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第1章 路上試合/チュートリアル
第6転 桃太郎伝説異本
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むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、川の上からどんぶらこ、どんぶらこと桃が流れてきました。桃はおばあさんの近くまで来ると、こう言いました。
「――我を拾え。子を育てよ」と。
◇
桃太郎は自分の生まれた時代と土地をきちんと知らない。太刀を主武装にしていた記憶がある事から平安時代中期以降なのは確かだが、それ以上の事は分からない。
それもその筈、桃太郎が生まれ育ったのは『異界』だったからだ。
『異界』とは『異世界』とは別の概念である。『異世界』は地球とは始まりから違う世界線であり、一方の『異界』は地球と地続きの空間だ。人の住む領域とは位相がズレた、物理法則と対となる魔導法則が敷かれた領域だ。神々や精霊によって展開・維持されている。
海の底の『竜宮城』や妖精が住まう『アヴァロン』などが代表的な異界だ。文明が発展するにつれて異界は閉ざすか消えるかし、人々の記憶から忘れ去られた。
桃太郎の真なる記録は現実には少ない。口伝などで僅かな断片が伝えられているのみである。平安時代は神秘が表舞台にいた最後の時代であった為、辛うじて断片が残されたのだ。
「爺ちゃん、婆ちゃん。俺、鬼退治に行ってくるよ」
老婆が桃を拾ってから十六年が経ったある日。桃太郎と名付けられた少年は自分を育ててくれた老夫婦にそう告げた。
桃は古来より邪気を祓う霊力があると考えられていた。神代、造物主イザナギが黄泉に堕ちた妻神イザナミに追われた際に、追手に桃を投げ付けて退散させたという逸話がある。
この功績を称えたイザナギは桃に意富加牟豆美命の神名を与え、こう命じた。
「地上の者達が苦しみ、悲しむ事があった時にはお前が私を助けてくれた時と同じように助けてやってくれ」と。
斯くしてその時は訪れた。桃太郎達が暮らす異界にて鬼の一派が暴れ回り、村々から略奪の限りを働いた。その被害を看過できなくなった意富加牟豆美命が鬼退治の役割を与えた自身の分霊を桃の形にして世に放ったのだ。そして、その桃を老夫婦が拾った。
「そうか。とうとう征くのか」
「準備はできています。どうぞこの黍団子をお持ちなさい」
老夫婦は巫師だった。巫師とは神に祈りを捧げ、恩恵として様々な知識を授かる魔術師の一種だ。より神に仕える為に老夫婦は人里を離れ、山中に居を構えていたのだ。当然、意富加牟豆美命の意図も理解している。理解した上で桃太郎を育てたのだ。鬼の一派を討伐する尖兵とする為に。
「この黍団子は食した獣を神の遣いに変える事ができます。人や鬼相手には通じません。うまく使いなさい」
「有難う、婆ちゃん」
「儂からはこれをくれてやる。最新の武器に七日間の祈祷を加えた。鬼のような魔性相手には特攻になる」
「有難う、爺ちゃん」
老爺から受け取ったのは太刀だ。鞘越しでも強い霊力が込められているのが伝わってくる。
「俺、必ず使命を果たしてくるよ」
「うむ。だが、気負い過ぎるなよ。鬼共は強い。今まで何人もの勇士が挑んでは返り討ちに遭ってきたのだ」
鬼。人ならざる種族。額に角を生やし、男女共に剛力を誇る。欲望に忠実かつ弱肉強食主義者であり、欲しいと思ったものは力ずくで奪うのを当然としている蛮族だ。彼らの貪欲さのせいで多くの村々が潰されてきた。
「儂らはお前を息子同然に……いいや、息子として育ててきた。お前の無事が一番なのだ」
「ええ、そうです。どうにもならないと思ったら辞めてもよいのです。使命はあれど、貴方は貴方。私達は貴方が生きて帰ってくるのが一番の望みなのです」
険しい面の老爺と泣きそうな顔の老婆。二人の瞳は不安の感情で揺れていた。二人がどれほど強く自分を想っているかを悟り、桃太郎の口元に思わず笑みが浮かぶ。しかし、あえて表情を毅然とすると老夫婦を真っ直ぐに見つめて言った。
「そう言ってくれるだけで充分だよ。有難う。でも、それが俺の使命だから。俺はその為に生を受けたんだ」
桃太郎の決意に老夫婦は嘆息し、それでも諦めの感情を得た。そんな二人の様子を見て、桃太郎は二人の愛情に更なる確信を懐く。頷きを一つ挟み、右腰に団子の袋を、左腰に太刀を携えて桃太郎は立ち上がる。
「……じゃあ、行ってくる!」
そうして桃太郎は生家を立ち去った。
その後、桃太郎は各地を放浪し、鬼の襲撃を聞き付けては撃退した。道中で出会った神犬と猿の賢者と怪鳥なる雉を団子の力で契約して従えた。三匹の家来を引き連れて、遂には鬼の拠点――海原に浮かぶ鬼ヶ島へと突入した。
