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第一部第三章 討伐イベント
セッション31 混沌
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ゴブリン事変から二週間後。
「ようやく落ち着いてきたかな……」
買い物袋を片手に、朱無市国の大通りを僕はおっかなびっくり歩く。
事変の日から大変だった。あのヨグ=ソトースの召喚は非常に目立った。一面の空に虹色の球体が広がったのだ。朱無市国にいた全員があれを見た。市国以外の国からでも見えた事だろう。
結果、物凄ぇ噂になった。何が起きたのか、誰が関わっていたのか、皆が皆躍起になって話題にした。僕達が関係者である事はすぐに突き止められた。
そこからは凄まじい質問攻めの毎日だった。
同業の冒険者、行く店の先々、新聞記者と色々な人間から事情を聴かれた。ステファとイタチが良く応対してくれた。布教に覇道にと、何かと知名度が欲しい二人にとって今回の事変は格好の宣伝なのだろう。僕は初対面の人間と会話するの苦手なので、二人の後ろに隠れていた。
とはいえ、SNSが発展していた一〇〇〇年前とは異なり、噂は口伝で広がる。となれば、SNS以上に内容があやふやになるのは必然で、色々尾鰭が付くものだ。例えば、「ゴブリン共は一万どころか百万体もいた」だの「逆に百体しかいなかった」だの「これは帝国からの宣戦布告だ。直に戦争が始まる」だの選り取り見取りだ。「僕達こそがヨグ=ソトースを召喚した犯人だ」なんて噂もあった。
二週間経って、ようやく噂も沈静化してきた。まだまだ完全には収まっていないが、こればかりは待つしかないだろう。人の噂も七十五日だ。いやまだ十四日しか経ってないけど。
「おーい。買い出し行って来たぞー」
イタチ邸の扉を開ける。そこには、
「やあ、おかえり。藍兎君」
冒険者ギルド受付嬢・今屯灰夜がいた。
「なんでお前がここにいるんだよ?」
「イタチ君にスカウトされたのさ。受付嬢兼事務としてね」
イタチは冒険者ギルドに属するつもりがない。冒険者ギルドは彼の祖父――総長・阿連ジンベエの傘下にあり、祖父からの独立を考えている彼としてはギルドの世話になる訳にはいかないからだ。
ギルドに属していれば依頼の紹介や事前調査などのメリットが受けられるのだが、彼はその恩恵にあずかる気はないらしい。己の目で依頼を見極め、独力で達成する。フリーランスの冒険者になるつもりだ。故に購入したイタチ邸だ。この屋敷は彼の事務所でもあるのだ。
しかし、もう受付嬢を雇うとは。
今は駆け出しだ。独立は宣言しても、ちょくちょくギルドから仕事を貰う事になるのだろうと思っていたのだが。ゴブリン事変が宣伝となって依頼が舞い込んで来ると確信しているのだろうか。気の早い奴だ。
「いいのかよ? 冒険者ギルドにいた方が収入は安定すると思うけど」
「収入で仕事を選んでいるわけじゃないからねえ。より面白いものが見られそうな場所にいるのさ」
「羨ましい生き方だな」
金目当てじゃなく趣味で仕事をしているなんて贅沢な身分だ。やりたくない事、面倒な事までこなしてこその労働者だろうに。
まぁいいや、他人の人生は。僕に損益がある訳でもねーし。
「なあ、一つ聞きたい事があるんだけどよ」
「何だい?」
灰夜が微笑を湛えて僕を見返す。
少し躊躇ったが、意を決して問いを口にした。
「僕さあ、この時代に来た時に疑問に思ったんだよ。『なんでこんなにシステマティックなんだろう』ってな」
冒険者という立場。それをサポートするギルドという組織。魔導書『冒険者経典』によるステータスの確認。通信機能に収納機能。戦士や魔法使いといった職業の分類。初級、中級、上級の三段階に区分された魔術。実にシステマティックだ。
