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15、千秋さん、雨ですよ。
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今朝いつものように「cafeだんでらいおん」に納品に行くと、「今日はそのうち雨になりそうだよ」と千秋さんが教えてくれた。
仕事の合間に隙を見ては乾いたものから取り込んで、ちょくちょく外を気にしていたら昼前になってポツポツし始めた。
さすがネコ科の千秋さん。
うちはあとはバスタオルだけだけど、千秋さんは朝のまんまの状態で干しっぱなし。
もうすぐランチタイムだから忙しいだろうし、雨に気付いてないのかも。
「千秋さん、降って来ましたよ!」とcafeだんでらいおんの裏口から飛び込めば。
「私達、別れた方がいいと思うノ」
そう千秋さんに告げるニーニャさんの言葉と、丸かぶりした。
刹那、大きく目を見開いて、グルンとこちらに顔を回すネコ科のお二人。
どうしてかなー、こっちが大声出してたら相手の言葉なんて聞こえない筈なのに、はっきりと聞こえちゃったよ。
あー、もー。
私、ほんとタイミング悪いな。
はっとこちらを振り返る姿は「超ハイテンションで我を忘れて悪さしていた現場を飼い主さんに現行犯で見付かったネコ」さながらで、普段の私なら「ああ、もうコンチクショウ、可愛いぜ」とか思うし、大好きなゆるキャラ同士が実は恋人関係という設定、みたいな感じで「そう来たかぁ!」なんてテンションマックスになってもいいくらいの展開なのに。
美猫さんとハンサムなライオンさんのその関係は私を大いにムッハーさせるはずなのに。
恐ろしく動揺してしまった。
この、見てはいけない物を見てしまった感。
聞いてしまった感。
「えと、タオルだけ入れましたので、ここ置いときますね」
勝手に洗濯物を触るのもどうかと思ったけど、バスタオルが濡れると厄介だからね。
これだけ取りこんできました。
では。
失礼します。
すすす、というか、じりじりというか後退して、扉を閉めて。
てくてくと自宅へと歩いた。
ん?
右に首を倒してみる。
んん?
左に首を倒してみて。
めちゃくちゃ眉間に力を入れるようにして、もう一度右に首を倒した。
なんか痛い。
なんだ、この痛み。
これなんだっけなー
て言うか。
これは、まさか。
自覚すると同時に、私はダッシュで逃走を開始していた。
どうしよう。
どうしよう━━
痛い。
ドキドキする。
早鐘ってこれか。
ああ、ゆるキャラにときめくような、ミーハーな「好き」じゃなかったのか。
そう思っていたから完全に油断していて、不意にグッサリと、胸に大きな棘か杭が刺さったような、鋭くて重い痛み。
こっちに来て、「あー、こりゃ私、恋愛も結婚も出来ねぇなぁ。ま、あっちにいても似たようなもんか」と笑っていたのに。
千秋さんはお隣の、頼りになる素敵なお兄さんだと思ってたのに。
ショックを、受けたのだ。
千秋さんとニーニャさんの関係に。
なんてこったい。
私、異性として好きだったんだ。
恋愛はしないだろうと思ってたから気付かなかった!
びっくりだよ!
でもって自覚すると同時に失恋が確定するという!
動揺のあまり、マヌケにもすぐ隣の自分の家に入れなかった……
あー、なんか戻るのもマヌケだなー
でも小雨とはいえ降ってるし、歩いてる方がアレだよなー
一つため息をつき意を決して振り返れば、テラスを降りかけた所で止まり、こちらを見ている千秋さん。
咄嗟に気付かなかったふりをして踵を返した。
「あ、足りない食材あったんだ。ついでに買いに行こー」な体で家とは反対の方向へ歩き出す。
「小雨のうちにひとっ走り行ってくるか」
そんな感じで空を見上げ、空に掌を向けて演じながらちょっと小走りに移行したところで、背後に華麗に疾駆する千秋さんの気配。
条件反射というのかな。
思わず速度を上げてしまった結果━━
さすが俊足! 真剣な目が怖い。
怖すぎる!
「動く物に反応する本能」発揮じゃないですよね!?
つかまえていたぶって遊ぶ、もといネコの狩猟本能による狩りのトレーニングなんてバイオレンスな展開になりませんよね!?
でもってですね、なんで並走するんですかぁぁぁ!
