしていないと考えるべきだろう。……それも時間の問題かもしれないが。
「ちっ、走馬灯なんぞ見ている暇があるなら、とっとと起きて勝つ方法を探れと言うのだ。俺様は死ぬその瞬間まで、少しでも覇道を歩み続けねばならんというのに」
そうだ、覇王だ。
この時こそイタチが覇王を目指すことを決めた瞬間――イタチに言わせれば、覇王となった瞬間だ。
ダーグアオン帝国の幹部、『五渾将』が一人、『悪心影』織田信長。
深きものであるヨシキリは、帝国に恭順するよう信長に唆された。先日、シロワニがギルド本部を訪れた時と同様に、しかし彼女よりも乱暴に。
信長にかどわかされたヨシキリがギルド本部を裏切り、帝国に亡命を図った。次期総長としての自身の身分と、ギルド本部の資産を帝国への土産として。
言葉ではヨシキリは止まらなかった。息子とも実父とも散々に口論したが、それでヨシキリの意志は変わる事はなかった。
彼を止めるには最早力尽くでなくてはならなかった。
だから、殺した。
帝国とギルド本部との間に位置する北条共和国――その森林で、イタチが逃走する実父に追い付き、その手で殺した。
「…………」
死んだ父よりも死人の様な顔をして、五年前のイタチは考える。
何故か。何故なのか。何故こんな事になってしまったのか。
どうしてイタチの父は阿漣に背いたのか。
なんで彼は帝国にギルドを売り渡そうとしたのか。
――屈したからだ。
『悪心影』の強さに。日本史上最高位の破天荒に。屈服し、『悪心影』よりも阿漣が弱いと思い、未来は彼の者の下にあると思ったからこそ、ヨシキリは阿漣に背を向けたのだ。
――――我慢がならない。
悲しみが怒りに染められ、苦しみが悔しさへと変じる。
父に弱いと思われた事が、父に信じて貰えなかった事がイタチには悔しくて仕方がない。阿漣が、父の次に総長に選ばれるだろう自分が『悪心影』に劣ると思われた事が腹立たしくて仕方がない。
ならば、見返さなくてはならない。
阿漣イタチは決して『悪心影』には劣らないと。
否、世界中の誰よりも勝るものであると――即ち、覇王であると。
名声を冥界にまで轟かせ、死せる父に証明しなくてはならない。
そうすれば。ああ、そうすれば。
そうすれば、阿漣に未来はないと絶望した父も安心するだろうさ――――
◇
理伏は呻き声を聞いた。
イタチが死んだと思い、立ち去ろうとした時だった。次の標的がいる所へ行こうとした所だった。
背後を振り返る。そこには、イタチが立っていた。
意識を朦朧とさせ、左胸の十字の裂傷から血を垂れ流しながらも確かに立っていた。殺したと思った手応えを理伏は感じた筈なのに、それに反してイタチは生きて立っていた。
「…………む? 俺様は……何故生きている?」
イタチが意識を取り戻す。
超音速の斬撃。それはイタチを殺して余りある威力だった。それこそイタチが真っ二つになっていないとおかしい一撃だった筈だ。だというのに、何故。
「……いや、それが答えか」
両断されていないというのなら、答えは一つ。躱したのだ。
自分でも気付かない内に、ほんの僅かに回避をしたのだ。咄嗟の行動だ。危機感が思考に先んじて肉体を動かしたのだ。結局、斬撃を受けた事に変わりはないが、それでもどうにか致命傷は免れた。
そして、その結果は一つの事実を意味する。
「貴様、方向転換は出来んのだな」
スレイプニルの超加速。あまりにも速過ぎる故に、スレイプニル自身にも完全に制御が利かないのだ。一度駆け出した後に敵が移動すれば、それを追う事が出来ない。一直線に進むしかないのだ。
とはいえ、超音速で移動するスレイプニルを相手に、後出しで動ける人間が果たして何人いるか。本来なら弱点と呼べる様なものではない、ただの特徴だ。
「だが、そこを突くしか手はないか。くっくっくっ……まるで綱渡りの如く細い道だな。覇道はもっと堂々と歩みたいところだが……」
イタチの意識が徐々に鮮明になっていく。流れ出た血液の量は少なくない筈なのに、彼の闘志は途絶えていなかった。
「致し方あるまい。名声は冥界に轟くにはまだ小さい。道半ばで倒れる事は覚悟済みだ。ならば、どんな道だろうと前進するしかあるまいよ」
あと一撃だ。
あと一撃ならば、この肉体も保つだろう。それ以上は無理だ。出血量・ダメージ量から考えて一撃放った後は動けなくなる。二撃目は出来ない。
イタチはそう自身の状態を見定め、脂汗を滲ませながら嗤った。
「…………む? どこだ、ここは?」
……俺様は先程まで理伏と戦っていた筈だ。それが何故こんな場所にいる?