まるでゲームの中だ。ここは現実世界だというのに。
いるのだ、整えた誰かが。一〇〇〇年間の間にシステムを作って世界に定着させた誰かがいなくてはならないのだ。その人物を――
「――お前なら知っているんじゃねーか、灰夜? いいや……」
ニャルラトホテプはおよそありとあらゆる物に憑依する。生物でも非生物でも、植物でも鉱石でも何でもだ。そして、その憑依した器によって様々な呼び名を持っている。
『無貌の神』、『闇を彷徨うもの』、『野獣』、『土曜男爵』、『チクタクマン』、『赤の女王』、『黒い牡牛』、『ウィッカーマン』、『シュゴーラン』、『ナイ神父』、『悪心影』、『狡知の神』、『暗黒のファラオ』、『膨れ女』、『千の貌』、『強壮なる使者』、『月に吼えるもの』――そして、『這い寄る混沌』。
這い寄る混沌――混沌、這い寄る――今屯灰夜。
「……ひょっとしたら、お前がやったんじゃねーのか、ニャルラトホテプ?」
「…………」
灰夜は答えない。涼しい笑みのままだ。
「冒険者ギルドの受付嬢、良い職業だよな。冒険者に活躍の機会を与えて、その内容を真っ先に聞く事が出来る。波瀾万丈な人生を楽しむにはまずまずのポジションだ。そう思わねーか? 年齢不詳、勤務年数不明の受付嬢さん?」
「…………」
「そういや、一〇〇〇年前の記録って残っていないんだよな。飛竜や象の怪物といった用語は残っているのに。誰が選んで焚書したんだろうな?」
「…………」
「……他にも疑問に思っていた事がある。一〇〇〇年前の対神大戦のきっかけとなった事件――邪神クトゥルフが現れた事についてだ」
あの日、邪神が現れたあの厄災。
あれはあまりに突然だった。海から上陸してきた訳でもなく、空から降ってきた訳でもなく、地下から迫り上がってきた訳でもなく、邪神は唐突に朱無市に現れた。一体どういう道程で邪神は日本にやってきたのか。
「ギリメカラを見て思った。一〇〇〇年前の邪神クトゥルフも誰かに召喚されたものなんじゃねーかってな」
召喚魔術は遠くのものを空間転移させる魔術だ。「時空」の概念魔術を用い、魔法陣を経由して目的のものを呼び出す魔術だ。あれを使えば、朱無市に邪神を降ろす事も可能だろう。
「ダーグアオン帝国の祖先が邪神を降臨させた張本人だと聞いている。だが、全部が全部あいつらがやったんじゃないかもしれないだろ? 協力者がいても可笑しくない筈だ」
勿論、いなくても可笑しくはない。一から十まで深きもの共の手だったとしても矛盾はない。だが、
「ダーグアオン帝国は深きもの共の国だ。なのに、何故かそこの幹部を混沌の勢力が占めている。『五渾将』という軍部最高位の権力者達だ。なんでだ? 何故深きもの共以外が帝国を牛耳れる? それは一〇〇〇年前、ニャルラトホテプが邪神降臨に……」
協力していたからなのではないか。そう言おうとしたら、灰夜の人差し指に唇を閉ざされた。
「皆まで言うな。ネタバレは面白くないからね。それ位は弁えているさ」
「……テメー」
「だけど、一つだけ言っておこう」
僕の唇から指を離して、『混沌』は言う。
「ボクは人類の味方だ。キミ達が愉しい生き物である限り、ボクはキミ達をサポートし続けると誓おう」
「…………」
それはつまり、人類がつまらない――くだらない生き物に成り下がったら、容赦なく滅ぼすとでも言いたいのか。それとも、人類の面白さは限りないものだから安心しろという事なのか。
分からない。『混沌』はニヤニヤと笑うだけだ。
「……まぁいいさ。別に咎めようとかそういうんじゃなかったし」
ただ謎があるとすっきりしなかっただけだ。無理に解明しようなんて思っていない。一〇〇〇年前の事を咎めたところで虚しいだけだしな。