これ以上全力疾走なんて出来ないんですけどー!
途中、通りにいたミノタウロスのおじさんに「乗ってくかい?」なんてからかわれるのを「また今度!」なんて華麗にスルーして走った。
おじさんはタクシーというか、人力車のような仕事をしていて、一度周囲の人に『いいから、乗ってごらんよ』と体験させてもらったけど……引き車じゃなくて胴体に乗るんだよ。
自転車やバイクの二人乗りってこんなカンジなの? って状態でいたたまれなかった。
腰に手を回すとか、意識してしまって恥ずかしくて出来ないって。
限界を感じて足を止める。
こんなに全力疾走で逃げたのは小学校の鬼ごっこ以来なんじゃ……
膝に手をついてゼェハァ言ったら心配そうに覗きこまれた。
「なんで・一緒に・走るんですか」
だめだ、息が切れる。
「引き留めようと思ったけど、力の加減に自信がなくて」
恥ずかしそうに豊かなたてがみに手を入れて頭を掻いた。
秋雨に湿った毛の中で耳が少ししょげている。
ああ、触りたい。
でも言ってることはなかなか物騒だ。
腕や肩を引っ張ったら大怪我する可能性があったっていう事ですよね?
「あの、お店空けて大丈夫ですか? ニーニャさん……」
おずおずと聞いてみた。
「ああ、なんか邪魔するんで引っ掛けてきた」
ん?
どういう意味?
落ち着いた物腰の千秋さんを急かしてお店に様子を見に帰ったら、ニーニャさんは裏口から入ってきた所だった。
「あ、オカエリ」
なんて普段と変わらない調子で簡単に言ってくれたけど、千秋さんが引っ掛けたという壁のフックって千秋さんだから届くけど3メートルくらいの高さだよ?
あんな所に引っ掛けるって、しかもそこから自力で脱出して何食わぬ顔して仕事してるとか。
……大事なお話の最中だったんじゃないの? と思ったら。
「ちーちゃん、洗濯物入れといたカラ」
━━あぁ。
これって確定じゃんか。
ぼんやりしながら帰宅した私に母は言った。
「あんた食い逃げごっこでもしてたの? 雨の中あんな猛ダッシュして。千秋さんも忙しいんだからやめなさいよ?」
……そんな遊びしませんがな。
仕事の合間に隙を見ては乾いたものから取り込んで、ちょくちょく外を気にしていたら昼前になってポツポツし始めた。
さすがネコ科の千秋さん。
うちはあとはバスタオルだけだけど、千秋さんは朝のまんまの状態で干しっぱなし。
もうすぐランチタイムだから忙しいだろうし、雨に気付いてないのかも。
「千秋さん、降って来ましたよ!」とcafeだんでらいおんの裏口から飛び込めば。
「私達、別れた方がいいと思うノ」
そう千秋さんに告げるニーニャさんの言葉と、丸かぶりした。
刹那、大きく目を見開いて、グルンとこちらに顔を回すネコ科のお二人。
どうしてかなー、こっちが大声出してたら相手の言葉なんて聞こえない筈なのに、はっきりと聞こえちゃったよ。
あー、もー。
私、ほんとタイミング悪いな。
はっとこちらを振り返る姿は「超ハイテンションで我を忘れて悪さしていた現場を飼い主さんに現行犯で見付かったネコ」さながらで、普段の私なら「ああ、もうコンチクショウ、可愛いぜ」とか思うし、大好きなゆるキャラ同士が実は恋人関係という設定、みたいな感じで「そう来たかぁ!」なんてテンションマックスになってもいいくらいの展開なのに。
美猫さんとハンサムなライオンさんのその関係は私を大いにムッハーさせるはずなのに。
恐ろしく動揺してしまった。
この、見てはいけない物を見てしまった感。
聞いてしまった感。
「えと、タオルだけ入れましたので、ここ置いときますね」
勝手に洗濯物を触るのもどうかと思ったけど、バスタオルが濡れると厄介だからね。
これだけ取りこんできました。
では。
失礼します。
すすす、というか、じりじりというか後退して、扉を閉めて。
てくてくと自宅へと歩いた。
ん?
右に首を倒してみる。
んん?
