28 / 89
2
28
しおりを挟む
康太郎に家具のリストを見せて検討させ、その間に、大輔に自室を見てもらうことにする。
リビングと書斎を仕切る襖を大輔が後ろ手に閉め、遠慮なく室内を見回した。
「ここにこの向きでベッドを入れたいんだ。で、作業用の机と椅子を空いたスペースにうまいこと置きたい」
「広さ的には問題ないと思うよ。しかし、ベッドの向きを考えると、この本棚は邪魔だな。こっちの壁に移動させるか……にしても、本多すぎだろ。全部必要なのか、これ」
足の踏み場もないとは言わないが、本棚に収まり切れない本や書類が床に積み上げられているのを見て、大輔が苦笑した。
一応は客人を迎えるとあって整理したものの、部屋の主以外には乱雑にしか見えないだろう。
「リビングに背の低い本棚を置くという案も出たんけど、あっちにはあまり資料持ち込みたくないんだよね。特に、康太郎がいる以上は……いつまでいるのかわからないけど」
「そこで、優希さん、弊社のサービスをご利用になりませんか」
スマートフォンを手に、大輔が背後から優希にずいっと迫る。
画面を覗き込めば、大輔の勤務する会社のサイトが表示されていた。
「よくある本の預かりサービスなんだけどね、去年からうちも参入したらしい」
「法人向けって書いてあるけど?」
優希がスマートフォンの画面を指でつつく。その手に、大輔の太い指が下から絡みつくように重なった。
眉をひそめ、嫌味にならない程度の動きで手を振り払う。
大輔は少し戸惑ったように手をさまよわせ、結局、そのままスマートフォンに添えた。
「そこは、ほら、敏腕営業徳田くんがなんとかするよ。ハードカバー50冊で、保管料月500円。1年契約なら月300円までお値引きさせていただきます」
「こういうのは取り出したときの送料が高いんだよな。時間もかかるし」
「レターパックを使えば、送料はさほどでもないさ。当分必要じゃなさそうなものを預けたらいい」
「本が傷みそうだからあれは嫌いだ」
じゃあ、と徳田が後ろから両腕を回して優希を抱きしめる。彼の低い声が優希の耳元で優しく響いた。
「俺が預かっててやるよ。バスで10分。合鍵も渡す。ほら、いつでも取りに来られる」
襖1枚隔てた向こうの少年に気づかれないよう、小さくひそめられた声。
優希は聞こえなかったふりをしたが、大輔はそれを許さなかった。
「優希、やり直そう」
優希はきつく目を閉じて、開くと同時に、熱っぽい大輔の体を押しやった。
振り向きざまに彼と視線がぶつかる。
ひどく哀しそうな目をしているように見えた。
「……20年だよ、徳田」
優希は2歩、後ずさって大輔から体を離した。
「忘れるには足りないかもしれないけど、思い出になるには充分な時間だ。そして今の私は、あの頃とはすべてが違う」
優希の言葉に、大輔は所在なさげに手を自身の前髪にやる。
叱られている犬のような表情だ、と優希は少しだけ眉間に混めた力を緩めた。
「久々に優希の方からのお誘いだったから、ちょっとは脈あるかなと思ったのに」
「親戚の子供がいるって言ったろ」
「それはそうだけどさぁ」
優希は机の引き出しを開け、メジャーを大輔に放り投げた。
「あんたとは、いい友達になれると思ってたんだけど、見当違いだった?」
「そっちのほうの期待には……あー、誠心誠意お応えするとは、ちょっと言いづらいな。でも、まあ、嫌われたくはないから、努力はする」
大輔が唇を尖らせながら、部屋の寸法を測り始めた。
大きな背中を見下ろして、優希は彼の手の温もりを少しだけ思い出し、そしてすぐに忘れようと頭を振った。
「そういえば、気づいてた?」
「なにに?」
「あんたと康太郎、少し似てる気がする」
優希の声に、本棚の幅を測っていた大輔の動きが一瞬止まる。彼は優希を振り返り、いたずらっぽく笑ってみせた。
「相変わらず男の好みは変わってないのか、優希」
「悪趣味なことを言うな。2人とも犬っぽいと思ったんだよ」
「犬ねぇ……」
計測した数字を手帳に書き込みながら、大輔はちらりと閉じたふすまに視線を向ける。向こうには康太郎がいて、まだパソコンと睨めっこしているのだろう。
「優希こそ、気づいてるのか」
「ん?」
「あの子、俺に嫉妬してるよ」
「嫉妬? 康太郎が?」
「あの子は俺と同じで、独占欲が強いタイプと見たね。気をつけろよ、優希」
「……悪趣味なことは言うなと言ったろ」
優希は眉をひそめて、徳田のふくらはぎを軽く蹴る。ちく、と目の奥が痛んだ気がした。
リビングと書斎を仕切る襖を大輔が後ろ手に閉め、遠慮なく室内を見回した。
「ここにこの向きでベッドを入れたいんだ。で、作業用の机と椅子を空いたスペースにうまいこと置きたい」
