酒と焼肉、恋いろは。

志野まつこ

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6、とある休日の二人

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 秋なのに新緑感を感じる気がする……

「平和だねぇ」
 よく歩く日になる事は分かっていた。スニーカータイプのシューズにフットカバーで挑んでいた芹は裸足になってしみじみと、視界に広がる山を見ながら放心したように言った。

 高速で一時間ほどの山間にある古い銅山観光施設を訪れ、併設されていた高原と言うにはまだ山の中といった感の強い公園を見た寒川は「あ、テントあるわ」などと言って広げるだけで設営出来るポップアップテントを持ち出した。
 甥っ子姪っ子のために載せているというそれは大きめの、大人二人が並んでも十分余裕のあるもので一瞬躊躇した芹だったが━━

「こりゃいいわ」
 周囲からの視線を気にする必要がなく、怠惰に過ごすのにはもってこいで芹はそれをいたく気に入った。

「ものすごく健康的な事してる気がする。てかなんか寝そう」
 横に転がった寒川の視線をたどり、芹も目前に広がる山林を見る。
 9月に入り、依然日差しは厳しいものの日陰で感じる風は涼しく、随分と心地よい。

「風、気持ちいいしねー、寝てたら? 昨日遅かったんでしょ?」
 週末なんだからゆっくりすればいいのにと芹は言ったが、それほど遠いわけで無しとかねての予定通り多少寂れた感のある観光施設を訪れた。

「もう若くないんだから体力回復させたらいいよ。暇つぶしは持ってるし」
 そう言って分厚い文庫本を振る。
「……なぜ京極夏彦」
「知ってるんだ」
 意外そうに言って芹は笑う。迎えの寒川が到着するまで読んでいたものを、バタバタとそのまま持って来てしまった。

「久々にまた読んだら止まらなくてさー。ふと思ったんだけどさ、公園で電子書籍読むのも本読むのもやってることは同じなのに、全然印象違うよね。寝ないの?」
「なんでそんな分厚いの持ち歩くんだよ。そのチョイスに目が覚めたわ」
 両肘を体の後ろにつくようにし、中途半端に体を起こした寒川はこりをほぐすように首を振った。
 
「寝てていいのに。銅山跡もすごかったけど、私さっき見た旧家が一番良かったかも。この年になるとああいうのが良くなるもんだねぇ」
 芹は昭和初期に建てられ、玄関と客間の一部だけが移設されたという京風数寄屋造りの純和風建築を思い出してしみじみと言う。
 文化財に登録されている小さな平屋建てのそれはとても新鮮でテンションが上がって「ああいうトコ住みたい」と言えば寒川も「これだけあれば十分だよな」などと言われ意気投合したものの━━ふと我に返る。

 あの会話はいかんわ。
 新居を探す若いカップルみたいじゃないの。
 やりとりを冷静に反芻した芹は一人身の置き所がないような気まずさを感じ、話題を逸らすように口を開く。

「文化財巡りとかいいかも」
「あ、それなら俺、城行きたい」
「城かー、私歴史ニガテだったけど今行ったら面白いだろうなぁ」
 小さく笑いながら分厚い文庫本を左脇に置いたその手に寒川は手を重ね、芹はチラリとそこに目を落とす。
 デスクワーク且つ外出時は日傘やアームカバーをして紫外線対策に余念のない芹の手は、重ねられた寒川の手に比べると何とも白かった。
 大きな手は重ねられただけで握るでもない。
 ただ指先で指や関節を軽くなぞられるだけで、何か言う訳でもない。

 ……この男はッ。
 芹もまた黙って甘受していたが、終わる様子がないそれにさっと周辺を確認した。
 やられっぱなしは性に合わないとばかりに寒川の唇に自分のそれを重ねる。
 それが実は三度目のキスで、これまで手をつないだ事もなく、芹からキスをしかけた事もなかった。
 
 流された、とは思う。
 付き合ってみるかとは言われたものの、お互い恋愛感情があるかと言えば不可解な部分がある。
 早まったか、などと思ったのも事実だ。

 それでも、一緒にいるのは居心地がいいのだ。
 そして驚くほど自然体でいられる。

「平和だねぇ」
 芹はもう一度繰り返し、雲一つない空を見やった。
 そしてその日の夜も、自宅まで送られた芹はいつものように軽いキスだけで帰された。

 ……
 まぁうちのアパート、車停める所ないけどさ。

 そこに気付いて「上がってく?」という訳にはいかず自分は間違っていなかったと安心したものの、それなら「車出すよ?」と言ってみたが笑って「いいって」と結局寒川に送迎されてる。

 ……うーん。
 ちと健全過ぎるような。
 こういうもんだっけ?
 芹は久し振りの「付き合いはじめ」という現状を持て余し、少し困惑するのだった。
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