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第3章 次鋒戦
第21転 次鋒戦選手入場
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第一試合終了より三時間後。修繕に二時間二十分。各人準備を整えるのに余裕をもって四十分。すっかり元通りに均された試合場の中央で、審判エルが高らかに口を切った。
『長らくお待たせしましたぁ、戦士達よ! それでは只今より第二試合を開始します!』
観客席が沸く。三時間、哪吒太子の勝利を祝ったり、イゴロウの死を悼んだり、暇を持て余したりしていた彼らもすっかり感心は第二試合へと移っていた。
『第一試合は異世界転生軍にとっては残念な結果になってしまいましたが、その無念をこのお方が晴らして下さるでしょう! ――それでは、入場お願いします!』
エルが東方の入場口に掌をかざす。呼ばれ、その奥から現れたのは小さな影だ。
『そもさん。魔族とは何か』
影は少年だった。十代前半と思しき小さな体躯に影の如き黒服を纏っている。膝裏まで届く宵色の頭髪、月色の瞳、闇を固めたとしか言いようがない漆黒の翼、そして何より側頭部から生やした二本の大きな角が、少年が人間ではない事を示していた。
『魔法世界の存在は全て魔力を宿している。野を駆ける獣も、日向に咲く花も、生物ならざる岩までも。この世のありとあらゆる物質は魔の力を持っている。では、殊更魔族を「魔の種族」と区別しているのは何故か』
少年の黒服はローブだった。煌びやかな金の刺繍が施され、所々に宝石も埋め込まれている。特権階級の者にしか袖を通す事が許されない。そういう衣服だと一目で分かる、荘厳なデザインだ。
『せっぱ。魔族とは「魔界孔」より生まれた存在である』
『魔界孔』――それは魔法世界カールフターランドにある地名である。カールフターランドには東の大陸、西の大陸、南の大陸、北の大陸の四つがあり、『魔界孔』はその中心に位置する。魔界に通じる孔であり、魔族の発祥の地と噂されているが、真実を確かめた者はいない。孔の向こうに行って戻ってきた者は誰一人としていないのだ。
『「魔界孔」より湧き出る闇を吸着した生物が魔族になる。闇は人類蹂躙の衝動に植え付け、魔族はそれに従って人類を侵略する。魔族とは即ち「魔界孔の種族」である。魔王とはそんな魔族達を統べる王に他ならない』
少年の体から黒い流体が噴出する。炎のように揺らめくそれは、炎とは真逆で暗く冷たく、見ているだけでどうしようもなく怖気を震った。双眸には怒気も憎悪もなく、ただ純然たる殺意が満ちている。
『異世界転生軍七将序列一位――「魔王」ニール・L・ホテップ!』
エルが高々と彼の名を告げた。
◇
輪廻転生軍側の観客席にて。
「序列一位!?」
吉備之介が愕然とする。『魔王』ニール・L・ホテップ。先刻、竹に見せられたスマホにあった名前だ。異世界転生軍の中で最も地位が高いとされている人物である。
「驚いたわね……まさか第二試合に『魔王』を出してくるなんて」
さすがの竹もこの展開には目を丸くしていた。
「あいつって向こうの総大将だろ? そのカードをここで切ってくるのか?」
「一手目で落ちた士気を総大将の自分が勝つ事で上げようって魂胆なんでしょうけど……博打よね。これで負けたら士気なんてガタガタよ。もう持ち直しようがないわ」
だがしかし、
「こうして出てきたからにはそんなの承知の上で、しかも勝つ自信があるって事なんでしょうね」
「大胆さこそ王の故か……」
固唾を呑む吉備之介。眼下に立つ闇を纏う少年。子供の外見でありながら、その威容はまさしく魔の王を名乗るに相応しいものだった。
◇
エルが観客席の歓声に負けないくらい声を張り上げる。
『さあ! そんな我らが魔王陛下に真正面からぶつかろうという蛮勇なる者は、こいつだ!』
