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5、とある平日の二人
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一階の本社事務所から二階の設計室に所用で上がった芹はその帰り、休憩所の前を通れば三時の休憩中の製造部の課長に声を掛けられた。
休憩所には自動販売機と二十人分ほどのベンチがあるが、現場職の社員が一斉に休憩を取るには席が足りず、手の空いた社員から適度に交替で休憩を取るのが慣例化されている。
その二人隣で寒川も休憩を取っていたが、「だからといってどうこう言う事もない」というのが芹の正直なところだった。
「せっちゃん、バスケの試合のチケットってまだある? 息子がバスケ部なんで何枚かほしいんだが、家族とかじゃないとまずいかな。友達の分も出来たら欲しいんだけど」
芹と寒川の勤める会社は地元のプロバスケットチームの小口ながらスポンサーで、観戦チケットの返礼がありそれを管理しているのが芹の所属する総務部であった。
「ありますよ。去年は余っちゃったから要るだけ言ってもらって大丈夫だと思いますけど、一応上に確認しときますね。急ぎですか?」
「いいや、来月の試合だからそれまででいいから。じゃ頼むわ。四枚ね」
思いのほか少なくて「四枚くらいなら全然大丈夫ですよ」と笑う。
スポンサー特典として会社が受け取った無料チケットは二十枚で、去年は半分以上が残ってしまったのだ。
「まぁシーズン中、何試合もあるみたいだし、またいっぱい要るようになった時のためにも聞くだけ聞いときます。四枚は夕方の社内便に乗せますね」
「おーさんきゅ」
課長はひらひらと片手を振った。
総務部は人事から雑務までこなす言わば社内のなんでも屋で、勤続年数の長い芹は「名札がなくなった」「結婚した・引っ越したんだけどなんか報告要る?」「弁当注文し忘れたんだけど」といった実に身近な案件を気安く尋ねられる人物として年長者たちからは重宝されている。
『相沢に言えば間違いない』と言ってもらえるのは時と場合によっては面倒な場合もありはするが、誇らしくもある。
芹と言うとどちらかというと割と近代的な名前なのに「せっちゃん」と昭和感しかない呼ばれ方をするのも、まぁ可愛がられているのだと認識している。
「そういやまーえにそんな全社メール来てたっけ。相沢行った事あんの?」
ふと寒川が横から会話に入る。
彼は入社当時から芹を相沢と苗字で呼んだ。
「私も気になりつつ行った事ないんだよね。あの会場って駐車場あんまりないから行くなら電車かコインパークになるだろうし。寒川兄さん興味ある? 行く?」
「ああ」
「何枚?」
「……2だろ」
「了解ー、社内便入れとくわ」
聞かれた寒川は少し声を低くして枚数を答えたが、芹はそれに気付く事はなく明るく請け負った。
「寒川、なにお前まさか彼女でも出来たのかよ」
驚きと興味深々な周囲の言葉に「そいつと行くんですよ」と言いかけたが、先の芹の様子に「そういやその辺、煮詰めてないよな」と寒川が一瞬言い淀むその隙に課長が芹をからかった。
「しゃーない。寒川に先を越されて寂しいせっちゃんはおっさんと行くか? 若い男も一緒だぞー」
「若い男ってお子さん確か中学生ですよね、犯罪確定じゃないですか」
居酒屋バイトの経験があり、もともと中年男性の困った軽口への対応スキルも高く、「冗談との判断もつかないような若い女子社員にヘタに軽口を叩いて深刻化するくらいなら私にライトなセクハラしてろよ」なスタンスの芹である。
まして十年も在籍すれば年長の男性社員からの遠慮など皆無に等しい。
わざとらしく顔をしかめる芹の様子に、周囲の男性社員達はゲラゲラと笑った。
「そこまで不自由はしてないんで」
ほのかに特定の相手がいる感を醸し出してみたが━━
「またまたそんな強がって」
相手にされず、気がつけば寒川の話もうやむやにされて休憩の十分が終わってしまった。
席に戻り、早速チケットを封筒に入れて宛先欄に『寒川』の名を記入する。
寒川の様子からすると知られるのは構わないのだろう。
芹も隠す気は無い。
ただ付き合っている最中はともかく、関係が終わった時の事を考えると━━あまり大っぴらにしたくないという気もする。