そこで桃太郎の輝かしい英雄譚は暗転する事になる――――
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、川の上からどんぶらこ、どんぶらこと桃が流れてきました。桃はおばあさんの近くまで来ると、こう言いました。
「――我を拾え。子を育てよ」と。
◇
桃太郎は自分の生まれた時代と土地をきちんと知らない。太刀を主武装にしていた記憶がある事から平安時代中期以降なのは確かだが、それ以上の事は分からない。
それもその筈、桃太郎が生まれ育ったのは『異界』だったからだ。
『異界』とは『異世界』とは別の概念である。『異世界』は地球とは始まりから違う世界線であり、一方の『異界』は地球と地続きの空間だ。人の住む領域とは位相がズレた、物理法則と対となる魔導法則が敷かれた領域だ。神々や精霊によって展開・維持されている。
海の底の『竜宮城』や妖精が住まう『アヴァロン』などが代表的な異界だ。文明が発展するにつれて異界は閉ざすか消えるかし、人々の記憶から忘れ去られた。
桃太郎の真なる記録は現実には少ない。口伝などで僅かな断片が伝えられているのみである。平安時代は神秘が表舞台にいた最後の時代であった為、辛うじて断片が残されたのだ。
「爺ちゃん、婆ちゃん。俺、鬼退治に行ってくるよ」
老婆が桃を拾ってから十六年が経ったある日。桃太郎と名付けられた少年は自分を育ててくれた老夫婦にそう告げた。
桃は古来より邪気を祓う霊力があると考えられていた。神代、造物主イザナギが黄泉に堕ちた妻神イザナミに追われた際に、追手に桃を投げ付けて退散させたという逸話がある。
この功績を称えたイザナギは桃に意富加牟豆美命の神名を与え、こう命じた。
「地上の者達が苦しみ、悲しむ事があった時にはお前が私を助けてくれた時と同じように助けてやってくれ」と。
斯くしてその時は訪れた。桃太郎達が暮らす異界にて鬼の一派が暴れ回り、村々から略奪の限りを働いた。その被害を看過できなくなった意富加牟豆美命が鬼退治の役割を与えた自身の分霊を桃の形にして世に放ったのだ。そして、その桃を老夫婦が拾った。
「そうか。とうとう征くのか」
「準備はできています。どうぞこの黍団子をお持ちなさい」
老夫婦は巫師だった。巫師とは神に祈りを捧げ、恩恵として様々な知識を授かる魔術師の一種だ。より神に仕える為に老夫婦は人里を離れ、山中に居を構えていたのだ。当然、意富加牟豆美命の意図も理解している。理解した上で桃太郎を育てたのだ。鬼の一派を討伐する尖兵とする為に。
「この黍団子は食した獣を神の遣いに変える事ができます。人や鬼相手には通じません。うまく使いなさい」
「有難う、婆ちゃん」
「儂からはこれをくれてやる。最新の武器に七日間の祈祷を加えた。鬼のような魔性相手には特攻になる」
「有難う、爺ちゃん」
老爺から受け取ったのは太刀だ。鞘越しでも強い霊力が込められているのが伝わってくる。
「俺、必ず使命を果たしてくるよ」
「うむ。だが、気負い過ぎるなよ。鬼共は強い。今まで何人もの勇士が挑んでは返り討ちに遭ってきたのだ」
鬼。人ならざる種族。額に角を生やし、男女共に剛力を誇る。欲望に忠実かつ弱肉強食主義者であり、欲しいと思ったものは力ずくで奪うのを当然としている蛮族だ。彼らの貪欲さのせいで多くの村々が潰されてきた。
「儂らはお前を息子同然に……いいや、息子として育ててきた。お前の無事が一番なのだ」
「ええ、そうです。どうにもならないと思ったら辞めてもよいのです。使命はあれど、貴方は貴方。私達は貴方が生きて帰ってくるのが一番の望みなのです」
険しい面の老爺と泣きそうな顔の老婆。二人の瞳は不安の感情で揺れていた。二人がどれほど強く自分を想っているかを悟り、桃太郎の口元に思わず笑みが浮かぶ。しかし、あえて表情を毅然とすると老夫婦を真っ直ぐに見つめて言った。
「そう言ってくれるだけで充分だよ。有難う。でも、それが俺の使命だから。俺はその為に生を受けたんだ」
桃太郎の決意に老夫婦は嘆息し、それでも諦めの感情を得た。そんな二人の様子を見て、桃太郎は二人の愛情に更なる確信を懐く。頷きを一つ挟み、右腰に団子の袋を、左腰に太刀を携えて桃太郎は立ち上がる。
「……じゃあ、行ってくる!」
そうして桃太郎は生家を立ち去った。
その後、桃太郎は各地を放浪し、鬼の襲撃を聞き付けては撃退した。道中で出会った神犬と猿の賢者と怪鳥なる雉を団子の力で契約して従えた。三匹の家来を引き連れて、遂には鬼の拠点――海原に浮かぶ鬼ヶ島へと突入した。
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