88 / 89
5
19
しおりを挟む
多めに米を炊いておいてよかった、と優希は未成年3人の食欲を見てしみじみ思う。
ローテーブルを4人で囲み、夕食は表面的には和やかな空気で進んだ。女同士はなんとなくギスギスしていたように感じたのは、優希の気のせいではあるまい。
凜が来てすぐに、康太郎にコンビニでサラダとピクルスと甘味を買ってきてもらった。それがなければ、シンプルすぎる食卓だったかもしれない。
食事を平らげたのち、子供たちは各々がデザートに手を伸ばしている。
優希はすでにカレーの油分で若干胃がしんどくなって、ベランダで煙草を吸っていた。
確か、凜も煙草を吸うのだが――未成年だからといちいち目くじらを立てるほど、優希もできた大人ではない――リビングに康太郎と美咲を残したくないのか、珍しくこちらには来なかった。
食後、ベランダで凛と2人、並んで煙を吐きながら、益体もない話をするのが常であるのに。
なんとなく持ってきてしまったスマートフォンで、時刻を確認する。
そろそろ20時を過ぎる。
美咲がどこに宿をとっているか知らないが、あまり遅くならないうちに送っていったほうがいいだろう。
この場面では、成人している優希が付き添うべきなのだろう。気は進まないが、康太郎もまだ未成年だし、凜も同様だ。
やかましい若い娘と2人で歩くなど、優希にとっては拷問にも等しい。
いっそ、タクシーでも呼んでしまおう。金を持っているかは知らないが、ないならないで、優希が支払ってやってもいい。
そう思ってしまう程度には、突然現れた美咲の存在は、優希にとってストレスだった。
(……なんでこうも嫌うのだろう)
リビングに戻ろうとした優希は、迷って、再び煙草に火をつけた。
美咲は少々うるさいだけで、優希にとって害があるわけではない。いや、静謐を好む優希にとっては十分に害になるが、康太郎との同居を決めた時点で、多少の騒音は諦めたし、当たり前のように凜が遊びに来るようになってからは、他人の生じさせる喧騒に慣れつつあった。
(……ああ、高崎さんに似てるのかも)
美咲の強引な女の押し売りが、優希の知っていた人物を連想させることに思い至る。
その人物はすでに故人だし、あそこまでは騒がしくなかったが、自分の若さと女という属性を武器にしている点は、そっくりだった。
自らを若く美しい存在であるという自尊心が生み出す、万能感ゆえの傲慢さ。優希が苦手とする部類だ。
なんとなく、大輔の声が聞きたくなった。
優希はスマートフォンの通話記録から、彼の番号を探そうとして、そんな自分の行動に驚きを覚えつつ、結局やめてしまった。
大輔と優希は、一応、交際しているということになっている。
しかしながら優希の目から見て、大輔は未だ迷いの途上にあり、それが優希が彼に肌を許さない理由である。
彼が傷つくのを見たくはなかったし、優希は自分が傷つくのも嫌だ。
彼を愛しているのかと言われたら、微妙なところかもしれない。
だが、大切な存在ではある、と思う。
優希が春先に死にかけたとき、大輔は我が事のように泣いてくれた。
また大学時代のように絆されている気もしたが、20年も好意を持ち続けてくれる稀有な存在である。人間関係の乏しい優希にとっては、ありがたくもあった。
だからこそ、優希は彼の心が決まるまでのんびりと待つつもりだったし、いざとなれば、彼のために手を放す覚悟もある。
それまでは深入りするのをやめよう、と過去の経験から、優希は決めていた。
それなのに、疲弊している今、なんとなく大輔の声を聴きたいと思ってしまった。
いったいいつの間に、そんなふうに大輔に依存するようになってしまったのだろう。
(疲れてるのかな)
まだ夏の暑さの残る風が頬を撫でていく。
先日保坂にもこぼしたが、いよいよ自分が精神的に弱っているような気がした。
そういえば、今年は厄年だった、となんとなく思い出す。
凜が去年本厄にあたったそうで、交通事故に遭って怖くなってお祓いに行ってきたとか、そんな話題が先日出たのだ。
その場で康太郎が素早く調べたところ、優希は今年、厄年の中で最も忌むべき大厄にあたるそうだ。
去年彼が死にかけたのも、前厄だったからだと、康太郎がお祓いに行こうと騒いでいた。
――がしゃん、と皿の割れる音がリビングのほうからした。
続いて、女の怒鳴り声と、それに負けない大きさの声。
(……お祓い、行くか)
優希は大きく息を吐くと、煙草を灰皿にこすりつけ、厄介事の気配のする室内へと戻った。
