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第二部第四章 クーデターイベント(当日)
セッション51 変事
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皆の視線がその議員へと集まる。
「もうちょっと潜伏していたかったんだけどねえ……いやはやまさか、栄ちゃんがこんな大胆な事を考えていたなんて。こんなに小さな女の子がねえ。見誤っていたわねえ……」
視線の集中砲火を浴びながら、議員は意に介せずぶつぶつと呟いていた。他の議員達が怪訝そうに顔を見合わせる。栄も同様だ。
「あれ……? こいつ……」
彼の顔には見覚えがあった。
確か……そうだ、蛇宮だ。カダスの神殿で出会った蛇宮ハクの父親。ニャルラトホテプかノーデンスのどちらかに礼拝に来ていた男。山岳連邦の貴族という話だったが、議員だったのか。
というか、女みたいな喋り方だな。オカマだったのか。
「ま、仕方ないわね。巷で厭戦感は募ってきていたのは知っていたし。この辺りが引き際かしらね」
「――忍術『島風』!」
「あ、理伏!」
気付いた時には既に理伏は飛んでいた。蛇宮議員を不審として、何か起こす前に無力化しておこうという判断だろう。
テーブルを越えて、理伏が蛇宮議員に逆手の刀を繰り出す。目にも止まらぬ一閃が蛇宮の胸部を狙う。が、
「『獣憑き』――!」
その直前、蛇宮が指を鳴らした。幽霊の如き薄っぺらい何かが彼の背後から現れる。馬の様なシルエットだ。幽馬は素早く理伏に飛び掛かり、彼女の腹部を穿った。
否、穿ってはいない。理伏の腹部を突いた幽馬が背面から出てこない。幽馬は彼女の体内に入り込んだのだ。理伏がテーブルの上で蹲る。刀は蛇宮には届かなかった。
「うふふ……あはははははははははは!」
「貴様……! 俺様の従僕に何をした!」
イタチががなるが、蛇宮は涼しい顔だ。
「貴方は……貴方は何者なんです!? 私の知っている蛇宮議員は、そんな喋り方でもなかったし、そんな魔術も使った事ないですよ!」
「嫌ねえ。蛇宮掛爪本人よ。まあ、別の名前もあるけど」
蛇宮がゆったりと立ち上がる。直後、蛇宮の体が炎に包まれた。熱を発さない炎は彼の全身を覆い隠して見えなくする。炎が消えた時、そこに立っていたのは中年男性とは似ても似つかない姿だった。
男か女か定かではない中性的な顔つき。肩幅や胸の大きさからして恐らく男性だろう。仕草はなよっとしていながらも筋肉は堅牢そのものだ。年齢は二十代後半。髪は黒色だが瞳は灰色で、顔つきもアジア人とは異なる特徴だ。
その顔にも僕は見覚えがあった。
「テメー、『五渾将』の……!」
「『狡知の神』ロキよ。改めて初めまして」
蛇宮改めロキがニタリと嗤う。
ゴブリン事変の時、シロワニと共に己則天を迎えに来た四人。その内の一人に彼の姿があった。遠目だったが確かに僕は視認した。
彼の名乗りにその場にいた全員が青褪める。当然だ。今、帝国の侵略についての話をしていたのだ。その帝国の幹部が現れたのだから、戦慄するのが当然の反応だ。
しかも、議員の一人に化けていたとあれば尚更だ。議員であれば様々な国家機密を触れる。それが国外に洩れていたという事なのだから。
「……一体いつから?」
「いつから議員だったのかって? 最初からよ。議員になるよりも前、十数年前からアタシは蛇宮掛爪と成り代わっていたわ」
「なっ……!」
栄が絶句する。それはつまり機密情報は全て漏洩していたという事になる。
「色々やったわよ~。連邦内での王国への敵愾心を煽ったり武器商人を蔓延らせたり。じゃんじゃん戦争させて、連邦と王国のどっちの国力も削るように工作したわ。でも、それも今日でお終いね。もう戦争しないって言うんだから」
「貴方が……この国を……!」
「うふふ。そう怖い顔しないの。美人が台無しよ」
栄が鬼気迫る顔をするが、ロキは余裕の微笑だ。
「じゃあ、最後は議員を皆殺しにして終わろうかしら。国のトップが皆いなくなっちゃえば、国は上から下への混乱でしょうからね。混乱、混沌、うふふ。首をもがれた蛙を殺すなんて容易い事よねえ」
