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第2章 先鋒戦
第14転 哪吒太子
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哪吒の双剣は刃渡り四〇センチメートル程の直剣であり、鍔には陰陽を表す太極図が埋め込まれている。刃は片方が黒色で、もう片方が白色だ。
超高速の攻防が火花を散らす。鋼と鋼が激突する音は絢爛たるオーケストラのようだ。刺突を繰り返すイゴロウも、それを防ぎ切る哪吒も、どちらも人の限界を超えた出鱈目な動きだった。
(――ったく、信じられねえ。こんなに苦戦したのは魔王以来だわ。昔の地球ってこんな奴がうようよいたのかよ。おーおー、おっかねぇ~)
内心でイゴロウが愚痴る。
装飾品のスキル『一定確率で相手を即死させる』、『急所を突く』、『倍のダメージを与える』、『倍の速度で攻撃する』は実際に使うと自動追尾攻撃に、『攻撃を無効化する』は自動防御、『攻撃を回避する』、『即死する攻撃を回避する』は自動回避となって表れる。つまりスキルによってイゴロウの動きは最適化されているのだ。
最善を選び続ける無駄のない戦闘技術。それを鍛え上げたイゴロウの肉体――高い筋力値と敏捷値――で振るっているのだ。だというのに、それを哪吒は封殺している。信じ難い技量の高さだ。
(つーか、なんで無事なんだよ、こいつ)
イゴロウの短剣は【バジリスクの血剣】という。この短剣には『斬り付けた相手に猛毒を付与する』、『麻痺を付与する』、『石化を付与する』といった相手を弱体化させる機能がある。傷を負わせなくても斬り結んだだけで相手に付与する理不尽な仕様だ。しかし、眼前の哪吒はピンピンしている。何らかの異常に蝕まれている様子はない。
(あー。『封神演義』や『西遊記』によると哪吒は蓮の花を肉体にしているって話だったか。成程、人間やそこらの魔物よりも弱体化に対して耐性があっても不思議じゃねえのか)
蓮の花――蓮華はヒンドゥー教や仏教において清浄さや聖性の象徴とされている。泥水から生じて美しい花を咲かせる姿に人々は、俗世の欲に塗れずに生きるイメージを見たのだ。
清らかで聖なるもの。その性質が猛毒や石化を寄せ付けない能力に繋がっていてもおかしくはない。
(弱体化を期待するだけ無駄って事だな。となると、この【盗神の手】と左手の力で戦うしかねえって事か。ハッ、面倒くせえな)
戦闘の手を休めずに苦笑を交えるイゴロウ。元はただの不運な一般人だった彼も、異世界転生後の経験で戦闘中に笑える程の度胸を得た。
「よっと!」
タイミングを見計らって攻防から一歩退く。一歩といっても超人である彼が踏めば十数メートルもの移動だ。哪吒がテンポを崩すが、僅かでしかない。すぐさま離れたイゴロウを追う。
その哪吒に向けてイゴロウは渾身の力で槍を投げた。着地と同時に地面を蹴り、膂力に推進力を加算した投擲だ。強化された身体能力による槍投げは小型ミサイルに匹敵する威力だ。防御などすれば粉々に砕け散る。それを直感した哪吒は左半身を傾げて槍を躱す。
目標を失った槍はそのまま壁際の地面に激突し、凄まじい爆音と共に五メートル級のクレーターを作った。
イゴロウが哪吒の目と鼻の先に迫っていた。
「【盗神の手】!」
イゴロウの魔法が発動する。直後、哪吒の右手に持っていた白剣がイゴロウの右手に渡った。
「しゃあっ!」
そのまま逆袈裟に斬り上げるイゴロウ。彼は完全に隙を突いたと確信していた。片剣を奪われた哪吒は為す術なく斬られるしかないと思っていた。
「――【陰陽剣・接合】」
だが、そうはならなかった。
哪吒が剣の名を呼ぶと、白剣が黒剣に引き寄せられた。刃同士がまるで磁石のように吸着する。あらぬ方向に行った斬撃に力が入る筈もなく、当たりこそしたものの哪吒に与えられたのは掠り傷だけだ。