ローテーブルを4人で囲み、夕食は表面的には和やかな空気で進んだ。女同士はなんとなくギスギスしていたように感じたのは、優希の気のせいではあるまい。
凜が来てすぐに、康太郎にコンビニでサラダとピクルスと甘味を買ってきてもらった。それがなければ、シンプルすぎる食卓だったかもしれない。
食事を平らげたのち、子供たちは各々がデザートに手を伸ばしている。
優希はすでにカレーの油分で若干胃がしんどくなって、ベランダで煙草を吸っていた。
確か、凜も煙草を吸うのだが――未成年だからといちいち目くじらを立てるほど、優希もできた大人ではない――リビングに康太郎と美咲を残したくないのか、珍しくこちらには来なかった。
食後、ベランダで凛と2人、並んで煙を吐きながら、益体もない話をするのが常であるのに。
なんとなく持ってきてしまったスマートフォンで、時刻を確認する。
そろそろ20時を過ぎる。
美咲がどこに宿をとっているか知らないが、あまり遅くならないうちに送っていったほうがいいだろう。
この場面では、成人している優希が付き添うべきなのだろう。気は進まないが、康太郎もまだ未成年だし、凜も同様だ。
やかましい若い娘と2人で歩くなど、優希にとっては拷問にも等しい。
いっそ、タクシーでも呼んでしまおう。金を持っているかは知らないが、ないならないで、優希が支払ってやってもいい。
そう思ってしまう程度には、突然現れた美咲の存在は、優希にとってストレスだった。
(……なんでこうも嫌うのだろう)
リビングに戻ろうとした優希は、迷って、再び煙草に火をつけた。
美咲は少々うるさいだけで、優希にとって害があるわけではない。いや、静謐を好む優希にとっては十分に害になるが、康太郎との同居を決めた時点で、多少の騒音は諦めたし、当たり前のように凜が遊びに来るようになってからは、他人の生じさせる喧騒に慣れつつあった。
(……ああ、高崎さんに似てるのかも)
美咲の強引な女の押し売りが、優希の知っていた人物を連想させることに思い至る。
その人物はすでに故人だし、あそこまでは騒がしくなかったが、自分の若さと女という属性を武器にしている点は、そっくりだった。
自らを若く美しい存在であるという自尊心が生み出す、万能感ゆえの傲慢さ。優希が苦手とする部類だ。
なんとなく、大輔の声が聞きたくなった。
優希はスマートフォンの通話記録から、彼の番号を探そうとして、そんな自分の行動に驚きを覚えつつ、結局やめてしまった。
大輔と優希は、一応、交際しているということになっている。
しかしながら優希の目から見て、大輔は未だ迷いの途上にあり、それが優希が彼に肌を許さない理由である。
彼が傷つくのを見たくはなかったし、優希は自分が傷つくのも嫌だ。
彼を愛しているのかと言われたら、微妙なところかもしれない。
だが、大切な存在ではある、と思う。
優希が春先に死にかけたとき、大輔は我が事のように泣いてくれた。
また大学時代のように絆されている気もしたが、20年も好意を持ち続けてくれる稀有な存在である。人間関係の乏しい優希にとっては、ありがたくもあった。
だからこそ、優希は彼の心が決まるまでのんびりと待つつもりだったし、いざとなれば、彼のために手を放す覚悟もある。
それまでは深入りするのをやめよう、と過去の経験から、優希は決めていた。
それなのに、疲弊している今、なんとなく大輔の声を聴きたいと思ってしまった。
いったいいつの間に、そんなふうに大輔に依存するようになってしまったのだろう。
(疲れてるのかな)
まだ夏の暑さの残る風が頬を撫でていく。
先日保坂にもこぼしたが、いよいよ自分が精神的に弱っているような気がした。
そういえば、今年は厄年だった、となんとなく思い出す。
凜が去年本厄にあたったそうで、交通事故に遭って怖くなってお祓いに行ってきたとか、そんな話題が先日出たのだ。
その場で康太郎が素早く調べたところ、優希は今年、厄年の中で最も忌むべき大厄にあたるそうだ。
去年彼が死にかけたのも、前厄だったからだと、康太郎がお祓いに行こうと騒いでいた。
――がしゃん、と皿の割れる音がリビングのほうからした。
続いて、女の怒鳴り声と、それに負けない大きさの声。
(……お祓い、行くか)
優希は大きく息を吐くと、煙草を灰皿にこすりつけ、厄介事の気配のする室内へと戻った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
続・ロドン作・寝そべりし暇人。
ネオ・クラシクス
現代文学
