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第二部第一章 転職イベント
セッション35 発狂(二回目)
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部屋に入って最初に目に飛び込んできたのは大量の絵だった。
壁に掛けられた大小様々な額縁の絵、キャンバスと画板、木製の机と椅子、絵の具の匂い。学校の美術室を思い出させる光景だ。しかし、中央に祭壇らしき棚と一対の像があるのが美術室とは異なる。
「いらっしゃーいっ!」
祭壇の前には一人の女性が座っていた。額に一本の角を生やした鬼女だ。角があるという事は食屍鬼――僕と同じ種族だろう。黒髪を雑に後頭部で束ね、動き易そうな甚平を着ている。とても神殿に相応しい格好とは思えないが……。
「やほやほやっほー! 地球神達に仕える神子、曳毬茶々だよ。よっろしくぅー!」
めっちゃテンション高い神子だった。緊張感に欠ける女だな……。
とはいえ、実力者ではある様子だ。肌に感じる圧が彼女が宿す魔力量を伝えてくる。さすがに『五渾将』レベルとまではいかないが、僕では逆立ちしても勝てまい。
「こんにちは、曳毬さん。今日はよろしく」
「はいはーい。じゃあ早速始めよっか! そこ座って」
曳毬に促されて祭壇の前の座布団に座る。
曳毬も座り、僕と向かい合う。
「そーいえば、松武は元気? 君達のパーティーに入ったと聞いたけど」
松武。三護の下の名前だ。
「ああ、そうだぜ。あんた、三護の知り合いなのか?」
「幼馴染だよん」
「……マジでか」
三護は確か米寿間近と聞いた。幼馴染ならそれに近い年齢になる筈だ。が、曳毬の見た目は三護同様とても老人には見えない。というか、十代にしか見えない。
「……食屍鬼は喰らった相手の『寿命』を吸収出来るが……それの応用か?」
「うん、その通りだよ! 『寿命が延びる』って事はつまり『老いを遠ざける』って事なんだけど、それを若返りに変換しているの。ふへへ、凄いでしょー!」
食屍鬼の体質にそんな応用があったとは。確かに「寿命が延びる=ある程度の若さを保つ」なのは道理だ。しかし、それは理論が正しいだけで実現するのは難しかろう。曳毬はなかなか高位の食屍鬼の様だ。
……と、ここまで考えて、曳毬の人喰い行為をすんなり受け入れている自分に気付いた。いや、喰っているのは人だけではないかもしれないが、恐らく曳毬は喰っているだろう。生粋の食屍鬼に人喰いを避ける理由はない。
…………冒険者としては猟奇沙汰は日常茶飯事だしな。僕も感覚が麻痺しているのかもしれない。発狂しているとは思いたくない。
「若返りに全振りしている分、寿命はあんまり延びてないんだけど、仕方ないよね~。……さて」
曳毬の眼が瞬く。
「それでそれで? 何に転職したいの?」
「ああ、これを使える職業になりたい」
曳毬に偃月刀を見せる。
「槍だから、戦士・槍兵だね。オッケオッケ!」
「だから槍じゃねーんだが……偃月刀ってそんなに無名?」
戦士・槍兵。
戦士職を三分する一つで、槍を始めとして長柄武器をメインに戦う。槍は剣や弓と違って大した訓練をせずとも使える武器だ。突くだけというその単純さ。戦国時代では農兵も槍を持てば武者を殺した。一方で極めようと思ったら難しいのもまた槍だ。突く・斬る・払う・打つ・引っ掛ける、動作が増える程に熟練の道は遠くなる。
リーチの長さで先陣を切り、敵を牽制する。
うちのパーティーにはまだいない役割だ。
「何もしなくて良いからねー! 目を瞑って、茶々に身を委ねて!」
言われた通り目を閉じる。曳毬が僕の額に手を当てた。彼女の魔力がじんわりと僕に滲み入ってくる。
「――ただし、覚悟はして。発狂するよ」
「え…………?」
言われた直後、精神が何かにぶん殴られた感覚がした。
凍える様な恐怖が脳髄を満たし、意識が真っ暗になり、そして――
――気付いたら、大量の腕に全身を羽交い締めにされていた。
「…………えっと?」
手は額縁から伸びていた。四方八方の絵画に描かれていた腕が実体化し、何メートルも伸びて僕を拘束したのだ。
「……一体、何が……?」
「覚えてないの? 君、その槍で自殺しようとしたんだよ」
「……えっ?」
僕が自殺……?
「転職は魂の情報を書き換えるもの。魔術の習得よりも魂が削られ易い。転職した人間が発狂するのは良くある事なんだよねー。あははははは!」
「…………っ!」
曳毬の言葉にゾッとする。
見れば、偃月刀には僅かに血が付いていた。首筋に痛みも感じる。曳毬が止めてくれていなければ自分の首を切り落としていたかもしれない。
「ま、発狂した冒険者を守るのも茶々達神子の仕事なんだけど」
「……助かる」
「いやいや~」
「……いや、ていうか『発狂する』ってもっと早く言ってくれや。ビビったじゃねーか!」
「御免御免」
曳毬は緩く笑うが、僕は冷汗が止まらない。
全くもって危険だ、この世界の魔術は。危うく死ぬところだった。何をするにしても常に発狂の危険があるのだから本当油断がならない。今回は何事もなく終わったが、次は助かるかどうか。
腕が僕を離し、絵画の中に戻る。あれは「次元」の概念魔術か。『冒険者教典』には三次元を二次元に変換してアイテムを収納する機能があったが、これは逆で、二次元の絵を三次元に変換して実体化させたのだ。
……オタクに見せたら狂喜乱舞しそうな魔術だな。
「教典で確認して御覧。職業が変わっている筈だよん」
「ああ、確かに」
教典を開けば、確かに職業欄が盗賊から戦士に変わっていた。
「君が前職の時に持っていたスキル『剣閃一突』、『剣閃一断』、『剣閃一斬』は剣技だからね。武器が槍となった今は使えないよ。
……ああでも、その武器はバルザイのなんちゃらだね。だったら、槍を刀にすれば剣技が復活するよ。やったね!」
「分かった」
職業が変わって武装が槍になった以後も剣が扱える。
我ながら便利な武器を選んだものだ。
「それじゃこれで終っわり。お疲れ様でした! またねー!」
「ああ。有難うな、曳毬さん」
曳毬に礼を言って部屋を去る。
心臓がバクバクする。よもやまたしても発狂するとは。この時代のあれこれはいつも僕を驚かしてくれる。
だが、ともあれ結果的には何事もなく転職が終わったとするべきか。危ない所ではあったがな。やれやれ。
壁に掛けられた大小様々な額縁の絵、キャンバスと画板、木製の机と椅子、絵の具の匂い。学校の美術室を思い出させる光景だ。しかし、中央に祭壇らしき棚と一対の像があるのが美術室とは異なる。
「いらっしゃーいっ!」
祭壇の前には一人の女性が座っていた。額に一本の角を生やした鬼女だ。角があるという事は食屍鬼――僕と同じ種族だろう。黒髪を雑に後頭部で束ね、動き易そうな甚平を着ている。とても神殿に相応しい格好とは思えないが……。
「やほやほやっほー! 地球神達に仕える神子、曳毬茶々だよ。よっろしくぅー!」
めっちゃテンション高い神子だった。緊張感に欠ける女だな……。
とはいえ、実力者ではある様子だ。肌に感じる圧が彼女が宿す魔力量を伝えてくる。さすがに『五渾将』レベルとまではいかないが、僕では逆立ちしても勝てまい。
「こんにちは、曳毬さん。今日はよろしく」
「はいはーい。じゃあ早速始めよっか! そこ座って」
曳毬に促されて祭壇の前の座布団に座る。
曳毬も座り、僕と向かい合う。
「そーいえば、松武は元気? 君達のパーティーに入ったと聞いたけど」
松武。三護の下の名前だ。
「ああ、そうだぜ。あんた、三護の知り合いなのか?」
「幼馴染だよん」
「……マジでか」
三護は確か米寿間近と聞いた。幼馴染ならそれに近い年齢になる筈だ。が、曳毬の見た目は三護同様とても老人には見えない。というか、十代にしか見えない。
「……食屍鬼は喰らった相手の『寿命』を吸収出来るが……それの応用か?」
「うん、その通りだよ! 『寿命が延びる』って事はつまり『老いを遠ざける』って事なんだけど、それを若返りに変換しているの。ふへへ、凄いでしょー!」
食屍鬼の体質にそんな応用があったとは。確かに「寿命が延びる=ある程度の若さを保つ」なのは道理だ。しかし、それは理論が正しいだけで実現するのは難しかろう。曳毬はなかなか高位の食屍鬼の様だ。
……と、ここまで考えて、曳毬の人喰い行為をすんなり受け入れている自分に気付いた。いや、喰っているのは人だけではないかもしれないが、恐らく曳毬は喰っているだろう。生粋の食屍鬼に人喰いを避ける理由はない。
…………冒険者としては猟奇沙汰は日常茶飯事だしな。僕も感覚が麻痺しているのかもしれない。発狂しているとは思いたくない。
「若返りに全振りしている分、寿命はあんまり延びてないんだけど、仕方ないよね~。……さて」
曳毬の眼が瞬く。
「それでそれで? 何に転職したいの?」
「ああ、これを使える職業になりたい」
曳毬に偃月刀を見せる。
「槍だから、戦士・槍兵だね。オッケオッケ!」
「だから槍じゃねーんだが……偃月刀ってそんなに無名?」
戦士・槍兵。
戦士職を三分する一つで、槍を始めとして長柄武器をメインに戦う。槍は剣や弓と違って大した訓練をせずとも使える武器だ。突くだけというその単純さ。戦国時代では農兵も槍を持てば武者を殺した。一方で極めようと思ったら難しいのもまた槍だ。突く・斬る・払う・打つ・引っ掛ける、動作が増える程に熟練の道は遠くなる。
リーチの長さで先陣を切り、敵を牽制する。
うちのパーティーにはまだいない役割だ。
「何もしなくて良いからねー! 目を瞑って、茶々に身を委ねて!」
言われた通り目を閉じる。曳毬が僕の額に手を当てた。彼女の魔力がじんわりと僕に滲み入ってくる。
「――ただし、覚悟はして。発狂するよ」
「え…………?」
言われた直後、精神が何かにぶん殴られた感覚がした。
凍える様な恐怖が脳髄を満たし、意識が真っ暗になり、そして――
――気付いたら、大量の腕に全身を羽交い締めにされていた。
「…………えっと?」
手は額縁から伸びていた。四方八方の絵画に描かれていた腕が実体化し、何メートルも伸びて僕を拘束したのだ。
「……一体、何が……?」
「覚えてないの? 君、その槍で自殺しようとしたんだよ」
「……えっ?」
僕が自殺……?
「転職は魂の情報を書き換えるもの。魔術の習得よりも魂が削られ易い。転職した人間が発狂するのは良くある事なんだよねー。あははははは!」
「…………っ!」
曳毬の言葉にゾッとする。
見れば、偃月刀には僅かに血が付いていた。首筋に痛みも感じる。曳毬が止めてくれていなければ自分の首を切り落としていたかもしれない。
「ま、発狂した冒険者を守るのも茶々達神子の仕事なんだけど」
「……助かる」
「いやいや~」
「……いや、ていうか『発狂する』ってもっと早く言ってくれや。ビビったじゃねーか!」
「御免御免」
曳毬は緩く笑うが、僕は冷汗が止まらない。
全くもって危険だ、この世界の魔術は。危うく死ぬところだった。何をするにしても常に発狂の危険があるのだから本当油断がならない。今回は何事もなく終わったが、次は助かるかどうか。
腕が僕を離し、絵画の中に戻る。あれは「次元」の概念魔術か。『冒険者教典』には三次元を二次元に変換してアイテムを収納する機能があったが、これは逆で、二次元の絵を三次元に変換して実体化させたのだ。
……オタクに見せたら狂喜乱舞しそうな魔術だな。
「教典で確認して御覧。職業が変わっている筈だよん」
「ああ、確かに」
教典を開けば、確かに職業欄が盗賊から戦士に変わっていた。
「君が前職の時に持っていたスキル『剣閃一突』、『剣閃一断』、『剣閃一斬』は剣技だからね。武器が槍となった今は使えないよ。
……ああでも、その武器はバルザイのなんちゃらだね。だったら、槍を刀にすれば剣技が復活するよ。やったね!」
「分かった」
職業が変わって武装が槍になった以後も剣が扱える。
我ながら便利な武器を選んだものだ。
「それじゃこれで終っわり。お疲れ様でした! またねー!」
「ああ。有難うな、曳毬さん」
曳毬に礼を言って部屋を去る。
心臓がバクバクする。よもやまたしても発狂するとは。この時代のあれこれはいつも僕を驚かしてくれる。
だが、ともあれ結果的には何事もなく転職が終わったとするべきか。危ない所ではあったがな。やれやれ。
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