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第一部第二章 お使いイベント
セッション16 転生
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「さすがに帰りまではシロワニ達とは一緒にならないか」
馬車の中で僕はおもむろにそう零した。
帰りにはステファ以外に三護やイタチも同行していた。三護は僕の歯を治療する為だが、なんでイタチまでいるのだろう。まあ袖振り合うも多生の縁というか成り行きというか、そんなのだろう。
「そりゃあならないでしょう。むしろ、行きだけでも一緒だったのが凄い偶然だったんですよ。他国の人なんですから」
「それもそうだ」
ていうか、なんで行きは一緒だったんだろう。あいつら程の貴族なら自前の馬車位持っていそうなものだが。他国では自国の乗り物は使い辛いのだろうか。
「シロワニとは、帝国の皇族のか?」
「そうだよ。あいつはギルド本部に用があるって言って、途中で別れたけどな……あ」
言いながら今更思い出した。目の前にいる人物がギルド本部代表の血縁だったという事に。
「ほう、それは貴重な経験をしたものだな」
総長のお孫様――イタチがニタリと嗤う。
「あ、ああ……身内が心配か?」
「まさか。俺様が独り立ちしたように、祖父さんもまた問題は自力で解決するさ」
イタチが何でもない様に肩を竦める。だが、
「しかし、シロワニは皇女だろう。皇女となれば一人で国外に行く事はなかろうな。恐らく『五渾将』レベルでなければ供回りは出来まい。……で、誰が一緒だった? 相手次第では俺様は本部に戻らんといかんのでな」
ぎちり、と空気が軋んだ気がした。
緊張感に息を呑む。下手な答え方をすれば命はないと、彼の目は語っていた。
とはいえ、僕としてはその質問に嘘を吐く理由はない。なので正直に答えた。
「…………『ナイ神父』とだが」
「……そうか、『悪心影』ではなかったか。脅すような事を言ったな。許せ」
途端、空気が緩む。
ああ、心臓に悪い。まさか十歳も年下の男に脅かされるとは思わなかった。一〇〇〇年前より生き死にが近いせいだろうか、威圧感の醸し方が違う。ファンタジー世界の男児は早熟だな。
「その『悪心影』っつーのも『五渾将』の一人なのか?」
「そうだぞ。何だ、知らんのか?」
イタチが眇めてくるが、知らないものは知らないので仕方ない。
「折角だ。改めて『五渾将』について教えてくれ」
「そうですね……まず『五渾将』とは、ダーグアオン帝国軍の将軍達の中でも最も強い権力と戦闘力を持つ五人の事を指します。最近まで四天王だったり、一時期六人衆だったりした事もありましたが、今は正式に五人です」
「『五渾将』以外にも将軍はいるのか?」
「いるとも。血筋でその地位にいるだけで、実力は『五渾将』以下の木端役人共だがな」
木端役人と来たか。家柄だけのエリートと現場の叩き上げみたいな差だろうか。一〇〇〇年後のファンタジー世界でも、そういう区別はあるんだな。
「『五渾将』は単純に軍人であるだけでなく、政治にも口出し出来る特権階級です。ダーグアオン帝国はこの島で唯一身分制度が敷かれている国なのですが、『五渾将』の身分は最上位と言えますね」
「最上位……って事は、皇族よりも上なのか?」
「はい。『五渾将』より上となると皇帝だけですね」
へえ……ナイの奴、そんなに偉かったのか。とんでもない奴と会話してたんだな、僕。
「ていうか、身分制度って帝国以外にないんだ?」
「種族差別自体はどこの国でもあるがの。法律で明確に、となると帝国だけじゃな。奴隷身分が人類で、貴族身分が深きもの共といった具合じゃよ」
そうなのか。士農工商はファンタジー世界では割とありがちだと思っていたが。
だからといって優しい世界という訳でもないが。制度がなくとも実際に差別があるのだ。いつの時代もどんな場所でもヒトは差別をやめられないのか。
「ちなみに私の祖国に種族差別はありませんよ! 人類以外の種族が存在する事自体を認めていないので!」
……それはそれで嫌な国だな。
「話がズレたな。それで、『五渾将』のメンバーだが、全員が人間のニャルラトホテプだ。歴代の中にはニャルラトホテプでなかった者もいたが、当代は全員だ。
内訳は『悪心影』、『ナイ神父』、『膨れ女』、『狡知の神』、『暗黒のファラオ』だな」
「ふーん、何つーか……選り取り見取りって感じだな」
影。神父。女。神。ファラオ。さすがは『這い寄る混沌』の異名で呼ばれるニャルラトホテプだ。色んな属性を揃えていやがる。
「そして、この内の一人――『悪心影』織田信長こそが俺様の宿敵である」
「……!? 今、織田信長って言ったか?」
それは日本人としては聞き流せない名前だった。
織田信長。
日本史上最大の知名度を誇る武将。十六世紀――戦国時代の生まれで、覇道を選び、次々と強敵を打ち破って天下統一の目前にまで迫るも、部下の謀反により没した。流星の如き生き様から一〇〇〇年前では特に人気の高かった英傑だ。
「汝、もしや『失われた歴史』を知っているのか?」
「『失われた歴史』?」
何だそれ。初めて聞くぞ。
「『失われた歴史』というのはな、一〇〇〇年以上前の歴史の事を指す。対神大戦前、世界はどういう状態だったのか、資料が燃えてしまってのぅ。殆ど残っていないのじゃ。織田信長はその例外なのじゃが、それでも名前までなんじゃ。それを汝は知っているというのか?」
「ま、まあ多少は……うろ覚えなんで正確じゃねーが」
「おおおお、なんと! そ、そういえば汝は先日、フランケン何とかと言っておったな。あれも一〇〇〇年前の話か?」
「え、あ、うん。そうだけど……」
「是非教えて頂きたい! 是非!」
三護が興奮して僕へと身を乗り出して来る。イタチも興味津々といった顔で僕を見ていた。よもや一〇〇〇年前の知識がこうまでチヤホヤされるとは。世の中分からないものだ。
「あー……後で落ち着いてな。ともあれ、『悪心影』が『五渾将』にいるんだな。でも、そんな事があんのか? 信長って一四〇〇年以上も前の人間だぞ?」
「これはまだ仮説の段階だがな。ニャルラトホテプは転生するらしいぞ」
「転生? ニャルラトホテプが?」
「そうなんですか?」
この情報はステファも知らなかったらしく、彼女も目を丸くする。
「一部のニャルラトホテプは器が死んでも霧散せず、性質を確固としたまま霊脈に還る。そのまま自身に相応しい器が現れるまで待ち続け、器が現れたなら憑依する。憑依された側は生前の性質を受け継ぎ、自分の名を捨て、生前の名を名乗るそうだ」
つまり、織田信長の亡霊が現世まで残り、適当な人間に取り憑いたという訳か。で、取り憑かれた側は新たな織田信長に変生したと。いやはやホラーだな。
「他の『五渾将』も誰かの転生者の可能性が?」
「ある。歴史が失われている以上、我には誰が誰だか分からんがな」
「ほー。それで、『悪心影』がイタチとどういう関係があるんだ?」
「はは、それは教えられん。ギルド本部から箝口令が敷かれている故にな。それに、俺様の過去が深く関わっている事でもある」
「えー、ここまで来てだんまりかよ」
「くく、まあ、俺様には奴を討つ因果があるとだけ言っておこう」
イタチが含み笑いを浮かべる。何故そこまで自慢げになれるのだろうか。こいつもよく分からんキャラだな。
しかし、箝口令か。穏やかな話じゃないな。出来れば関わりたくないものだが……やれやれ。
馬車の中で僕はおもむろにそう零した。
帰りにはステファ以外に三護やイタチも同行していた。三護は僕の歯を治療する為だが、なんでイタチまでいるのだろう。まあ袖振り合うも多生の縁というか成り行きというか、そんなのだろう。
「そりゃあならないでしょう。むしろ、行きだけでも一緒だったのが凄い偶然だったんですよ。他国の人なんですから」
「それもそうだ」
ていうか、なんで行きは一緒だったんだろう。あいつら程の貴族なら自前の馬車位持っていそうなものだが。他国では自国の乗り物は使い辛いのだろうか。
「シロワニとは、帝国の皇族のか?」
「そうだよ。あいつはギルド本部に用があるって言って、途中で別れたけどな……あ」
言いながら今更思い出した。目の前にいる人物がギルド本部代表の血縁だったという事に。
「ほう、それは貴重な経験をしたものだな」
総長のお孫様――イタチがニタリと嗤う。
「あ、ああ……身内が心配か?」
「まさか。俺様が独り立ちしたように、祖父さんもまた問題は自力で解決するさ」
イタチが何でもない様に肩を竦める。だが、
「しかし、シロワニは皇女だろう。皇女となれば一人で国外に行く事はなかろうな。恐らく『五渾将』レベルでなければ供回りは出来まい。……で、誰が一緒だった? 相手次第では俺様は本部に戻らんといかんのでな」
ぎちり、と空気が軋んだ気がした。
緊張感に息を呑む。下手な答え方をすれば命はないと、彼の目は語っていた。
とはいえ、僕としてはその質問に嘘を吐く理由はない。なので正直に答えた。
「…………『ナイ神父』とだが」
「……そうか、『悪心影』ではなかったか。脅すような事を言ったな。許せ」
途端、空気が緩む。
ああ、心臓に悪い。まさか十歳も年下の男に脅かされるとは思わなかった。一〇〇〇年前より生き死にが近いせいだろうか、威圧感の醸し方が違う。ファンタジー世界の男児は早熟だな。
「その『悪心影』っつーのも『五渾将』の一人なのか?」
「そうだぞ。何だ、知らんのか?」
イタチが眇めてくるが、知らないものは知らないので仕方ない。
「折角だ。改めて『五渾将』について教えてくれ」
「そうですね……まず『五渾将』とは、ダーグアオン帝国軍の将軍達の中でも最も強い権力と戦闘力を持つ五人の事を指します。最近まで四天王だったり、一時期六人衆だったりした事もありましたが、今は正式に五人です」
「『五渾将』以外にも将軍はいるのか?」
「いるとも。血筋でその地位にいるだけで、実力は『五渾将』以下の木端役人共だがな」
木端役人と来たか。家柄だけのエリートと現場の叩き上げみたいな差だろうか。一〇〇〇年後のファンタジー世界でも、そういう区別はあるんだな。
「『五渾将』は単純に軍人であるだけでなく、政治にも口出し出来る特権階級です。ダーグアオン帝国はこの島で唯一身分制度が敷かれている国なのですが、『五渾将』の身分は最上位と言えますね」
「最上位……って事は、皇族よりも上なのか?」
「はい。『五渾将』より上となると皇帝だけですね」
へえ……ナイの奴、そんなに偉かったのか。とんでもない奴と会話してたんだな、僕。
「ていうか、身分制度って帝国以外にないんだ?」
「種族差別自体はどこの国でもあるがの。法律で明確に、となると帝国だけじゃな。奴隷身分が人類で、貴族身分が深きもの共といった具合じゃよ」
そうなのか。士農工商はファンタジー世界では割とありがちだと思っていたが。
だからといって優しい世界という訳でもないが。制度がなくとも実際に差別があるのだ。いつの時代もどんな場所でもヒトは差別をやめられないのか。
「ちなみに私の祖国に種族差別はありませんよ! 人類以外の種族が存在する事自体を認めていないので!」
……それはそれで嫌な国だな。
「話がズレたな。それで、『五渾将』のメンバーだが、全員が人間のニャルラトホテプだ。歴代の中にはニャルラトホテプでなかった者もいたが、当代は全員だ。
内訳は『悪心影』、『ナイ神父』、『膨れ女』、『狡知の神』、『暗黒のファラオ』だな」
「ふーん、何つーか……選り取り見取りって感じだな」
影。神父。女。神。ファラオ。さすがは『這い寄る混沌』の異名で呼ばれるニャルラトホテプだ。色んな属性を揃えていやがる。
「そして、この内の一人――『悪心影』織田信長こそが俺様の宿敵である」
「……!? 今、織田信長って言ったか?」
それは日本人としては聞き流せない名前だった。
織田信長。
日本史上最大の知名度を誇る武将。十六世紀――戦国時代の生まれで、覇道を選び、次々と強敵を打ち破って天下統一の目前にまで迫るも、部下の謀反により没した。流星の如き生き様から一〇〇〇年前では特に人気の高かった英傑だ。
「汝、もしや『失われた歴史』を知っているのか?」
「『失われた歴史』?」
何だそれ。初めて聞くぞ。
「『失われた歴史』というのはな、一〇〇〇年以上前の歴史の事を指す。対神大戦前、世界はどういう状態だったのか、資料が燃えてしまってのぅ。殆ど残っていないのじゃ。織田信長はその例外なのじゃが、それでも名前までなんじゃ。それを汝は知っているというのか?」
「ま、まあ多少は……うろ覚えなんで正確じゃねーが」
「おおおお、なんと! そ、そういえば汝は先日、フランケン何とかと言っておったな。あれも一〇〇〇年前の話か?」
「え、あ、うん。そうだけど……」
「是非教えて頂きたい! 是非!」
三護が興奮して僕へと身を乗り出して来る。イタチも興味津々といった顔で僕を見ていた。よもや一〇〇〇年前の知識がこうまでチヤホヤされるとは。世の中分からないものだ。
「あー……後で落ち着いてな。ともあれ、『悪心影』が『五渾将』にいるんだな。でも、そんな事があんのか? 信長って一四〇〇年以上も前の人間だぞ?」
「これはまだ仮説の段階だがな。ニャルラトホテプは転生するらしいぞ」
「転生? ニャルラトホテプが?」
「そうなんですか?」
この情報はステファも知らなかったらしく、彼女も目を丸くする。
「一部のニャルラトホテプは器が死んでも霧散せず、性質を確固としたまま霊脈に還る。そのまま自身に相応しい器が現れるまで待ち続け、器が現れたなら憑依する。憑依された側は生前の性質を受け継ぎ、自分の名を捨て、生前の名を名乗るそうだ」
つまり、織田信長の亡霊が現世まで残り、適当な人間に取り憑いたという訳か。で、取り憑かれた側は新たな織田信長に変生したと。いやはやホラーだな。
「他の『五渾将』も誰かの転生者の可能性が?」
「ある。歴史が失われている以上、我には誰が誰だか分からんがな」
「ほー。それで、『悪心影』がイタチとどういう関係があるんだ?」
「はは、それは教えられん。ギルド本部から箝口令が敷かれている故にな。それに、俺様の過去が深く関わっている事でもある」
「えー、ここまで来てだんまりかよ」
「くく、まあ、俺様には奴を討つ因果があるとだけ言っておこう」
イタチが含み笑いを浮かべる。何故そこまで自慢げになれるのだろうか。こいつもよく分からんキャラだな。
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