鉱石ノ国の極彩色

しゅり

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第1部

極彩色の

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その国のものしか入国することのできない国がある。



《鉱石ノ国》と呼ばれたその国は、中央大陸よりだいぶ離れた所にあった。
その国に行くためには山を超え谷を超え、運河を超えていかなければいけない、いわば辺境の地。
そしてなんとかたどり着いた所で、その国は鎖国しており、何人足りとも他国の人間の侵入を許さない、そんな国。

けれどそこの国から輸入される鉱物や織り物、硝子細工は上等な決して真似することの出来ない美しい物ばかりで、どの国も鉱石ノ国と国交を結びたかった。

年に数回、けれど決まった時期ではない、謎の行商人が運んでくるもの。
それだけが唯一その国との一方的な繫がりだった。














鉱石ノ国 第一都市 フローレス





「兄様、見て。綺麗でしょう?」


この国の者しか見たことはないが、他国に誇る、見れば誰しも心奪われるであろう、宝石が散りばめられた、けれどそれが下品ではない美しい王城の一角。

そう言いながら少女が自慢気に、兄と呼んだ美青年の眼前に付き出すのは、白い、複雑な模様を彫刻された見るからに値を貼るだろう箱。


ではなく。

その5センチほどの正方形の箱の中に、所狭しと詰め込まれた虹色の宝石達。
それらはキラキラと輝いてその箱にプリズムを生み出している。



「確かに綺麗だけれど。……イリゼ、お前?」
「う、だって……みんな喜ぶんだもの。」
「無理しないでおくれ。まだお前は未分化なんだ。ほら、いつもより瞳の色が薄くなってる。」
「え!本当!?う、薄くなってる……?」
「少しだけね。この程度なら微弱輝石びじゃっこうせきを飲んで今日一日ゆっくり休めば明日には戻っているよ。」
「よかった!」
「だからと言って無理しないこと。イリゼが無理しても僕はもちろん父様も母様も、誰も喜ばないからね。」
「はぁい。」



そう言ってアジュールは優しく妹であるイリゼの髪を撫で付ける。
嬉しかったのかイリゼはみずから頭をアジュールの手に押し付けた。
アジュールを見つめるイリゼの瞳はキラキラと輝く。
それにくすりと笑みをこぼしたアジュールも満更ではなさそうだ。

アジュールは、この下のキョウダイが生まれた時から誰よりも、何よりも、一等このキョウダイを可愛がってきた。


アジュールとお揃いのジェイダイトを混ぜたような輝く白銀しろがねの髪。
紅を乗せなくても艶々に色付くモルガナイトを乗せたような唇。
そして一際目を引くのは、長い睫毛で縁取られた、王族だけが持つ、けれど誰よりも鮮烈な輝きを放つ、彩度が高い、虹を溶かし固めたようなその瞳。


この国、鉱石ノ国では、何より瞳の色、その美しさがそのの価値を決める。
イリゼのその瞳は、この国で何よりも、誰よりも一等美しく特別なものだった。
けれどきっとその瞳を持たなくともイリゼは誰よりも美しいと断言できるくらいに、イリゼそのものが歩く宝石であった。





キョウダイ仲睦まじく談笑していればカツカツと。
優雅に、けれど焦ったような足早な音が近づいてくる。
それに気づいたイルゼは見るからにバツの悪そうな顔をすると、宝石を落とさぬようその箱に鍵をかけ、すぐさまアジュールの背に隠れる。



「イリゼ様、探しましたよ。アジュール様の所に行くなら一言申してくれませんと。護衛を一人もつけずに出歩くなんて……。」
「ご、ごめんなさい。兄様に早く見せたかったから……。で、でも兄様も一人よ!」
「イリゼ、僕の護衛は隠れているだけで近くにいるよ?」


目に見えてシュンと落ち込んだイルゼは、片手に宝石箱を持ち直すと、残された手でぎゅっとアジュールの服を握り、こっそりとその声の持ち主を覗き見る。
それをアジュールは後ろ手に、包むように優しく握り締めると眉を下げて微笑む。


「あー、ドゥンケル、イルゼをあまり怒らないでやってくれないかな。イルゼももうしないよね?」
「う、うん!兄様のところに来る時はドゥンケルに伝える!」
「はぁ……。アジュール様はイルゼ様に甘すぎます。これで何度目ですか。………今回だけですからね。」


やれやれと、釣り上がっていたジェットのような瞳が柔らかなものに変わる。


「ふふ、ドゥンケルもイルゼに充分甘いね。」
「よしてください。私は甘いのではなく呆れているだけですよ。」
「そういうことにしておくよ。イルゼ、ドゥンケルももう怒っていないよ。だから怯えていないで、宝物庫にそれを保管しに行こう?ドゥンケルも一緒にね。」
「!行く!……ドゥンケル本当にごめんなさい。」
「もういいですよ。さあ、宝物庫に向かいましょう。今度は置いて行かないでくださいね?」
「根に持ってるじゃない!」
「冗談ですよ。」
「ふふ、イルゼ行こう。」


そしてアジュールはイルゼの手をとって歩き出す。
そしていつも自分を護ってくれるドゥンケルがその後ろにつづく。

イルゼは少しだけ体温の低い、アジュールと手を繋ぐのが好きだった。
いつだって優しげに愛おしいものを見るように、イルゼを見守るように見つめるアジュールの、自分と同じ色でありながら、自分より柔らかな色合いの瞳も、月のように優しく微笑んでくれる兄が大好きだ。






だからこんな時間が永遠に続くと思っていた。
ずっとずっと、兄と一緒にいられると思っていた。

だってそれがイルゼにとって日常あたりまえだったから。

ドゥンケルに怒られて、それをアジュールが微笑わらってくれて。


だからイルゼは気付かなかった。
気づけなかった。


もうすぐこの日常せいかつに終わりが来ることを。




終わりはいつだって突然に。
音を立てず静かにその刻を待っているのだと。



イルゼは知らなかった。

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