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第二部第一章 転職イベント
セッション32 転職
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理伏パーティー加入から一週間後。
「僕さ、転職しようかと思ってんだけど」
僕は夕食の席でそう切り出した。
「転職? 冒険者を辞めるという事か?」
「いや盗賊の方」
「ああ、そっちか」
この世界では職業と言われれば戦闘スタイルを意味する。戦士、武闘家、魔法使い、吟遊詩人、盗賊といった具合だ。
事務職や営業職の様な区分だと思えば分かり易いか。IT企業の事務職と名乗る様に、冒険者ギルドの戦士とか騎士団の魔法使いといった風に身分を名乗る。
無論、単なる身分というだけでなく、ファンタジー世界ならではの特典が職業にはあるのだが。
「藍兎さん。職業、変えたいんですか?」
「いやさあ、僕、盗賊じゃん。盗賊って素早さが売りの職業じゃん」
「ええ、そうですね」
喋りながら食卓のパンに手を伸ばす。
このパンは米粉で出来ている。小麦にはパン向きの物とウドン向きの物があるが、パン向きの小麦は梅雨に弱いのだ。日本列島では梅雨のない北海道を除いて、小麦粉はなかなか手に入らない。
それ故に麦粉ではなく米粉を使ったパンが発展した。
一〇〇〇年間前から米粉パンはあったが、対神大戦を境に、海外からの小麦の輸入が不可能になった事で研究が進められた。
ちなみに僕はパン派だが、仕事の日の朝食にはご飯を食べる。ご飯の方が腹持ちが良い……気がするからだ。
「でも、理伏の方が素早いじゃん。上位互換がいるなら僕要らねーじゃん。だったら別の長所伸ばした方が良いじゃん。なあ?」
忍者は盗賊の派生職だ。異なる部分もあるが、似ている部分の方が多い。特に敏捷性に関しては完全に互換関係にある。
とはいえ、そもそも僕はそんなに速度を生かした戦いはしていなかったと思うけど。まあ、大した事でなくてもキャラ被りは避けるべきよな。
「も、申し訳御座いません! 拙者が藍兎殿のお株を奪うような真似をしているとは夢にも思わず……!」
「あー……うん、別に気にしなくて良いから」
数が増えれば被るのは必然だ。責められるものではない。
「それに……ほら、この間の戦いで刀が折れちまったしな。武器を新調するついでに転職するのも良いかと思ってな」
ゴブリン事変の最中に刀は折れてしまった。以降は拳で戦ったりステファやイタチから武器を借りたりしていたが、やはり心許ない。人から得物を借り続けるというのは落ち着かないし、自前の物でなければ手に馴染まない。
「それで、職業って変える事出来んのか?」
「出来ますよ」
あ、出来るんだ。それなら良かった。
一回設定したら変更不可とかだったらどうしようかと思っていた。そういうシステムのゲームもあるからな、普通に。
「職業は『地球本来の神々』が管理しておるでの。だから、彼奴らの神殿に行けば変更出来るぞ」
「地球本来の神々?」
三護曰く、神々は二種類に分けられるという。
一つは天の星々より大地に降り立った神々。もう一つは最初から大地にいた地球本来の神々だ。邪神クトゥルフやノーデンスは前者に属し、ノーデンスであればオリオン座のベテルギウス星から来たのだとか。
「正確には、ニャルラトホテプとノーデンスから能力を預けられた地球神達が管理している、じゃの」
混沌は即ち変化に通じ、秩序は即ち固定に通ずる。
変化の力が転職を叶え、固定の力がその職業に見合ったスキルを与える。それが職業の管理だと三護が説明する。地球本来の神々が担う奇跡。神々の権能。権能というには委託業務感が強いが。
「混沌の勢力と秩序の神って仲悪いんじゃなかったっけ?」
「悪いですよ。でも、混沌故に色んなのがいるのがニャルラトホテプですので、中には神格もいます。地球神達を庇護しているニャルラトホテプ神は、ノーデンスと団結しているんです。理由は不明なんですけど」
「ふーん。……灰夜は何か知っているか?」
灰夜に訊いてみる。
僕はこいつの正体がニャルラトホテプだと暫定している。暫定しているだけで証拠がない為、誰かに打ち明けた事はないが。しかし、ニャルラトホテプであれば他のニャルラトホテプの事情も知っているかもしれない。
そう思っての質問だったが、
「そうだねえ。今、地球神達は二柱を党首に政党みたいになっていると聞いているよ。理由はボクにも分からないけど、二柱の目的はつまり地球を守る事なんじゃないかな?」
「政党」
混沌 (仮)の回答はよもやのものだった。
対立はしているが、同じ国の人間みたいな感じか。国の未来を憂う心は同じとでもいうのだろうか。地球本来の神々がニャルラトホテプ党とノーデンス党に分かれて、時々選挙をしては与党と野党に分かれている姿を想像した。何それ見てみたい。
