酒と焼肉、恋いろは。

志野まつこ

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7、殺伐すぎる二人

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「見たい映画とかあってもさ、『まーそのうち』とか思ってたら結局見ないんだよね」
 そんな芹の一言で実に何年かぶりに映画館に足を運んだ際、寒川は恋人だろう女性を連れた後輩を遠目に見掛けてはいた。
 その休み明け、寒川は早々に昼食時その後輩から声をかけられた。

「飲みだけじゃなくって映画とかも一緒に行くんスね。もういっそ付き合ったりしないんスか」
 自分で言っておいてハハハと笑った後輩に「いやだから、付き合ってるんだが」的な事を言おうとしたのだが━━

「まぁどうしたって友達ダチにしか思えない相手っていますよね。あ、午後から外出なんで」
 人の話を聞かない所がある後輩はさっさと背を向けて行ってしまった。

 ……まぁ、確かに。
 ずっとそんな感じだったな。
 芹との過去を振り返った寒川は人の反応を蔑ろにする後輩に同意せざるを得なかった。

 ※ ※ ※ 
 芹もまた同日、社内で他部署の部長に声を掛けられた。
 映画館併設の大型ショッピングモールを開場時間まで暇つぶしにそぞろ歩いている間に遭遇していたらしい。
「昨日、寒川と一緒にショッピングモールいたよな?」
「はい」
 いずれは知れる事は分かっていたので素直に応じ、さて何と言ったものかと一瞬戸惑えば。

「お前らまた誰ぞの引っ越し祝いやら出産祝いでも探してるのか」
 確かにその方がよっぽど説得力あるわ。
 最近では幾分落ち着いたものだが、同期仲が良くそういったご祝儀の遣り取りをしていた芹は内心深く頷く。

 そして━━

「お前らもさっさと相手見つけろよ」
 続いて言われたそれに芹は「ん?」と思いながら「ホントそうですよねー」といつものように答えてしまったのだった。

 長年サシで飲みに行く二人は、周囲からは完全に親友たるものだと認識されていた。

 ※ ※ ※

「やばいね。性別を超えた関係だとみなされてるよ」
「まあしゃーないわな」
 勤続十年の表彰を受ける際、並んで立つ二人の姿を見て「ああ、同期だったのか。どおりで仲が良いわけだ」と社員一同納得し、誰もが自然と「十年の付き合いで何も起らないのであればこの先の発展は望めない」と認識した結果である。

 水を向けられる機会があれば素直に言うが、自分から言い出すような事でもないとその機会が訪れた時に言えばいいかなどと思っていた所、なんだかんだでタイミングが悪いのか悟ってもらえる気配がない。
 まして芹は年齢が年齢なだけに、後輩の女性社員達からも遠慮されてしまうという逆にそこはかとなくつらい状況だった。

「私そんなに女として終わってる認定されてたの!? 一社員としてどうよ、寒川さん!」
 軽く酒の入った芹は寒川にからむ。

 だからお前は手を出さないのか。
 さすがにそこまでは憚られたが遠回しに詰め寄れば「俺が相手だからだろ」と至極まともに返され、それ以上の追究は諦めた。

 寒川も賃貸マンションに一人暮らしで、有料のネット動画配信を契約しているがあまり見る時間はないと聞き「もったいなッ! 見る時だけ一か月契約すればいいのに。ちょっと見せて」と寒川の送迎付きで転がり込んだ。
 初めて踏み入ったそこは実にシンプルで、なんとも寒川らしい部屋だ。
 本人は片付けたのだとは言うが、もともと物を置かないタイプであろうと思っていた芹はほぼ予想通りだったその空間にあっさりと溶け込んだ。
 飲みながら見ようと言ったのは芹で、そうなれば寒川は運転が出来ず泊まりが確定していた。

 泊まりをいい事にこのまま飲みながらだらだらと映画観賞、という贅沢をするのだろう。
 今はたまたま寒川の仕事も落ち着いているが、直にまた残業続きの仕事が始まる予定になっている。
 今のうちにゆっくりとした時間を過ごすのは実に賢い選択だ。
 この時間を心地よく思う寒川は次の酒を開けるかと尋ねたが、インターネット配信の専用リモコンの操作に忙しい芹は「んー、もういいかなー」と生返事を返す。
 そんなに映画好きだったのか。
 新たな一面に少し驚いた。

「あ、これけっこう見たかったんだよね。これ見ていい?」
 出演者と内容までチェックしながらそれっきりになっていた去年公開の洋画を見付け、芹は喜々としてそれを選択した。

「ヤバい、俺、これ寝そう」
 二人掛けのソファに並んで見ていた二作目が半ばを過ぎた頃、寒川はリモコンを操作して残り時間を確認して告白した。
「ちょっとダラダラ展開だもんね。二時間もかけず100分位にしといたらもっと評価高かっただろうに」
 芹はメジャーなものよりもいわゆるB級映画と呼ばれる物の方が好みで、それなりにそれを楽しんでいる。

「まぁプールの後は眠くなるでしょうよ。私、最後まで見ていい? 寝てていいよ」
 日中は公営プールに泳ぎに出ていた寒川を小学生扱いしながら、隣に座る寒川の頭をつかむと自分の膝に力技で乗せた。
 寒川は少し長めの髪を普段は軽く固めているらしい。休日かつプール帰りで整えていない寒川の髪は思いのほか柔らかく、撫で心地がいい。
 髪の毛を梳きながら画面に集中していたが、ふとこうして寒川の髪を掻きまわして癒される気がするのはこうしてみたいという欲求が実はあったんだなぁ、と芹は他人事のように思った。

 入社当時、両者とも別に恋人がいた。
 その後もいたりいなかったりという過程をお互いずっと見てきたが、その中で同僚のこの相手を異性として見る事はなかった。
 否、正確には見ないよう脳が戒めていた。
 すこぶる良好な、男女の枠を超えて性差を語り合えるこの異性との良好な交友関係を失いたくなかったのだ。

 芹は延々と寒川の髪の毛を掻きまわし、気が済んだのか次は膝に頭を乗せたままの寒川の身体に肘置きにするように腕を乗せてまた映像に集中する。
 同時期に今の会社に入社したとはいえ寒川は転職の中途入社で5年社会人を経験しており、自分より若く社会に慣れ切っていない彼等を可愛く思っていた。
 時間が経つうちに彼女も立派に仕事をこなすようになり先輩後輩といった関係性が薄れてはいたが、だからといってそれ以上になにか特別な感情があったかというと覚えがない。

 しかしあの日、ふと唐突にうまくやって行けるのではないかという可能性に気付いた。
 そして言った所で芹にその気がないならば彼女ならうまく躱し、この関係が崩れる事はないだろうという漠然とした、けれど確信めいたものを感じて、それは寒川の口をついて出た。

 寒川はあの日の判断を自画自賛しながら、エンディングのスタッフロールが始まったところで芹の頭に手を伸ばす。
 鎖骨を指で辿り、首筋を撫で上げてから耳朶をなぞれば芹はくすぐったそうに小さく笑って身をよじる。
 その姿に寒川は身を起こした。
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