…………いや、嘘だが。
当然だ。僕の前世を、僕の家族を、僕の友人たちを奪った邪神には恨んでも恨み切れない呪いがある。その手引きをした者がいるとすれば、そいつらも同罪だ。許す訳にはいかない。
だが、関係者は誰も彼も死んで久しい。被害者も加害者も魂どころか無念すら残っているまい。今更恨み言を吐いた所で僕一人しか満足しない。満足したところで得られるものなど何もない。
ならば、僕の無念は僕の胸の奥に仕舞っておくだけだ。
「…………。……ここで受付嬢するっつーんなら、カウンターを作らなきゃいけねーよな」
「そうだね。ボクとしてもある方が仕事し易いね」
「建設ギルドに依頼するかあ……」
金足りるかなあ。
理伏から報酬は受け取った。生活に余裕はあるが、工事費を捻出出来る程かというと……どうだろうな。性転換の為に貯金はしておきたいし、となれば場合によっては日曜大工をする事になるかもしれない。僕、一〇〇〇年前は釘や鋸なんて全く触れて来なかったんだけどなあ。不安だ。
などという事を考えていると、
「藍兎殿、おかえりで御座いまする」
「藍兎さん、聞いて下さい! 今日、大帝教会の教義を教えてくれって人が来ましてね!」
「藍兎、依頼が来たぞ、依頼が! 早速準備をしろ!」
「藍兎よ! ちょっとで良いから解剖させてくれんか? な? な?」
「うるせーよ、お前ら! 一斉に喋んな!」
僕の帰りに気付いたイタチ邸住人達がガヤガヤと集まって来た。
いや本当喧しい。女三人寄れば姦しいというが、女一人でも男が三人加われば充分騒がしい。
「つーか、三護! 僕が協力するのは採血までっつったろーが!」
「採血だけじゃ分からん事が多いんじゃ! 汝の特異体質を調べるには解剖せんといかんのじゃ! な、な! 平気じゃろ、汝、蘇生能力持ってんだから多少無茶しても」
「その文句で頷く奴がいるかっての! お断りだ馬鹿!」
誰が好き好んで自分の解剖を許可するかってーの、マッドサイエンティストめ。
「……そういえば、理伏。お前、ここにいて良いのか?」
三護から目を離して理伏に言う。
両親が死んだとはいえ、村は取り戻せたのだ。てっきり村に残るかと思っていたのだが。
「はい。拙者は両親の仇を討ちとう御座いまする。村に残っていてはそれは不可能と思いまして。冒険者として藍兎殿達のパーティーに入れさせて頂きました」
「……そうか」
復讐か。そりゃそうだわな。仇を取りたいよな、普通。
「聞けば、イタチ殿は『悪心影』に因縁があるとの事。であれば、同じ『五渾将』である『膨れ女』を追うにはこにいる方が都合が良いと思いまして」
そう語る理伏の目にはハイライトがなかった。
発狂内容:復讐、といった所か。目の下に隈もあるし、ちゃんと寝ているのだろうか、こいつ。
……ま、まあ、お人好しが騒いでいないのなら今はまだ問題ないのだろう、多分……きっと。
「藍兎、依頼が来たと言っているだろう! 買い物を片付けて準備をしろ!」
「はいはい。……本当に依頼来たのかよ凄ぇな」
侮り難いな、フリーランス。
買って来た物を所定の場所に分けながら、ふとイタチとステファを見る。
覇王になる為に独立したイタチ。布教の為に家出をしたステファ。
未来の覇王に未来の法王。
僕自身には性転換以外に特に目指すべき目標はないが、こいつらの天下取りに僕が貢献したと自慢出来たら、さぞ痛快だろうな。
「? どうしたんですか、藍兎さん」
「……いや、何でもねーよ」
ちょっと仕事を頑張ってみようと、そう思っただけさ。
◇
「――で、どんな依頼が来たんだよ?」
「聞いて驚け! 迷子のペット探しだ!」
「ちゃちい依頼だなオイ!」
