呼吸

ゆずる

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 多めに米を炊いておいてよかった、と優希は未成年3人の食欲を見てしみじみ思う。
 ローテーブルを4人で囲み、夕食は表面的には和やかな空気で進んだ。女同士はなんとなくギスギスしていたように感じたのは、優希の気のせいではあるまい。

 凜が来てすぐに、康太郎にコンビニでサラダとピクルスと甘味を買ってきてもらった。それがなければ、シンプルすぎる食卓だったかもしれない。
 食事を平らげたのち、子供たちは各々がデザートに手を伸ばしている。

 優希はすでにカレーの油分で若干胃がしんどくなって、ベランダで煙草を吸っていた。
 確か、凜も煙草を吸うのだが――未成年だからといちいち目くじらを立てるほど、優希もできた大人ではない――リビングに康太郎と美咲を残したくないのか、珍しくこちらには来なかった。
 食後、ベランダで凛と2人、並んで煙を吐きながら、益体もない話をするのが常であるのに。

 なんとなく持ってきてしまったスマートフォンで、時刻を確認する。
 そろそろ20時を過ぎる。
 美咲がどこに宿をとっているか知らないが、あまり遅くならないうちに送っていったほうがいいだろう。

 この場面では、成人している優希が付き添うべきなのだろう。気は進まないが、康太郎もまだ未成年だし、凜も同様だ。
 やかましい若い娘と2人で歩くなど、優希にとっては拷問にも等しい。
 いっそ、タクシーでも呼んでしまおう。金を持っているかは知らないが、ないならないで、優希が支払ってやってもいい。
 そう思ってしまう程度には、突然現れた美咲の存在は、優希にとってストレスだった。

(……なんでこうも嫌うのだろう)

 リビングに戻ろうとした優希は、迷って、再び煙草に火をつけた。
 美咲は少々うるさいだけで、優希にとって害があるわけではない。いや、静謐を好む優希にとっては十分に害になるが、康太郎との同居を決めた時点で、多少の騒音は諦めたし、当たり前のように凜が遊びに来るようになってからは、他人の生じさせる喧騒に慣れつつあった。

(……ああ、高崎さんに似てるのかも)

 美咲の強引なが、優希の知っていた人物を連想させることに思い至る。
 その人物はすでに故人だし、あそこまでは騒がしくなかったが、自分の若さと女という属性を武器にしている点は、そっくりだった。

 自らを若く美しい存在であるという自尊心が生み出す、万能感ゆえの傲慢さ。優希が苦手とする部類だ。

 なんとなく、大輔の声が聞きたくなった。

 優希はスマートフォンの通話記録から、彼の番号を探そうとして、そんな自分の行動に驚きを覚えつつ、結局やめてしまった。

 大輔と優希は、一応、交際しているということになっている。
 しかしながら優希の目から見て、大輔は未だ迷いの途上にあり、それが優希が彼に肌を許さない理由である。
 彼が傷つくのを見たくはなかったし、優希は自分が傷つくのも嫌だ。

 彼を愛しているのかと言われたら、微妙なところかもしれない。
 だが、大切な存在ではある、と思う。
 優希が春先に死にかけたとき、大輔は我が事のように泣いてくれた。
 また大学時代のように絆されている気もしたが、20年も好意を持ち続けてくれる稀有な存在である。人間関係の乏しい優希にとっては、ありがたくもあった。

 だからこそ、優希は彼の心が決まるまでのんびりと待つつもりだったし、いざとなれば、彼のために手を放す覚悟もある。
 それまでは深入りするのをやめよう、と過去の経験から、優希は決めていた。

 それなのに、疲弊している今、なんとなく大輔の声を聴きたいと思ってしまった。
 いったいいつの間に、そんなふうに大輔に依存するようになってしまったのだろう。

(疲れてるのかな)

 まだ夏の暑さの残る風が頬を撫でていく。
 先日保坂にもこぼしたが、いよいよ自分が精神的に弱っているような気がした。

 そういえば、今年は厄年だった、となんとなく思い出す。
 凜が去年本厄にあたったそうで、交通事故に遭って怖くなってお祓いに行ってきたとか、そんな話題が先日出たのだ。
 その場で康太郎が素早く調べたところ、優希は今年、厄年の中で最も忌むべき大厄にあたるそうだ。
 去年彼が死にかけたのも、前厄だったからだと、康太郎がお祓いに行こうと騒いでいた。

 ――がしゃん、と皿の割れる音がリビングのほうからした。
 続いて、女の怒鳴り声と、それに負けない大きさの声。

(……お祓い、行くか)

 優希は大きく息を吐くと、煙草を灰皿にこすりつけ、厄介事の気配のする室内へと戻った。
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