西方の入場口をエルが示す。悠然と歩み出てきたのは長身の男性だ。
『そもさん。輪廻転生とはそもそも何か』
年齢は三十歳前後。服装はエナメル系のライダースジャケット。金髪だが地毛ではなく、染めた色だ。目にはサングラスを掛けている。
『仏教はこう答える。せっぱ。輪廻転生とは魂の旅である』
右手に持っているのはマッチロック式のマスケット銃。日本人に馴染み深い名称でいうなら火縄銃だ。
『生命は肉体が死ねば魂が残る。魂は別の生命を新たな器として再び戻ってくる。あらゆる事象、あらゆる存在は全て繋がっていて周期的で、永劫に流転する』
輪廻とは繰り返しを、転生とは生まれ変わりを意味する。仏教において世界とは生と死を繰り返すものであり、この繰り返しから解放される事を目的としている。
『また、仏教は世界を六つに分類している。天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。これらを併せて六道と称す。人道こそが人間のいる世界――地球だ。生命は死ねばこの六道のいずれかに生まれ落ちる。そして、そこで生を終えれば、また六道の一つに赴く』
天道は更に三つに分かたれ、その三つの最下層も更に六つに分かれている。その六つの中で最上層の世界を他化自在天――通称、第六天と呼ぶ。
『地球において原則、神々は地上に干渉できない。しかし、第六天の支配者は裏技を使った。かつて己の名を冠した戦国武将を依代にする事でそれを押し通した。彼の者を己が分霊として扱う事で、人道に降臨したのだ』
男性がサングラスを放り捨てる。露になった両瞳は炎の如き橙色だった。
『織田上総介信長改め――「魔縁」第六天魔王波旬!』
歓声にどよめきが混ざる。さもありなん。織田信長といえば日本で知らない者はいないとまでされる有名人だ。海外でもサブカルチャーなどを通じて名を売っている。その転生者がここにこうして現れたのだから、驚き戸惑うのは当然だった。
『さあさあ盛り上がってきた所で、試合開始の宣言をさせて貰いますよ! それじゃあレディー・ファイッッッ!』
かくして、第二試合は『魔王』と『魔王』の対決と相成った。
『長らくお待たせしましたぁ、戦士達よ! それでは只今より第二試合を開始します!』
観客席が沸く。三時間、哪吒太子の勝利を祝ったり、イゴロウの死を悼んだり、暇を持て余したりしていた彼らもすっかり感心は第二試合へと移っていた。
『第一試合は異世界転生軍にとっては残念な結果になってしまいましたが、その無念をこのお方が晴らして下さるでしょう! ――それでは、入場お願いします!』
エルが東方の入場口に掌をかざす。呼ばれ、その奥から現れたのは小さな影だ。
『そもさん。魔族とは何か』
影は少年だった。十代前半と思しき小さな体躯に影の如き黒服を纏っている。膝裏まで届く宵色の頭髪、月色の瞳、闇を固めたとしか言いようがない漆黒の翼、そして何より側頭部から生やした二本の大きな角が、少年が人間ではない事を示していた。
『魔法世界の存在は全て魔力を宿している。野を駆ける獣も、日向に咲く花も、生物ならざる岩までも。この世のありとあらゆる物質は魔の力を持っている。では、殊更魔族を「魔の種族」と区別しているのは何故か』
少年の黒服はローブだった。煌びやかな金の刺繍が施され、所々に宝石も埋め込まれている。特権階級の者にしか袖を通す事が許されない。そういう衣服だと一目で分かる、荘厳なデザインだ。
『せっぱ。魔族とは「魔界孔」より生まれた存在である』
『魔界孔』――それは魔法世界カールフターランドにある地名である。カールフターランドには東の大陸、西の大陸、南の大陸、北の大陸の四つがあり、『魔界孔』はその中心に位置する。魔界に通じる孔であり、魔族の発祥の地と噂されているが、真実を確かめた者はいない。孔の向こうに行って戻ってきた者は誰一人としていないのだ。
