旧支配者のカプリチオ ~日本×1000年後×異世界化×TS×クトゥルフ神話~

ナイカナ・S・ガシャンナ

文字の大きさ
上 下
30 / 120
第一部第三章 討伐イベント

セッション29 五渾

しおりを挟む
 自身の状態について冷静に分析する。
 蘇生したばかりだが、体力も魔力も満タン。僕の蘇生能力は他者の生命力を奪う仕組みだが、それで回復したようだ。何の生命力を奪ったかはまるで見当が付かないが。
 所有しているスキルは『初級治癒聖術ヒール』、『弱体回復聖術リカバー』、『剣閃一斬ケンセンヒトキリ』、『剣閃一突ケンセンヒトツキ』、『剣閃一断ケンセンヒトタチ』、『剛力』、『捕食』、『有翼』、『着火』、『火炎無効』。これを組み合わせてどう戦うか。
 考える。考えながら則天との間合いを詰める。だが、

「『中級大地魔術スタラグマイト』、『中級流水魔術スプラッシュ』、『中級疾風魔術ダウンバースト』、『中級迅雷魔術ライトニング』、『中級氷結魔術フロストフラワー』!」

 当然、則天はそれを許さない。同時多発する魔術が僕を襲う。跳び退き、躱し、距離を取る。それでも逃げられず、雷が僕の足を穿ち、花弁を模った氷塊が腹部を殴打する。込み上げる嘔吐と激痛に蹲りそうになる。

「ぐっ……!」
「アッハハハ! さあ、まだまだ行くヨ! 五連『中級疾風魔術ダウンバースト』!」

 しかし、則天はそんな暇を与えない。五つの風圧が僕の頭上から落ちて来る。痛みを堪えて地面を転がり、どうにか逃避する。立ち上がろうとする僕。そこへ、

「五連『中級流水魔術スプラッシュ』!」

 水流の砲撃が迫る。地に伏せたままの状態では避けられない。打たれ、突き飛ばされ、弾かれる。僕の身体が地面を無様に転がっていく。

「くっそ……!」

 息も絶え絶えにどうにか半身を起こす。則天はケラケラと笑っていた。
 愉しんでやがる。先刻は上級魔術を使っていた癖に、今は中級しか使ってこないのが良い証拠だ。一思いには殺さず甚振いたぶろうという魂胆なのだろう。
 舐めている。だが、それこそが勝機だ。どうにか彼女が油断している隙に突破口を開ければ良いのだが……

「五連『中級迅雷魔術ライトニング』!」

 五本の稲妻が雲もないのに僕に降り注ぐ。まさしく青天の霹靂だ。地面が砕かれ土煙が舞う。

「フフ。クッフッフッ!」

 僕には一本も当たっていない。躱したのではない。わざと外されたのだ。今のは僕をビビらせる為に放った攻撃だ。本当に舐めてやがる。

「さあて、そろそろ手足の一本でももごうカ」

 則天の笑みが深まる。
 まずい。手だろうと足だろうと一本でも失ったらもう回避すら出来ない。相手が油断している、いないに関わらず逆転の目が一切なくなる。最早策を練っている時間はない。


 ……クソ。こうなれば仕方ない。腹を括るか。
 時間稼ぎではなく、こいつを倒すつもりで戦う。


 元よりイチかバチか。勝ち目の薄い戦いだったのだ。であれば、もう最善を模索しようなどと思わない。今、思い付く限りの手段を全部注ぎ込むだけの事。
 乾坤一擲、ここが命の張り所だ。

「五連『中級氷結魔術フロストフラワー』!」

 五つの氷花が則天から放たれる。美しい見た目に反してその威力は砲弾並みだ。防げる筈もなし。回避も全弾は無理だろう。

「『有翼』、『着火』、『火炎無効』、『剣閃一断』――」

 背中に翼を生やし、自らに火を着ける。『火炎無効』によって僕は炎熱のダメージを受けない。『剣閃』を刀に纏い、攻撃力を極限にまで高める。剣にも炎が移る。そして、

「――『剛力』!」

 強化した脚力で思い切り地面を蹴った。
 疾駆するというよりも飛翔する勢いで、自身を前方へと射出する。『有翼』で更に加速し、実際に飛翔する。砲弾と化したその身で氷の砲弾の隙間を抜ける。全部を抜けられる訳ではない。どんなに上手く躱しても三発は僕の身を削る。それを炎の鎧で軽減する。雀の涙程度だが、それでもダメージを抑えられる。

「『初級治癒聖術ヒール』、『初級治癒聖術ヒール』、『初級治癒聖術ヒール』!」

 氷花を抜ける間も、抜けた後も連続して治癒聖術を使う。これで受けたダメージもある程度は回復出来た。まだ走れる。

「!? 五連『中級大地魔術スタラグマイト』!」

 地面から岩槍が生える。横一列に並ぶその様は密集陣形ファランクスに似ていた。僕を近付けさせまいというつもりなのだろう。

「『初級治癒聖術ヒール』、『初級治癒聖術ヒール』、『初級治癒聖術ヒール』!」

 その岩槍を甘んじて受ける。脇腹や肩の肉が抉られるが、前進を止めない。その間にも治癒聖術を使い続け、ダメージを軽減する。こうもダメージが連なれば焼け石に水だが、それでもどうにか立ち止まる事は防げた。

「『剣閃一斬』!」

 岩槍の隙間を抜け、斬撃を飛ばす。『一断』で強化された刀から放たれた『一斬』だ。しかも火炎付きだ。その威力は倍以上に引き上げられている。代償に刀身が耐え切れず折れてしまったが、仕方ない。

