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雪は1日で止むと予報が出ていたが、結局3日間、ほとんど止むことなく降り続いた。
子供の膝ほどまで雪が積もり、除雪車の少ない都心は大混乱に陥った。
「東京でこれは異常事態だよ」
優希の言うとおり、テレビでは連日、過去にない積雪に襲われた都内の話題ばかりだった。
さばさばした優希とは対照的に、康太郎はすっかりはしゃいでベランダで雪だるまを作っていた。
鼻の頭を真っ赤にしている姿は、まるで小学生男児のようだ。
優希が幼い頃、地元でもそれなりに雪は降ったものだが、海からの風が吹き込む平野部であるせいか、ほとんど積もらなかった。
雪の降った日の早朝に、近所の駐車場の車に乗った雪をかき集め、溶けないうちにと小さな雪だるまを作ったものだ。
最近は地球温暖化とやらのせいか、あちらではほとんど雪は降らず、降っても積もらないという。
康太郎にとって雪景色というものは、あまり見たことのないものなのだろう。
(……あいつ、意外と甘党か)
康太郎のおかげですっかり整理されたキッチンの引き出しを覗き、大量のココアを発見した優希は苦笑する。
ほんの数日前、背伸びをして珈琲を飲みほしたことは、すっかり忘れているようだ。
(麦茶のポットと、電気ケトルも買うか……)
康太郎が来てから、飲み物の消費が異様に早くなっている。
優希は冷え性なので年中温かいものばかりでも平気だが、康太郎はそうもいかないようで、マンションの前に設置されている自動販売機で麦茶をよく買ってきていた。
マイナーなメーカーの、1本90円という格安価格の麦茶ではあるが、どうも食費として渡している金からではなく、自分の財布から払っているようだ。
翻訳家として正規雇用される前、経験が乏しいフリーランスとして収入のない時期を経験したことのある優希には、康太郎の経済的な懸念は手に取るようにわかる。
今はまだ独り立ちしていないから具体的にどうというものはないにしても、漠然とした不安感はあるだろう。
小銭とはいえ、大切にしてもらいたい。
康太郎を引き取ってから優希の貯蓄は一気に目減りしてたものの、冷蔵庫に作り置きの麦茶を入れておくくらいはさすがに問題ない。
天候が収まればそのへんを充実させるのもいいだろう。
康太郎がベランダの窓を叩く。
見れば膝丈の雪だるまを完成させて、得意げな顔をしていた。
「写真でも撮りたいのかな」
「うん、俺のスマホ取って」
スマートフォンを渡してやると、康太郎は喜んで撮影会を始めた。
優希は少し考え、厚紙にペンで模様を描いて切り取ると、康太郎の雪だるまの顔にそれをはめ込む。なんとも頓珍漢だが、愛嬌のある顔立ちになった、と思う。
「おおー、一気にそれっぽくなった」
犬だったらきっとしっぽをちぎれそうなくらい振っていただろうな、と優希は康太郎の姿を見て笑ってしまう。
大喜びで写真を撮り続けるさまは、まさしく雪の日の犬だ。
幼い頃、確か実家には犬がいた。
あまり覚えていないが賢い犬ではなかったので、年老いた身で雪の中で大はしゃぎし、体調を崩していた記憶がある。
(……あいつも風邪引きそうだな)
優希は湯を沸かし、ココアを作って、リビングに持って行った。
まだ撮影会をしている康太郎の襟首を引き、部屋に引っ張り込む。
「風邪を引くから少し休憩しなさい」
「はーい」
「こたつに入る前に濡れた服を着替えてくるんだよ……」
優希が釘を刺さなければ、康太郎はそのままこたつに飛び込んでいたに違いない。
慌てて着替え始める少年から、優希は視線を逸らす。
いくら優希でもあんな子供に欲情はしないが、しかしお互いのためにも、やはり早く模様替えを進めて彼のプライベートを確保する必要がある。
濡れた服を乾燥機に突っ込んでいると、キッチンに置いたままの優希のスマートフォンが鳴っているのが聞こえた。
「優希さん、電話ー」
「うん」
画面を見てみると、古馴染みの名前が表示されていた。
「ああ、久しぶり……うん、そうなんだ……いいの? こっちは大丈夫だけど、悪いね。じゃあ、待ってる。あとで金払うから。ああそうだ、何か甘いものも買ってきてほしい……私のはいらない……そう……」
電話を切ると、妙にそわそわした康太郎がこちらを見ていた。
「友人に模様替えの相談をしたんだよ。いらない家具を引き取ってくれと頼んでる。夕方頃に打合せを兼ねてうちに来るから、今日の夜は鍋だ」
「鍋の材料買ってきてないよ」
口をとがらせて、康太郎が言う。
「大丈夫。買ってきてくれと頼んでる。よく食べる子供がいるってことも知らせてるから、問題はないよ」
「俺、そんなに食べないもん」
「嘘つけ」
「嘘じゃないもん。俺が食べるんじゃなくて、優希さんが食べなさすぎなんだよ――あ、昼飯どうする? ナポリタンとうどん、どっちがいい?」
「朝飯食べたからいらないかな……夜もあるし」
「そういうの、本当によくないと思う」