『「魔界孔」より湧き出る闇を吸着した生物が魔族になる。闇は人類蹂躙の衝動に植え付け、魔族はそれに従って人類を侵略する。魔族とは即ち「魔界孔の種族」である。魔王とはそんな魔族達を統べる王に他ならない』
少年の体から黒い流体が噴出する。炎のように揺らめくそれは、炎とは真逆で暗く冷たく、見ているだけでどうしようもなく怖気を震った。双眸には怒気も憎悪もなく、ただ純然たる殺意が満ちている。
『異世界転生軍七将序列一位――「魔王」ニール・L・ホテップ!』
エルが高々と彼の名を告げた。
◇
輪廻転生軍側の観客席にて。
「序列一位!?」
吉備之介が愕然とする。『魔王』ニール・L・ホテップ。先刻、竹に見せられたスマホにあった名前だ。異世界転生軍の中で最も地位が高いとされている人物である。
「驚いたわね……まさか第二試合に『魔王』を出してくるなんて」
さすがの竹もこの展開には目を丸くしていた。
「あいつって向こうの総大将だろ? そのカードをここで切ってくるのか?」
「一手目で落ちた士気を総大将の自分が勝つ事で上げようって魂胆なんでしょうけど……博打よね。これで負けたら士気なんてガタガタよ。もう持ち直しようがないわ」
だがしかし、
「こうして出てきたからにはそんなの承知の上で、しかも勝つ自信があるって事なんでしょうね」
「大胆さこそ王の故か……」
固唾を呑む吉備之介。眼下に立つ闇を纏う少年。子供の外見でありながら、その威容はまさしく魔の王を名乗るに相応しいものだった。
◇
エルが観客席の歓声に負けないくらい声を張り上げる。
『さあ! そんな我らが魔王陛下に真正面からぶつかろうという蛮勇なる者は、こいつだ!』
西方の入場口をエルが示す。悠然と歩み出てきたのは長身の男性だ。
『そもさん。輪廻転生とはそもそも何か』
年齢は三十歳前後。服装はエナメル系のライダースジャケット。金髪だが地毛ではなく、染めた色だ。目にはサングラスを掛けている。
『仏教はこう答える。せっぱ。輪廻転生とは魂の旅である』
右手に持っているのはマッチロック式のマスケット銃。日本人に馴染み深い名称でいうなら火縄銃だ。
『生命は肉体が死ねば魂が残る。魂は別の生命を新たな器として再び戻ってくる。あらゆる事象、あらゆる存在は全て繋がっていて周期的で、永劫に流転する』
輪廻とは繰り返しを、転生とは生まれ変わりを意味する。仏教において世界とは生と死を繰り返すものであり、この繰り返しから解放される事を目的としている。
『また、仏教は世界を六つに分類している。天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。これらを併せて六道と称す。人道こそが人間のいる世界――地球だ。生命は死ねばこの六道のいずれかに生まれ落ちる。そして、そこで生を終えれば、また六道の一つに赴く』
天道は更に三つに分かたれ、その三つの最下層も更に六つに分かれている。その六つの中で最上層の世界を他化自在天――通称、第六天と呼ぶ。
『地球において原則、神々は地上に干渉できない。しかし、第六天の支配者は裏技を使った。かつて己の名を冠した戦国武将を依代にする事でそれを押し通した。彼の者を己が分霊として扱う事で、人道に降臨したのだ』
男性がサングラスを放り捨てる。露になった両瞳は炎の如き橙色だった。
『織田上総介信長改め――「魔縁」第六天魔王波旬!』
歓声にどよめきが混ざる。さもありなん。織田信長といえば日本で知らない者はいないとまでされる有名人だ。海外でもサブカルチャーなどを通じて名を売っている。その転生者がここにこうして現れたのだから、驚き戸惑うのは当然だった。
『さあさあ盛り上がってきた所で、試合開始の宣言をさせて貰いますよ! それじゃあレディー・ファイッッッ!』
かくして、第二試合は『魔王』と『魔王』の対決と相成った。
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