今更だけど、それってキツイよなー
早まったかなー
芹は小さく、本当に小さくため息をついて封をしたのだった。
休憩所には自動販売機と二十人分ほどのベンチがあるが、現場職の社員が一斉に休憩を取るには席が足りず、手の空いた社員から適度に交替で休憩を取るのが慣例化されている。
その二人隣で寒川も休憩を取っていたが、「だからといってどうこう言う事もない」というのが芹の正直なところだった。
「せっちゃん、バスケの試合のチケットってまだある? 息子がバスケ部なんで何枚かほしいんだが、家族とかじゃないとまずいかな。友達の分も出来たら欲しいんだけど」
芹と寒川の勤める会社は地元のプロバスケットチームの小口ながらスポンサーで、観戦チケットの返礼がありそれを管理しているのが芹の所属する総務部であった。
「ありますよ。去年は余っちゃったから要るだけ言ってもらって大丈夫だと思いますけど、一応上に確認しときますね。急ぎですか?」
「いいや、来月の試合だからそれまででいいから。じゃ頼むわ。四枚ね」
思いのほか少なくて「四枚くらいなら全然大丈夫ですよ」と笑う。
スポンサー特典として会社が受け取った無料チケットは二十枚で、去年は半分以上が残ってしまったのだ。
「まぁシーズン中、何試合もあるみたいだし、またいっぱい要るようになった時のためにも聞くだけ聞いときます。四枚は夕方の社内便に乗せますね」
「おーさんきゅ」
課長はひらひらと片手を振った。
総務部は人事から雑務までこなす言わば社内のなんでも屋で、勤続年数の長い芹は「名札がなくなった」「結婚した・引っ越したんだけどなんか報告要る?」「弁当注文し忘れたんだけど」といった実に身近な案件を気安く尋ねられる人物として年長者たちからは重宝されている。
『相沢に言えば間違いない』と言ってもらえるのは時と場合によっては面倒な場合もありはするが、誇らしくもある。
芹と言うとどちらかというと割と近代的な名前なのに「せっちゃん」と昭和感しかない呼ばれ方をするのも、まぁ可愛がられているのだと認識している。
「そういやまーえにそんな全社メール来てたっけ。相沢行った事あんの?」
ふと寒川が横から会話に入る。
彼は入社当時から芹を相沢と苗字で呼んだ。
「私も気になりつつ行った事ないんだよね。あの会場って駐車場あんまりないから行くなら電車かコインパークになるだろうし。寒川兄さん興味ある? 行く?」
「ああ」
「何枚?」
「……2だろ」
「了解ー、社内便入れとくわ」
聞かれた寒川は少し声を低くして枚数を答えたが、芹はそれに気付く事はなく明るく請け負った。
「寒川、なにお前まさか彼女でも出来たのかよ」
驚きと興味深々な周囲の言葉に「そいつと行くんですよ」と言いかけたが、先の芹の様子に「そういやその辺、煮詰めてないよな」と寒川が一瞬言い淀むその隙に課長が芹をからかった。
「しゃーない。寒川に先を越されて寂しいせっちゃんはおっさんと行くか? 若い男も一緒だぞー」
「若い男ってお子さん確か中学生ですよね、犯罪確定じゃないですか」
居酒屋バイトの経験があり、もともと中年男性の困った軽口への対応スキルも高く、「冗談との判断もつかないような若い女子社員にヘタに軽口を叩いて深刻化するくらいなら私にライトなセクハラしてろよ」なスタンスの芹である。
まして十年も在籍すれば年長の男性社員からの遠慮など皆無に等しい。
わざとらしく顔をしかめる芹の様子に、周囲の男性社員達はゲラゲラと笑った。
「そこまで不自由はしてないんで」
ほのかに特定の相手がいる感を醸し出してみたが━━
「またまたそんな強がって」
相手にされず、気がつけば寒川の話もうやむやにされて休憩の十分が終わってしまった。
席に戻り、早速チケットを封筒に入れて宛先欄に『寒川』の名を記入する。
寒川の様子からすると知られるのは構わないのだろう。
芹も隠す気は無い。
ただ付き合っている最中はともかく、関係が終わった時の事を考えると━━あまり大っぴらにしたくないという気もする。
今更だけど、それってキツイよなー
早まったかなー
芹は小さく、本当に小さくため息をついて封をしたのだった。
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