ぶつくさ言いながら、康太郎がパスタを取り出した。
彼はどうあっても優希に飯を食べさせたいらしかった。
子供の膝ほどまで雪が積もり、除雪車の少ない都心は大混乱に陥った。
「東京でこれは異常事態だよ」
優希の言うとおり、テレビでは連日、過去にない積雪に襲われた都内の話題ばかりだった。
さばさばした優希とは対照的に、康太郎はすっかりはしゃいでベランダで雪だるまを作っていた。
鼻の頭を真っ赤にしている姿は、まるで小学生男児のようだ。
優希が幼い頃、地元でもそれなりに雪は降ったものだが、海からの風が吹き込む平野部であるせいか、ほとんど積もらなかった。
雪の降った日の早朝に、近所の駐車場の車に乗った雪をかき集め、溶けないうちにと小さな雪だるまを作ったものだ。
最近は地球温暖化とやらのせいか、あちらではほとんど雪は降らず、降っても積もらないという。
康太郎にとって雪景色というものは、あまり見たことのないものなのだろう。
(……あいつ、意外と甘党か)
康太郎のおかげですっかり整理されたキッチンの引き出しを覗き、大量のココアを発見した優希は苦笑する。
ほんの数日前、背伸びをして珈琲を飲みほしたことは、すっかり忘れているようだ。
(麦茶のポットと、電気ケトルも買うか……)
康太郎が来てから、飲み物の消費が異様に早くなっている。
優希は冷え性なので年中温かいものばかりでも平気だが、康太郎はそうもいかないようで、マンションの前に設置されている自動販売機で麦茶をよく買ってきていた。
マイナーなメーカーの、1本90円という格安価格の麦茶ではあるが、どうも食費として渡している金からではなく、自分の財布から払っているようだ。
翻訳家として正規雇用される前、経験が乏しいフリーランスとして収入のない時期を経験したことのある優希には、康太郎の経済的な懸念は手に取るようにわかる。
今はまだ独り立ちしていないから具体的にどうというものはないにしても、漠然とした不安感はあるだろう。
小銭とはいえ、大切にしてもらいたい。
康太郎を引き取ってから優希の貯蓄は一気に目減りしてたものの、冷蔵庫に作り置きの麦茶を入れておくくらいはさすがに問題ない。
天候が収まればそのへんを充実させるのもいいだろう。
康太郎がベランダの窓を叩く。
見れば膝丈の雪だるまを完成させて、得意げな顔をしていた。
「写真でも撮りたいのかな」
「うん、俺のスマホ取って」
スマートフォンを渡してやると、康太郎は喜んで撮影会を始めた。
優希は少し考え、厚紙にペンで模様を描いて切り取ると、康太郎の雪だるまの顔にそれをはめ込む。なんとも頓珍漢だが、愛嬌のある顔立ちになった、と思う。
「おおー、一気にそれっぽくなった」
犬だったらきっとしっぽをちぎれそうなくらい振っていただろうな、と優希は康太郎の姿を見て笑ってしまう。
大喜びで写真を撮り続けるさまは、まさしく雪の日の犬だ。
幼い頃、確か実家には犬がいた。
あまり覚えていないが賢い犬ではなかったので、年老いた身で雪の中で大はしゃぎし、体調を崩していた記憶がある。
(……あいつも風邪引きそうだな)
優希は湯を沸かし、ココアを作って、リビングに持って行った。
まだ撮影会をしている康太郎の襟首を引き、部屋に引っ張り込む。
「風邪を引くから少し休憩しなさい」
「はーい」
「こたつに入る前に濡れた服を着替えてくるんだよ……」
優希が釘を刺さなければ、康太郎はそのままこたつに飛び込んでいたに違いない。
慌てて着替え始める少年から、優希は視線を逸らす。
いくら優希でもあんな子供に欲情はしないが、しかしお互いのためにも、やはり早く模様替えを進めて彼のプライベートを確保する必要がある。
濡れた服を乾燥機に突っ込んでいると、キッチンに置いたままの優希のスマートフォンが鳴っているのが聞こえた。
「優希さん、電話ー」
「うん」
画面を見てみると、古馴染みの名前が表示されていた。
「ああ、久しぶり……うん、そうなんだ……いいの? こっちは大丈夫だけど、悪いね。じゃあ、待ってる。あとで金払うから。ああそうだ、何か甘いものも買ってきてほしい……私のはいらない……そう……」
電話を切ると、妙にそわそわした康太郎がこちらを見ていた。
「友人に模様替えの相談をしたんだよ。いらない家具を引き取ってくれと頼んでる。夕方頃に打合せを兼ねてうちに来るから、今日の夜は鍋だ」
「鍋の材料買ってきてないよ」
口をとがらせて、康太郎が言う。
「大丈夫。買ってきてくれと頼んでる。よく食べる子供がいるってことも知らせてるから、問題はないよ」
「俺、そんなに食べないもん」
「嘘つけ」
「嘘じゃないもん。俺が食べるんじゃなくて、優希さんが食べなさすぎなんだよ――あ、昼飯どうする? ナポリタンとうどん、どっちがいい?」
「朝飯食べたからいらないかな……夜もあるし」
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