「…………!」
ロキが笑う横で理伏がゆらりと立ち上がった。上半身だけを捻ってこちらを見る。眼光は獣性を宿し、人間のものではなくなっていた。
「俺様の理伏に何をしたと聞いている! 答えろ!」
「あら、『俺様の』だなんて。独占欲剥き出しで良いわねえ。情熱的で好きよ、そういうの。――何をしたと聞かれたら、獣を憑かせたと答えるわ」
「獣を憑かせた?」
「この娘はもう私のペットって事よ」
ロキがニカッと笑ったかと思うと、窓へと猛ダッシュした。窓を突き破って逃げる気だ。
「逃がさん!」
「梵、ロキを追って!」
「分かった」
イタチと桜嵐がロキを追う。しかし、それを理伏が妨害した。彼女はイタチの胸に飛び込むと、ロキが向かっている窓とは別の窓へと進んだ。四人ともガラス片と共に窓の外へと身を投げ出し、落下する。
「理伏! イタチ! 桜嵐!」
僕も窓まで駆け寄り、外に乗り出す。しかし、遠い。会議室から地面まで数十メートルもの高さがある。イタチと理伏がそこにいるのは見えたが、無事であるかどうかまでは判別出来ない。桜嵐とロキの姿は既にいなくなっていた。
「くそ、ここから追い掛けるのは危険か」
「階段を使って降りましょう。時間は掛かりますが、怪我をしては元も子も……」
窓から離れて扉に向かおうとする。その時、
「ぎゃあああああっ!」
廊下から悲鳴が劈いた。
「今度は何だ!?」
「ぞ、ゾンビだ!」
「ゾンビぃ!?」
一人の男が慌てて部屋に駆け込んできた。栄が雇った冒険者だ。
「へ、蛇人間の餓鬼が急に襲ってきて……衛兵も傭兵も殺されたと思ったら、そいつらがゾンビになって襲ってきやがった……! ぞ、ゾンビなんて見慣れたもんだけどよぉ、元が兵士となると強さが段違いだ! 俺の仲間も……あああああ! 畜生! 畜生っ!」
「…………っ!」
男の報告に息を呑む。
当たってしまった。
イタチの煽りが――栄の危惧が本当に当たってしまった。いつかダーグアオン帝国が侵略してくると。王国との戦いに拘泥する連邦を横合いから殴り付けてくると。それが現実のものとなってしまった。
「『五渾将』が攻めてきやがった……!」
「もうちょっと潜伏していたかったんだけどねえ……いやはやまさか、栄ちゃんがこんな大胆な事を考えていたなんて。こんなに小さな女の子がねえ。見誤っていたわねえ……」
視線の集中砲火を浴びながら、議員は意に介せずぶつぶつと呟いていた。他の議員達が怪訝そうに顔を見合わせる。栄も同様だ。
「あれ……? こいつ……」
彼の顔には見覚えがあった。
確か……そうだ、蛇宮だ。カダスの神殿で出会った蛇宮ハクの父親。ニャルラトホテプかノーデンスのどちらかに礼拝に来ていた男。山岳連邦の貴族という話だったが、議員だったのか。
というか、女みたいな喋り方だな。オカマだったのか。
「ま、仕方ないわね。巷で厭戦感は募ってきていたのは知っていたし。この辺りが引き際かしらね」
「――忍術『島風』!」
「あ、理伏!」
気付いた時には既に理伏は飛んでいた。蛇宮議員を不審として、何か起こす前に無力化しておこうという判断だろう。
テーブルを越えて、理伏が蛇宮議員に逆手の刀を繰り出す。目にも止まらぬ一閃が蛇宮の胸部を狙う。が、
「『獣憑き』――!」
その直前、蛇宮が指を鳴らした。幽霊の如き薄っぺらい何かが彼の背後から現れる。馬の様なシルエットだ。幽馬は素早く理伏に飛び掛かり、彼女の腹部を穿った。
否、穿ってはいない。理伏の腹部を突いた幽馬が背面から出てこない。幽馬は彼女の体内に入り込んだのだ。理伏がテーブルの上で蹲る。刀は蛇宮には届かなかった。
「うふふ……あはははははははははは!」
「貴様……! 俺様の従僕に何をした!」
イタチががなるが、蛇宮は涼しい顔だ。
「貴方は……貴方は何者なんです!? 私の知っている蛇宮議員は、そんな喋り方でもなかったし、そんな魔術も使った事ないですよ!」
「嫌ねえ。蛇宮掛爪本人よ。まあ、別の名前もあるけど」