「政党って確か、北条共和国の政治体制でしたっけ?」
「ああ。……そうか、今の時代、政党は珍しいのか」
現代では帝国とか王国とかそういうのばかりだものな。今は実際に神様がいる時代だし、王権神授説の様な君主の権威を保証する理屈が罷り通り易いのだろう、きっと。
王権神授説とは、政治は神から与えられた権力によって行われるという政治思想の事だ。ヨーロッパの絶対王政期においては宗教からの独立と、国民に対する絶対的支配の理論的根拠となった。
「それで、藍兎よ。転職先はどれにするのか決めているのか?」
「いや、それがまだなんだよな。どうすっかなー」
盗賊から転職すべき職業がどれなのか分からない。このパーティー内での僕のポジションは前衛である為、次も前衛職を選ぶべきなのだろうが……。
錬金術師も選択肢には考えてはいるのだが。性転換の魔術は錬金術の最上位だと聞いている。僕の目標は性転換なのだから、錬金術師になるのもアリなのだが……魔術ってのは才能が必要な上、錬金術はスッゲー勉強しなきゃいけないんだよな。
中小企業勤めの中年が突然医大を目指す様なものだ。教材が揃っている訳でもなし、果たして僕の頭で可能なのか。
「ならば、武器を買ってから決めた方が良い」
と意見をくれたのはイタチだった。
「職業によって使える武器は左右される。であれば、先に武器を決めておいて、その武器に合う職業を選ぶのも手だ」
「成程なー」
じゃあ明日辺り、武器屋に買い物に行ってみるか。
「あ、じゃあ、私も一緒に行って良いですか? 盾を買おうと思いまして」
「ああ、そういえばそんな話をしていたな」
先日の戦いまでステファは甲冑で敵の攻撃を受け止めていた。受け止めるなら盾の方が良いと進言したのは僕だった。
「よし、じゃあ一緒に行くか」
「はい! デートですね!」
「デート……か……?」
武器屋でデートとは何とも色気のない話だった。
いや、これも冒険者らしいと言えばらしいのか?
「お前らはどうする?」
「俺様は用事があるのでパスだ」
「我もパス。魔術に関係のない事で動きたくないでの」
「ボクも。デートの邪魔をする野暮な真似はしないさ」
「あ、そ……そうで御座りますよね。行ってらっしゃいませ」
理伏、今、灰夜が言わなければ付いてくるつもりだったな。
「じゃ、二人きりで行くか」
「はい!」
そういう事になった。
「僕さ、転職しようかと思ってんだけど」
僕は夕食の席でそう切り出した。
「転職? 冒険者を辞めるという事か?」
「いや盗賊の方」
「ああ、そっちか」
この世界では職業と言われれば戦闘スタイルを意味する。戦士、武闘家、魔法使い、吟遊詩人、盗賊といった具合だ。
事務職や営業職の様な区分だと思えば分かり易いか。IT企業の事務職と名乗る様に、冒険者ギルドの戦士とか騎士団の魔法使いといった風に身分を名乗る。
無論、単なる身分というだけでなく、ファンタジー世界ならではの特典が職業にはあるのだが。
「藍兎さん。職業、変えたいんですか?」
「いやさあ、僕、盗賊じゃん。盗賊って素早さが売りの職業じゃん」
「ええ、そうですね」
喋りながら食卓のパンに手を伸ばす。
このパンは米粉で出来ている。小麦にはパン向きの物とウドン向きの物があるが、パン向きの小麦は梅雨に弱いのだ。日本列島では梅雨のない北海道を除いて、小麦粉はなかなか手に入らない。
それ故に麦粉ではなく米粉を使ったパンが発展した。
一〇〇〇年間前から米粉パンはあったが、対神大戦を境に、海外からの小麦の輸入が不可能になった事で研究が進められた。
ちなみに僕はパン派だが、仕事の日の朝食にはご飯を食べる。ご飯の方が腹持ちが良い……気がするからだ。
「でも、理伏の方が素早いじゃん。上位互換がいるなら僕要らねーじゃん。だったら別の長所伸ばした方が良いじゃん。なあ?」
忍者は盗賊の派生職だ。異なる部分もあるが、似ている部分の方が多い。特に敏捷性に関しては完全に互換関係にある。
とはいえ、そもそも僕はそんなに速度を生かした戦いはしていなかったと思うけど。まあ、大した事でなくてもキャラ被りは避けるべきよな。
「も、申し訳御座いません! 拙者が藍兎殿のお株を奪うような真似をしているとは夢にも思わず……!」
「あー……うん、別に気にしなくて良いから」
数が増えれば被るのは必然だ。責められるものではない。
「それに……ほら、この間の戦いで刀が折れちまったしな。武器を新調するついでに転職するのも良いかと思ってな」
ゴブリン事変の最中に刀は折れてしまった。以降は拳で戦ったりステファやイタチから武器を借りたりしていたが、やはり心許ない。人から得物を借り続けるというのは落ち着かないし、自前の物でなければ手に馴染まない。