左に首を倒してみて。
めちゃくちゃ眉間に力を入れるようにして、もう一度右に首を倒した。
なんか痛い。
なんだ、この痛み。
これなんだっけなー
て言うか。
これは、まさか。
自覚すると同時に、私はダッシュで逃走を開始していた。
どうしよう。
どうしよう━━
痛い。
ドキドキする。
早鐘ってこれか。
ああ、ゆるキャラにときめくような、ミーハーな「好き」じゃなかったのか。
そう思っていたから完全に油断していて、不意にグッサリと、胸に大きな棘か杭が刺さったような、鋭くて重い痛み。
こっちに来て、「あー、こりゃ私、恋愛も結婚も出来ねぇなぁ。ま、あっちにいても似たようなもんか」と笑っていたのに。
千秋さんはお隣の、頼りになる素敵なお兄さんだと思ってたのに。
ショックを、受けたのだ。
千秋さんとニーニャさんの関係に。
なんてこったい。
私、異性として好きだったんだ。
恋愛はしないだろうと思ってたから気付かなかった!
びっくりだよ!
でもって自覚すると同時に失恋が確定するという!
動揺のあまり、マヌケにもすぐ隣の自分の家に入れなかった……
あー、なんか戻るのもマヌケだなー
でも小雨とはいえ降ってるし、歩いてる方がアレだよなー
一つため息をつき意を決して振り返れば、テラスを降りかけた所で止まり、こちらを見ている千秋さん。
咄嗟に気付かなかったふりをして踵を返した。
「あ、足りない食材あったんだ。ついでに買いに行こー」な体で家とは反対の方向へ歩き出す。
「小雨のうちにひとっ走り行ってくるか」
そんな感じで空を見上げ、空に掌を向けて演じながらちょっと小走りに移行したところで、背後に華麗に疾駆する千秋さんの気配。
条件反射というのかな。
思わず速度を上げてしまった結果━━
さすが俊足! 真剣な目が怖い。
怖すぎる!
「動く物に反応する本能」発揮じゃないですよね!?
つかまえていたぶって遊ぶ、もといネコの狩猟本能による狩りのトレーニングなんてバイオレンスな展開になりませんよね!?
でもってですね、なんで並走するんですかぁぁぁ!
これ以上全力疾走なんて出来ないんですけどー!
途中、通りにいたミノタウロスのおじさんに「乗ってくかい?」なんてからかわれるのを「また今度!」なんて華麗にスルーして走った。
おじさんはタクシーというか、人力車のような仕事をしていて、一度周囲の人に『いいから、乗ってごらんよ』と体験させてもらったけど……引き車じゃなくて胴体に乗るんだよ。
自転車やバイクの二人乗りってこんなカンジなの? って状態でいたたまれなかった。
腰に手を回すとか、意識してしまって恥ずかしくて出来ないって。
限界を感じて足を止める。
こんなに全力疾走で逃げたのは小学校の鬼ごっこ以来なんじゃ……
膝に手をついてゼェハァ言ったら心配そうに覗きこまれた。
「なんで・一緒に・走るんですか」
だめだ、息が切れる。
「引き留めようと思ったけど、力の加減に自信がなくて」
恥ずかしそうに豊かなたてがみに手を入れて頭を掻いた。
秋雨に湿った毛の中で耳が少ししょげている。
ああ、触りたい。
でも言ってることはなかなか物騒だ。
腕や肩を引っ張ったら大怪我する可能性があったっていう事ですよね?
「あの、お店空けて大丈夫ですか? ニーニャさん……」
おずおずと聞いてみた。
「ああ、なんか邪魔するんで引っ掛けてきた」
ん?
どういう意味?
落ち着いた物腰の千秋さんを急かしてお店に様子を見に帰ったら、ニーニャさんは裏口から入ってきた所だった。
「あ、オカエリ」
なんて普段と変わらない調子で簡単に言ってくれたけど、千秋さんが引っ掛けたという壁のフックって千秋さんだから届くけど3メートルくらいの高さだよ?
あんな所に引っ掛けるって、しかもそこから自力で脱出して何食わぬ顔して仕事してるとか。
……大事なお話の最中だったんじゃないの? と思ったら。
「ちーちゃん、洗濯物入れといたカラ」
━━あぁ。
これって確定じゃんか。
ぼんやりしながら帰宅した私に母は言った。
「あんた食い逃げごっこでもしてたの? 雨の中あんな猛ダッシュして。千秋さんも忙しいんだからやめなさいよ?」
……そんな遊びしませんがな。
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