蛇宮がゆったりと立ち上がる。直後、蛇宮の体が炎に包まれた。熱を発さない炎は彼の全身を覆い隠して見えなくする。炎が消えた時、そこに立っていたのは中年男性とは似ても似つかない姿だった。
男か女か定かではない中性的な顔つき。肩幅や胸の大きさからして恐らく男性だろう。仕草はなよっとしていながらも筋肉は堅牢そのものだ。年齢は二十代後半。髪は黒色だが瞳は灰色で、顔つきもアジア人とは異なる特徴だ。
その顔にも僕は見覚えがあった。
「テメー、『五渾将』の……!」
「『狡知の神』ロキよ。改めて初めまして」
蛇宮改めロキがニタリと嗤う。
ゴブリン事変の時、シロワニと共に己則天を迎えに来た四人。その内の一人に彼の姿があった。遠目だったが確かに僕は視認した。
彼の名乗りにその場にいた全員が青褪める。当然だ。今、帝国の侵略についての話をしていたのだ。その帝国の幹部が現れたのだから、戦慄するのが当然の反応だ。
しかも、議員の一人に化けていたとあれば尚更だ。議員であれば様々な国家機密を触れる。それが国外に洩れていたという事なのだから。
「……一体いつから?」
「いつから議員だったのかって? 最初からよ。議員になるよりも前、十数年前からアタシは蛇宮掛爪と成り代わっていたわ」
「なっ……!」
栄が絶句する。それはつまり機密情報は全て漏洩していたという事になる。
「色々やったわよ~。連邦内での王国への敵愾心を煽ったり武器商人を蔓延らせたり。じゃんじゃん戦争させて、連邦と王国のどっちの国力も削るように工作したわ。でも、それも今日でお終いね。もう戦争しないって言うんだから」
「貴方が……この国を……!」
「うふふ。そう怖い顔しないの。美人が台無しよ」
栄が鬼気迫る顔をするが、ロキは余裕の微笑だ。
「じゃあ、最後は議員を皆殺しにして終わろうかしら。国のトップが皆いなくなっちゃえば、国は上から下への混乱でしょうからね。混乱、混沌、うふふ。首をもがれた蛙を殺すなんて容易い事よねえ」
「…………!」
ロキが笑う横で理伏がゆらりと立ち上がった。上半身だけを捻ってこちらを見る。眼光は獣性を宿し、人間のものではなくなっていた。
「俺様の理伏に何をしたと聞いている! 答えろ!」
「あら、『俺様の』だなんて。独占欲剥き出しで良いわねえ。情熱的で好きよ、そういうの。――何をしたと聞かれたら、獣を憑かせたと答えるわ」
「獣を憑かせた?」
「この娘はもう私のペットって事よ」
ロキがニカッと笑ったかと思うと、窓へと猛ダッシュした。窓を突き破って逃げる気だ。
「逃がさん!」
「梵、ロキを追って!」
「分かった」
イタチと桜嵐がロキを追う。しかし、それを理伏が妨害した。彼女はイタチの胸に飛び込むと、ロキが向かっている窓とは別の窓へと進んだ。四人ともガラス片と共に窓の外へと身を投げ出し、落下する。
「理伏! イタチ! 桜嵐!」
僕も窓まで駆け寄り、外に乗り出す。しかし、遠い。会議室から地面まで数十メートルもの高さがある。イタチと理伏がそこにいるのは見えたが、無事であるかどうかまでは判別出来ない。桜嵐とロキの姿は既にいなくなっていた。
「くそ、ここから追い掛けるのは危険か」
「階段を使って降りましょう。時間は掛かりますが、怪我をしては元も子も……」
窓から離れて扉に向かおうとする。その時、
「ぎゃあああああっ!」
廊下から悲鳴が劈いた。
「今度は何だ!?」
「ぞ、ゾンビだ!」
「ゾンビぃ!?」
一人の男が慌てて部屋に駆け込んできた。栄が雇った冒険者だ。
「へ、蛇人間の餓鬼が急に襲ってきて……衛兵も傭兵も殺されたと思ったら、そいつらがゾンビになって襲ってきやがった……! ぞ、ゾンビなんて見慣れたもんだけどよぉ、元が兵士となると強さが段違いだ! 俺の仲間も……あああああ! 畜生! 畜生っ!」
「…………っ!」
男の報告に息を呑む。
当たってしまった。
イタチの煽りが――栄の危惧が本当に当たってしまった。いつかダーグアオン帝国が侵略してくると。王国との戦いに拘泥する連邦を横合いから殴り付けてくると。それが現実のものとなってしまった。
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