中宮中央公園の石像、寝そべりし暇人が、小説版で満をじして帰って参りました!マンガ版の最終回あとがきにて、完全に最終回宣言をしたにもかかわらず、帰ってきましてすみません^^;。正直、恥ずかしいです。しかし、愛着の深い作品でしたのと、暇人以外のキャラクターの、主役回を増やしましたのと、小説という形のほうが、話を広げられる地平がありそうだったのと、素敵な御縁に背中を押されまして小説版での再開を決定しました。またかよ~と思われるかもしれませんが、石像ギャグコメディ懲りずに笑っていただけましたら幸いです。
プロパーとナースの冒険
ハリマオ65
現代文学
石津健之助は、製薬企業のプロパーになり東北、新潟、長野と転勤。ハンサムで愛想の良く口が旨く看護婦、医者にも人気があり業績を伸ばし金を貯めた。女性にもて、最高の時代だった しかし無理を続け重症の自律神経失調症になり早期退職。しかし結婚した看護婦さんに助けられ熱海のマンションに住み療養に励み1年で回復。その後、親しくなった友人達の死を乗り越え、ポルトガルに古き良き日本の幻影を見て通い見聞を広めていく物語です。
石津健之助は慶応大学を出て製薬企業のプロパーへ。東北、新潟、長野と転勤。ハンサムで愛想の良く口が旨く医者に人気があり業績を伸ばす。飲み屋の娘や看護婦さんに、もてて出張でもホテルに泊まらず彼女たちの部屋に泊まる生活。出張・外勤手当は貯まり最高。しかし無理を続け重症の自律神経失調症で早期退職したが結婚した看護婦さんに助けられた。その後、友人の死を乗り越えポルトガルに古き良き日本の幻影を見た。この作品は、小説家になろう、カクヨム、noveldaysに重複投稿。
これも何かの縁(短編連作)
ハヤシ
現代文学
児童養護施設育ちの若夫婦を中心に、日本文化や風習を話題にしながら四季を巡っていく短編連作集。基本コメディ、たまにシリアス。前半はほのぼのハートフルな話が続きますが、所々『人間の悪意』が混ざってます。
テーマは生き方――差別と偏見、家族、夫婦、子育て、恋愛・婚活、イジメ、ぼっち、オタク、コンプレックス、コミュ障――それぞれのキャラが自ら抱えるコンプレックス・呪いからの解放が物語の軸となります。でも、きれいごとはなし。
プロローグ的番外編5編、本編第一部24編、第二部28編の構成で、第二部よりキャラたちの縁が関連し合い、どんどんつながっていきます。
【完結!】『まごころ除霊師JK心亜ちゃんと大きな霊蔵庫』
M‐赤井翼
現代文学
赤井です。
今回は「JK除霊師」が主人公の話です。
でもぶっ飛び系ではなく、あくまで「現代文学」カテゴリーに合わせた話にしています。
話は、「除霊師」のお母さん「|茉莉花《まつりか》」が死んじゃうところからスタートです。
お母さんから心亜ちゃんは、除霊し残した、99人の「霊」の「除霊」を託されます。
その残った「霊」の保管庫が「霊蔵庫」です。
「冷蔵庫」の打ち間違いじゃないですよー(笑)!
99人の「霊」うち9人(最終的にはプラス1(?)ってオチは「スケスケ」(笑)!)の「浮遊霊」や「地縛霊」達を「成仏」させるオムニバスストーリーなんですけどいったいどうなることやら…。
と言った話です。
今回の「JK除霊師|心亜《ここあ》ちゃん」は、「霊能力」はありません。
普通のJKです。
ですから「除霊バトル」ものではありません。
「刺青のヒーロー」と「COSMO‘s」の「おまけ」で読者さんに「パクリ」と言われないように、いろんな情報提供をしてもらいましたが「霊能力の無い除霊師」の設定作品は出て来てないので赤井の「完全オリジナルキャラ」をうたいます(笑)。
そんな「霊能力」を持たない主人公ですので困ったことは相棒の齢1200歳の「九尾の狐」の「どん兵衛」頼りです。
「魔女には黒猫」、「除霊師には九尾の狐」ですよね(笑)。
赤井個人的には、「妖怪ウォッチ」の「九尾」よりも「モンスガ」の「|梛《なぎ》」さんが好き(笑)!
マンガ史上、「最もセクシーな九尾の狐」だと思ってます。
(※あくまで個人の感想です。)
「まごころ除霊師」のうたい文句通り、心亜ちゃんが頑張って「霊」の「この世への未練」や「この世での悔い」を解消して「成仏」させる「ほんわかストーリー」のです。
もちろん「ハッピーエンド」の予定です。
いつも通り「ゆるーく」お付き合いいただけると嬉しいです!
では、よーろーひーこー!
(⋈◍>◡<◍)。✧♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる