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康太郎がやってきて3日目の朝。
寝室の扉を開けると、リビングはもぬけの殻になっていた。
ソファの背もたれは起こされ、布団がきちんと畳んでおいてある。そのうえには康太郎の寝間着がやはり几帳面に畳んであり、彼の姿はどこにもない。
洗面所の扉を念のためノックして開いたが、そこにも、トイレにも、康太郎の姿はなかった。
玄関に彼の靴がないことを確認し、優希は康太郎が夜のうちに家を出て行ったのだと察する。
(挨拶くらいしていけばいいのに……)
やかんを火にかけて煙草をくわえ、ぼんやりとそんなことを考える。
もっとも、あの姉の息子だ。挨拶なしでいなくなる血筋なのかもしれなかった。
姉との違いとしては、立つ鳥跡を濁さず、というていで出て行ったことくらいか。
普段乱雑にそのあたりに放っているリモコン類がきっちり並べられ、昨夜使った食器もすべて洗ってしまわれていた。
(顔以外、姉ちゃんには似てないと思ってたんだが、やはり親子だな)
やかんから吹き出す蒸気の音に顔を上げ、いつものように珈琲を淹れる。
数日前には当たり前だった静かな朝が、ひどく久しぶりに感じられた。
康太郎はうるさい類の子供ではなかったが、それでも狭いこの部屋から人1人いなくなるというのは、それなりに存在感の喪失がある。
心待ちにしていた朝の静寂なのに、優希はどこか空しかった。
康太郎が出て行ったのは、昨夜の優希の告白を聞いたせいに違いない。
真正面から「やっぱり無理です」と言われるならともかく、世話をした少年に無言で背を向けられるのは、拒絶に慣れている優希にとっても少々ショックだった。
ショックを感じるということは、心のどこかで期待していたのかもしれない。
優希はそんな自分の心境の変化に戸惑う。
期待していなければ、突然去られたところで、動揺すらしないだろうから。
カーテン越しに外を見れば、ぼた雪と表現したくなる大きさの雪が次々に空から舞い落ちてくる。
これは久しぶりに積もりそうだ。
康太郎は大丈夫だろうか?
改めて閑散とした部屋の中を見回す。
優希の買ってやった服のほとんどは、タグのついたまま布団の横に重ねられ、彼の私物らしきものは何一つ残っていない。
だが、ふと、彼に渡していた食費の封筒がないことに気づく。
あれだけあればひとまず今夜の宿は大丈夫だろう。
だが、それはそれで問題もある。
地方から出てきたばかりの少年が、まとまった金を持ってうろつけるほど、東京は治安のよいところばかりでない。
康太郎は恐らく仕事を求めて都心に向かっている。
ときに少女のようにも見える康太郎が、よからぬ大人に目を付けられる可能性もあった。
一言注意してやろうとスマートフォンを手に取って、優希はふと手を止めた。
10年前、助けを求めて縋ってきた手を振り払ったのは、他でもない優希自身だ。
つい先日、教え子をひとりで死なせてしまったのも、優希の行動に一因があった。
ここで中途半端な助言をするくらいなら、以前のように自分の都合だけを押し通し、彼の命の責を彼自身に委ねるべきではなかろうか。
(……私はまたあの子を喪うのか)
康太郎の所在が知れなくなれば、姉は優希を責めるだろう。
今回ばかりは法的なお咎めを食らう可能性もある。
そして康太郎の無残な姿を見て、優希はきっとまた頭痛に倒れるのだ。
灰皿に煙草をぐりぐりと押しつけて、優希は淹れたての珈琲を頭痛の予防薬とともに喉に流し込んだ。
寝室の扉を開けると、リビングはもぬけの殻になっていた。
ソファの背もたれは起こされ、布団がきちんと畳んでおいてある。そのうえには康太郎の寝間着がやはり几帳面に畳んであり、彼の姿はどこにもない。
洗面所の扉を念のためノックして開いたが、そこにも、トイレにも、康太郎の姿はなかった。
玄関に彼の靴がないことを確認し、優希は康太郎が夜のうちに家を出て行ったのだと察する。
(挨拶くらいしていけばいいのに……)
やかんを火にかけて煙草をくわえ、ぼんやりとそんなことを考える。
もっとも、あの姉の息子だ。挨拶なしでいなくなる血筋なのかもしれなかった。
姉との違いとしては、立つ鳥跡を濁さず、というていで出て行ったことくらいか。
普段乱雑にそのあたりに放っているリモコン類がきっちり並べられ、昨夜使った食器もすべて洗ってしまわれていた。
(顔以外、姉ちゃんには似てないと思ってたんだが、やはり親子だな)
やかんから吹き出す蒸気の音に顔を上げ、いつものように珈琲を淹れる。
数日前には当たり前だった静かな朝が、ひどく久しぶりに感じられた。
康太郎はうるさい類の子供ではなかったが、それでも狭いこの部屋から人1人いなくなるというのは、それなりに存在感の喪失がある。
心待ちにしていた朝の静寂なのに、優希はどこか空しかった。
康太郎が出て行ったのは、昨夜の優希の告白を聞いたせいに違いない。
真正面から「やっぱり無理です」と言われるならともかく、世話をした少年に無言で背を向けられるのは、拒絶に慣れている優希にとっても少々ショックだった。
ショックを感じるということは、心のどこかで期待していたのかもしれない。
優希はそんな自分の心境の変化に戸惑う。
期待していなければ、突然去られたところで、動揺すらしないだろうから。
カーテン越しに外を見れば、ぼた雪と表現したくなる大きさの雪が次々に空から舞い落ちてくる。
これは久しぶりに積もりそうだ。
康太郎は大丈夫だろうか?
改めて閑散とした部屋の中を見回す。
優希の買ってやった服のほとんどは、タグのついたまま布団の横に重ねられ、彼の私物らしきものは何一つ残っていない。
だが、ふと、彼に渡していた食費の封筒がないことに気づく。
あれだけあればひとまず今夜の宿は大丈夫だろう。
だが、それはそれで問題もある。
地方から出てきたばかりの少年が、まとまった金を持ってうろつけるほど、東京は治安のよいところばかりでない。
康太郎は恐らく仕事を求めて都心に向かっている。
ときに少女のようにも見える康太郎が、よからぬ大人に目を付けられる可能性もあった。
一言注意してやろうとスマートフォンを手に取って、優希はふと手を止めた。
10年前、助けを求めて縋ってきた手を振り払ったのは、他でもない優希自身だ。
つい先日、教え子をひとりで死なせてしまったのも、優希の行動に一因があった。
ここで中途半端な助言をするくらいなら、以前のように自分の都合だけを押し通し、彼の命の責を彼自身に委ねるべきではなかろうか。
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康太郎の所在が知れなくなれば、姉は優希を責めるだろう。
今回ばかりは法的なお咎めを食らう可能性もある。
そして康太郎の無残な姿を見て、優希はきっとまた頭痛に倒れるのだ。
灰皿に煙草をぐりぐりと押しつけて、優希は淹れたての珈琲を頭痛の予防薬とともに喉に流し込んだ。
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