呼吸

ゆずる

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 康太郎に家具のリストを見せて検討させ、その間に、大輔に自室を見てもらうことにする。
 リビングと書斎を仕切る襖を大輔が後ろ手に閉め、遠慮なく室内を見回した。

「ここにこの向きでベッドを入れたいんだ。で、作業用の机と椅子を空いたスペースにうまいこと置きたい」
「広さ的には問題ないと思うよ。しかし、ベッドの向きを考えると、この本棚は邪魔だな。こっちの壁に移動させるか……にしても、本多すぎだろ。全部必要なのか、これ」

 足の踏み場もないとは言わないが、本棚に収まり切れない本や書類が床に積み上げられているのを見て、大輔が苦笑した。
 一応は客人を迎えるとあって整理したものの、部屋の主以外には乱雑にしか見えないだろう。

「リビングに背の低い本棚を置くという案も出たんけど、あっちにはあまり資料持ち込みたくないんだよね。特に、康太郎がいる以上は……いつまでいるのかわからないけど」
「そこで、優希さん、弊社のサービスをご利用になりませんか」

 スマートフォンを手に、大輔が背後から優希にずいっと迫る。
 画面を覗き込めば、大輔の勤務する会社のサイトが表示されていた。

「よくある本の預かりサービスなんだけどね、去年からうちも参入したらしい」
「法人向けって書いてあるけど?」

 優希がスマートフォンの画面を指でつつく。その手に、大輔の太い指が下から絡みつくように重なった。
 眉をひそめ、嫌味にならない程度の動きで手を振り払う。
 大輔は少し戸惑ったように手をさまよわせ、結局、そのままスマートフォンに添えた。

「そこは、ほら、敏腕営業徳田くんがなんとかするよ。ハードカバー50冊で、保管料月500円。1年契約なら月300円までお値引きさせていただきます」
「こういうのは取り出したときの送料が高いんだよな。時間もかかるし」
「レターパックを使えば、送料はさほどでもないさ。当分必要じゃなさそうなものを預けたらいい」
「本が傷みそうだからあれは嫌いだ」

 じゃあ、と徳田が後ろから両腕を回して優希を抱きしめる。彼の低い声が優希の耳元で優しく響いた。

「俺が預かっててやるよ。バスで10分。合鍵も渡す。ほら、いつでも取りに来られる」

 襖1枚隔てた向こうの少年に気づかれないよう、小さくひそめられた声。
 優希は聞こえなかったふりをしたが、大輔はそれを許さなかった。

「優希、やり直そう」

 優希はきつく目を閉じて、開くと同時に、熱っぽい大輔の体を押しやった。
 振り向きざまに彼と視線がぶつかる。
 ひどく哀しそうな目をしているように見えた。

「……20年だよ、徳田」

 優希は2歩、後ずさって大輔から体を離した。

「忘れるには足りないかもしれないけど、思い出になるには充分な時間だ。そして今の私は、あの頃とはすべてが違う」

 優希の言葉に、大輔は所在なさげに手を自身の前髪にやる。
 叱られている犬のような表情だ、と優希は少しだけ眉間に混めた力を緩めた。

「久々に優希の方からのお誘いだったから、ちょっとは脈あるかなと思ったのに」
「親戚の子供がいるって言ったろ」
「それはそうだけどさぁ」

 優希は机の引き出しを開け、メジャーを大輔に放り投げた。

「あんたとは、いい友達になれると思ってたんだけど、見当違いだった?」
「そっちのほうの期待には……あー、誠心誠意お応えするとは、ちょっと言いづらいな。でも、まあ、嫌われたくはないから、努力はする」

 大輔が唇を尖らせながら、部屋の寸法を測り始めた。
 大きな背中を見下ろして、優希は彼の手の温もりを少しだけ思い出し、そしてすぐに忘れようと頭を振った。

「そういえば、気づいてた?」
「なにに?」
「あんたと康太郎、少し似てる気がする」

 優希の声に、本棚の幅を測っていた大輔の動きが一瞬止まる。彼は優希を振り返り、いたずらっぽく笑ってみせた。

「相変わらず男の好みは変わってないのか、優希」
「悪趣味なことを言うな。2人とも犬っぽいと思ったんだよ」
「犬ねぇ……」

 計測した数字を手帳に書き込みながら、大輔はちらりと閉じたふすまに視線を向ける。向こうには康太郎がいて、まだパソコンと睨めっこしているのだろう。

「優希こそ、気づいてるのか」
「ん?」
「あの子、俺に嫉妬してるよ」
「嫉妬? 康太郎が?」
「あの子は俺と同じで、独占欲が強いタイプと見たね。気をつけろよ、優希」
「……悪趣味なことは言うなと言ったろ」

 優希は眉をひそめて、徳田のふくらはぎを軽く蹴る。ちく、と目の奥が痛んだ気がした。
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