「それで、職業って変える事出来んのか?」
「出来ますよ」
あ、出来るんだ。それなら良かった。
一回設定したら変更不可とかだったらどうしようかと思っていた。そういうシステムのゲームもあるからな、普通に。
「職業は『地球本来の神々』が管理しておるでの。だから、彼奴らの神殿に行けば変更出来るぞ」
「地球本来の神々?」
三護曰く、神々は二種類に分けられるという。
一つは天の星々より大地に降り立った神々。もう一つは最初から大地にいた地球本来の神々だ。邪神クトゥルフやノーデンスは前者に属し、ノーデンスであればオリオン座のベテルギウス星から来たのだとか。
「正確には、ニャルラトホテプとノーデンスから能力を預けられた地球神達が管理している、じゃの」
混沌は即ち変化に通じ、秩序は即ち固定に通ずる。
変化の力が転職を叶え、固定の力がその職業に見合ったスキルを与える。それが職業の管理だと三護が説明する。地球本来の神々が担う奇跡。神々の権能。権能というには委託業務感が強いが。
「混沌の勢力と秩序の神って仲悪いんじゃなかったっけ?」
「悪いですよ。でも、混沌故に色んなのがいるのがニャルラトホテプですので、中には神格もいます。地球神達を庇護しているニャルラトホテプ神は、ノーデンスと団結しているんです。理由は不明なんですけど」
「ふーん。……灰夜は何か知っているか?」
灰夜に訊いてみる。
僕はこいつの正体がニャルラトホテプだと暫定している。暫定しているだけで証拠がない為、誰かに打ち明けた事はないが。しかし、ニャルラトホテプであれば他のニャルラトホテプの事情も知っているかもしれない。
そう思っての質問だったが、
「そうだねえ。今、地球神達は二柱を党首に政党みたいになっていると聞いているよ。理由はボクにも分からないけど、二柱の目的はつまり地球を守る事なんじゃないかな?」
「政党」
混沌 (仮)の回答はよもやのものだった。
対立はしているが、同じ国の人間みたいな感じか。国の未来を憂う心は同じとでもいうのだろうか。地球本来の神々がニャルラトホテプ党とノーデンス党に分かれて、時々選挙をしては与党と野党に分かれている姿を想像した。何それ見てみたい。
「政党って確か、北条共和国の政治体制でしたっけ?」
「ああ。……そうか、今の時代、政党は珍しいのか」
現代では帝国とか王国とかそういうのばかりだものな。今は実際に神様がいる時代だし、王権神授説の様な君主の権威を保証する理屈が罷り通り易いのだろう、きっと。
王権神授説とは、政治は神から与えられた権力によって行われるという政治思想の事だ。ヨーロッパの絶対王政期においては宗教からの独立と、国民に対する絶対的支配の理論的根拠となった。
「それで、藍兎よ。転職先はどれにするのか決めているのか?」
「いや、それがまだなんだよな。どうすっかなー」
盗賊から転職すべき職業がどれなのか分からない。このパーティー内での僕のポジションは前衛である為、次も前衛職を選ぶべきなのだろうが……。
錬金術師も選択肢には考えてはいるのだが。性転換の魔術は錬金術の最上位だと聞いている。僕の目標は性転換なのだから、錬金術師になるのもアリなのだが……魔術ってのは才能が必要な上、錬金術はスッゲー勉強しなきゃいけないんだよな。
中小企業勤めの中年が突然医大を目指す様なものだ。教材が揃っている訳でもなし、果たして僕の頭で可能なのか。
「ならば、武器を買ってから決めた方が良い」
と意見をくれたのはイタチだった。
「職業によって使える武器は左右される。であれば、先に武器を決めておいて、その武器に合う職業を選ぶのも手だ」
「成程なー」
じゃあ明日辺り、武器屋に買い物に行ってみるか。
「あ、じゃあ、私も一緒に行って良いですか? 盾を買おうと思いまして」
「ああ、そういえばそんな話をしていたな」
先日の戦いまでステファは甲冑で敵の攻撃を受け止めていた。受け止めるなら盾の方が良いと進言したのは僕だった。
「よし、じゃあ一緒に行くか」
「はい! デートですね!」
「デート……か……?」
武器屋でデートとは何とも色気のない話だった。
いや、これも冒険者らしいと言えばらしいのか?
「お前らはどうする?」
「俺様は用事があるのでパスだ」
「我もパス。魔術に関係のない事で動きたくないでの」
「ボクも。デートの邪魔をする野暮な真似はしないさ」
「あ、そ……そうで御座りますよね。行ってらっしゃいませ」
理伏、今、灰夜が言わなければ付いてくるつもりだったな。
「じゃ、二人きりで行くか」
「はい!」
そういう事になった。
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