「――チッ!」

 則天が左腕を振るい、斬撃を掻き消す。『五渾将』ともなると斬撃を素手で防げるのか。魔法使いとしてだけではない。身体能力もとんでもないレベルだ。
 だが、斬撃を防ぐ為に腕を伸ばした姿は隙だらけだった。

「『捕食』!」

 刀を捨てて則天の左腕を取り、彼女の首筋に牙を突き立てる。柔らかな肌に犬歯が喰い込み、粘着く血液が僕の口内に流れる。

「ぐあっ!」
「…………っ!」

 しかし、そこまでだ。肉を喰い千切れない。艶やかな肌にこれ以上牙が突き刺さらない。ゴムの塊を噛んでいるような気分だ。
 魔人は皮膚からして魔人だった。僕の攻撃力では『膨れ女』の防御力を突破出来ない。
 そして、この体勢はまずい。今度は僕の方こそ隙だらけだ。否、体勢以前にスキルを無理に連続使用したせいで全身が軋んでいる。痛みに意識が明滅し、最早碌に動けない。

「っ――よくも、小娘が……!」

 則天の怒気が殺意と共に膨れ上がる。
 殺される。背中に冷たい汗が流れた。その時、

「――はい、そこまで」

 穏やかな、しかし有無を言わせない声が僕達を制止した。

「その声は……」
「……皇女殿下?」

 驚いて則天の首から口を離す。則天も目を丸くしていた。
 そこに立っていたのは帝国の皇女シロワニ・マーシュだった。

「則天、『自分に手傷を付けられたら満足する』って約束していたでしょ? 駄目でしょ、約束は破っちゃ」
「話、聞いていたのかヨ……」

 則天がげんなりした顔をする。

「それに、やりすぎて藍兎を殺しちゃったら、またシュブ=ニグラスが出て来るかもしれないよ? アレと戦うのは則天でも無茶だよ」
「ちっ……」

 舌打ちをする則天。だが、反論はない様子で何も言わなかった。

「……シロワニはなんでここに?」
「寄り道。ギルド本部での用事がようやく終わってさー。今、帰り」

 シロワニは先日総長グランドギルドマスターに会いにギルド本部に行っていた。あれから数日が経っているが、結構長い滞在期間だったようだ。

「で、他の連中も東日本こっちでの仕事が一段落したっていうから、一緒に帰ろっかって事になって」

 シロワニが空を見上げる。彼女の視線を追えば、巨大な何かがいた。
 細長いシルエット、漆黒の鱗、蝙蝠に似た翼。全長は三〇メートルを超えるか。竜と言えば、先日飛竜と戦ったが、あれとは明らかに生物としての格が違う。格上の怪物、真竜だ。
 竜の背には四人が乗っていた。一人は見知った顔――ナイだ。残り三人は知らない顔だ。だが、直感で分かる。『膨れ女』がここにいて、空に『ナイ神父』がいるとなると残りの面子は必然だ。

「『五渾将』だ……!」

 和鎧に身を包んだ偉丈夫がいた。
 男か女か分からない美形がいた。
 ファラオマスクを被った少年がいた。
『五渾将』のメンバーには『悪心影』、『狡知の神』、『暗黒のファラオ』がいる。和鎧が『悪心影おだのぶなが』、ファラオマスクが『暗黒のファラオ』だろうから、残りの一人が『狡知の神』か。
 彼らがダーグアオン帝国の幹部か。西日本の支配者達か。

「ちなみに、あの竜の名前はニーズヘッグ――『狡知の神』の飼い竜だよ。あいつ色々ペット飼ってるんだよね」

 言いながらシロワニは人差し指と中指を重ねた。

「じゃあ、またね。今の特攻、格好良かったよ、藍兎!」

 シロワニの指が鳴る。途端、シロワニと則天の姿が消えた。どこに行ったのかと視線を巡らそうとして、直感的に竜を見た。二人は竜の背に乗っていた。空間転移の魔術だ。「時空」の概念魔術ヨグ=ソトースによって山頂から竜へと瞬間移動したのだ。

「D――!」

 竜が吠え声を上げ、一際大きく羽ばたく。高度を上げ、そのまま西の空へと消えていった。
 残されたのは僕とステファとイタチと三護と理伏の五人。四人は瀕死で、立っているのは僕だけだ。

「…………は」

 ゴブリン共は全滅した。ゴブリン討伐せよスレイヤーという目標は概ね達成出来たと言える。安宿部明日音の野望も潰えた。村人も何十人かは助かった。理伏の両親は残念だったが、村を救うという目的も達成の内に入れて良いだろう。
 そして、則天との勝負は、

「はは……はははは……!」

 勝った。みっともない有様だ。だが、勝った。
 見逃されただけだ。舐められた扱いだ。だが、元々は則天に手傷を負わせればクリアというルールだった。ルールに則って則天を退かせる事が出来た。結果、僕達五人は命拾いをした。僕がこの四人を守ったのだ。
 一〇〇〇年前を思い返す。あの頃の僕は順風満帆とは程遠い人生だった。低迷と挫折ばかりだった。劇的な事件など何も起きなかった。生まれた時からやり直したいくらいだった。
 そんな僕がを得た。

「ああ……そうか、これが……!」

 一〇〇〇年後の世界で、僕はようやくを得たのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

盲目魔法使いの摩天楼攻略記

熊虎屋
ファンタジー
底辺魔法使いと呼ばれている私の名前はナターシャ・コルギ。 私は盲目の魔法使い。 そんな私がこの世界にある高層のダンジョン、【摩天楼】に閉じ込められた結果…!?

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

処理中です...