戸惑いを隠せないイゴロウに哪吒が右手をかざす。
「――【乾坤圏】」
「ぬおっ!?」
哪吒の手首に嵌められていた金の腕輪が輪状の刃に変形する。輪刃は矢の如く射出され、イゴロウを襲った。意表を突かれたものの、装飾品のスキルがイゴロウの右半身を反らして輪刃を躱させる。
直後、哪吒が黒剣を振り下ろした。黒剣から白剣は既に離れていた。イゴロウは回避したばかりで咄嗟には動けない。如何に『一定確率で相手の攻撃を回避する』といっても、それが原理的に不可能となれば、どれ程の幸運値であっても改変しようがないのだ。
イゴロウの右胸から右腰に掛けて斬撃が通る。鮮血が噴出し、大地を赤く染めた。
「ぐっおおおっ!」
激痛と屈辱にイゴロウが歯を食い縛りながらたたらを踏む。彼の背後から輪刃が飛んで哪吒の右手首に戻った。
「……へえ。今のは仕留めたと思ったのに、まだ生きているんだ。面白いね」
「あぁん!?」
面白いなどと言われてイゴロウが憤慨する。殺し合いの最中だというのに馬鹿にしているのかと思ったのだ。実際、そう受け取られても仕方のない発言だ。
「だって面白いでしょ? 傷付けて、傷付けられて、どうやって戦おうかって考えて。そういう壊し甲斐がある奴ってさ、実際に壊した時に『自分が凄いんだ』って達成感が沸かない?」
だが、哪吒は薄く笑っていた。他人を虚仮にしている者の笑みではない。冷たい刀のような、歓喜と殺意に満ちた笑みだ。
「はあ? 何だそりゃ、共感できねえなあ。俺は一方的な無双が好きだ。自分を危険に晒すなんざ極力控えたいね」
そんな哪吒の発言をイゴロウは無下にする。今日までどれだけ血生臭い戦場を駆け抜けてきたといっても、彼の性根は地球の一般人だ。猟奇的嗜好や戦闘狂は理解の外にある。
「……そう。趣味が合わないね。じゃあ」
白剣を拾い上げ、改めて哪吒が構える。剣を両手に、切っ先を左右に広げた様は、まるで翼のようだった。高所から獲物を見つけた猛禽類の如き迫力だ。
「僕一人だけで楽しむ事にするよ」
超高速の攻防が火花を散らす。鋼と鋼が激突する音は絢爛たるオーケストラのようだ。刺突を繰り返すイゴロウも、それを防ぎ切る哪吒も、どちらも人の限界を超えた出鱈目な動きだった。
(――ったく、信じられねえ。こんなに苦戦したのは魔王以来だわ。昔の地球ってこんな奴がうようよいたのかよ。おーおー、おっかねぇ~)
内心でイゴロウが愚痴る。
装飾品のスキル『一定確率で相手を即死させる』、『急所を突く』、『倍のダメージを与える』、『倍の速度で攻撃する』は実際に使うと自動追尾攻撃に、『攻撃を無効化する』は自動防御、『攻撃を回避する』、『即死する攻撃を回避する』は自動回避となって表れる。つまりスキルによってイゴロウの動きは最適化されているのだ。
最善を選び続ける無駄のない戦闘技術。それを鍛え上げたイゴロウの肉体――高い筋力値と敏捷値――で振るっているのだ。だというのに、それを哪吒は封殺している。信じ難い技量の高さだ。
(つーか、なんで無事なんだよ、こいつ)
イゴロウの短剣は【バジリスクの血剣】という。この短剣には『斬り付けた相手に猛毒を付与する』、『麻痺を付与する』、『石化を付与する』といった相手を弱体化させる機能がある。傷を負わせなくても斬り結んだだけで相手に付与する理不尽な仕様だ。しかし、眼前の哪吒はピンピンしている。何らかの異常に蝕まれている様子はない。
(あー。『封神演義』や『西遊記』によると哪吒は蓮の花を肉体にしているって話だったか。成程、人間やそこらの魔物よりも弱体化に対して耐性があっても不思議じゃねえのか)
蓮の花――蓮華はヒンドゥー教や仏教において清浄さや聖性の象徴とされている。泥水から生じて美しい花を咲かせる姿に人々は、俗世の欲に塗れずに生きるイメージを見たのだ。