疑問と混乱が思考を埋め尽くす中、どうにか現況を把握しようとイタチは周囲に視線を巡らせる。そして、程なくしてそれを見付けた。
そこにいたのは五年前のイタチだった。
十三歳の頃のイタチ。そのイタチの前には男の死体が横たわっていた。
金髪蒼眼の中年男性だ。魚顔だが、細部のパーツはどことなくイタチに似ていた。服装は煌びやかで、如何にも上流階級の人間だという事を匂わせている。
彼の名は阿漣ヨシキリ。阿漣イタチの実父だ。
イタチの手で殺された男だ。
「成程。これが走馬灯という奴か」
……走馬灯を見ているとなると、俺様は死んだのか。否、死んだのであれば意識すらない筈。死に瀕しているだけで、まだ絶命はしていないと考えるべきだろう。……それも時間の問題かもしれないが。
「ちっ、走馬灯なんぞ見ている暇があるなら、とっとと起きて勝つ方法を探れと言うのだ。俺様は死ぬその瞬間まで、少しでも覇道を歩み続けねばならんというのに」
そうだ、覇王だ。
この時こそイタチが覇王を目指すことを決めた瞬間――イタチに言わせれば、覇王となった瞬間だ。
ダーグアオン帝国の幹部、『五渾将』が一人、『悪心影』織田信長。
深きものであるヨシキリは、帝国に恭順するよう信長に唆された。先日、シロワニがギルド本部を訪れた時と同様に、しかし彼女よりも乱暴に。
信長にかどわかされたヨシキリがギルド本部を裏切り、帝国に亡命を図った。次期総長としての自身の身分と、ギルド本部の資産を帝国への土産として。
言葉ではヨシキリは止まらなかった。息子とも実父とも散々に口論したが、それでヨシキリの意志は変わる事はなかった。
彼を止めるには最早力尽くでなくてはならなかった。
だから、殺した。
帝国とギルド本部との間に位置する北条共和国――その森林で、イタチが逃走する実父に追い付き、その手で殺した。
「…………」
死んだ父よりも死人の様な顔をして、五年前のイタチは考える。
何故か。何故なのか。何故こんな事になってしまったのか。
どうしてイタチの父は阿漣に背いたのか。
なんで彼は帝国にギルドを売り渡そうとしたのか。
――屈したからだ。
『悪心影』の強さに。日本史上最高位の破天荒に。屈服し、『悪心影』よりも阿漣が弱いと思い、未来は彼の者の下にあると思ったからこそ、ヨシキリは阿漣に背を向けたのだ。
――――我慢がならない。
悲しみが怒りに染められ、苦しみが悔しさへと変じる。
父に弱いと思われた事が、父に信じて貰えなかった事がイタチには悔しくて仕方がない。阿漣が、父の次に総長に選ばれるだろう自分が『悪心影』に劣ると思われた事が腹立たしくて仕方がない。
ならば、見返さなくてはならない。
阿漣イタチは決して『悪心影』には劣らないと。
否、世界中の誰よりも勝るものであると――即ち、覇王であると。
名声を冥界にまで轟かせ、死せる父に証明しなくてはならない。
そうすれば。ああ、そうすれば。
そうすれば、阿漣に未来はないと絶望した父も安心するだろうさ――――
◇
理伏は呻き声を聞いた。
イタチが死んだと思い、立ち去ろうとした時だった。次の標的がいる所へ行こうとした所だった。
背後を振り返る。そこには、イタチが立っていた。
意識を朦朧とさせ、左胸の十字の裂傷から血を垂れ流しながらも確かに立っていた。殺したと思った手応えを理伏は感じた筈なのに、それに反してイタチは生きて立っていた。
「…………む? 俺様は……何故生きている?」
イタチが意識を取り戻す。
超音速の斬撃。それはイタチを殺して余りある威力だった。それこそイタチが真っ二つになっていないとおかしい一撃だった筈だ。だというのに、何故。
「……いや、それが答えか」
両断されていないというのなら、答えは一つ。躱したのだ。
自分でも気付かない内に、ほんの僅かに回避をしたのだ。咄嗟の行動だ。危機感が思考に先んじて肉体を動かしたのだ。結局、斬撃を受けた事に変わりはないが、それでもどうにか致命傷は免れた。
そして、その結果は一つの事実を意味する。
「貴様、方向転換は出来んのだな」
スレイプニルの超加速。あまりにも速過ぎる故に、スレイプニル自身にも完全に制御が利かないのだ。一度駆け出した後に敵が移動すれば、それを追う事が出来ない。一直線に進むしかないのだ。
とはいえ、超音速で移動するスレイプニルを相手に、後出しで動ける人間が果たして何人いるか。本来なら弱点と呼べる様なものではない、ただの特徴だ。
「だが、そこを突くしか手はないか。くっくっくっ……まるで綱渡りの如く細い道だな。覇道はもっと堂々と歩みたいところだが……」
イタチの意識が徐々に鮮明になっていく。流れ出た血液の量は少なくない筈なのに、彼の闘志は途絶えていなかった。
「致し方あるまい。名声は冥界に轟くにはまだ小さい。道半ばで倒れる事は覚悟済みだ。ならば、どんな道だろうと前進するしかあるまいよ」
あと一撃だ。
あと一撃ならば、この肉体も保つだろう。それ以上は無理だ。出血量・ダメージ量から考えて一撃放った後は動けなくなる。二撃目は出来ない。
イタチはそう自身の状態を見定め、脂汗を滲ませながら嗤った。
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