「まあデビューしたてはこんなものですよ」
「忍者の諜報スキルが活用されるで御座いますな!」
「我、家で寝てて良い?」
「駄目」
「ようやく落ち着いてきたかな……」
買い物袋を片手に、朱無市国の大通りを僕はおっかなびっくり歩く。
事変の日から大変だった。あのヨグ=ソトースの召喚は非常に目立った。一面の空に虹色の球体が広がったのだ。朱無市国にいた全員があれを見た。市国以外の国からでも見えた事だろう。
結果、物凄ぇ噂になった。何が起きたのか、誰が関わっていたのか、皆が皆躍起になって話題にした。僕達が関係者である事はすぐに突き止められた。
そこからは凄まじい質問攻めの毎日だった。
同業の冒険者、行く店の先々、新聞記者と色々な人間から事情を聴かれた。ステファとイタチが良く応対してくれた。布教に覇道にと、何かと知名度が欲しい二人にとって今回の事変は格好の宣伝なのだろう。僕は初対面の人間と会話するの苦手なので、二人の後ろに隠れていた。
とはいえ、SNSが発展していた一〇〇〇年前とは異なり、噂は口伝で広がる。となれば、SNS以上に内容があやふやになるのは必然で、色々尾鰭が付くものだ。例えば、「ゴブリン共は一万どころか百万体もいた」だの「逆に百体しかいなかった」だの「これは帝国からの宣戦布告だ。直に戦争が始まる」だの選り取り見取りだ。「僕達こそがヨグ=ソトースを召喚した犯人だ」なんて噂もあった。
二週間経って、ようやく噂も沈静化してきた。まだまだ完全には収まっていないが、こればかりは待つしかないだろう。人の噂も七十五日だ。いやまだ十四日しか経ってないけど。
「おーい。買い出し行って来たぞー」
イタチ邸の扉を開ける。そこには、
「やあ、おかえり。藍兎君」
冒険者ギルド受付嬢・今屯灰夜がいた。
「なんでお前がここにいるんだよ?」
「イタチ君にスカウトされたのさ。受付嬢兼事務としてね」
イタチは冒険者ギルドに属するつもりがない。冒険者ギルドは彼の祖父――総長・阿連ジンベエの傘下にあり、祖父からの独立を考えている彼としてはギルドの世話になる訳にはいかないからだ。
ギルドに属していれば依頼の紹介や事前調査などのメリットが受けられるのだが、彼はその恩恵にあずかる気はないらしい。己の目で依頼を見極め、独力で達成する。フリーランスの冒険者になるつもりだ。故に購入したイタチ邸だ。この屋敷は彼の事務所でもあるのだ。
しかし、もう受付嬢を雇うとは。
今は駆け出しだ。独立は宣言しても、ちょくちょくギルドから仕事を貰う事になるのだろうと思っていたのだが。ゴブリン事変が宣伝となって依頼が舞い込んで来ると確信しているのだろうか。気の早い奴だ。
「いいのかよ? 冒険者ギルドにいた方が収入は安定すると思うけど」
「収入で仕事を選んでいるわけじゃないからねえ。より面白いものが見られそうな場所にいるのさ」
「羨ましい生き方だな」
金目当てじゃなく趣味で仕事をしているなんて贅沢な身分だ。やりたくない事、面倒な事までこなしてこその労働者だろうに。
まぁいいや、他人の人生は。僕に損益がある訳でもねーし。
「なあ、一つ聞きたい事があるんだけどよ」
「何だい?」
灰夜が微笑を湛えて僕を見返す。
少し躊躇ったが、意を決して問いを口にした。
「僕さあ、この時代に来た時に疑問に思ったんだよ。『なんでこんなにシステマティックなんだろう』ってな」
冒険者という立場。それをサポートするギルドという組織。魔導書『冒険者経典』によるステータスの確認。通信機能に収納機能。戦士や魔法使いといった職業の分類。初級、中級、上級の三段階に区分された魔術。実にシステマティックだ。
まるでゲームの中だ。ここは現実世界だというのに。