清らかで聖なるもの。その性質が猛毒や石化を寄せ付けない能力に繋がっていてもおかしくはない。
(弱体化を期待するだけ無駄って事だな。となると、この【盗神の手】と左手の力で戦うしかねえって事か。ハッ、面倒くせえな)
戦闘の手を休めずに苦笑を交えるイゴロウ。元はただの不運な一般人だった彼も、異世界転生後の経験で戦闘中に笑える程の度胸を得た。
「よっと!」
タイミングを見計らって攻防から一歩退く。一歩といっても超人である彼が踏めば十数メートルもの移動だ。哪吒がテンポを崩すが、僅かでしかない。すぐさま離れたイゴロウを追う。
その哪吒に向けてイゴロウは渾身の力で槍を投げた。着地と同時に地面を蹴り、膂力に推進力を加算した投擲だ。強化された身体能力による槍投げは小型ミサイルに匹敵する威力だ。防御などすれば粉々に砕け散る。それを直感した哪吒は左半身を傾げて槍を躱す。
目標を失った槍はそのまま壁際の地面に激突し、凄まじい爆音と共に五メートル級のクレーターを作った。
イゴロウが哪吒の目と鼻の先に迫っていた。
「【盗神の手】!」
イゴロウの魔法が発動する。直後、哪吒の右手に持っていた白剣がイゴロウの右手に渡った。
「しゃあっ!」
そのまま逆袈裟に斬り上げるイゴロウ。彼は完全に隙を突いたと確信していた。片剣を奪われた哪吒は為す術なく斬られるしかないと思っていた。
「――【陰陽剣・接合】」
だが、そうはならなかった。
哪吒が剣の名を呼ぶと、白剣が黒剣に引き寄せられた。刃同士がまるで磁石のように吸着する。あらぬ方向に行った斬撃に力が入る筈もなく、当たりこそしたものの哪吒に与えられたのは掠り傷だけだ。
戸惑いを隠せないイゴロウに哪吒が右手をかざす。
「――【乾坤圏】」
「ぬおっ!?」
哪吒の手首に嵌められていた金の腕輪が輪状の刃に変形する。輪刃は矢の如く射出され、イゴロウを襲った。意表を突かれたものの、装飾品のスキルがイゴロウの右半身を反らして輪刃を躱させる。
直後、哪吒が黒剣を振り下ろした。黒剣から白剣は既に離れていた。イゴロウは回避したばかりで咄嗟には動けない。如何に『一定確率で相手の攻撃を回避する』といっても、それが原理的に不可能となれば、どれ程の幸運値であっても改変しようがないのだ。
イゴロウの右胸から右腰に掛けて斬撃が通る。鮮血が噴出し、大地を赤く染めた。
「ぐっおおおっ!」
激痛と屈辱にイゴロウが歯を食い縛りながらたたらを踏む。彼の背後から輪刃が飛んで哪吒の右手首に戻った。
「……へえ。今のは仕留めたと思ったのに、まだ生きているんだ。面白いね」
「あぁん!?」
面白いなどと言われてイゴロウが憤慨する。殺し合いの最中だというのに馬鹿にしているのかと思ったのだ。実際、そう受け取られても仕方のない発言だ。
「だって面白いでしょ? 傷付けて、傷付けられて、どうやって戦おうかって考えて。そういう壊し甲斐がある奴ってさ、実際に壊した時に『自分が凄いんだ』って達成感が沸かない?」
だが、哪吒は薄く笑っていた。他人を虚仮にしている者の笑みではない。冷たい刀のような、歓喜と殺意に満ちた笑みだ。
「はあ? 何だそりゃ、共感できねえなあ。俺は一方的な無双が好きだ。自分を危険に晒すなんざ極力控えたいね」
そんな哪吒の発言をイゴロウは無下にする。今日までどれだけ血生臭い戦場を駆け抜けてきたといっても、彼の性根は地球の一般人だ。猟奇的嗜好や戦闘狂は理解の外にある。
「……そう。趣味が合わないね。じゃあ」
白剣を拾い上げ、改めて哪吒が構える。剣を両手に、切っ先を左右に広げた様は、まるで翼のようだった。高所から獲物を見つけた猛禽類の如き迫力だ。
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