「広さ的には問題ないと思うよ。しかし、ベッドの向きを考えると、この本棚は邪魔だな。こっちの壁に移動させるか……にしても、本多すぎだろ。全部必要なのか、これ」
足の踏み場もないとは言わないが、本棚に収まり切れない本や書類が床に積み上げられているのを見て、大輔が苦笑した。
一応は客人を迎えるとあって整理したものの、部屋の主以外には乱雑にしか見えないだろう。
「リビングに背の低い本棚を置くという案も出たんけど、あっちにはあまり資料持ち込みたくないんだよね。特に、康太郎がいる以上は……いつまでいるのかわからないけど」
「そこで、優希さん、弊社のサービスをご利用になりませんか」
スマートフォンを手に、大輔が背後から優希にずいっと迫る。
画面を覗き込めば、大輔の勤務する会社のサイトが表示されていた。
「よくある本の預かりサービスなんだけどね、去年からうちも参入したらしい」
「法人向けって書いてあるけど?」
優希がスマートフォンの画面を指でつつく。その手に、大輔の太い指が下から絡みつくように重なった。
眉をひそめ、嫌味にならない程度の動きで手を振り払う。
大輔は少し戸惑ったように手をさまよわせ、結局、そのままスマートフォンに添えた。
「そこは、ほら、敏腕営業徳田くんがなんとかするよ。ハードカバー50冊で、保管料月500円。1年契約なら月300円までお値引きさせていただきます」
「こういうのは取り出したときの送料が高いんだよな。時間もかかるし」
「レターパックを使えば、送料はさほどでもないさ。当分必要じゃなさそうなものを預けたらいい」
「本が傷みそうだからあれは嫌いだ」
じゃあ、と徳田が後ろから両腕を回して優希を抱きしめる。彼の低い声が優希の耳元で優しく響いた。
「俺が預かっててやるよ。バスで10分。合鍵も渡す。ほら、いつでも取りに来られる」
襖1枚隔てた向こうの少年に気づかれないよう、小さくひそめられた声。
優希は聞こえなかったふりをしたが、大輔はそれを許さなかった。
「優希、やり直そう」
優希はきつく目を閉じて、開くと同時に、熱っぽい大輔の体を押しやった。
振り向きざまに彼と視線がぶつかる。
ひどく哀しそうな目をしているように見えた。
「……20年だよ、徳田」
優希は2歩、後ずさって大輔から体を離した。
「忘れるには足りないかもしれないけど、思い出になるには充分な時間だ。そして今の私は、あの頃とはすべてが違う」
優希の言葉に、大輔は所在なさげに手を自身の前髪にやる。
叱られている犬のような表情だ、と優希は少しだけ眉間に混めた力を緩めた。
「久々に優希の方からのお誘いだったから、ちょっとは脈あるかなと思ったのに」
「親戚の子供がいるって言ったろ」
「それはそうだけどさぁ」
優希は机の引き出しを開け、メジャーを大輔に放り投げた。
「あんたとは、いい友達になれると思ってたんだけど、見当違いだった?」
「そっちのほうの期待には……あー、誠心誠意お応えするとは、ちょっと言いづらいな。でも、まあ、嫌われたくはないから、努力はする」
大輔が唇を尖らせながら、部屋の寸法を測り始めた。
大きな背中を見下ろして、優希は彼の手の温もりを少しだけ思い出し、そしてすぐに忘れようと頭を振った。
「そういえば、気づいてた?」
「なにに?」
「あんたと康太郎、少し似てる気がする」
優希の声に、本棚の幅を測っていた大輔の動きが一瞬止まる。彼は優希を振り返り、いたずらっぽく笑ってみせた。
「相変わらず男の好みは変わってないのか、優希」
「悪趣味なことを言うな。2人とも犬っぽいと思ったんだよ」
「犬ねぇ……」
計測した数字を手帳に書き込みながら、大輔はちらりと閉じたふすまに視線を向ける。向こうには康太郎がいて、まだパソコンと睨めっこしているのだろう。
「優希こそ、気づいてるのか」
「ん?」
「あの子、俺に嫉妬してるよ」
「嫉妬? 康太郎が?」
「あの子は俺と同じで、独占欲が強いタイプと見たね。気をつけろよ、優希」
「……悪趣味なことは言うなと言ったろ」
優希は眉をひそめて、徳田のふくらはぎを軽く蹴る。ちく、と目の奥が痛んだ気がした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
[百合]短編集
[百合垢]中頭
現代文学
百合の短編集です。他サイトに掲載していたものもあります。健全が多めです。当て馬的男性も出てくるのでご注意ください。
表紙はヨシュケイ様よりお借りいたしました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる