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第2章 先鋒戦
第15転 異説封神演義
しおりを挟む宝貝とは中国の仙人達がその力を注ぎ込んで作った道具である。形態は武器以外にも多種多様であり、衣類の物もあれば生物の宝貝もある。それぞれが固有の超常現象を起こす仙人の切り札だ。
哪吒は宝貝を心臓とする人間だった。
紀元前十一世紀。古代中国王朝『殷』にその男――李靖はいた。殷の将軍である彼には大きな心配事があった。我が子が三年と六ヶ月が経っても母の胎内に留まったままだったからである。
それもその筈。子にはある仙人により、来たる戦争に備えて道術が掛けられていたのだ。肉体が戦士として完成するまで生まれないように手を加えられていたのである。
父の心を知らず、仙人が仕上げとして心臓代わりの霊珠を胎内に入れ、ようやく子は生誕した。
――肉の塊として。
肉塊を裂くと、その中には三歳にまで成長した子が入っていた。母は自分の胎から出たが故に息子と認めたが、父は異端の経緯で生まれた彼をどうしても息子とは思えなかった。否、まず人間と思えなかった。気味の悪い化け物というのが彼の認識だった。
「そもそもこいつは本当に俺の胤から生まれたのか? 仙人の目的からすると、事の始まりから関わっている筈だ。となると、もしや……」
疑念は際限なく膨らむ。だからといって、子を無下にする事もできなかった。子は仙人より使命を帯びた身だ。妻は子を愛している。上の息子達も生誕の経緯を知らない故とはいえ、弟を可愛がっていた。
結論として李靖は子を直接養育せず、なるべく関わらないようにした。
「金は出す。家にも置いてやる。だが、俺に話し掛けようとするな。俺もお前には関わらない」
父親としての責を放棄する選択。当然、子――哪吒がこれに納得にする筈がない。
哪吒は父を注目させようと派手な行いを好んだ。その辺の不良、武術道場の門下生、旅の武芸者、村を襲う盗賊団、果ては凶悪な妖怪に至るまで、強そうだと思った相手全員に戦いを挑んだ。そして、その全てに勝利してきた。
「父さん、父さん、父さん。これならどうだ? ここまでやればどうだ? 僕を見ろ。僕を見ろよ、父さん」
だが、哪吒がどれ程やんちゃをしようと李靖が子と目を合わせる事はなかった。
「父さん。ねえ、父さん」
「…………」
「…………」
事件が起きたのは哪吒が七歳を過ぎた頃だ。きっかけは彼の師となった仙人との会話だ。
「師匠。龍って何?」
「龍か。龍というのはな、色んな生き物の特徴をごちゃ混ぜにした怪物の事じゃ。鹿の角、駱駝の頭、幽霊の眼、大蛇の体、蛟の腹、鯉の鱗、鷹の爪、虎の掌、牛の耳って具合にのう」
「意味が分かんない。それで、強いの?」
「ああ、強いぞ。我も数える程しか見えた事はないが、この世の生き物の中で一番に強い。雲と雨を操って、街を洪水に起こす力を持つのじゃ。
更に、龍は強いだけではない。偉いのじゃ。特に四海龍王という奴らは海も川も湖も含めた水関連の全てを治めておる。神様みたいなもんじゃよ」
「ふぅん。じゃあ、その龍を倒した奴はもっと凄いって事?」
「そうじゃな。それができれば確かに凄いわい。もう向かうところ敵なしじゃ。……おおっと、本気にするでないぞ。龍に挑むなんぞとんでもないじゃからのぅ」
そう言って師は笑った。弟子も師に応じて笑った。果たしてこの時、師は弟子の心情を悟っていたのかいなかったのか。弟子は笑顔の裏で一つの決心をしていた。
ある日、哪吒は龍王の一角が統べる東の海へと向かった。哪吒は生まれつき水を震動させる宝貝を身に着けており、この力で龍王を刺激しようと考えたのだ。宝貝の力は凄まじく、東海龍王の宮を崩壊寸前にまで揺らした。
驚いた龍王はまず部下の巡海夜叉を、次に自分の息子を遣わした。子とはいえ念願の龍である。彼が眼前に現れた時、哪吒は獰猛に嗤った。その笑顔は地獄の鬼も裸足で逃げ出す程の凶相だったという。
「ああ――こいつは壊し甲斐があるなあ」
「我は龍なるぞ! 人界の子よ、不遜であろう! 平伏せ!」
哪吒と龍王の子の戦いは激しく、海は割れんばかりであった。最終的には哪吒に軍配が上がり、龍王の子は惨殺された。
龍王の怒りはますます増した。しかし、相手は息子を討ち倒す程の実力者。戦えば自分も不覚を取りかねない。そこで龍王は直接打って出る事はせず、玉帝に訴える事にした。
それを知った哪吒は師に相談した。事態を面白がった師は龍王を玉帝に訴える直前に待ち伏せする策を哪吒に与えた。唆された哪吒は計画通り待ち伏せに成功し、龍王を捻じ伏せた。
「これで僕が最強だ。僕は龍よりも凄いんだ」
「ああ、さすが我が弟子、我が作品じゃ。これで性能は証明された」
だが、これはやり過ぎであった。今度は東海だけでなく四海全ての龍王が哪吒の暴挙を玉帝に訴えた。その結果、父親である李靖が責任を取って、息子である哪吒を殺す事になった。
哪吒は父を返り討ちする事はできなかった。哪吒の暴虐は全て父の目を自分に向ける為である。その父を殺してしまうのは本末転倒だった。だからといって、父の手を血で汚すのも不本意だ。
哪吒は自ら命を絶った。贖罪として自らを抉り裂き、骨を父に、肉を母に返したのだ。
「ねえ、父さん、最後に……」
「黙れ。俺を父と呼ぶんじゃない」
「…………」
哪吒は死んだが、それでも父は彼を許しはしなかった。
師は哪吒の死後、彼の廟を建てた。哪吒は霊珠を破壊されない限り完全には死なない。道術を仕組んだ廟で母が三年間、受香すれば哪吒は蘇る筈だった。だが、事の次第を知った李靖が廟を焼き払い、哪吒の蘇生を妨害したのだ。
――ようやく化け物が死んで安堵したというのに復活させてたまるか、と。
事ここに至って父子の決裂は決定的なものになった。哪吒が蓮華を新たな肉体にしようと、御仏が和解の仲介をしようと、父子の溝が埋まる事はなかった。その上、哪吒は父に対して決意を新たにしていた。
「そうか。父さんがそのつもりなら。――もっともっと壊して、僕から目を逸らせないようにしてやる」
この身は全身宝貝の人間兵器。戦争の為に生まれてきた。最も得手としているのは破壊だ。
それから哪吒は周の軍師である太公望に誘われ、殷と周との戦争に身を投じた。人間兵器として求められるままに破壊と戦闘を繰り広げた。誰よりも苛烈に、何よりも戦果を求めて。それは地の果てまで叫ぶような戦いぶりだったという。
「――僕はここにいる。ここにいるぞ」
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