いるのだ、整えた誰かが。一〇〇〇年間の間にシステムを作って世界に定着させた誰かがいなくてはならないのだ。その人物を――
「――お前なら知っているんじゃねーか、灰夜? いいや……」
ニャルラトホテプはおよそありとあらゆる物に憑依する。生物でも非生物でも、植物でも鉱石でも何でもだ。そして、その憑依した器によって様々な呼び名を持っている。
『無貌の神』、『闇を彷徨うもの』、『野獣』、『土曜男爵』、『チクタクマン』、『赤の女王』、『黒い牡牛』、『ウィッカーマン』、『シュゴーラン』、『ナイ神父』、『悪心影』、『狡知の神』、『暗黒のファラオ』、『膨れ女』、『千の貌』、『強壮なる使者』、『月に吼えるもの』――そして、『這い寄る混沌』。
這い寄る混沌――混沌、這い寄る――今屯灰夜。
「……ひょっとしたら、お前がやったんじゃねーのか、ニャルラトホテプ?」
「…………」
灰夜は答えない。涼しい笑みのままだ。
「冒険者ギルドの受付嬢、良い職業だよな。冒険者に活躍の機会を与えて、その内容を真っ先に聞く事が出来る。波瀾万丈な人生を楽しむにはまずまずのポジションだ。そう思わねーか? 年齢不詳、勤務年数不明の受付嬢さん?」
「…………」
「そういや、一〇〇〇年前の記録って残っていないんだよな。飛竜や象の怪物といった用語は残っているのに。誰が選んで焚書したんだろうな?」
「…………」
「……他にも疑問に思っていた事がある。一〇〇〇年前の対神大戦のきっかけとなった事件――邪神クトゥルフが現れた事についてだ」
あの日、邪神が現れたあの厄災。
あれはあまりに突然だった。海から上陸してきた訳でもなく、空から降ってきた訳でもなく、地下から迫り上がってきた訳でもなく、邪神は唐突に朱無市に現れた。一体どういう道程で邪神は日本にやってきたのか。
「ギリメカラを見て思った。一〇〇〇年前の邪神クトゥルフも誰かに召喚されたものなんじゃねーかってな」
召喚魔術は遠くのものを空間転移させる魔術だ。「時空」の概念魔術を用い、魔法陣を経由して目的のものを呼び出す魔術だ。あれを使えば、朱無市に邪神を降ろす事も可能だろう。
「ダーグアオン帝国の祖先が邪神を降臨させた張本人だと聞いている。だが、全部が全部あいつらがやったんじゃないかもしれないだろ? 協力者がいても可笑しくない筈だ」
勿論、いなくても可笑しくはない。一から十まで深きもの共の手だったとしても矛盾はない。だが、
「ダーグアオン帝国は深きもの共の国だ。なのに、何故かそこの幹部を混沌の勢力が占めている。『五渾将』という軍部最高位の権力者達だ。なんでだ? 何故深きもの共以外が帝国を牛耳れる? それは一〇〇〇年前、ニャルラトホテプが邪神降臨に……」
協力していたからなのではないか。そう言おうとしたら、灰夜の人差し指に唇を閉ざされた。
「皆まで言うな。ネタバレは面白くないからね。それ位は弁えているさ」
「……テメー」
「だけど、一つだけ言っておこう」
僕の唇から指を離して、『混沌』は言う。
「ボクは人類の味方だ。キミ達が愉しい生き物である限り、ボクはキミ達をサポートし続けると誓おう」
「…………」
それはつまり、人類がつまらない――くだらない生き物に成り下がったら、容赦なく滅ぼすとでも言いたいのか。それとも、人類の面白さは限りないものだから安心しろという事なのか。
分からない。『混沌』はニヤニヤと笑うだけだ。
「……まぁいいさ。別に咎めようとかそういうんじゃなかったし」
ただ謎があるとすっきりしなかっただけだ。無理に解明しようなんて思っていない。一〇〇〇年前の事を咎めたところで虚しいだけだしな。
…………いや、嘘だが。
当然だ。僕の前世を、僕の家族を、僕の友人たちを奪った邪神には恨んでも恨み切れない呪いがある。その手引きをした者がいるとすれば、そいつらも同罪だ。許す訳にはいかない。
だが、関係者は誰も彼も死んで久しい。被害者も加害者も魂どころか無念すら残っているまい。今更恨み言を吐いた所で僕一人しか満足しない。満足したところで得られるものなど何もない。
ならば、僕の無念は僕の胸の奥に仕舞っておくだけだ。
「…………。……ここで受付嬢するっつーんなら、カウンターを作らなきゃいけねーよな」
「そうだね。ボクとしてもある方が仕事し易いね」
「建設ギルドに依頼するかあ……」
金足りるかなあ。
理伏から報酬は受け取った。生活に余裕はあるが、工事費を捻出出来る程かというと……どうだろうな。性転換の為に貯金はしておきたいし、となれば場合によっては日曜大工をする事になるかもしれない。僕、一〇〇〇年前は釘や鋸なんて全く触れて来なかったんだけどなあ。不安だ。
などという事を考えていると、
「藍兎殿、おかえりで御座いまする」
「藍兎さん、聞いて下さい! 今日、大帝教会の教義を教えてくれって人が来ましてね!」
「藍兎、依頼が来たぞ、依頼が! 早速準備をしろ!」
「藍兎よ! ちょっとで良いから解剖させてくれんか? な? な?」
「うるせーよ、お前ら! 一斉に喋んな!」
僕の帰りに気付いたイタチ邸住人達がガヤガヤと集まって来た。
いや本当喧しい。女三人寄れば姦しいというが、女一人でも男が三人加われば充分騒がしい。
「つーか、三護! 僕が協力するのは採血までっつったろーが!」
「採血だけじゃ分からん事が多いんじゃ! 汝の特異体質を調べるには解剖せんといかんのじゃ! な、な! 平気じゃろ、汝、蘇生能力持ってんだから多少無茶しても」
「その文句で頷く奴がいるかっての! お断りだ馬鹿!」
誰が好き好んで自分の解剖を許可するかってーの、マッドサイエンティストめ。
「……そういえば、理伏。お前、ここにいて良いのか?」
三護から目を離して理伏に言う。
両親が死んだとはいえ、村は取り戻せたのだ。てっきり村に残るかと思っていたのだが。
「はい。拙者は両親の仇を討ちとう御座いまする。村に残っていてはそれは不可能と思いまして。冒険者として藍兎殿達のパーティーに入れさせて頂きました」
「……そうか」
復讐か。そりゃそうだわな。仇を取りたいよな、普通。
「聞けば、イタチ殿は『悪心影』に因縁があるとの事。であれば、同じ『五渾将』である『膨れ女』を追うにはこにいる方が都合が良いと思いまして」
そう語る理伏の目にはハイライトがなかった。
発狂内容:復讐、といった所か。目の下に隈もあるし、ちゃんと寝ているのだろうか、こいつ。
……ま、まあ、お人好しが騒いでいないのなら今はまだ問題ないのだろう、多分……きっと。
「藍兎、依頼が来たと言っているだろう! 買い物を片付けて準備をしろ!」
「はいはい。……本当に依頼来たのかよ凄ぇな」
侮り難いな、フリーランス。
買って来た物を所定の場所に分けながら、ふとイタチとステファを見る。
覇王になる為に独立したイタチ。布教の為に家出をしたステファ。
未来の覇王に未来の法王。
僕自身には性転換以外に特に目指すべき目標はないが、こいつらの天下取りに僕が貢献したと自慢出来たら、さぞ痛快だろうな。
「? どうしたんですか、藍兎さん」
「……いや、何でもねーよ」
ちょっと仕事を頑張ってみようと、そう思っただけさ。
◇
「――で、どんな依頼が来たんだよ?」
「聞いて驚け! 迷子のペット探しだ!」
「ちゃちい依頼だなオイ!」
「まあデビューしたてはこんなものですよ」
「忍者の諜報スキルが活用されるで御座いますな!」
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